『戦後70年』対談

カテゴリー: 会見メモ, 政治/外交/国際/軍事

2014/09/11  23:42


対談する2人

対談する2人

 

テーマ:シリーズ企画「戦後70年 語る・問う」①
ゲスト:赤坂真理氏(作家)/原武史氏(明治学院大学教授)
2014年9月11日@日本記者クラブ

 

来 年は第二次世界大戦が終わって70年の節目の年を迎える。終戦後70年だ。新しいシリーズ企画が始まった。それはそれでいいのだが、対談とは言いながら、 赤坂氏の発言があまりにも少なく、口も重く、声も低い。後ろに座っていたせいか、よく聞き取れなかった。赤坂氏の場合、どうやら「呼吸する」ことがひどく大事なことらしい。

赤坂氏は『東京プリズン』(河出書房新社)を発表した2012年にも、「著者と語る」のテーマで、クラブゲストとして来ている(12月10日)。自分の印象が間違っているかもしれないと思い、Youtube動画で確認しようとしたが、動画は公開されていなかった。理由は分からない。

赤 坂氏は2012年に出版した『東京プリズン』(河出書房新社)で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞を受賞した旬の作家。直近出版の『愛と暴力の 戦後とその後』(講談社現代新書)では、憲法や天皇制といった戦後最大のテーマを扱った作品を発表していることから、クラブが彼女をゲストに呼んだのは理 解できる。

ただ、この対談を聞いて、遅まきながら、「戦後」を考える契機にしようと考えた自分には辛かった。著書を作品を事前に読み、作家としてのバックグランドを押さえた上で会見に参加すべきだった。安易だった。

取材した経済人の中で、相づちを全く打ってくれない人物がいたことを思い出した。相づちを打たないまでも、少しは頷いたり、顔をかしげたりしてくれれば、それはそれで相手の反応の一端を知ることができるのだが、黙ってじっと見つめられると、こちらが不安になってくる。

そうした場合、もっと何か言わないといけないと自分で自分にあせってしまい、混乱してしまうことになる。インタビューもある意味では言葉のキャッチボールだから、相手の反応がないと、質問するこちらも困るのだ。

原武史氏は元日経記者。サービス精神が旺盛で、自説をたっぷり開陳してくれた。こちらが1しゃべれば、10ほど返ってくる。これほどこちらが楽な、非常に有り難いと言えば有り難い相手であるが、それでは対談にはならない。この対談は当初、赤坂氏単独の予定だったが、同氏が尊敬する原氏との対談になったようだ。

どうでもいいことを長々と書いた。経済畑を歩いてきた自分は、政治や政治的なこと、政治制度や天皇制など政治に絡んだ仕組みや仕掛けなどについては関心がありながら、どちらかと言うと、距離を置く志向があった。政治的なるものに、権力的、欲得的、打算的なものを感じて、あえてそれに反発する性向があった。

普通、そうした性向は成長の段階で修正されていくものだが、どうも自分はそうではなく、今もその性向を捨てきれない。その性向を今に至るまで引きずっているらしい。政治思想に興味を持ちながら、それに深入りすることを回避しようとする傾向がある。

赤坂真理氏や原武史氏の言説に関心はあったが、その内容を知ろうとはしてこなかった。バックグランドとして知る必要はあったものの、その余裕はなかった。「赤坂ワールド」には少しずつ入っていくことにしたい。

原武史氏の専門は政治思想史。テーマは天皇、鉄道、団地など、当たり前に存在するもの。当たり前にあるからこそ、普段はほとんど意識しない。しかし、われわれの日常的な価値観を作り出しているものはこうした当たり前に存在するものであることも確かだ。

この日の対談は9月9日に公開された「昭和天皇実録」に関する話から始まった。最後は「戦後におけるアメリカ」だった。勉強が足りないことをあらためて痛感した。原氏については、歩きながら考える、大人のウェブマガジン「salitote さりとて」を読んだ。

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