TKP貸会議室にたどり着けなかったアナログ高齢者の戯言
名古屋に本社を置く食品関連企業のセミナーの開催日が25日午後2時~5時だった。開催場所は東京駅八重洲口周辺だった。開催案内をプリントアウトして紙を胸ポケットに入れて現場に向かったが、残念ながら到達できなかった。私はまだ認知症患者でもない。高齢者ながら1人のれっきとした健常者だ(と思う)。それがなぜ着かないのか。なぜ着けないのか。この事実を自分で検証しながら悲しいアナログ人間の現実の姿が浮かび上がってきた。
会場は最近都内で実によく見掛けるようになった貸会議室を運営する「ティーケーピー(TKP)東京駅八重洲カンファレンスセンター」(中央区京橋1-7-1戸田ビルディング4階)。この社名、長ったらしくてすぐには覚えられない。
昔と同様、場所は「東京駅八重洲」と「中央口から徒歩5分」を確認しただけで出掛けた。最近TKPは雨後の竹の子のように数を増やしているものの、せいぜい2~3カ所だろうと高をくくっていた。しかし、八重洲周辺は広かった。日本橋、京橋も含めたエリアにはTKPと銘打った貸会議場が10カ所以上もあったからだ。
しかも、この日は台風の影響で雨が強かった。朝から台風21号が日本列島沿いに北上した関係から昼頃から風雨も強まり、私が都営三田線大手町駅で降り、東京駅八重洲口で地上に出たのは午後2時10分前ごろで、横殴りの雨と風がものすごかった。そうした中で私は八重洲周辺の迷路のようなビル群をさまよい始めた。
スマホはリュックのサイドポケットに入れたまま。手にセミナーの案内メモを持っていた。あとでメモに書かれている住所をスマホで検索すれば、もっと早く見つかったものの、それをしなかった。スマホはただ持っている程度の認識で、積極的に活用しようとはしていない。スマホを使う人間を馬鹿にしている面があるのも否定しない。
東京に住んで50年。自分の足を信じていた。自分の身体を信じていた。東京中なら大体歩いて知っているつもりになっていた。八重洲口周辺も何十回も来ており、よく知っているつもりだった。しかし、そうではなかった。シャングリラホテル東京も鉄鋼ビルディング本館も数年前には工事中だった。ここ数年の間に建ったビルばかりだった。
雨宿りのつもりで八重洲口のヤマダ電機のお兄さんに「この辺にTKPはないですか」と聞いたらスマホをいじって、「左のほうにありますよ」。このヤマダ電機自体いつできたのか知らなかった。「できて5年になりますよ」と言われた。そうすると八重洲に来たのは5年ぶりかもしれない。いったいどうなっているんだ。
それでも教えられた建物はTKP。しかし、同じTKPでも「TKP東京駅セントラルカンファレンスセンター」だった。9階から12階までのぞいたが、会場のセミナー名を見てもどうも違った。目的のセミナー会場ではなかった。
次ぎに行ったのが「TKP東京駅日本橋カンファレンスセンター」。ここで見つからなかったら、諦めて自宅に帰ろうと思った。立派なビルだった。しかしどうも怪しい。ベルを押したら、ドアの奥から受付嬢が何者かという顔で現れた。「東京駅八重洲カンファレンスセンター」の名前を出し、場所を教えてもらった。
受付嬢に嫌みのひとつも言いたかったが、そこはぐっと我慢して「それにしてもTKPはこの周辺だけでもたくさんありますね」と聞いた。「そうなんですよ。すみません」と言う言葉を聞いて外に出た。
しかし、雨が強く、風も吹いて途中でまた自分のいる場所がよく分からなくなった。貸会議室のありそうなビルの間をぐるぐる回りながら探したものの、八重洲通りを越えることはなかった。まさか探し物が通りの向こう側にあるとは思わなかった。家に帰って確認すると問題の会場は通りを越えたところにあった。どっと疲れた。
スマホで開催者に「ドタキャン」の連絡をしたのは午後3時を回っていた。しかし、なぜ着けないのだ。自分がスマホをきちんと操作できないためではないのか。それがきちんとできないことに納得が行かなかった。
スマホは悔しいが今は必需品だ。使えないなどといっておれない。使えないと生活できないのだ。だから若者も老人もせっせとスマホを使いこなそうと一生懸命になっている。しかし、自分にとってはこのざまだ。どうしようもない。
自分だけ使えないなんて許せないがこれが現実だ。確か今年8月に長野市に取材に行ったときも現地で目的地に着くために結局コンビニで地図を買った。実物の地図を買って調べるなんて今や誰もしないことだ。それをやらざるを得なかった。悔しい。
それにしても何でTKPの貸会議場が多いんだ。しかも、似たような名前を付けているのもおかしい。ノンブルでも打って1号館、2号館、3号館、4号館などとすればもっと分かりやすいのではないか。そんなことを歩きながらつべこべ言っている自分を知った。もう八つ当たりである。
TKP側にも事情があるのだろう。実はTKPは会議室を利用目的に合わせて「ガーデンシティPREMIUM」「カーデンシティ」「カンファレンスセンター」「ビジネスセンター」「スター貸会議室」の5つに分けている。
ガーデンシティPREMIUMは最先端のラグジュアリーオフィスバンケット・会議室に対応し、ガーデンシティは格式高いウェデイングパーティーやシックなデザインの立食パーテイー、大人数を収容可能な祝賀会などに宛てている。
カンファレンスセンターはゲストを招いての外部セミナーや懇親会、記者会見などのイベント開催用だ。今回の会場はこのカンファレンスセンターのようだが、それを知ったのは事後のことだった。後の祭りだった。ビジネスセンターは会議用途メインのカンファレンス施設の位置づけだ。
また、スター貸会議室は各エリアで最安値を目指した価格帯の会議室。地域密着型サービスを提供している。カンファレンスセンターとビジネスセンターの違いなどTKPの説明を聞いてみないと分からない。そんな名前を付けグレード分けするのはTKP側の勝手だ。
これは同社独自のグレード分けではあるが、一般の人からみれば、どこもTKPの貸し会議室にすぎない。むしろあそこもTKP、ここもTKPという具合だ。私も5分類あるなどとは全く知らなかったし、実は最近までTKPが「リージャス」(スイスIWG傘下の日本事業)を買収したことも知らなかった。
TKPは会議室数9975、座席数18万9909席(2019年9月末現在)を有する貸会議室業界ナンバーワンである。都心で高品質空間の貸し会議室を提供している住友不動産ベルサールは19年6月時点で都心に30カ所を展開中だ(建設中3施設も含む)。
TKPの河野貴輝社長は18年4月11日付の朝日新聞とのインタビューで、「ビルの空き物件を使った貸し会議室が20年東京五輪に向けて、都心を中心にオフイスビルの建設ラッシュが続くなか、なぜ今求められのか」について答えている。
河野社長が貸し会議室を始めたのは05年8月。きっかけは「デフレ不況で空き物件が大量にあった時代。物件を安く借りて、空間をコインパーキングのように時間貸しできないかと考えた。バブル崩壊後に企業が手放した保養所をセミナーホテルに変えるなど、社会が縮小する中で使われなくなった空間の『再生業』だ」という。
今なぜ貸し会議室が増えているかについては、「景気が良いと企業は人材にお金を回すので研修施設の需要が高まっている。もう一つは働き方改革で、出社しなくても出先や自宅で仕事ができる環境が整い、わざわざ会社に集まって会議をする必要がなりつつある。今後は、ターミナル駅前の貸し会議室に集合する時代になる」と述べた。
要は時代の先取りだ。考えてみれば、05年ごろは自分は何をしていたのだろうか。ほんの14年ほど前のことだ。常に時代を先読みし、見通しを持っている人はやはり違う。
貸し会議室業界には米国でシェアオフィスを展開する「ウィーワーク」という会社もある。設立から8年でIBMやマイクロソフトといった大企業が利用するようになっている。このウィーワークが日本のソフトバンクグループ(SBG)の傘下に入ったこともニュースになった。
SBGは10月、「ウィーワーク」を運営する米ウィーカンパニーに総額95億ドル(約1兆円)を投じる追加金融支援策を発表。「ウィーワーク」は18年4月以降、GINZA SIX、丸の内北口ビルなどを取得。12月には大阪なんば、福岡にも進出し、空きスペースを借りまくっている状況だ。
今やマイナス金利が定着し、金融はジャブジャブ状態。米国勢を中心に、日本勢の中でもSBGなどは金貸し業の中心的存在だ。確か少し前までは携帯電話事業会社だった、いまや金貸し業者に代わってしまった。金を転がし、目当ての物件に投入し、大きくさやを抜く。
お金を持っている者が世界を支配していく。持っていなくてもうまく借り出す会社が勝つ。どうしたらもうかるか、どうしたら金を稼げるか。こんなことばかり考える人間が頭を使ってマネーを積み上げていく。みんな株屋のまねごとばかりをしている。
だんだん愚痴が多くなってきた。私は単なる年金生活者。悔しいけれど、お金はない。卑しいこととは思わないが、むしろお金を稼ぐことを良いことだとは思わないできた。金融支配時代では負け組だ。しかし、今の時代がうらやましいとも思わない。
ただ私にとって今最大の課題はスマホをうまく使えないということだ。スマホも2年前にドコモのオリジナル「MONO」を買っただけ。その後は何もしていない。どうもこれは困ることのようである。
要は使い方も中途半端だ。スマホで電話とメールだけ。これでは使っているとは言えない。何でもデジタルではなく、アナログ中心だ。スマホの中をプリンターでプリントアウトして、活字を見ながら理解しようとしている。理解が決定的に遅い。
プリントアウトにはインクが必要。そのインクはビックカメラで購入するのだが、インク売場が段々縮小している。特に私のプリンターは米HP製だ。3年前に買ったときはトップブランドだったが、今はキャノンやエプソンに押されている。そのうち姿を消すのではないかと心配している。
何でもいったん買えばそれが一生使えると思ったら間違いだ。いつの間にか新機種が登場しているからだ。場合によってはシステムそれ自体が変わっている。驚くべきことだ。
ドコモも価格体系が変わった。MONOも買い直さなければならない。そういうことに頭を使わなければならない。自分の苦手な部分に時間を投入せざるを得ない。しかし、どうしても苦手なことは後回しになってしまう。
それで電車の乗り換えや目的地へ行くルート検索がうまくいかない。ルート検索がうまくいかないと、今回のようなことが起きる。どうすればいいのだろうか。
同じアナログ人間でも携帯もスマホも使わない人もいる。パソコンもやらない人もいる。そんな人を小馬鹿にしていた。しかし、紙をプリントアウトすることがアナクロ(時代遅れ)な時代がそこまでやってきている。ハードも店頭から消えてゆく。紙を印刷し、それで知的生産活動を行っている人間は不要かもしれない。
2025年は団塊世代が後期高齢者(75歳以上)に達するといわれる。人口も減少しており、5人に1人が75歳以上の「超・超高齢社会」の到来だ。
スマホを自由に使えないスマホ難民はどうすればいいのか。若者のようにどうしてもセミナー会場を探してセミナーに参加する必要がないのだろうか。いやそんなことはない。後期高齢者だってセミナーに参加し、より良い時代を生き抜く答えを知りたい。死ぬまで、せいぜいもがき続けるしかないのかもしれない。