‘旅行/移動/街歩き’ カテゴリーのアーカイブ

海に浮かぶ文化遺産「氷川丸」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/05/19  21:16


 

係留されている重要文化財の氷川丸

 

1930年にデビューした貨客船だった

 

操舵室には神棚も

 

主にシアトル航路で活躍した

 

山下公園の埠頭に係留されていたのは日本郵船氷川丸。2016年に重要文化財に指定され、現在「海に浮かぶ文化遺産」として一般公開されている。全長163.3m、総トン数1万1622トン。これならば多少の波でもほぼ揺れない。

1930年に建造されて以来、30年の長い間、多くの貨物や乗客を乗せて、主にシアトル航路で活躍した。引退後、1961年に山下公園に係留され、いつの間にか山下公園になくてはならない存在になってしまった。

 

『赤い靴』in 横浜

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  17:23


 

 

「赤い靴」をはいてた女の子(1979年11月11日 童謡赤い靴を愛する市民の会)

 

 

「コスタネオロマンチカ」号のクルーズで7泊8日の旅で出ていた2男ファミリーが最後の寄港地・横浜に立ち寄ったので、長澤ファミリーが19日、横浜に集った。

中華街で中華料理を堪能したのち、山下公園を散歩した。そこで見つけたのが「赤い靴」の童謡。

「赤い靴 はいてた 女の子

異人さんにつれられて いっちゃった

横浜のはとばから 船に乗って

異人さんにつれられて いっちゃった」

『赤い靴』は野口雨情作詞、本居長世作曲(1922年)の童謡。

しかし、若い人の間ではこの童謡は知らない人が多いようだ。むしろその後の1945年に書かれたアンデルセンの童謡『赤い靴』のほうがよく知られている。みなし子カーレンの怖い童話である。とにかく時代によって話も変わってくる。

この女の子の名前はきみちゃんだった。母親はかよ。かよは北海道の開拓農場で働いていたが、あまりに生活が厳しく、とうとうきみを米国人宣教師チャールズ・ヒュエット夫妻に預けた。

かよはその後も死ぬまで、「きみは海を渡った」と思い込んでいたが、きみは実は海を渡らなかった。当時不治の病と恐れられた結核をわずらい、ヒュエット夫妻は船による長旅は難しく、日本の孤児院に残すしか選択の余地がなかった。

きみはそこで9歳の生涯を閉じた。

その孤児院は麻布十番にあったという。その辺の話はここに詳しい。昔麻布十番にいったときに「きみちゃんの像」もみた。なかなか悲しく切ない話だ。

世界遺産「富岡製糸場」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/04/24  22:18


 

ほぼ東京ドームほどの場内の案内図

 

レンガで作られた東置繭所=国宝

 

東置繭所の正面玄関

 

窓を説明する解説員

 

ガラスがなかった時代

 

寄宿舎

 

長さ140m、幅12m、高さ12mの繰糸所(そうしじょ)=国宝

 

ニッサンHR型自動繰糸機が並ぶ

 

当時の工女の日常を描いた『富岡日記』の著者、横田英氏

 

片倉診療所

 

フランス人ポール・ブリュナの住まい

 

ブリュナ館の前は鏑川(かぶらがわ)が流れていた

 

鏑川の後方には山並みはブリュナの故郷リヨンに似ているという

 

女工館や検査人館のお抱え外人たち

 

昭和14年(1939)に建てられた高さ37mの鉄筋コンクリート製の煙突

 

ここに積み上げられていた

 

閉場時間の迫った富岡製糸場正面玄関

 

午前中、草津で湯畑をウロウロしたのち、車で軽井沢を経由して藤岡市に移動した。途中の道路は霧が立ち込め、前の車が見えなかった。しかし、藤岡市に付いたら霧は晴れ、雨も降っていなかった。

ちょうど午後3時の個人向けガイドツアーが始まるところだった。1回1人200円を払ったら40分ほどのガイドに参加した。老夫婦3組で、落ち着いた解説を聞きながら回った。

 

群馬県伝統工芸品の「ほうき」

 

ほうきをつくる関直太さん

宮本町駐車場に車を止めても、製糸場まで10分ほど。駐車場近くの雑貨屋で群馬伝統工芸の「ほうき」を家内が見つけた。「利根沼田の座敷箒」の職人・関直太さんの作品で、柄付5玉(3800円)を買った。

実際に家でゴミを見つけたら、ほこりがたたずに静かに集められた。ほこりやごみを逃がさない。ほうき専用のほうき草(秋には紅葉するコキアは別名ほうき草と呼ばれている)を作るところから始めるという。びっくりする職人が世の中にはいるようである。

名勝「湯畑」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  11:49


 

草津温泉のシンボル「湯畑」。草津を代表する源泉地の1つだ。石柵内の広さは1112平方メートル、52℃の温泉が毎分4040リットル湧出している。

中央にある7本の湯樋は全長40メートルあり、ここに温泉を流すことで高温の温泉を冷まし、宿泊施設や共同浴場などへ給湯している。また、土産物の「湯の花」は、この湯樋から採取されている。

「湯畑」という呼び名は、明治20年(1887)に湯樋が初めて設置され、湯の花を採るための畑ということから定着していった。江戸時代の享保11(1726)年と寛保3(1743)年、8代将軍徳川吉宗がここから温泉を汲み上げ、江戸城にまで運ばせ、入浴したと伝わっており、「将軍お汲み上げの湯」とも言われている。

湯畑のような大源泉が町の中心にある例は全国的にも稀で、草津の町はここから発展していった。

源泉から湯樋などを通って、岩盤を流れ落ちる湯樋の様子は独特の風情があり、草津固有の温泉文化を象徴する風致景観が認められ、平成29(2017)年10月、国の文化財である「名勝」に指定された。

温泉宿の客の朝は忙しい。まずやはり風呂に入らなければ何のために温泉に来たのか分からない。なにせ草津の湯は天下の名湯だ。日本3大名湯の1つだ。下呂温泉、有馬温泉、草津温泉。

14階から町並みを見下ろす

 

ホテルの2階から小雨の中、満開の桜を眺める

 

光泉寺から湯畑を見る、」結構坂道の多い町だ

 

温泉街の中心にある草津温泉のシンボル「湯畑」

 

湯が流れ落ちる

吾妻峡ハイキング

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 旅行/移動/街歩き, 登山/山歩き/ハイキング

2018/04/23  21:37


 

猿橋(2017年3月27日完成)から吾妻渓谷上流を眺める

 

新緑がまぶしい

 

川幅が狭まった「八丁暗がり」という

 

ここも八丁暗がりか

 

いやはや何とも美しい

 

小蓬莱(見晴台)

 

眼の前に八ッ場ダムの工事が進んでいた

 

大騒ぎをした「八ッ場ダム」

 

遊歩道を歩いていたつもりがハイキングコースだった

 

前方に見えるのは鹿飛橋(しかとびばし)

 

鹿飛橋

 

23日(月)朝8時すぎ、群馬県の草津温泉に向かった。関越自動車道に乗ること1時間30分で渋川伊香保ICを降りた。月曜日ということもあって空いていた。

中之条を通って吾妻峡にやってきた。昔も今も渓谷、峡谷は自然の景勝地。吾妻渓谷は昭和10年(1935年)、「名勝吾妻峡」として国の指定を受けた景勝地。雁ヶ沢橋から八ッ場大橋までの約3.5kmにわたる渓谷で、大昔に火山が噴き出した溶岩を、川水が深く浸食してできたものだ。

いつの間にか、道の駅「あがつま峡」ができていた。2014年(平成26年)10月にオープンした駅で、吾妻峡温泉「天狗の湯」が開けていた。たった3.5kmなのに、ダムができると、いろんなものが周辺に林立する。

民主党政権時代に建設中止を発表し、世の中の話題を集めた八ッ場ダム。テレビや新聞が大騒ぎし、それに踊らされて2009年12月、私も現場に行った。もちろん、ダムはまだ建設されていなかったが、これから沈むところもあって大騒ぎだった。

そんなことはすっかり忘れていた。しかし、政権が自民党に代わって八ッ場ダムの工事はしっかり進行していた。2020年3月末に完工予定だ。

首都圏で唯一建設中のダム。高さ131m。調査が始まってからだと60年以上がかかっている。工費はどのくらいか。インフラツアーも実施中で、結構人気を呼んでいるようだ。

脊柱管狭窄症患者と前期高齢者入りした2人がハイキングに挑戦した。足腰はしびれや痛みがあるはずだが、どういうわけかほとんど感じなかった。どうしたことか。十二沢パーキングから周遊ハイキングだと4.3km。2時間強。しっかり歩き通した。

普段は痛いと悲鳴を何度も上げる自分だが、この日はどこが病気なのか分からない。新緑が眼にまぶしいが、秋の紅葉のシーズンはまた違った光景になりそうだ。

 

萬鐵五郎展

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2017/10/06  18:46


 

萬鐵五郎展

 

「自身が求める表現をひたむきに探求し、苦闘しながら独自の絵画世界を創り上げた萬鐵五郎(よろず・てつごろう、1885~1927)。その存在は、個性派と呼ばれる芸術家を数多く輩出した大正時代において、ひときわ鮮烈な輝きを放っています」(岩手県立美術館)。

没後90年の萬鐵五郎展は新潟県立近代美術館(新潟県長岡市千秋)で開催されていた。萬は岩手県花巻市生まれ。花巻市には萬鐵五郎記念美術館があるが、一方で盛岡市には岩手県立美術館もある。それが今回一挙に新潟県に来ていた。

ずいぶんたくさんの絵が展示されていた。多作家だ。色が濃くてよく分からない。

萬鐵五郎記念美術館は南画(水墨画)が主体だ。「筆が踊り、墨が走る。下手なのか、上手いのか。不真面目なのか、真面目なのか。浅いのか、深いのか。どこがいいのかわからない。それでいて、どことなく憎めない。そして不思議と残る。記憶に残る拙さ加減。大真面目に下手くそな南画を描いた萬鐵五郎」(第37回萬鐵五郎祭イベント)

 

斎藤

 

裸婦 佐藤哲三郎 1930年(昭和5年)

 

特別展は写真禁止だったが、コレクション展示室はフラッシュなしでの撮影はOKだった。最近はこの区別が難しい。

 

花壇

 

米百俵の群像

寺泊Cafe Winds

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 食/食堂/レストラン

  13:08


 

海鮮ピザはこんな感じ

 

生牡蠣です

 

弥彦山スカイラインで山を下りてシーサイドラインを新潟市方面に向けて走った。新潟県立近代美術館に向かう途中だったが、新潟市ではなく長岡市にあることに気付いた。獅子ヶ鼻大橋駐車場で反転した。

ランチは寺泊(長岡市)のカフェ・ウインズで取った。海沿いの野積107。新潟へ来ればへぎそばを食べようと思っていたが、すっかり忘れていた。それでもムール貝やエビの入ったピザや寺泊産のカキはおいしかった。

弥彦山

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  11:03


 

弥彦山から佐渡島を臨む

 

弥彦山から越後平野を臨む

 

左に蛇行しているのは信濃川

 

弥彦神社の御神廟(奥の院)

 

東京スカイツリーの高さと同じ634mの弥彦山

 

クライミングカーで上った先

 

弥彦山ロープウェイは60周年

 

弥彦山(634m)に登るには弥彦山登山道、弥彦山ロープウェイ、弥彦山スカイラインの3つがある。足、空中、車だが、今後の行動を考えてスカイランを選んだ。

山頂駐車場からロープウェイ山頂駅とを結ぶ勾配50度の断崖絶壁にクライミングカーという不思議な乗り物がある。歩くのはちょっと面倒なので乗車する。1分で到着するが、眺望はちょっとしたものだ。それよりもパノラマタワーに上らなかったのは残念だった。

山頂駅は弥彦山の九合目。そこから15分ほど歩くと弥彦神社の御神廟(奥の院)に到着した。登山姿の山登り客が何人もいた。山頂駅で甘酒を飲んだ。店員さんは「ロープウェーができたのは私が小学校3年のとき。ずいぶん昔だ」と語った。

蛸けやき

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 花/木/樹

  09:02


 

7階の部屋から見ると、あれは何だろう?

 

そばに寄ってみると、「蛸けやき」だという

 

樹齢1000年余のご神木。8本の大枝があることから蛸けやきと呼ばれているそうだ。

どの土地にもその土地らしいものがある。急に見つけてきたものとは思えない。

割烹「吉田屋」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 酒/酒場/居酒屋

2017/10/05  22:59


 

割烹「吉田屋」

 

まずはビールで

 

刺し身はとても新鮮そう

 

大判イカメンチ

 

のどぐろ1尾焼き

 

場合によって一泊と考えていたが、「燕三条トレードショウ」の会場を出たのは午後3時。朝7時すぎで出て、いきなり事故渋滞に巻き込まれ、会場に着いたのが11時すぎだった。1時間はロスした。

温泉には幾つか候補があったので、インフォメーションで訪ねたら、この辺りで一番大きいのは弥彦温泉と言われた。車で20分ほどだという。着いて聞いたら、夕食は終わっていた。仕込みのための時間が必要で、「朝食だけなら部屋はあります」という。

日本海まで10kmほどの四季の宿「みのや」(新潟県西蒲原郡弥彦村)に投宿した。とにかく温泉に浸かった。8階の展望露天風呂もあった。自然に、湯にとろり溶け込む。「四季」を感じられる。静かな一刻を味わった。

夕食は宿に紹介された割烹の吉田屋。割烹と言いながら、要は居酒屋だった。ただ日本海の新鮮な海の幸が堪能できるお食事処。わっぱ飯膳もあったが、やはり定石通り、刺し身をいただいた。

大判イカメンチは玉葱と小麦粉以外はイカづくし。旬の地魚はのどぐろを味わった。1尾を丸ごと焼いたのは初めてだった。堪能した。旅館の料理も良いが、こうした外食も悪くないことを知った。