【懇談会】何が新しいのかよく分からない岸田政権の「新しい資本主義」=「結果の不平等」固定化は認める-農中総研・南武志理事研究員
■資本主義が危機に
農林中金総合研究所の南武志理事研究員(調査第二部部長=マクロ経済担当)は20日、行われたオンラインによる懇談会で「マクロから見た『新しい資本主義』」について話し、質疑応答した。主な発言は以下の通り。
・資本主義や民主主義はわれわれが生きてきた中で味わってきた体制だが、この10年で見方、考え方が大きく変わってきている。1940年代、50年代、60年代は政府が中心で生活する上で「良い物」を作っていくという発想の時代だったが、70年代はスタグフレーション(物価が高騰する中で景気が悪化する)が起こった。巨大な財政赤字による高金利が発生し、民間活力を阻害した。
・80年代以降は英サッチャー首相、米レーガン大統領が登場。小さな政府を志向する経済運営(いわゆる新自由主義路線)が主流になっていった。規制緩和、市場機能による民間活力の発揮や所得税の累進構造のフラット化、法人税率の引き下げ競争が進んだ。
・2000年以降はそうしたことに歪みが表れ始めた。米総合エネルギー会社エンロンの破産もあった。2007年から09年にかけては世界金融危機前後から格差拡大への批判が強まった。
・Occupy Wall Streetの運動は1%の富裕層が米国資産の3分の1を所有することへの怒りを反映した。上から19%の資産家が半分以上を所有している。大規模なデモが起こっている。
・こうした中で仏経済学者トマ・ピケティが『21世紀の資本』という大著を発表し、これが売れた。資本主義には不平等が内包されており、それを解決するためには累進型の資本課税を導入する必要があるというのがその主張だ。
・昨年来、脱炭素化の動きが世界的な潮流として定着している。短期的な利益還元を最優先した結果、地球環境など長期的な課題への対応が遅れた。脅威が迫っている。
■要は玉虫色の「新しい資本主義」
・こういう中で昨年10月に岸田政権が発足した。「成長と分配の好循環」や「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとする「新しい資本主義」の実現を掲げた。何が新しいのか。
・「分配なくして次の成長なし」。分配政策が大きなテーマだった。これまでの株主資本主義や市場万能主義に基づく構造改革路線が生んだとされる所得格差の是正や中間層への手厚い分配に力点を置いた。
・今年度予算で医療・福祉・保育分野の従業員(エッセンシャル・ワーカー)への賃上げを実施するほか、22年度税制改正で従来の「賃上げ促進税制」についてさらなる拡充を図った。従業員の給与支給額を増やした企業を対象に、一定の税額控除を行った。「官製春闘」を主導した安倍晋三元首相と同様、3%超の賃上げを経済界に要請した。
・人への分配はコストではなく、「未来への投資」。これが「新しい資本主義」の引き金になるという意識が岸田氏にはあるのだろう。
・岸田首相は昨年の総裁戦を戦う中で自分なりの経済政策を提案する過程で、アベノミクスや菅首相の経済政策との差別化を打ち出す必要性に迫られ、その中から出てきた発想が「新しい資本主義」だ。自民党内の最古の派閥である「宏池会」(こうちかい、岸田派)の創設者・池田勇人氏の所得倍増政策を自分なりに練り直した政策ではないか。
・「分配なくして次の成長なし」と言っていたが、「好循環」とも言ってみて、つまりは「どちらもやりますよ」。アベノミクスを継承するとも言ったが、アベノミクスと政権運営の中では全く同じでもない。見掛け的には全世帯型の保障論だ。自民党である限り、他の人が打ち出す政策とそんなにブレはないのではないか。
■「結果の不平等」の固定化進む
・格差があるのは現実である。格差の固定化が起こり始めている。当然、「機会の平等」があった上で「結果が不平等」になるのは仕方がないが、「結果の不平等」がその子どもに受け継がれてどんどん格差が固定化していっている事態が日本で起きつつある。多分(既に)起きている。それを是正しますよと言ってはいる。
・分配ばかりやっていたら、逆に投資家の日本離れを引き起こしてしまう。いろいろ葛藤があって今の方針があるのだろう。最初は選挙対策で言っていた面が強いが、今の自民党の政策からそう離れたものではない。
・今や日本の人口は年間60万人減っている。1つの大都市が消えている感じだ。これがどんどん加速化していく中で、正しいかどうかは分からないが、「集約化」は1つの方向性だろう。効率性から考えれば、集積のメリットを活かす「コンパクトシティー化」は1つの発想ではないか。
・「新しい資本主義」の分からない点はアベノミクスから転換をするのか。
■金融政策で円安を止めるのは無理
・金融政策で円安を止めるのは無理だろう。円安を何らかの形で止められても、分配政策には影響を与えない。成長率を上げるとか円安を阻止するとか短期的目標とは別次元の話。円高になっていても円安になっていても「新しい資本主義」政策は変わらない。
・経済安全保障は岸田内閣の成長戦略の柱の1つ。経済安保を優先した挙げ句、成長率に悪影響が出る場面もあるだろうが、政権が進めようとしている経済安保は経済成長率を下げないためにどうするかという観点なので、視点が違うように思う。