【映画】ベストセラーエッセイ集「九十歳。何がめでたい」を映画化=「アップデート」できない”昭和のおじさん”に「面白い爺さんになりなさいよ」とエール
タイトル:「九十歳。何がめでたい」
キャスト:草笛光子(佐藤愛子役)
唐沢寿明(吉川真也役)
原作:佐藤愛子「九十歳。何がめでたい」
「九十八歳。戦いやまず日は暮れず」(小学館刊)
監督:前田哲
7月24日@アップリンク吉祥寺
■「九十歳。何がめでたい」は苦し紛れの捨てセリフ
脚本家・大島里美氏はパンフレットのインタビューの中で、タイトルの「九十歳。何がめでたい」はエッセイの連載開始時に、作家の佐藤愛子氏(映画では草笛光子氏が演じている)がヤケクソで考え出したと明かしている。
大正12年(1923年)生まれの佐藤は2013年に90歳を迎え、2023年には100歳になったはずだが、老いてますます元気だという。
90歳も過ぎて別れた夫・田畑麦彦を「晩鐘」で描いた佐藤愛子は断筆宣言。毎日ぼんやり過ごしていたが、「女性セブン」から連載エッセイの依頼が舞い込んだ。
「特に新しいことを考えて書いたわけでも、何か特別な想いを込めたものでもなく、相も変わらず憎まれ口を叩くという、そんな気分でしたかね。私はいつも自然体を心掛けているだけです」
そこでひねり出したタイトルが「九十歳。何がめでたい」だ。混沌とするこの現代日本において、「九十歳のヤケクソ」な本音をエッセイにぶつけた。
生きづらい世の中を”一笑両断”である。歯に衣着せぬ物言いが評判を呼び、世代を超えて多くの人に愛されたエッセイが誕生した。
■吉川を登場させることで物語に起伏
一度断筆宣言しながらも再び筆を執ったエッセイが世の中の人々の心を捉えベストセラー化。そんなおいしい題材を放っておかないのが現代社会だ。
『老後の資金がありません!』(2021)でヒットを飛ばした前田哲監督は実写映画化に当たって原作のエピソードから、愛子と一緒に暮らす娘と孫の、女性3世代のあけすけな日常と人生相談を「妄想の世界」として具現化する構成を考えた。
それに待ったを掛けたのが大島里美(脚本家)。愛子とコンビを組み、ベストセラーを生み出す吉川真也役(唐沢寿明)のキャラクターを生み出した。
「最初は、3世代の女性による、家族の小さな話という方向性もありましたが、愛子先生のやや攻撃的で正直な言葉に励まされる”お客さん代表”的な存在がいたほうが、映画を観る人がより感情移入して楽しめるのではないか」(大島里美)
「吉川の登場で、エピソードの羅列ではなく、物語に起伏をつけるメリットも生まれる。悲哀を抱えた2人が出会い、反発し、仕事はうまくいくけれども、ケンカをして、最終的には仲直りをする王道の流れです」
■妻からは「夫が嫌いです」
物語の起爆剤として物語に投入される唐沢寿明氏(吉川真也役)。大手出版社に勤める中年編集者だが、部下への昭和気質で前時代的なコミュニケ-ションがパワハラ、セクハラだと問題となり、謹慎処分が下されていた。
妻の麻里子(木村多江)からは「夫が嫌いです」とはっきり宣告され、娘の美優(中島瑠菜)にも愛想を尽かされ、仕事にプライベートに悶々とする日々を送っていた。
唐沢寿明氏は吉川のことを「ステレオタイプな時代遅れの男だね。ちゃんと仕事をして、家に給料を持って帰っているのだから、別に家族サービスなんかしなくてもいいだろう?という考え方。僕よりひと回り上の世代の、うちの親父もそういう感じでした」という。
「時代が変わると、当然その歪みが出てくる。総じて女性の方が時代の変化に敏感だから、言ってもどうせわからないし、もういいやって、出ていっちゃうわけだよね。話し合う価値のない、自分を変えられない人。だから吉川の人生はうまくいかない」
■「プライドは少しでも早く捨てちゃいな」
そんな器の小ささもどこか憎めず、哀愁すら漂う”昭和のおじさん”吉川に、共感を寄せる男性客も多いのだとか!?と言われて唐沢は、「うまくいってないんじゃないの」と指摘する。
「『俺にはこういう生き方しかできない』って、一見格好良く聞こえるけど、そういう人は苦労するよね。だって周りは、その人のために変わってくれないんだから」とズバリ。
「自分が変わる勇気さえ持てば、簡単なことなのに、1円にもならないプライドが邪魔をする。プライドなんて、1秒でも早く捨てた方が、人生はうまくいくよ。職場でも吉川は、若い子にはセクハラやパワハラをしないようにしなきゃ、というところまでしか思いが至らない。それは変わったうちには入らないよね。人として変わる努力をしたわけじゃないから」と言う。
■「老いることは捨てること」と前田監督
前田監督もインタビューの中で吉川のことを「昭和をいつまでも引きずっている中高年は多いと思いますね。僕を含めて。『アップデートしろ』と簡単に言われても、ずっとそれで生きてきたわけだから」と同情する。
同情しながらも「でも本当はアップデートなんて、必要ない。相手の立場に立ち、自分の発言が相手にどんな影響を与えて、どんな気持ちにさせているかを、少し想像すればいいだけ。それに気付かないまま、良いと信じてきた価値観に固執して、捨てられない」と吉川のは厳しい。
前田監督は「老いることとは、捨てることでもある」と指摘する。「体力も気力もなくなって、若い頃のように、あれもこれもはできなくなる。割り切れるようになれば、しがらみやこだわりから解放されて、どんどん自由になっていく」と達観する。
■「面白い爺さんになりなさいよ」
90歳の草笛光子氏が90歳の佐藤愛子氏を演じる。草笛愛子が吉川にかけた「面白い爺さんになりなさいよ」という言葉は「すべからく老いゆく、すべての人へのエールにも聞こえます」。
前田監督は「いい爺さんでも、元気な爺さんでもなく、面白い爺さん。大島里美さんの秀逸なセリフです」と述べている。
草笛光子氏は「皆さんに90歳おめでとうございます」と言われるので、私90歳?なんですよね。毎日、老いと闘っていますが、90歳と闘ったら損。90歳は初めてで最後、闘わないように受け入れて、この歳を大事に生きてみようと思います」と感想を述べている。
■次は喜寿か
長く生きてくると、長寿祝いが次から次へとやってくる。昭和戦後派では会社勤めの定年は60歳。せいぜい64歳か65歳。定年と同時にやってくるのが60歳あるいは61歳の還暦だ。
還暦は会社が祝ってくれるのではなく大体が家族。私の場合、3人の息子プラスお嫁さん1人がお金を出し合って城崎温泉で祝ってくれた。
次いで70歳の古希。中国の詩人・杜甫の詩の一節「人生七十古来稀なり」に由来している。最近は70歳は高齢者とも呼ばれない超高齢化社会になりつつある。
77歳は喜寿。喜の草書を楷書にすると「㐂」と書き、字を分解すると十七の上に七が付いたような文字になる。80歳は傘寿(さんじゅ)。傘の字の略字「傘」を分解すると八十となるからだという。
88歳は米寿。米の字を分解すると八十八となるらしい。90歳は卒寿。卒の字の略字「卆」が九十と読めるから。
80歳まではすぐに来そうに思えるが、難しいのは米寿と卒寿。手が届きそうで届かない。あんまり期待せずに待っていよう。