朝倉文夫コレクション展

 彫刻が好きで、機会を見つけて彫刻巡りをしている。なぜ彫刻が好きかというと、彫刻は自分の手で触ることができるからだ。絵は目で見るが、彫刻は触りながら鑑賞できるからだ。五感を総動員して、創作の秘密に接近できる。審美眼や芸術心の乏しい私にも少しは芸術を味わえる点が嬉しい。

 実際に作品に手を触れることのできる美術館は多くないが、それでも佐川美術館(滋賀県)は触ることができた。手で触ることができれば、作品との距離も縮まると信じるが、まだまだそれが許される美術館は少ない。絵画の写真を自由に撮れる美術館もある。ワシントンのナショナルギャラリーやニューヨークのメトロポリタン美術館などはそうだ。撮影禁止は作品保護の面もあるだろうが、この違いは何なのだろう。

 朝倉文夫コレクション展を東京芸術大学大学美術館(東京都台東区上野公園)で学芸員によるギャラリートークを聞きながら鑑賞した。彼の作品は住居兼アトリエの朝倉彫塑館(台東区谷中)で展示されているが、保存修復工事のため長期休館中の同館に代わって、作品の一部が公開された。これだけまとまった朝倉作品を見られる機会はこれまでほとんどなかったという。パート1は朝倉彫塑館所蔵作品、同2は動物を中心とした芸大コレクション。

 朝倉文夫(1883-1964)は明治16年に大分県大野郡池田村(現豊後大野市朝地町)で生まれた。渡辺要蔵・きみの3男で、8歳で朝倉家の養子となり、朝倉姓を名乗った。幼少時から囲碁、俳句をたしなみ、正岡子規に傾倒。弟子入りせんと明治35年上京したが、2日後に子規の訃報に接した。身を寄せていた実兄の彫塑家・渡辺長男宅で彫塑と出会い、翌年、東京美術学校へ入学。若くして文部省美術展覧会(文展)に入選、受賞を重ねて作家としての地盤を固めていく。その後、東京美術学校教授として教えた。

 朝倉作品は①裸婦などの芸術作品②大隈重信像、本因坊秀哉像、九代目團十郎像などの肖像彫刻③愛玩した猫などの動物―の3分野に大別される。

 朝倉文夫の仕事は「彫塑」(ちょうそ)で、彫刻とは違う。だからこそ、彼は自分のアトリエを「彫塑館」と名づけた。これまで彫刻も彫塑も同じものだと漠然と考えていたが、どうやら違うらしい。「彫刻」は木や石を外から掘っていくが、彫塑は粘土(土くれ)をこねて作り上げる。製法が全く異なるのだという。

 彫刻も彫塑も明治以降に作られた造語(翻訳語)で、彫刻という言葉は彫塑を含んだ言葉ともいわれる。立体芸術と呼べば、両方を包含するのかもしれない。朝倉文夫は自らを「彫塑家」と呼んだという。作家としては大きな違いだろうが、鑑賞する側からすれば、あまり変わらない。

 

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