【試写会】破壊される故郷を撮影し続けるパレスチナ人青年と彼に協力するイスラエル人青年のドキュメンタリー「ノー・アザー・ランド」

映画パンフレット

作品名:『ノー・アザー・ランド』(故郷は外にない)
監督:バゼル・エイドラ、ユーバール・アブラハム、ハムダーン・バラール、ラケル・ゾール
2025年2月21日TOHOシネマズ・シャンテなどロードショー

 

■破壊が繰り返されるパレスチナ・ガザ地区

 

2023年10月7日にパレスチナのイスラム組織ハマスがイスラエルに大規模な奇襲攻撃を仕掛けた。これに対してイスラエルはハマスの壊滅と人質の奪還を掲げてガザ地区に攻め入った。あれから既に1年半が経つ。

イスラエルとハマスの停戦は25年1月19日に発効した。停戦合意は3つの段階があり、第1段階は42日間(6週間)。

停戦、イスラエル国防軍(IDF)のガザ地区人口密集地からの撤退、ハマスによる人質の解放、ガザ地区の住民の居住地への帰還、患者や負傷者が治療を受けるための出国の促進などが含まれる。

停戦合意の履行状況には余談を許さないものがあるが、世界で最も古く、解決の難しいパレスチナ問題を終結する動きは続いている。

 

同上

 

■舞台はヨルダン川西岸最南部のパレスチナ人居住地区

 

本作品の舞台はヨルダン川西岸南部の最大都市ヘブロン郊外にあるパレスチナ人居住地区の1つ「マサーフェル・ヤッタ」。監督でカメラを回している青年バゼルはそこで生まれ、そこで育った。

人権活動家の両親の下でデモにも参加。住民たちが目の前で家や小学校、水道・電気などのライフラインを壊され強制的に追放されていく故郷の様子をカメラに記録し、世界に発信していた。

2019年夏。裁判所の決定を受けて、軍事訓練場を同地に整備するために銃を持ったイスラエル兵が村人を力尽くで追い出し、重機で家々を壊していく。

村人達は22年前に軍の整備計画に異議を申し立てていたが、裁判所がゴーサインを出したためだ。バゼルは双方の小競り合いをカメラに収めるべく活動する。

イスラエル人ジャーナリスト、ユーバールが彼を訪れたのはそんなある日。自国政府の行いに心を痛めていたユーバールは、バゼルの活動に協力しようと、危険を冒してこの地にやってきたのだ。そして彼もカメラを回した。

彼らは23年10月までカメラを回し続ける。

 

 

■「国境なき医師団」が報告書

 

民間の非営利医療・人道援助団体でノーベル平和賞も受賞している「国境なき医師団(MSF)」が公表した報告書によると、2023年10月から25年1月までにイスラエル占領下のヨルダン川西岸地区で、少なくても870人のパレスチナ人が殺害され、7100人以上が負傷した。

イスラエル軍にパレスチナ人に対する行為は組織的弾圧の一部であり、国際司法裁判所(ICJ)は人種隔離およびアパルトヘイトに相当すると評価している。

23年10月から1年間の状況をまとめた同報告書は、MSFのスタッフのインタビューを元にしたもので、「長期にわたるイスラエル軍の激しい侵攻と、厳しい移動制限が医療などの基本的なサービスへのアクセスを著しく妨げている」と指摘している。

またガザ地区での停戦後、ヨルダン川西岸地区の状況はさらに悪化し、多くのパレスチナ人がより一層、悲惨な生活環境に置かれ、身体的にも精神的にも甚大な負担を強いられている」と糾弾している。

 

 

■バゼル「僕にはここしかない」

 

破壊される故郷を撮影続けるパレスチナ人青年バゼルと彼を支えるイスラエル人青年ユーバール。しかし一定期間の取材を終えると、ユーバールはイスラエルに帰っていく。

ある夜、バゼルは冗談ぽくイスラエルに帰るユーバールに「逃げるの?」と問いかける。ユーバールは返事をしなかったが、バゼルは「僕にはここしかない」と言葉を絞り出す。

自由に動けるユーバールに対して、バゼルは移動も制限され、自由を束縛されている。何と残酷な差別なのだろうか。

パレスチナの領土を浸食したイスラエル(NHKクローズアップ現代取材ノート、2024年10月最新解説から)

■今やイスラエルは「加害者」に

 

昔、パレスチナの地にはユダヤ人の王国があったが、2000年ほど前にローマ帝国に滅ぼされ、ユダヤ人はパレスチナを追い出され、世界に散り散りバラバラになった。

パレスチナにはアラブ人、今でいうパレスチナ人が住み続けた。ユダヤ人は世界に散らばったものの、迫害を受け、なかでもドイツではナチスのホロコーストで600万人のユダヤ人が殺害された。

これを受け世界の同情を得たユダヤ人は1947年に「パレスチナの地に国をつくることを認められた」(国連決議)。

イスラエルは1948年5月14日に建国。これに反発したアラブ諸国は第1次中東戦争をおこした。

パレスチナ分割協議ではイスラエルはパレスチナの56%の土地が与えられたが、1967年の第3次中東戦争前まで求められていた休戦ラインを越えて、国際法上、認められていないところまで占領。現在ではパレスチナと呼ばれていた土地のすべてを統治下に置いている。

入植地の建設も加速。占領地での入植活動は国際法に違反する行為だ。イスラエルは占領者であり、これまで国際的には被害者とみられていたイスラエルが加害者になったことになる。

川上泰徳氏

■一般のイスラエル人は「占領地」のことを全く知らない

 

『ノー・アザー・ランド』は昨年のベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞の2冠に輝き、アカデミー賞最有力の呼び声も高い話題作である。

ただ上映後に会見した中東ジャーナリストで元朝日新聞記者の川上泰徳氏によると、「イスラエル国内では占領地でイスラエルが行っていることはテレビも新聞も一切報じない。だから一般の人たちもそんなことが起こっていることを全く知らない」という。

ドナルド・トランプ米大統領は2月4日、ワシントンを訪問したネタニヤフ・イスラエル首相と会談後、共同記者会見し、「アメリカがパレスチナ自治区ガザを所有し、パレスチナ住民はエジプトやヨルダンなど他の場所に移し、ガザを中東のリビエラに開発する」と述べた。

川上氏は「トランプ氏の構想は荒唐無稽で、世界の人は実現できるわけがないと思っているが、きちんと危機感を持って対応策を考えなければ世界はおかしなことになる」と警告した。

現在起こっていることでも「不都合なもの」は見ないようになりつつあるのが今の世界だ。イスラエルもそうであり、日本も例外ではないと川上氏は述べた。

民主主義は与えられるものではない。勝ち取るべきものだ。それなのに日本の戦後民主主義は米国から与えられただけ。いつのまにか権利意識ばかりが強く、義務を忘れてしまっている。

世界では民主主義国勢力が衰え、権威主義国が台頭している。不安ばかりが増す。

 

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