「本当に必要な情報は足りない」

 

講演会のパンフ(日比谷カレッジ)

講演会のパンフ(日比谷カレッジ)

 

在米ジャーナリスト、菅谷明子(すがや・あきこ)氏による「米国メディア激変に見る社会に不可欠な情報とは」と題した講演会が7月8日、千代田区立日比谷図書文化館で開催された。

米国ではワシントン・ポスト紙やニューヨーク・タイムズ紙などを含め大手メディアが部数を大きく減らす一方、ソーシャルメディアが急成長し、新たな動きも高まっている。菅谷氏はハーバード大学ニーマンフェロー(特別研究員)として、ソーシャルメディア時代のジャーナリズムを研究。現在はニーマンジャーナリズム財団役員を務めている。主著は『メディア・リテラシー』(岩波新書)。

菅谷氏は、既存の米ジャーナリズムが衰退している一方、新メディアのスタートアップ(立ち上げ)が百花繚乱でもあると指摘。具体的にはハフィントンポストに代表されるアグリゲーション(他社記事のまとめサイト)ジャンルが確立されたことを紹介した。

情報過多で、どんな情報も簡単に手に入るのが今のネット社会。しかし、「これだけ情報があふれていながら、大事な情報は圧倒的に足りない」と菅谷氏は指摘する。むしろ、社会が本当に必要とする情報は全く不足している。

しかし、そうした情報を取得するのは個人では限界がある。社会に不可欠な情報を得るためには、記者が問題の深層に迫る「調査報道」が重要だと主張する。掘り起こさなければ表面化しない問題は数多い。

一般紙の記者からは、現場レベルでは調査報道に取り組む努力を少しずつはしているとの意見が述べられた。菅谷氏は、これについて、「一般の人が調査報道の価値を分かるようにする『パッケージ化』が足りない。普通のニュースとどこがどう違うのか、そのニュースにはどういう価値があるのか、その記事が出ることによって政策がどういうふうに変わり、どういう価値が生まれたかなどを分かりやすく伝えていく。そういう努力がもっと必要だ」と指摘した。

国民の『新聞離れ』が起こっていることについては、「大事なことは新聞が生き残ることではなく、そこにまた来たくなるような新聞を作ることだ。どういうふうな情報を提供すれば、若者が読みに来るのかを考えることが重要だ」と述べた。グーグルで検索しても絶対にない情報や、市民にとって必要な情報を提供することが大事だと語った。

「ジャーナリストは専門家ではない。専門家のほうがもっと詳しいし、専門家とは立ち位置がそもそも違う。ジャーナリストはあらゆるしがらみから独立し、利害を批判的にみながら情報を発信している」。

読ませる魅力的な文体を持った記事でなければ、読者を獲得するのは難しい、とも指摘する。そうするためには、個々のジャーナリストが個別の体験から問題意識を開いていくしかないとした上、「誰に向けて書いているのか。距離感を意識しながら、書いていくことが必要だ」と強調した。

菅谷氏によると、米国ジャーナリストには、「ジャーナリズムは民主主義の基盤」だとの認識が強い。ここは日本とかなり違う。それゆえ、単に事実を書くだけではなく、調査能力もあるし、文章力も持っている。読者の側も「この会社のあの記者の書く記事だからお金を出したい」という気持ちが強い。

日本の新聞業界の場合、「マスを狙いすぎ。マスコミがリテラシーを下げている。記事が物足りない」という。日本も「ここでしか読めないという価値を作っていく。そういう価値を生み出せる記者を育てていく努力が必要だ」との考えを菅谷氏は示した。

菅谷氏は、日本のジャーナリズムに変化を起こすためには、市民が報道機関を批判するだけでなく、市民の側ももっと調査報道を支えていくことが必要だとの考えを一段と強くしているようだ。

日本のマスコミは産業としてもあまりに巨大すぎて、身動き取れない状態に陥っている。最大部数を誇る読売新聞は1000万人もの読者を意識している。そうした読者のご機嫌を損ねないような紙面を作ろうとしたら、差し障りのない無難な記事しか出てこない。つまらない記事しか生まれない。

いくら個性的な記者がいても、その個性が埋没していく。マスコミの賞味期限は過ぎても、あまりにも組織が巨大化し、急激な変化に対応できない。それを変えるのは至難の業だ。そんなものにエネルギーを投入するのは非生産的だ。

調査報道と言っても、政治や経済、社会の深層に迫るといった大上段に振りかぶったものでなくてもいい。もっと身近な社会に根ざした問題でもいい。そんなところでもっと知りたいこと、知らせたいことが数限りなくあるはずだ。そういうところから手を付けていくのもジャーナリストの仕事に違いない。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.