【試写会】核兵器保有の正当性が強く語られる中、放射能汚染の怖さをあえて問うドキュメンタリー映画「サイレント・フォールアウト」~乳歯が語る米大陸汚染~
試写会:「サイレント・フォールアウト~乳歯が語る大陸汚染~」
監督:伊東英朗(いとう・ひであき)ドキュメンタリー映画監督
ナレーション:日本語版 加藤登紀子、英語版 アレック・ボールドウィン
2023年製作/1時間36分/ハイビジョン
2023年3月31日@日本記者クラブ
■テーマは米核実験による放射能汚染
元南海放送ディレクターでドキュメンタリー映画監督の伊東英朗(いとう・ひであき)氏によるシリーズ「放射線を浴びたX年後」の第3作である。
過去2作品は米国による太平洋核実験で被ばくしたマグロ漁船の漁師たちを取り上げたが、今回は、1950年代から60年代にかけ米国で行われた核実験による放射能汚染がテーマとなっている。
放射能汚染の影響が強いとされたミズーリ州セントルイスでは50年代半ばから抜けた乳歯を検査し、子どもが被ばくしたかどうかを確認する「乳歯調査」が行われた。カルシウムに似た性質を持つストロンチウム90は、骨や歯に留まる。抜けた乳歯を検査すれば、子どもたちが被ばくしているかどうかを証明できるからだ。
本作は「乳歯調査」の記録など4000ページを超える文書と、2022年6月から8月に米国内の被爆者、研究者など30人に行った取材をもとに、今なお続く放射能汚染の実態に迫っている。
7月から米国本土で上映活動を行うことで核保有国である米国で議論を深めるきっかけにしたい考えだ。伊東氏は、同シリーズ第1作「放射能を浴びたX年後」で2015年度日本記者クラブ賞特別賞を受賞している。
■「乳歯調査」で子どもたちの被ばくを証明
1951年からアメリカ国内(ネバダ核実験場)で始まった核実験は928回に及んだ。そのうち100回が大気圏内核実験だった。
大気中で行われた核実験によって生まれた膨大な量の放射性物質は、風でアメリカ各地に運ばれ、雨や雪とともに落ち、地上を汚染し続けた。米原子力委員会は調査の結果、ストロンチウム90が全米の牛乳を汚染していることを把握していたが、国民に知らされることはなかった。
ところが1950年代半ばから、大陸が放射能汚染していることを国民は徐々に知ることとなり、特に放射能汚染の影響が強いとされるセントルイスで女性を中心とした大きな動きが生まれる。それが「乳歯調査」と呼ばれる活動だった。
調査の対象は子どもたちで、子どもたちが被ばくしているかどうかに関心が集まった。最終的に集まった乳歯は32万本。分析の結果、子どもたちの被ばくが裏付けられた。
その事実を受けたケネディ大統領は1963年、大気圏内核実験の中止を決断。女性たちの行動が大統領を動かした。
アメリカ市民の被ばくは食い止められたかのように見えたが、2017年、ネバダ核実験場からはるか離れたアメリカ東部のハチミツから核実験由来のセシウム137が発見された。集められた100を超えるハチミツのうちおよそ半分から検出された。
放射能汚染が過去の話ではないことを裏付けた。
■米でムーブメントを起こしたい
伊東英朗監督は今回の第3作のテーマであるFALLOUTプロジェクト(映画製作と上映活動)について、「1000人近い支持者による寄付金1700万円の資金協力と文化庁の助成金500万円の合計2200万円で実現した」と感謝を表明した。
今回上映した日本版を基にアメリカ版を製作し2023年7月頃からアメリカ全土で上映ツアーを行う方針。ナレーターもハリウッドで活動している俳優アレック・ボールドウィン氏を起用し、「アメリカ全土の放射能汚染を実証した」この映画をメジャーにすることを狙っている。
監督は既に「放射線を浴びたX年後」Ⅰと同Ⅱを製作したが、基本的に日本国内での活動が中心だった。この映画を作ってムーブメントを起こそうとしたが、「なかなかムーブメントは起きなかった」という。
個人的には反核、反原発論者だが、声高にそれを言うつもりはあまりない。伊東監督は「日本には放射能を怖がらないでという論調があるが、本当の放射能の怖さを知っているのかと言いたい。これが言いたいことのすべてだ」と語った。
どうやって伝えていけばいいのか。マグロ漁船の被ばく問題をフォローして19年になるが、「自分たちの国を守るために使った核兵器で自分たちの国の人を被ばくさせている」。「このことを米国民はほとんど知らない」と言う。
■米全土も放射能に汚染
米国で上映したが、専門家などを集めて上映会で彼らは「こんなことがあったのか」と言った。専門家も知らないならば一般の人は知らないはずだと確信した。
「アメリカの人たちにあなたたちが今持っている核兵器を作るためにあなたたち自身、子ども、孫などが被ばくされている。いいんでしょうか」と問いたい。
「米全土が放射能に汚染されているが、それでいいのか」と考えてもらいたい。それでも核兵器が要るということになればそれはその国の判断なので構わない。そうでないならば、大きな声を上げて問うてもらいたい。私は米国で大きなムーブメントが起きることを信じていると語った。
米国でムーブメントを起こすことによって日本でもその影響が出てくることを祈っている。同監督は「放射能の本当の怖さを知るモノサシがおぼろげながらやっているからいろんなところで問題が出てくる。汚染水の海上投棄にしても安全基準を作ったのは米原子力委員会であることも知ってもらいたい」と指摘した。
米原子力委員会は1951年から行われた同国内核実験によって、ストロンチウム90が全米の牛乳を強く汚染しており、それを児童が飲んでいることを把握していたが、国民に知らせることはなかった。