【福島ドライブ】磐梯山の水蒸気爆発でできた「五色沼」の青に見せられた裏磐梯レイクリゾート=帰途には「郡山市立美術館」に立ち寄り石庭を眺める
■泊まったのは裏磐梯
正直言って、裏磐梯も表磐梯もよく分からない。家人の両親の故郷で、結婚した当時に両親の実家を訪ねたことは覚えている。その時に磐梯山周辺を車で走ったことも知っているが、それは昔も昔のこと。今はすっかり忘れている。
その磐梯山に40年ぶりくらいでやってきた。事前の勉強も何もせずに、出たとこ勝負でやってきた。情報は何もない。言い加減なものだが、仕方がない。
この磐梯山がよく分からない。自分のいる場所がどこかによって山の姿も表になったり裏に変わったりするからだ。福島県の地図も頭に入っていない人間には表裏を判断するのは難しい。
■1888年の水蒸気爆発で北側が爆発し、「五色沼」が誕生
磐梯山は福島県のほぼ中央に位置する活火山。標高は1816mで、日本100名山に選定されている。南側(猪苗代湖側)から見る「表磐梯」は会津富士とも呼ばれる秀麗な円錐形の山容をしている。
一方で北側から見た「裏磐梯」は、噴火の爪痕が残る荒々しい姿を見せる。1888年(明治21年)の大噴火では、山体崩壊で小磐梯山を吹き飛ばし、岩雪崩により桧原湖や五色沼など300余りの湖沼群を生み出した。
磐梯山は南側が表磐梯、北側が裏磐梯と呼ばれている。2007年には日本の地質百選に選定、また2011年には日本ジオパークに認定された。
磐梯山は約5万年前と西暦1888年の少なくとも2度、大規模な山体崩壊・岩雪崩を起こしている。5万年前の山体崩壊は表磐梯側で起き、川をせき止めて猪苗代湖ができたと考えられている。
1888年に裏磐梯側で起きた水蒸気爆発の結果、生まれたのが五色沼などの湖沼群。噴火ではなく水蒸気爆発だたっため熱い溶岩流に覆われたわけではなく植生の回復は意外に早く、今では風光明媚な観光地となっている。
■桧原湖では島めぐりも楽しめる
磐梯山が1888年に水蒸気爆発して山体崩壊し、岩雪崩が川をせき止め、数100もの湖沼が形成されたという。桧原湖、秋元湖、小野川湖のほか、それらに挟まれるように位置する大小30ほどの湖沼群が点在している。
五色沼の正式名称は「五色沼湖沼群」。五色沼という沼があるわけではなく、5つの沼でもない。様々な湖沼の色を楽しめるという意味で「五色沼」(ごしきぬま)と呼んでいるようだ。それも戊辰戦争よりも20年も後のことだ。
部屋から見える桧原湖は湖岸周31km。火山性の堰止め湖では日本最大の湖で、観光船も出ており島巡りを楽しむこともできる。桧原湖も川がせき止められてできた湖で、噴火後約2年の歳月をかけて、今の大きな湖となった。
■「五色沼」は必見の価値あり
裏磐梯レイクリゾートに宿泊。磐梯高原前から柳沼⇒青沼⇒るり沼⇒弁天沼⇒竜沼⇒深泥泥(みどろぬま)⇒赤沼⇒毘沙門沼⇒裏磐梯ビジターセンターまで散策した。
「五色沼自然探勝路」(全長約3.6km、所要時間約1時間10分)として整備されており、平坦な道が多く、子どもや老人でも楽々歩ける初心者コース。ただ熊の目撃情報の立て看板もあってそれを見ると警戒度は急に高まる。熊も人が怖いだろうし、人も熊は怖い。
17時30分頃に一度歩き始めたが、立て看板を見て引き返した。暗くなって歩いている人がいないと怖いものだ。無理をしなくてもいいと思ってしまった。熊ベルなりラジオなり音の出るものを携帯する必要を感じた。全く平和な地域などないのだ。
翌朝、朝食後の8時すぎから歩き始めた。行き交う人もいてあいさつをするのも嬉しい。ハイキングらしい気分になる。紅葉の時期はすばらしいだろう。
青を中心に水の色が違って見えるのだ。濃い青だったり薄い青だったり、見る場所、見る角度によって色が変わる。沼によって、エメラルドグリーン、コバルトブルー、ターコイズブルー、エメラルドブルー、パステルブルーと違う「神秘の湖沼」と言われるとか。
色が異なる要因は天候や季節、見る角度、水中に含まれる火山性物質などによると言われている。四季や天候、時間帯などによっても少しずつ違った色に見えるという。
■イギリス近代美術に特色
帰途、郡山市立美術館(福島県郡山市安原町)に立ち寄った。郡山へは裏磐梯から猪苗代湖を抜けて一般道を走ったので、美術館に着いたのは午後4時頃だった。
開館は1992年11月。ターナーやコンスタブルなどのイギリス美術、岸田劉生などの日本の近代美術、郡山市にまつわる地元ゆかりの美術家の絵画や彫刻のコレクションで有名だ。
建築家・柳澤孝彦氏設計による建物自体も美しく、1994年に第35回BCS建築賞、1998年には公共建築百選に選ばれている。
行った日には企画展「大川美術館コレクションによる20世紀アート120」が開かれていた。大川美術館は群馬県桐生市出身の実業家、大川栄二氏が約40年にわたって収集したコレクションを核としている。
パブロ・ピカソの「海老と水差し」、マリー・ローランサンの「女性の半身像」、ベン・シャーンの「ゴエスカス」、ユトリロ、ブラック、シャガールなどが取り上げられている。またアンデイ・ウォーホル、草間彌生など全部で120点が展示されている。
■建築物としても観賞する価値あり
美術館に入ると、先ず目に飛び込んでくるのが広い石畳の庭園と横に広がる優美な建物だ。この建築を担当したのは、新国立劇場や東京都現代美術館など日本国内の有名建築を手掛けた柳澤孝彦氏(1935~2017)。
設計を手掛けた柳澤氏にとっては、郡山美術館は独立して間もない頃の出世作であり、代表作の1つとなったと言われている。
郡山美術館は郡山市街から安達太良山までを一望できる緑豊かな丘陵地にあり、坂の上の駐車場からは、美術館の外観を俯瞰して見ることができる。階段を降りて長いキャノピー(天蓋)を進んでいくと、左手には広々とした石庭が広がり、背景の雑木林の山並みと調和している。
この長い通路をゆっくりと進んでいくことで、来館者は自然の景観を楽しみつつ、日常から切り離された芸術体験に自然と誘われるのだという。
また1階入口から入ると、エントランスホールから左側の展示室ロビーにかけて、100mほど長く続く奥行きのある空間が広がっている。この石庭に面するロビーや普及棟、カフェはガラス張りになっており、四季折々に色づく自然の風景を館内から味わうことができる。
ほかにも床や壁面には木材を使用し、建物全体に木目のあるホワイトコンクリートの打ちっ放しが多用されており、美術品だけではなく、建築物としても見どころの多い美術館だ。