【桜】「女の時代」の到来で高齢社会もババが活躍しジジの役割は後退か
■昔と今は社会の仕組みが違う
関東エリアは春休みも5日で終わりである。6日から新学期が始まる。練馬区内に住む孫3人がわが家にやってきて束の間の休日を過ごした。
もっぱら子どもと相手をするのはババで、ジジが活躍するのは散歩に付き添ったり、車を運転して買い物に行ったり、一緒に外で食事をする場合に限られる。子どももどうやらジジよりもババのほうが好きらしく、ジジは敬遠される。
これはこれまでジジが家事に無縁だった咎めが出ているんだろう。家庭を顧みず、仕事一筋の人生だった。定年が来たからといって急に家庭人になれるわけではない。最近のように「家事折半」というようなルールもなかった。
家のことは結果的に家内に押しつけてきた。家内も専業主婦として家事を独占的に仕切ってきた。それが普通だった。しかし今は時代が変わって専業主婦そのものが少ない。ほとんどが男性と対等の総合職である。
かつての女の仕事は男の仕事をサポートする副次的な業務が大半だった。一流会社でも高校卒がたくさんいた。仕事も楽だったが、給料も安かった。みんなそんなものだと思っていた。
しかし今の男女は仕事で差がない。残業もするし、転勤も拒まない。給料も男女平等である。それが良いのか、あるいは悪いのか。社会の仕組みが違っていた。
■西行の桜を詠んだ短歌
見頃も含めて今年も各地でたくさんの桜を見た。大体がソメイヨシノで、ときどきヤマザクラだ。八重桜を見ることもある。
桜は単純にきれいだなと思うが、しかしそれ以上でもなければそれ以下でもない。やはりインパクトが乏しいのだ。美しいだけでは物足りないのである。
この桜に匂いがあればいいのになと時々思う。バラのような匂いがあればふるいつきたくなるのものだ。それがないのが少し悲しい。
確かにパッと咲いた桜はきれいだ。しかしまたパッと散る。強い風が吹いて吹雪のように舞って散る姿も確かにすばらしいものを感じる。それが日本人の気風に合っているのかもしれない。
■桜の歌人・西行
願はくは 花の下(もと)にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ(西行法師)
「歴人マガジン」によると、平安末期の歌人として有名な西行こと佐藤義清(さとう・のりきよ)。名家に生まれ若い頃から和歌や武芸に優れ、鳥羽上皇の警護を担うエリート武士集団「北面の武士」の1人にも選ばれている。
23歳の若さで突然出家し、全国を放浪しながら多くの和歌を詠み、松尾芭蕉や高杉晋作も西行を尊敬するなど後世に大きな影響を与えている。
西行は文治6年(1190)2月16日、73歳で死亡するが、生前残した名歌が前に記した歌。「願うことなら、旧暦2月15日の満月の頃、満開の桜の下で死のう」という意味だ。