【講演】三菱商事・マルハニチロの合弁会社「アトランド」の丸山赳司社長が話す国内最大級のサーモン陸上養殖事業=サーモンの地産地消モデルの実現を目指す

アトランドの丸山赳司社長

■アトランティックサーモンを陸上養殖

 

東京ビッグサイトで8月23日開催された第36回陸上養殖勉強会で、マルハニチロと三菱商事によるサーモン陸上養殖事業合弁会社「アトランド」の丸山赳司社長が同社の新規事業について話した。

天然物の魚を漁獲する海面漁業が普通の漁業だと思っていた私がむしろ工場で生産するような「陸上養殖」なるものが存在することを知ったのは2016年頃。それが発展し、ついに巨大資本の商社が新規参入するほどになった。驚くべき時代である。

シーフードショーは毎年行っているが、その中でも年々陸上養殖は最大のテーマになりつつある。今や漁業と言えば天然魚ではなく養殖魚を思い起こす時代である。第2の陸上養殖ブームの時代がやってきた。汚れた海はもう自然ではない。自然なのはむしろ陸上の工場なのかもしれない。アトランドの新規事業は見逃せないので書いておきたい。

同社の設立は2022年10月18日。丸山社長は三菱商事に入社後、水産部門を中心にトレーディングなどに従事。14年にはタイの水産加工大手とともにエビの養殖事業を立ち上げた経験を持っている。

アトランドの出資比率はマルハニチロ49%、三菱商事51%で三菱商事の子会社だが、実質上は「イーブン・パートナーとして会社運営を行っている」(丸山社長)という。

新会社の拠点は富山県入善町(にゅうぜんまち)。そこで汲み上がってくる海洋深層水を活用して「アトランティックサーモン」を陸上養殖していく考え。

 

■入善町は海洋深層水の活用が最大のメリット

 

入善町は富山市の北東、車で1時間弱。人口2万3000人。立山連峰から常に水が流れていく伏流水を使用できるのが大きなメリットだ。

水がたくさん豊富に取れる上、米作が非常に盛んである。同社の事業用地に隣接する土地でコメ卸最大手の神明子会社のウーケがパック御飯を生産して全国に販売している。ウーケも同じ黒部川扇状地の中を流れる伏流水や沖合い3キロ、水深384メートルの日本海固有水を海洋深層水として取水しコメを炊き上げている。

入善町の特産品の1つが町の花でもあるチューリップ。面積、本数が日本最大級で、色とりどりの鮮やかなチュ-リップが残雪の残る北アルプスを背景に広がる風景は町の誇りだという。

雄大な北アルプスを背景に、色とりどりのチューリップが絨毯のように広がる「にゅうぜんフラワーロード」が毎年4月に開催される。

 

■鮨ネタ1位はサーモン

 

マルハニチロのアンケート調査によると、回転ずしでよく食べるネタは男女を問わずサーモンが1位。サーモンが日本で刺身、特に鮨ネタとしてよく食べられている、食卓から欠かせない水産商材の1つになっている。

アトランドが養殖魚種として選定したのはアトランティックサーモン。別名大西洋サケ。全長約1メートル。サイズ的には5~6キロまで成長する。脂が乗っている。エサで脂が乗せられている部分もあるが、ムニエル、スモークサーモンとしてもよく食べられている。

生で売られているものとしてはノルウェーから空輸されているものが中心。

天然サーモンの一生は。日本の川で生まれ海に旅立ち、5年後に日本に戻って卵を産む。海水(海面)養殖の場合、14カ月から12カ月かけて4~5キロに育てられ、水揚げされて出荷されている。

世界で約280万トン、300万トン近いサーモンが養殖されている。9割がアトランティックサーモン。日本はうち年間100万トン。

 

■潜在需要が供給を上回るサーモン

 

世界の主要生産国はノルウェーとチリ。チリの場合、100万トンのうち70万トンがサーモン。ノルウェーでも145万トンのうち140万トンがアトランティックサーモン。供給余力は年間3.3%程度。世界的な潜在需要は4~6%。アトランドが陸上養殖を始めようと思った理由は世界的にサーモン生産国が限られている中で生産余力が少ない中で潜在需要が大きいことが決めてになった。

日本を考えた場合、2カ国に供給に依存するよりも自分たちで供給の元を作りたいと思ったのが陸上養殖を始めたいと考えたきっかけの1つだ。

ノルウェーからは主に飛行機で、チリからは冷凍のコンテナ船で日本に入ってきている。特にノルウェーから運ばれてくるサーモンは生で空輸されスーパーなどにも置かれているが、飛行機で運ぶこと自体C02の発生にもつながる。

ならばノルウェー、チリからすごく遠い日本でサーモンを作ってしまうことによってCO2を出さなくてもサーモンを提供できる。

 

■実現性の高い閉鎖式システムに注目

 

チリ、ノルウェーの生産余力が年間3.4%しかないと述べたが、その主な背景としては養殖増産余力が乏しい点にある。

かつては過剰給餌をし環境への悪影響もあったが、両国政府が規制を張って管理コントロールを厳格化している。現在の規制では生産数量を増やせない。

そもそも海面養殖が持っている課題も多い。プランクトン大量発生、赤潮、海シラミなどの寄生虫などの発生で魚が死んでしまうリスク、網が破れたりして逃亡のリスク、害獣がサーモンを食べてしまうリスク、病害の発生リスク)などが存在する。両国政府は対策を講じているが、依然残っている。

陸上養殖以外にも様々な養殖の技術の研究が進められている。実現可能性が一番高い閉鎖循環式(RAS)システムに注目した。

飼育槽の中に魚を飼う。濾過槽で常に水を循環しながら戻して魚を飼育する。十分生育した魚を水揚げし出荷前調整(血抜き・加工)をして消費者に販売する。これが陸上養殖のシステム。

 

■「おいしい魚をいつまでも」

 

「自然と人にやさしく、おいしい魚をいつまでも」。魚を養殖して出荷して商売をしていく。民間企業としての目的以外に、事業を通じて社会へも配慮したビジョンを掲げている。

陸上養殖の技術はある程度確立されているとはいえ、これからまだまだ発展していく技術と考えている。日本で技術を発展させていける技術者を生み出していく。それに貢献したい。

具体性はまだない。これを実装していく必要がある。グリーン養殖×スマート養殖。この2つを実現することによって養殖事業に新たな価値を創出していく構想を持ってやっていく。

グリーン養殖についてはノルウェーから運ぶよりもCO2の削減につながる地産地消型ビジネスモデルの実現を目指す。入善町で海洋深層水を汲み上げている。

当社新工場では常に一定量の深層水を足しながら陸上養殖を行うつもりだ。一端水を入れたらそれをずっと循環する完全閉鎖型の養殖業者もいるが、海洋深層水の特徴を最大限活かすつもりで養殖環境を整えていく。

サーモンは13度から14度が適温。比較的冷たい。どうしてもそれなりに電気代が必要だ。深層水を使うことで電気代やCO2を削減していく。

ウーケでも深層水を利用している。パック御飯を炊くには伏流水を使っているが、炊くことによって温まった部屋を冷やすために熱交換として深層水を活用する。それが何と13度。ウーケで使った深層水の二次利用を検討している。

 

■低脱炭素化、デジタル技術の活用

 

陸上養殖はデジタルと相性が良い。すべてが陸の上で行われるので飼育ポンプ、酸素のPH、給餌量、魚のバイオマスなどすべてをデータで取得できる。

日々の養殖管理もできるうえ、手書きやエクセル処理していたところをデータで行えるようになる。集められたデータベースを基に、これまでは養殖経験の長い人しか分からなかった給餌量なども、将来的にはシステムが提案してくれるようにしたい。

現時点は設計段階。来年から建築を開始したい。2025年に淡水から飼育を開始し、2年後には初出荷を迎えられる。年間2000トンから2500トンの間くらいの出荷を予定している。ノルウェーから日本に入っている生鮮サーモンは年間3万トン~4万トン。全体量の5~6%程度。足が長い事業ではあるが、ビジョン、スローガンを磨いていく。ただ魚を作るだけではない。そこで得られるデジタルなどにも貢献していきたい。

 

■販路は地元をはじめ首都圏、関西圏、海外も

 

マルハニチロの試験場でアトランティックサーモンを育てている。地元への貢献も含めて首都圏、関西圏に販売していきたい。タイや韓国など海外への輸出も考えている。

技術の再循環も重要だ。誰が蓄えていくのか。やっぱり最後は人が現場で管理するのが大事になってくる。

アトランティックサーモンは5キロ、6キロと大きく、それに耐えられるような、実証実験されているような北欧企業の設備のほうが日系より一歩進んでいるのではないか。今は北欧企業の技術を使うのがベストと考える。魚を飼うのは水槽だが、育てた魚を別の水槽に移すときや出荷する場合には移送などを含めて技術が必要と考える。

三菱商事は2014年、サケ養殖・加工で世界3位のノルウェー企業、セルマックをTOB(株式公開買い付け)で買収完全子会社化している。同社はサーモンビジネスでは世界的な存在で、陸上養殖はその一環と考えられる。

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