‘旅行/移動/街歩き’ カテゴリーのアーカイブ

京都伏見・寺田屋

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 歴史的建造物/産業遺産

2018/10/10  23:23


 

寺田屋外観

 

2階はこんな感じ

 

旅籠

 

坂本龍馬使用の六連拳銃

 

雨の中をこぎ出す十石舟

 

京へ来たら一度はお寄
伏見寺田屋 坂本龍馬
昔白刃のうらばしご

寺田屋(京都市伏見区南浜町)は、大阪と京都間の通船「三十石船」の京都側に船着き場を持つ大きな船宿だった。薩摩藩の定宿でもあった。

船宿の営業時間は1日20時間で、朝から夜まで2時間ごとに客の食事、休憩、入浴などの世話をするので大変忙しかった。

梅の間はその当時、龍馬が愛用していた部屋で、慶応2年(1866)1月23日幕吏の襲撃を受けたときもこの部屋に泊まっていた。寺田屋は今も泊まれる。

龍馬はこのとき、負傷しながらも脱出に成功し、薩摩藩に保護されたという。

2男の自宅は大阪府寝屋川市。車で国道1号を走ると30分で池田屋に着いた。大阪にも京都に行くにも足場が良さそうで、この日は伏見を訪ねた。

稲畑式三番叟

カテゴリー: 丹波日誌, 旅行/移動/街歩き, 神社/仏閣

2018/10/07  23:22


 

翁が舞う稲畑式三番叟

 

三番叟と千歳(せんざい)

 

御神燈

 

五穀豊穣や家内安全を祈願し、氷上町稲畑の奴々伎(ぬぬぎ)神社の舞堂で7日、「稲畑式三番叟」が奉納された。稲畑地区の秋祭りの一環として行われ、農産物の品評会や素人演芸会もあった。

稲畑式三番叟は、丹波市指定文化財(無形文化財)。氏子である稲畑地区全戸で「稲畑式三番叟保存会」が組織され、継承している。翁役を奥井巧太さん、二番叟役を中島颯仁君(南小3年)、三番叟役を山本陽友君(同6年)が務めた。

実家の柏原町で、家屋管理者として風害被害を実況見分し、屋根屋さんに損害額の見積もりを出してもらった。それが終わって、隣町の氷上町稲畑の次姉宅に向かった。大阪府吹田市に住む長姉夫婦も来ていた。

家族水入らずで再会できた。ちょうどその日は「稲畑式三番叟」を奉納する日。次姉によると、「稲畑式三番叟は今から150年程前から伝わっている伝統芸能で残っているのは珍しい」という。せっかくなので見学させてもらった。

和風レストラン「ザ・めしや」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 食/食堂/レストラン

2018/10/06  20:03


 

名古屋飯「めしや」(刈谷ハイウェイオアシス)

 

客は自分の好きなものを選ぶ

 

選んだのは和食だった

 

 

名古屋めし

 

夕食は伊勢湾自動車道の刈谷ハイウェイオアシス。最近はここで安定している。今はどのSAもPAも同じような食事だ。食べたいとも思わない。

そんな中でほっとするのが刈谷の名古屋めし。名古屋には面白い飯やお菓子が多い。きしめん、牛すじどて丼、八丁味噌煮込みうどん、特製味噌カツ、ざるきしめんなど。

どれも味付けが濃いのが難点で、今の私には縁遠いが、この日は結局、松茸ご飯、赤だし、厚焼き卵、サラダなどにした。

ザめしやを展開するのは何と大阪府吹田市に本拠を置くライフフーズ。和風レストラン「ザめしや」の業態で東海、近畿、中国(岡山県)で展開。またファーストフード店「ザめしや24」や街かど屋、めしや食堂、讃岐製麺などを繰り広げている。

この日は刈谷ハイウェーオアシスが14周年祭を開催中。手羽先1本をサービスしていた。私は鶏は食べないので恩恵に預かれなかった。

オーバーサングラス

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  15:51


 

運転専用サングラスの店「アイゾーンニューヨーク」掛川店

 

高性能偏向サングラス

 

掛川PA

 

東京を13時20分に出発した。孫のうんどうかいをみてからだ。夜10時ごろをめどに大阪府寝屋川市の2男の自宅に着きたかった。

環8を通って30分後には東名に入っていた。途中、足柄SAと掛川に休んだ。

ずっとサングラスが欲しいと思っていた。それも度付きレンズのサングラスだ。新規で買うしかないのかなと思っていたら、「めがねの上にかけられるサングラスがある」という。

オーバーサングラスがそれだ。専用設計のフレームを採用することにより、コンパクトでフィット感にも大変優れている。

めがねの上に乗せてみた。ぴったりだった。最近、10年ぶりに眼鏡市場で眼鏡をローンで新調したばかり。そのローンが落ちていないのにサングラスも買うのはやはり気が引ける。

結局、ローンが落ちてからにした。ミラーレス一眼レフやオーバーサングラスなど欲しいものが目白押しだ。一番欲しいのはパソコンだったが、それを買った後も次から次へと出てくる。まだまだ働かなくてはいけないようである。

アイゾーンジャパンの東京オフィスは中央区銀座。関東エリアではアウトレット店のほか、海老名SA下り線店がある。

風のガーデン

カテゴリー: 北海道旅行, 旅行/移動/街歩き

2018/07/03  10:40


 

風のガーデン

 

これはルピナスだ!

 

風のガーデン

 

これは何だ!

 

これは何だ

 

 

これは何だ

 

korehanannda

 

見晴台から眺めた

 

とにかくたくさんの花が・・・

 

不思議な花

 

バラ

 

ルイの涙

 

barahabara

 

エゾエンゴサク

 

 

薔薇の庭

 

『風のガーデン』(富良野市字中御料)は2008年10月9日から12月18日まで毎週木曜夜10時から、フジTV系「木曜劇場」枠で放映されたテレビドラマ。新富良野プリンスホテルのピクニックガーデン内に造られた約2000㎡の庭がそのまま残されている。

倉本聰氏の脚本で書かれたドラマ。団塊世代としては10年前のドラマよりも、1982年放送開始の『北の国から』のほうがずっと強烈だ。しかし、時代の流れは早く、今回も時間の関係上、『北の国から』はカットされた。

初期のロケ地「麓郷の森」には主人公・黒板五郎の丸太小屋が残っているという。今回はパスしたが、次回は必ず実現したい。

白樺の木

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/07/02  09:58


 

六花の森に向かう途上で

 

白樺が美しく・・・

 

白樺の先に白樺

 

とにかくあまりに美しくて息を飲む光景だった。こんな美しい光景は見たことがない。北海道には白樺は多いが、よく土地の風景に合っている。

朝食バイキング@十勝川温泉

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  07:16


 

朝食バイキング

 

自家製パンがズラリ

 

十勝産ヨーグルト

 

十勝川を望む

 

初泊は十勝川温泉第一ホテルだった。植物油から湧き出るモール温泉だ。世界でもここしか湧いていないお湯には泊まる価値がある。

朝食で食べた地元の牛乳で作ったヨーグルトは最高だった。濃厚で、普段食べているヨーグルトが別物のように感じられた。

釧路空港は雨だった

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/07/01  08:46


 

既にカンカン照りの羽田を発つとすぐに左窓の中に富士山が見えた

 

富士山はどこからでも見える

 

富士山はやはり日本人の心の中に存在する

 

とにかく嬉しくて・・・

 

釧路空港はどんよりとした雲に覆われ、眼下には広大な風景が広がっていた

 

釧路空港は雨だった

 

大学時代の下宿の2階にいた友人とはどういうわけか長く続いてきた。彼が富良野塾に務めだしてからもずっと続き、実家の小樽に戻ってからも年1回程度は音信があった。

そんな彼が脳動脈瘤と脳腫瘍の2つの大病を昨年秋に煩った。入院したのは札幌市内の病院だった。独身だった。ずっと見舞いに行きたいと思っていたが、叶わなかった。

前回上京してきたのは2年前の2016年4~5月。その間に3回もあった。今度会ったのは2年ぶりだった。

北海道にはまだ現役時代に一度出掛けたことがあるほか、帯広の小豆畑を見学したこともある。今回が3度目だ。今回は釧路空港から入った。

釧路空港は雨が降り、気温も19度と寒かった。

海に浮かぶ文化遺産「氷川丸」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/05/19  21:16


 

係留されている重要文化財の氷川丸

 

1930年にデビューした貨客船だった

 

操舵室には神棚も

 

主にシアトル航路で活躍した

 

山下公園の埠頭に係留されていたのは日本郵船氷川丸。2016年に重要文化財に指定され、現在「海に浮かぶ文化遺産」として一般公開されている。全長163.3m、総トン数1万1622トン。これならば多少の波でもほぼ揺れない。

1930年に建造されて以来、30年の長い間、多くの貨物や乗客を乗せて、主にシアトル航路で活躍した。引退後、1961年に山下公園に係留され、いつの間にか山下公園になくてはならない存在になってしまった。

 

『赤い靴』in 横浜

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  17:23


 

 

「赤い靴」をはいてた女の子(1979年11月11日 童謡赤い靴を愛する市民の会)

 

 

「コスタネオロマンチカ」号のクルーズで7泊8日の旅で出ていた2男ファミリーが最後の寄港地・横浜に立ち寄ったので、長澤ファミリーが19日、横浜に集った。

中華街で中華料理を堪能したのち、山下公園を散歩した。そこで見つけたのが「赤い靴」の童謡。

「赤い靴 はいてた 女の子

異人さんにつれられて いっちゃった

横浜のはとばから 船に乗って

異人さんにつれられて いっちゃった」

『赤い靴』は野口雨情作詞、本居長世作曲(1922年)の童謡。

しかし、若い人の間ではこの童謡は知らない人が多いようだ。むしろその後の1945年に書かれたアンデルセンの童謡『赤い靴』のほうがよく知られている。みなし子カーレンの怖い童話である。とにかく時代によって話も変わってくる。

この女の子の名前はきみちゃんだった。母親はかよ。かよは北海道の開拓農場で働いていたが、あまりに生活が厳しく、とうとうきみを米国人宣教師チャールズ・ヒュエット夫妻に預けた。

かよはその後も死ぬまで、「きみは海を渡った」と思い込んでいたが、きみは実は海を渡らなかった。当時不治の病と恐れられた結核をわずらい、ヒュエット夫妻は船による長旅は難しく、日本の孤児院に残すしか選択の余地がなかった。

きみはそこで9歳の生涯を閉じた。

その孤児院は麻布十番にあったという。その辺の話はここに詳しい。昔麻布十番にいったときに「きみちゃんの像」もみた。なかなか悲しく切ない話だ。