【試写会】9歳で失明・18歳で聴力も失いながら大学教授となった福島智氏の人間賛歌『桜色の風が咲く』

この世界には、それでもが満ち溢れている

作品名:『桜色の風が咲く』
監督:松本准平
製作総指揮・プロデューサー:結城崇史
キャスト:小雪(福島令子役)
田中偉登(たけと)(福島智=青年期=役)
2022年10月14日@日本記者クラブ

 

■目も見えない、音も聞こえない「盲ろう者」

 

3歳で右目を、9歳で左目を失明、14歳で右耳を、18歳で左耳を失聴し、光と音の世界を喪失した「盲ろう者」でありながらも、母親が考案した「指点字」を支えに東京大学先端科学技術研究センター教授となった福島智の生い立ちを実話をもとに描いた人間賛歌だ。

「教師の夫、3人の息子とともに関西の町で暮らす令子。末っ子の智は幼少の頃に視力を失いながらも、家族の愛に包まれ、持ち前の明るさで天真爛漫に育つ。

やがて令子の心配をよそに智は投稿の盲学校に進学。親友もでき、高校生活を謳歌。淡い恋もする。たまに彼から届く手紙と言えば、令子が苦心して点字翻訳に難癖をつけてくる生意気ぶりだ。

だが、智は18歳のときに聴力も失う。暗闇と無音の宇宙空間に放り出されたような孤独にある息子に立ち上がるきっかけを与えたのは、令子が彼との日常から見出した、ある新たなコミュニケーションの”手段”だった。」(イントロダクション)

 

指点字通訳者の2人(左・春野桃子さん、右・前田淳美さん)に囲まれた福島智さん

 

■世界とつながる喜び

 

彼の”未来”を変えたのが母親の令子がとっさに編み出した「指点字」。外出する時間が迫る中、令子の忙しい様子がわからない智は、「遅れるやないか」と文句が止まらない。点字を打つ暇もなく、思い立って智の両手をとり、彼の手を点字タイプライターのキーに見立てて指でタッチしてみる令子。「さ、と、し、わ、か、る、か」と。智の笑顔が広がる。「わかるで!」

「指点字」におって智という存在が世界と再び世界とつながった瞬間だった。盲学校の親友は「指点字」で「君は孤独じゃない」「思索は君のためにある」と伝える。

智と令子が共有するのは、困難を乗り越えながら生きるがゆえの、物事を面白がることのできるおおらかなユーモアだ。「見えない。聞こえない。でも僕は”考える”ことができる」。これは強力だ。

 

同上

 

■盲ろう者に希望を与えた「指点字」

 

日本の盲ろう者(視覚と聴覚の重複障害者)は約1万5000人。世界では1000万人以上と言われる人が暗闇と無音の世界で生活上の不便と戦っている。

視覚障害者には声での会話が、聴覚障害者には手話や筆談などがあるが、盲ろう者ではコミュニケーションに様々な困難があり、いかにコミュニケーションをとるかが大きな課題になっている。

そのコミュニケーションの1つとして「指点字」が用いられている。「指点字」は福島智さんの母・令子さんが盲ろう者となった息子と言葉を交わしたい一心で、ふとしたことから考案した新しいコミュニケーション手段だ。

リアルタイムで息子の指に自分の指を重ね、点字を打つことで言葉を伝えることのできるコミュニケーション方法だ。聴力を失ってから両手の指を点字タイプライターのキーに見立ててタッチし文字情報を伝える。この考案がきっかけとなり、指点字は多くの盲ろう者に希望を与えている。

 

■情報ゼロはしんどい

 

終映後の記者会見で福島智氏はまず「関西人なのでざっくばらんに率直にお話していきたい」と述べ、質問をいただくときも「タブーなし」でお願いしたいと語った。会見要旨は以下の通り。

・全盲というのはテレビに例えると、画面を消した状態。音だけが頼りだ。これに聴覚障害が加わったら画面を消すだけでなく、音も消した状態になる。コンセントが抜けている状態。何も映らない。情報が乏しいとか情報が少ないというレベルではなく、情報がゼロになるんですよ。それがすごくしんどかった。

・どういうギリギリの状態にあっても、どこかでそういう状況を面白がるところがあって、落語が好きだと言ったが、もう1つSFも好き。極限状況を設定して人間がギリギリ生きていく中でユーモアも混在するという世界が面白い。

・宇宙船に乗ってどこかの惑星に不時着して光もなく音もないものの、食料と水と酸素がある。そういう環境の中で地球と交信できるか。コミュニケーションができるか。極限状況にいると自分で思ってどうにかサバイバルする。

 

■「思索は君のためにある」

 

・見えなくて完全に聞こえなくなったとき、使命や思索などの内面的な部分とおふくろが思いついた「指点字」という新しいコミュニケーション手段が始まったことが大きい。

・18歳のとき、「何で俺がこんな目に遭わないといけないのか」。「目が見えなくなって、その上耳も聞こえなくなった。俺をそういう状況にした存在はひどいやないか」と最初は思った。

・友人が「思索は君のためにある」というメッセージをくれた。「自分のことを深いところで見てくれている人がいるんだ」と思ってとても嬉しかった。

 

■人間は皮膚接触を望む

 

・3密を避けろと言われるが、必然的に密集してしまう。触れ合わないとコミュニケーションできない。情報が溢れる社会ではあるが、人と会話することが人間にとってすごく基本的な欲求であって、魂にとっての水や酸素みたいなものだ。

・コミュニケーションを奪われて、一時的にコミュニケーションの断絶状態になった。不便だとかつまらないというレベルのことではない。生きている上でのエネルギーを奪われ、自分が存在していることが確認ができない。障害があってもなくても他者とのコミュニケーションや対話がひどく重要だ。

・SNSなどを使ってネットでコミュニケーションすればいいのか。それだけでは満たされないのではないか。空腹の場合、ネットを介してそれを満たすことはできないし、助けることもできない。

・リアルで接していたら食べ物を分け合ったり相手を助けることもできるかもしれない。そういうことができなくても握手をしたり、ハグをすることはできる。ときにはけんかになって殴られることもあるかもしれないが、皮膚接触ができることは多分大きいんだろう。

・私たちはそれを望んでいるのではないか。そのことが図らずもコロナによって確認できたのではないかと思っている。

 

■指先の宇宙 『ぼくの命は言葉とともにある』(福島智著、致知出版社、2015年)

 

ぼくは光と音を失ったとき
そこにはことばはなかった
そして世界がなかった

僕は闇と静寂の中でただ一人
ことばをなくして座っていた

僕の指にきみの指がふれたとき
そこにことばが生まれた
ことばは光をはなちメロディを呼び戻した

ぼくが指先を通してきみとコミュニケートするときそこに新たな宇宙が生まれ
僕は再び世界を発見した

コミュニケーションはぼくの命
ぼくの命はいつもことばとともにある
指先の宇宙で紡ぎ出されたことばとともに

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.