‘「写真」を学ぶ’ カテゴリーのアーカイブ

写経

カテゴリー: 「写真」を学ぶ

2017/07/21  21:26


 

 

初めての写経

 

三人の写経を並べながら・・・

 

先生はまた別のテーマを自在に操る

 

墨もいろいろありまして

 

特定非営利活動法人「夢」の第2回総会に出席した。社員は重要なことを決める社員総会の議決権を持つらしい。

「夢」は知的障害者の自立支援に向けた事業を行っている。知的障害者の社会進出を支援する教育訓練や市民との交流促進などで、切り絵のほか、写経を行っている。

会場は横浜市桜木町の横浜市市民活動支援センタービルの4および5階「ディスカッションルーム」。研修の一環で写経に取り組んだ。墨などの道具は監事の伊東通氏がもってきてくれた。研修生3人は書くだけ。

40分ほどで書き終えた。気持ち良かった。初めての写経だった。

伊東氏の親父さんが定年後写経を始め、とっぷりつかったという。それを息子が引き継いだ。いい趣味を継いでいる。

 

横浜のシンボル「ランズマークタワー」

 

横浜的な風景

 

研修会の後は交流会。つまり飲み会。桜木町近くの野毛で交流会に少しだけ付き合った。帰宅するのにとにかく時間がかかる。

枝垂れ桜

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, 花/木/樹

2017/03/07  22:41


 

咲いた枝垂れ桜

 

 

2月25日(土)に買った枝垂れ桜が1週間で咲いた。特に何もしていない。土も替えていない。水やりもしていない。既に蕾を持っており、結局何もするゆとりがなかった。黙っていてもあとは咲くばかりだった。

木肌も若く、つるつるしていた。まるで赤ちゃんのようだった。今年はこのまま咲かせ、本当に自分に咲かせるのは次からだ。桜の花はあっという間だ。知らないうちに咲いて、知らないうちに散っていく。

光が丘公園で春を探す

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, 旅行/移動/街歩き, 東京日誌Ⅲ

2017/03/04  20:32


百路の日暮(桃地の日暮)

百路は桃地にかけ、日暮は母樹から。「日暮」とは一日中、日暮れまで眺めていても見飽きない花の意らしい。

これは「ハルサザンカ笑顔」。細かく言えば、ツバキとは異なるが、まあ良いか!

明石潟

中部都鳥

ツバキは日本原産の照葉樹。全国に広く分布している野生のヤブツバキと北陸の内陸の積雪地帯に分布しているユキツバキがある。ツバキが観賞植物として栽培され、多くの園芸品種が作られたのは江戸時代以降。17世紀末にはヨーロッパに紹介され、そこでも品種改良がさかんに行われ、現在では世界中で親しまれている。(ツバキ園は練馬区役所公園緑地課の立て看板から)

このツバキ園には日本でみられる1000種の園芸品種のうち、約100種を「花の大きさ」に着目して配植している。なお、サザンカとツバキは良く似た別の花。見分けるポイントはサザンカの開花が10~2月、ツバキは12~19日4月。つまりツバキのほうが長い。

またサザンカはツバキより一回り小粒だ。コブシが木蓮より一回り小さいのと同じである。

難しそう

へえ、こんなことも・・・

ディアボロ(Diabolo=悪魔の意)。鼓の形を持つ中国コマの別称を持つジャグリング道具。中央のくびれた部分にヒモを引っかけて操る。本家は中国で、それがヨーロッパに伝わり、ジャグリング道具として広く世に知られるようになった。

コマを投げ上げたり、体の各部をくぐらせたりとバリエーションも幅広く、旨い人の手に掛かるとコマが生きているかのように自由自在。また2個や3個のディアボロを使った芸や複数の人間で行う芸でもある。

ジャグラー・セイロン氏

東京都の石原慎太郎元知事が2002年に始めた大道芸人公認制度。そのライセンス保有者をヘブンアーティストと呼ぶ。ボールとデイアボロが中心で、セイロン氏もその1人。

実はこの写真の中にメジロがいるんです!

光が丘公園の一角にある屋敷森に行く。梅を楽しんでいたら、メジロが盛んにさえずっていた。「梅に鶯」は詩の中のことで、通常は大体このメジロだ。

これは面白い亀甲竹

竹と言っても結構種類が多い。そんな中で一番多いのが孟宗竹か。この孟宗竹の変異が固定化された竹のことを亀甲竹(キッコウチク)と呼ぶ。地表から2~3mのところが一節ごとに、まるで亀の甲羅のように膨らんでいることからこの名が付いた。

テレビ番組「水戸黄門」で黄門様が持つ杖がこの亀甲竹だ。デコボコした亀甲の部分が杖のほか、釣り竿などの持ち手として使いやすいので多用される。また、観賞用として庭園に植えられたり、銘竹として庭柱に使われたり、茶道用、華道用としても使われる。

紅梅と白梅の交わりがなかなかのものだ

光が丘公園の中に梅林がある。せいぜい20本程度だが、ほとんどが白梅で、紅梅は数本だ。その混合ぐらいがなかなかよろしい。その後、野鳥観察施設にも行ったが、それらはカットした。

七尾湾に朝日が昇る

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, 旅行/移動/街歩き

2016/05/08  05:55


 

七尾西湾に朝日が昇る(4:34)

七尾西湾4:34(左手は能登島、右手は能登島大橋)

 

4:44

4:44

 

 

4:57

4:57

 

4:59

4:59

 

5:00

5:00

 

5:02

5:02

 

5:04

5:04

 

5:15

5:15

 

泊まったのは客室74のうち4部屋しかない特別室。8階トップフロアの角部屋で、2つの窓が海に向いている。しかも明朝の予報は晴れ。ゆっくり眠っているわけにはいかない。錦織圭VSジョコビッチ戦の中継もあった。忙しい。

早朝からカメラを構えて朝日を待ち構えた。技術がないからこの程度しか撮れなかった。1時間にわたってにわか写真大会になった。

朝日を堪能したあと、今度はゆっくり朝風呂を堪能した。良き旅かな。

『セバスチャン・サルガド』

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, 映画/テレビ/舞台

2016/03/04  23:31


 

CIMG0935

ポスターの写真はゾウアザラシの子ども(ギンレイホール)

 

作品:『セバスチャン・サルガド』(THE SALT OF THE EARTH)
監督:ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド
受賞:第67回カンヌ国際映画祭ある視点特別賞、エキュメニカル審査員賞
2014年フランス・ブラジル・イタリア合作映画
2016年3月4日@ギンレイホール

 

ブラジル出身の報道写真家セバスチャン・サルガドの取材プロジェクト「Genesis(創生期)」にヴェンダース監督とサルガドの息子ジュリアーノが同行し、サルガドの仕事をフィルムに収めたドキュメンタリー映画。

映画.comによると、「『Genesis』はサルガドが、2004年から地球上の最も美しい場所を探し求めたプロジェクト。ガラパゴス、アラスカ、サハラ砂漠など世界各地で撮影され、熱気球から撮られた水牛の群れ、遊牧民ネネツ族のシベリア横断、サンドイッチ諸島での”ペンギンの楽園”など、生と死が極限に交わる、圧巻の風景が写し出されている」。

メインのポスターは、サルガドが撮影した、サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島のゾウアザラシの子どもの写真。アルゼンチンの東海上にあるフォークランド諸島(英領)からさらに東に1000km離れたこれも英領。

報道カメラマンとしてこれだけ多くの仕事をした人は少ない。被写体はアフリカの難民であり、厳しい自然。世界はなぜかくも過酷なのか。サルガドの写真は2009年12月12日、東京都写真美術館でも見た。

『かさぶた 福島The Silent Views』

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, 会見メモ

2016/02/22  23:33


 

見えない放射能災害を記録し続ける写真家の中筋純氏が会見する

見えない放射能災害を記録し続ける写真家の中筋純氏が会見した

 

ゲスト:写真家 中筋純氏(なかすじ・じゅん)
テーマ:3.11から5年
2016年2月22日@日本記者クラブ

 

中筋純氏は2007年からチェルノブイリ原子力発電所の事故(1986年4月26日)現場周辺で写真を撮り続けている。撮った写真を日本全国各地を巡回し写真展を開いている。パノラマ写真を説明しながら、「4キロ離れたプリピアチの団地で16階建ての屋上から見ると、紅葉した木々が広がり、その奥にチェルノブイリの石棺が見える。自然に飲み込まれる難破船のように見える」と話す。

3.11の時はチェルノブイリ25周年写真展の準備をしていた。すぐに福島に向かったわけではない。「福島はどう追いかけていいのか分からなかった。直後は福島ではなく、チェルノブイリに足が向かった」という。

福島への取材を始めたのは2013年、東京五輪の開催が決まったのがきっかけ。「これで流れが変わると思った。福島の忘却が始まると思った」。浪江町に企画書を出し、「公益」目的の一時立ち入りパスを発行してもらった。それで撮影が可能になった。

 

浪江町内のJR常磐線を覆い尽くすセンニンソウ(表紙写真)

浪江町内のJR常磐線を覆い尽くすセンニンソウ(表紙写真)

 

「人の気配が消え去りしばらくすると、それを察知していたかのように植物の萌芽がみられる。

春 アスファルトを割るヨモギ、
夏 路地という路地、壁という壁 藤や葛の千手の蔓這い回り 街は緑の波に飲み込まれる。
秋 穂を揺らすススキやエノコログサにテッポウユリが子どものいなくなったグラウンドを覆い
冬 枯れ草が覆う中 ニワタバコの葉が春を待ち地面を這う

溢れ出す野性は、人間の営みや、記憶に全く無関心だ。あの日の津波が色を変えてまた、ふたたび襲ってくるのか?

自然の暴力を感じるものの 緑にはその意識はなく、かえってやさしく忌地(いやじ)と化した地球上の傷を癒やす幾重もの「かさぶた」となる。

中筋氏は2月末、福島の写真集『かさぶた 福島The Silent View』を東邦出版から出版した。5年間の時間の経過の中で、まるで地球が自らを癒やすかのように福島の傷跡を「かさぶた」のように覆い隠そうとしている姿を見事に記録している。こういう仕事は重要だ。

全国で写真展巡回中(チラシ)。

 

ルシアン・クレルグ写真展

カテゴリー: 「写真」を学ぶ

2015/05/22  15:51


 

「ルシアン・クレルグ写真展」案内ハガキ

「ルシアン・クレルグ写真展」案内ハガキ

 

昼休み時間を利用して、「リコーイメージングアクエア銀座」ギャラリーA.W.P(銀座5)で開催中のルシアン・クレルグ(1934~2014)写真展をのぞいた。ペンタックスQ7を買ったとき、一度講義を受けたことのある三愛ドリームセンター8F。

絵画展や彫刻展には時々行くが、写真展に行くのはほとんどない。最近では「岡村昭彦の写真」展に出掛けたくらいだ(2014.9.19)。関心も無かった。

それでも最近はもっとましなブログ写真を撮りたいという気持ちから、少しずつ写真のことを考えている。考えてもセンスがないから、少しもうまくならない。どうせうまくならないのなら、高級機を買っても宝の持ち腐れだと、1年前に買ったのもミラーレスだった。

一応、スタンダードと望遠レンズの2本でレンズ交換を楽しめるが、所詮お遊び程度。とにかく、写真のことを四六時中考えているようじゃなくては写真の腕は向上しない。撮っていても、つい面倒臭くなり、何も考えないで、ただやたら滅多に撮りまくっているだけだ。

所詮自分はペン記者だから、勝負するのは文章だと思っても、最近は文章だけではなかなか読んでもらえない。どんな記事でも最低1枚は写真を付けるのが普通だ。

毎度、毎度、センスのない写真ばかりではどうしようもない。何とか少しはうまくなりたい。せめて自分の撮っている写真を技術的にも語れるようになりたいと思っている。シニアになって時間も少しできたので、少しずつ勉強したいとも考えている。

ペンタックスファミリークラブにも入った。機会があるごとに、写真展にも足を運び、たくさん写真を見ることにしたい。撮るほうも、やたら滅多り撮るのではなく、少しずつ考えながら撮るようにしたい。時間とお金も徐々にかけたい。

これまでは文章を書くことに最大限の努力を払ってきた。これからもペン記者であることは変わりないが、情報を伝える意味では写真も同じ。たくさん見て、たくさん撮って、たくさん考えたい。

ルシアン・クレルグ(Lucien Clergue)は1934年、南フランス・アルル生まれ。19歳でアルルの闘牛場でパブロ・ピカソを初めて撮ったときが写真家としてのスタートとなった。1950年代後半よりピカソ、ジャン・コクトーの知己を得ている。

「ギャラリー新居東京」の作家紹介によると、彼は1956年、波のヌード作品で一躍脚光を浴び、1957年にはコクトーが序文を書き、ピカソが表紙をデザインした作品集『記憶される肉体』を出版した。アルル写真フェスティバルの創立者の1人。

女性の顔や全身ではなく、部分を自然の中に配置し、そこから想像力を引き出す手法を取っている。エスプレッソを飲みながら、展示してある25点の作品を眺め、テーブルの上に置かれた『記憶される肉体』のページをくった。

 

『岡村昭彦の写真』展

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, ジャーナリズム, 政治/外交/国際/軍事, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2014/09/19  23:09


「岡村昭彦の写真」展(東京都写真美術館)

「岡村昭彦の写真」展(東京都写真美術館)

 

テーマ:岡村昭彦の写真 生きること死ぬことのすべて
東京都写真美術館

 

岡村昭彦(1929~85)は、1964年6月12日郷の『ライフ』に9ページにわたり掲載されたベトナム戦争の写真によってフォトジャーナリストとして国際デビューした報道写真家。

東京都写真美術館(目黒区三田1、恵比寿ガーデンプレイス内)に行ったのは2009年12月12日のセバスチャン・サルガド展「アフリカ」以来。スカイウォークを歩きながら、「ガーデンプレイス20周年」の垂れ幕を見た。もうそんなに経つんだ。

岡村昭彦には写真というよりも彼の書いたものに触発されてきた。触発された結果、息子の1人にその名前を付けた。この日は『石川文洋を旅する』の映画と掛け持ちしたが、岡村昭彦展のことを調べていた過程で、たまたま石川文洋の映画のことを知った。

どちらもベトナム戦争を取材しており、岡村昭彦をよりよく知るためには、石川文洋も参考になると考えた。これも何かの因縁だ。

『石川文洋を旅する』

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, ジャーナリズム, 政治/外交/国際/軍事, 映画/テレビ/舞台

  21:06


『石河文洋を旅する』を写真する

『石川文洋を旅する』を写真する

 

作品名:『石川文洋を旅する』(ドキュメンタリー映画、109分)
監督:大宮浩一
上映館:ポレポレ東中野

 

石川文洋氏(いしかわ・ぶんよう)は、1938年沖縄生まれの76歳。世界一周無銭旅行を夢見て日本を脱出。65年から南ベトナム政府軍・米軍に従軍取材し、戦場カメラマンとしてベトナム戦争を世界に伝えた。68年末に帰国してから今日に至るまで、ふるさと沖縄の姿を記録し続けている。

あっという間の2月

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, 東京日誌Ⅱ

2014/02/01  19:43


梅も満開

梅も満開(PENTAX Q7で撮影)

 

 

下からのぞく(EX-TR110)

下からのぞく(EX-TR110で撮影)

 

散る寸前か(EX-TR100で撮影)

散る寸前か(EX-TR100で撮影)

 

 

 

甘酸っぱい匂いを発散させながら、梅が春の香りを呼び込んでいる。一番先に咲くのはボケだけど、存在感が希薄で、どうも損しているみたいだ。早いときは暮れのうちから咲くので、有り難みが乏しいせいかもしれない。

その分、得しているのは梅だろう。1月のうちから蕾を膨らませ、2月になれば一斉に咲き始める。花自体は小さいが、目立つように咲くので人の目にも止まる。

 

 

植えて4年の枝垂れ梅

植えて4年の枝垂れ梅

 

毎年この季節になると忘れずにきちんと咲くのは遺伝子のせいだろうが、すごいことだ。自然の驚異とも呼ぶべきものだ。昔の人も梅を愛で、桜を愛したことだろう。とりわけ、昔は花と言えば梅だったらしい。

せっかくだから梅の写真をきれいに撮ろうと思い立った。「PENTAX Q7」を買ったことだしと思って試したが、うまく撮れない。カメラの機能が全く分かって撮っていないからだ。

それでもこれまで、いろんなカメラを使ってきた。ここ10年くらいはずっとコンパクトデジタルカメラ(コンデジと呼ぶそうだ)を使用してきた。バカチョンのつもりだった。このブログでも写真を付けるようになって7~8年になる。

最初はカメラ付き携帯電話で撮ったものを載せた。画像が小さいので、その後コンデジに切り替えた。カシオ製で今は2代目の「EX-TR100」だ。先代は壊れた。デジカメは便利なので、今も多用している。

EX-TR100には接写モード(マクロ)があった。花のアップ写真を撮る際の基本モード。しかも、このカメラはフレームを360度開閉することができるのでいろんな角度から撮れる優れものだ。

問題はカメラ自体は様々な優れた機能を持っているものの、使う側が全く使いこなし切れていないことだ。マクロモードがあることも初めて知った。カメラが可哀想だ。Q7には接写に向いたレンズがないという。

EX-TR100の有効画素(ピクセル)数は1210万画素。PENTAX Q7の1240万画素とほぼ同じだ。画素数=画質と思っていたら、画素数の大きさも重要だが、単純にそうとは言えないらしい。

画素数よりも重要な要素が「撮像素子面積」だという。撮像素子はCMOSやCCDのこと。銀塩カメラの時代はフィルムだった。画素(デジタル画像を構成する色情報の最小単位)を詰め込んだCMOSなどの基盤から豆腐のように1枚1枚切り出して使うから、基盤の大きさも関係してくるからだ。

画素数の大きさとともにCMOSの大きさも重要だ。1画素当たりの面積が大きくなれば、それだけ受光量も増え、1画素が受け取れる情報量も増える。つまり、画質も良くなる。

そうしてEX-TR100とPENTAX Q7を比較した。後者は前者の1.5倍だった。

EX-TR100 CMOS1/2.3型(6.2mm×4.6mm)  1210万画素(有効)
Q7     CMOS 1/1.7型 (7.6mm×5.7mm)   約1240万画素

どこまで理解できているのか自分でもよく分からない。Q7の購入動機はコンデジより良い写真が撮れて、軽くて使い勝手が良さそうに見えたため。良い写真が撮れそうなことはその通りだが、その機能をどれだけ引き出せるかは撮る人間の技能次第。コンデジでもしっかり使いこなすことができれば、それなりに良い写真が撮れる。

正直言って、写真にどれだけの時間を割くことができるかも疑問だ。とにかく、メモ程度に記録できればそれで十分だという気持ちはなくはない。良い写真を撮るためにはそれだけに時間を投入する必要がある。果たしてそれができるのか。

Q7もそんなに深く考えて選んだのではない。軽いことと、素人にもきれいに撮れそうだと錯覚しただけ。ある専門誌の評価は「携帯性重視で、背景のボケとかには興味ないけど、コンデジよりきれいに撮りたい」初心者向けだとか。何の道も奥は広く深いものだ。厄介な世界に踏み込んだものだ。