【謹賀新年】亀戸天神・浅草寺へ初詣に出掛けている元旦に石川・能登で震度7の地震=2日には羽田空港で日航機と海保機が衝突炎上事故
■今年は元日に亀戸天神に初詣
今年も新年が始まった。元旦は予想外に好天だった。青い空が一面に広がり風が少し強かったものの、日差しが暖かかった。ただ日陰に入るとグーンと気温は下がる。やはり冬は冬である。
今年はカレンダーの都合もあって来客ゼロ。夫婦2人でしんみり過ごしている。天気が良かったのでおせちをいただいたあと、初詣に出掛けた。来客があるとそうもいかない。
去年の初詣は東京の下町・深川の富岡八幡宮(東京都江東区富岡1)。宮司殺害事件もあって権威は落ちているものの、境内には横綱力士碑などもあってそれなりに地位は確保していた。
すぐ隣には成田山の東京別院「深川不動堂」もあって、参道入口にある「深川伊勢屋」には長い行列ができていた。名物のだんごのほか、あさりの入った「深川めし」も忘れられない。
■太宰府にならって作られた社殿、心字池、太鼓橋
富岡八幡宮もそうだが、亀戸八幡宮(東京都江東区亀戸3)に参拝したのも生まれて初めて。JR総武線「亀戸駅」北口より徒歩15分。学問の神様、菅原道真公(天神様)を祀る。
寛文2年(1662年)、菅家の後裔の菅原大鳥居伸祐公が九州の太宰府天満宮より勧請。地形をはじめ社殿や桜門、太鼓橋などの境内の結構をすべて太宰府の社にならって造営したのを起源とする。
爾来、亀戸宰府天満宮とも号され、朝野の信仰厚く、また行楽の名勝地としても喧伝されて繁栄をみせ、江戸庶民信仰の本源として関東天神信仰の中枢を占めている。
太宰府天満宮にならって作られたという社殿、回廊、心字池、太鼓橋が配置された社はすばらしい。2月の「梅まつり」には約300本の梅が咲き、5月の「藤まつり」には心字池の上をたくさんの藤が紫で彩る。秋は「菊まつり」である。まさしく「花の天神様」だ。
■浅草寺で御朱印をいただく
亀戸天神を離れたのは午後4時頃。押上駅から2駅乗るとすぐ浅草雷門。そこは人人人の海。そのほとんどが外国人だった。
警察車両が雷門の前で人流を規制していた。仲見世を歩いてそのまま直接浅草寺には行けない。仕方がないのでどうしようかと考えていたら、雷門横にトンカツ屋があった。
これから別の店を探すのも難だなと思い、思い切って「とん久」(台東区浅草1)のドアを押した。畳席に通されたが、座りずらい。そうこうしているうちにテーブル席が空いてそちらに移った。
待っているうちにカウンター席で「能登で地震」というニュースが入った様子。少し疲れていたのでスマホも見なかった。1964年創業の老舗洋食店。インバウンド(訪日観光客)も多い。
とんかつがメインだが、かきフライとエビフライ、それにヒレカツのミックスフライを食べて途中から警戒中の警察官に仲見世通りに入れてもらい船和で久寿もちを買い、結局浅草寺にお参りした。
お参りしたのち御朱印をもらい、帰途は車中でぐっすり居眠り。練馬からは西武バスにのって帰宅したのは19時を回っていた。テレビを付けてびっくり仰天。石川県志賀町で震度7の大地震が発生していた。
■石川・能登に震度7の大地震
地震の発生は1日午後4時10分ごろ。石川県志賀町で震度7を観測した。北海道から九州にかけて広く揺れた。気象庁は一時、能登地方に大津波警報を発令。同県輪島港で1.2m以上の津波を観測した。
石川県などによると、県内の死者は3日午後6時56分現在72人。生き埋めなどがまだいるもようで死者の数は今後増える見通し。輪島市の観光地「輪島朝市」周辺では大規模火災で約200棟が全焼した。
震度7を観測したのは2018年の北海道胆振東部地震以来で、石川県では初めて。大津波警報は11年の東日本大震災以来の発令となった。
津波は金沢市で90cm、富山市と山形県酒田市で80cmを観測したほか、北海道から長崎県にかけてみられた。石川県珠洲市などの沿岸部で住宅被害が出た。
輪島市ではビルが倒壊し、各地で家屋の倒壊も相次いだ。逃げ遅れた人がいる可能性もあり、被害の全容はまだ判明していない。
気象庁によると、2日午後6時までに震度1以上を観測した地震が218回発生。震源は能登地方で震源の深さは16km、地震の規模は阪神・淡路大震災(M7.3)を上回るM7.6と推定される。輪島市などで震度6強、新潟県長岡市などで震度6弱を観測した。
このほか富山県や福井県で震度5強、長野県や岐阜県で震度5弱、大阪市や名古屋市で震度4、東京23区や横浜市で震度3を記録した。
政府の地震調査委員会は「震源が浅く、地震の規模も大きいことで激しい揺れが起きた」と指摘している。今回の地震の深さは16kmと阪神大震災と同程度、新潟県中越地震は13kmだった。
■2日には日航機と海保機が羽田滑走路上で衝突炎上
石川・能登地震にびっくり仰天しテレビに釘付けになっているうちに2日午後5時47分頃、羽田空港で起こったのが日本航空機が着陸直後に解除保安庁の航空機との衝突炎上事故だった。
幼児8人を含む乗客367人と浄因2人の計379人は全員機体から18分以内に脱出完了し、いずれも命に別状はない。海保機に搭乗していた職員6人のうち機長1人が脱出、5人は死亡した。
航空機同士が滑走路上で衝突するのは異例の事故で、日航機の乗客乗員の脱出が遅れれば人的被害はさらに拡大する恐れがあった。
事故はC滑走路で起きた。新千歳発ー羽田行きのJAL516便エアバスA350型機が着陸し滑走路上を減速中、海保の航空機と衝突炎上した。乗客乗員は脱出シューターを使って脱出した。うち17人は負傷した。
海保機は羽田航空基地所属のボンバルディア機。同機は能登半島地震の被災地支援で物資を搬送するため、新潟航空基地へ向かっていた。