‘旅行/移動/街歩き’ カテゴリーのアーカイブ

風のガーデン

カテゴリー: 北海道旅行, 旅行/移動/街歩き

2018/07/03  10:40


 

風のガーデン

 

これはルピナスだ!

 

風のガーデン

 

これは何だ!

 

これは何だ

 

 

これは何だ

 

korehanannda

 

見晴台から眺めた

 

とにかくたくさんの花が・・・

 

不思議な花

 

バラ

 

ルイの涙

 

barahabara

 

エゾエンゴサク

 

 

薔薇の庭

 

『風のガーデン』(富良野市字中御料)は2008年10月9日から12月18日まで毎週木曜夜10時から、フジTV系「木曜劇場」枠で放映されたテレビドラマ。新富良野プリンスホテルのピクニックガーデン内に造られた約2000㎡の庭がそのまま残されている。

倉本聰氏の脚本で書かれたドラマ。団塊世代としては10年前のドラマよりも、1982年放送開始の『北の国から』のほうがずっと強烈だ。しかし、時代の流れは早く、今回も時間の関係上、『北の国から』はカットされた。

初期のロケ地「麓郷の森」には主人公・黒板五郎の丸太小屋が残っているという。今回はパスしたが、次回は必ず実現したい。

白樺の木

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/07/02  09:58


 

六花の森に向かう途上で

 

白樺が美しく・・・

 

白樺の先に白樺

 

とにかくあまりに美しくて息を飲む光景だった。こんな美しい光景は見たことがない。北海道には白樺は多いが、よく土地の風景に合っている。

朝食バイキング@十勝川温泉

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  07:16


 

朝食バイキング

 

自家製パンがズラリ

 

十勝産ヨーグルト

 

十勝川を望む

 

初泊は十勝川温泉第一ホテルだった。植物油から湧き出るモール温泉だ。世界でもここしか湧いていないお湯には泊まる価値がある。

朝食で食べた地元の牛乳で作ったヨーグルトは最高だった。濃厚で、普段食べているヨーグルトが別物のように感じられた。

釧路空港は雨だった

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/07/01  08:46


 

既にカンカン照りの羽田を発つとすぐに左窓の中に富士山が見えた

 

富士山はどこからでも見える

 

富士山はやはり日本人の心の中に存在する

 

とにかく嬉しくて・・・

 

釧路空港はどんよりとした雲に覆われ、眼下には広大な風景が広がっていた

 

釧路空港は雨だった

 

大学時代の下宿の2階にいた友人とはどういうわけか長く続いてきた。彼が富良野塾に務めだしてからもずっと続き、実家の小樽に戻ってからも年1回程度は音信があった。

そんな彼が脳動脈瘤と脳腫瘍の2つの大病を昨年秋に煩った。入院したのは札幌市内の病院だった。独身だった。ずっと見舞いに行きたいと思っていたが、叶わなかった。

前回上京してきたのは2年前の2016年4~5月。その間に3回もあった。今度会ったのは2年ぶりだった。

北海道にはまだ現役時代に一度出掛けたことがあるほか、帯広の小豆畑を見学したこともある。今回が3度目だ。今回は釧路空港から入った。

釧路空港は雨が降り、気温も19度と寒かった。

海に浮かぶ文化遺産「氷川丸」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/05/19  21:16


 

係留されている重要文化財の氷川丸

 

1930年にデビューした貨客船だった

 

操舵室には神棚も

 

主にシアトル航路で活躍した

 

山下公園の埠頭に係留されていたのは日本郵船氷川丸。2016年に重要文化財に指定され、現在「海に浮かぶ文化遺産」として一般公開されている。全長163.3m、総トン数1万1622トン。これならば多少の波でもほぼ揺れない。

1930年に建造されて以来、30年の長い間、多くの貨物や乗客を乗せて、主にシアトル航路で活躍した。引退後、1961年に山下公園に係留され、いつの間にか山下公園になくてはならない存在になってしまった。

 

『赤い靴』in 横浜

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  17:23


 

 

「赤い靴」をはいてた女の子(1979年11月11日 童謡赤い靴を愛する市民の会)

 

 

「コスタネオロマンチカ」号のクルーズで7泊8日の旅で出ていた2男ファミリーが最後の寄港地・横浜に立ち寄ったので、長澤ファミリーが19日、横浜に集った。

中華街で中華料理を堪能したのち、山下公園を散歩した。そこで見つけたのが「赤い靴」の童謡。

「赤い靴 はいてた 女の子

異人さんにつれられて いっちゃった

横浜のはとばから 船に乗って

異人さんにつれられて いっちゃった」

『赤い靴』は野口雨情作詞、本居長世作曲(1922年)の童謡。

しかし、若い人の間ではこの童謡は知らない人が多いようだ。むしろその後の1945年に書かれたアンデルセンの童謡『赤い靴』のほうがよく知られている。みなし子カーレンの怖い童話である。とにかく時代によって話も変わってくる。

この女の子の名前はきみちゃんだった。母親はかよ。かよは北海道の開拓農場で働いていたが、あまりに生活が厳しく、とうとうきみを米国人宣教師チャールズ・ヒュエット夫妻に預けた。

かよはその後も死ぬまで、「きみは海を渡った」と思い込んでいたが、きみは実は海を渡らなかった。当時不治の病と恐れられた結核をわずらい、ヒュエット夫妻は船による長旅は難しく、日本の孤児院に残すしか選択の余地がなかった。

きみはそこで9歳の生涯を閉じた。

その孤児院は麻布十番にあったという。その辺の話はここに詳しい。昔麻布十番にいったときに「きみちゃんの像」もみた。なかなか悲しく切ない話だ。

世界遺産「富岡製糸場」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/04/24  22:18


 

ほぼ東京ドームほどの場内の案内図

 

レンガで作られた東置繭所=国宝

 

東置繭所の正面玄関

 

窓を説明する解説員

 

ガラスがなかった時代

 

寄宿舎

 

長さ140m、幅12m、高さ12mの繰糸所(そうしじょ)=国宝

 

ニッサンHR型自動繰糸機が並ぶ

 

当時の工女の日常を描いた『富岡日記』の著者、横田英氏

 

片倉診療所

 

フランス人ポール・ブリュナの住まい

 

ブリュナ館の前は鏑川(かぶらがわ)が流れていた

 

鏑川の後方には山並みはブリュナの故郷リヨンに似ているという

 

女工館や検査人館のお抱え外人たち

 

昭和14年(1939)に建てられた高さ37mの鉄筋コンクリート製の煙突

 

ここに積み上げられていた

 

閉場時間の迫った富岡製糸場正面玄関

 

午前中、草津で湯畑をウロウロしたのち、車で軽井沢を経由して藤岡市に移動した。途中の道路は霧が立ち込め、前の車が見えなかった。しかし、藤岡市に付いたら霧は晴れ、雨も降っていなかった。

ちょうど午後3時の個人向けガイドツアーが始まるところだった。1回1人200円を払ったら40分ほどのガイドに参加した。老夫婦3組で、落ち着いた解説を聞きながら回った。

 

群馬県伝統工芸品の「ほうき」

 

ほうきをつくる関直太さん

宮本町駐車場に車を止めても、製糸場まで10分ほど。駐車場近くの雑貨屋で群馬伝統工芸の「ほうき」を家内が見つけた。「利根沼田の座敷箒」の職人・関直太さんの作品で、柄付5玉(3800円)を買った。

実際に家でゴミを見つけたら、ほこりがたたずに静かに集められた。ほこりやごみを逃がさない。ほうき専用のほうき草(秋には紅葉するコキアは別名ほうき草と呼ばれている)を作るところから始めるという。びっくりする職人が世の中にはいるようである。

名勝「湯畑」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

  11:49


 

草津温泉のシンボル「湯畑」。草津を代表する源泉地の1つだ。石柵内の広さは1112平方メートル、52℃の温泉が毎分4040リットル湧出している。

中央にある7本の湯樋は全長40メートルあり、ここに温泉を流すことで高温の温泉を冷まし、宿泊施設や共同浴場などへ給湯している。また、土産物の「湯の花」は、この湯樋から採取されている。

「湯畑」という呼び名は、明治20年(1887)に湯樋が初めて設置され、湯の花を採るための畑ということから定着していった。江戸時代の享保11(1726)年と寛保3(1743)年、8代将軍徳川吉宗がここから温泉を汲み上げ、江戸城にまで運ばせ、入浴したと伝わっており、「将軍お汲み上げの湯」とも言われている。

湯畑のような大源泉が町の中心にある例は全国的にも稀で、草津の町はここから発展していった。

源泉から湯樋などを通って、岩盤を流れ落ちる湯樋の様子は独特の風情があり、草津固有の温泉文化を象徴する風致景観が認められ、平成29(2017)年10月、国の文化財である「名勝」に指定された。

温泉宿の客の朝は忙しい。まずやはり風呂に入らなければ何のために温泉に来たのか分からない。なにせ草津の湯は天下の名湯だ。日本3大名湯の1つだ。下呂温泉、有馬温泉、草津温泉。

14階から町並みを見下ろす

 

ホテルの2階から小雨の中、満開の桜を眺める

 

光泉寺から湯畑を見る、」結構坂道の多い町だ

 

温泉街の中心にある草津温泉のシンボル「湯畑」

 

湯が流れ落ちる

吾妻峡ハイキング

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 旅行/移動/街歩き, 登山/山歩き/ハイキング

2018/04/23  21:37


 

猿橋(2017年3月27日完成)から吾妻渓谷上流を眺める

 

新緑がまぶしい

 

川幅が狭まった「八丁暗がり」という

 

ここも八丁暗がりか

 

いやはや何とも美しい

 

小蓬莱(見晴台)

 

眼の前に八ッ場ダムの工事が進んでいた

 

大騒ぎをした「八ッ場ダム」

 

遊歩道を歩いていたつもりがハイキングコースだった

 

前方に見えるのは鹿飛橋(しかとびばし)

 

鹿飛橋

 

23日(月)朝8時すぎ、群馬県の草津温泉に向かった。関越自動車道に乗ること1時間30分で渋川伊香保ICを降りた。月曜日ということもあって空いていた。

中之条を通って吾妻峡にやってきた。昔も今も渓谷、峡谷は自然の景勝地。吾妻渓谷は昭和10年(1935年)、「名勝吾妻峡」として国の指定を受けた景勝地。雁ヶ沢橋から八ッ場大橋までの約3.5kmにわたる渓谷で、大昔に火山が噴き出した溶岩を、川水が深く浸食してできたものだ。

いつの間にか、道の駅「あがつま峡」ができていた。2014年(平成26年)10月にオープンした駅で、吾妻峡温泉「天狗の湯」が開けていた。たった3.5kmなのに、ダムができると、いろんなものが周辺に林立する。

民主党政権時代に建設中止を発表し、世の中の話題を集めた八ッ場ダム。テレビや新聞が大騒ぎし、それに踊らされて2009年12月、私も現場に行った。もちろん、ダムはまだ建設されていなかったが、これから沈むところもあって大騒ぎだった。

そんなことはすっかり忘れていた。しかし、政権が自民党に代わって八ッ場ダムの工事はしっかり進行していた。2020年3月末に完工予定だ。

首都圏で唯一建設中のダム。高さ131m。調査が始まってからだと60年以上がかかっている。工費はどのくらいか。インフラツアーも実施中で、結構人気を呼んでいるようだ。

脊柱管狭窄症患者と前期高齢者入りした2人がハイキングに挑戦した。足腰はしびれや痛みがあるはずだが、どういうわけかほとんど感じなかった。どうしたことか。十二沢パーキングから周遊ハイキングだと4.3km。2時間強。しっかり歩き通した。

普段は痛いと悲鳴を何度も上げる自分だが、この日はどこが病気なのか分からない。新緑が眼にまぶしいが、秋の紅葉のシーズンはまた違った光景になりそうだ。

 

萬鐵五郎展

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2017/10/06  18:46


 

萬鐵五郎展

 

「自身が求める表現をひたむきに探求し、苦闘しながら独自の絵画世界を創り上げた萬鐵五郎(よろず・てつごろう、1885~1927)。その存在は、個性派と呼ばれる芸術家を数多く輩出した大正時代において、ひときわ鮮烈な輝きを放っています」(岩手県立美術館)。

没後90年の萬鐵五郎展は新潟県立近代美術館(新潟県長岡市千秋)で開催されていた。萬は岩手県花巻市生まれ。花巻市には萬鐵五郎記念美術館があるが、一方で盛岡市には岩手県立美術館もある。それが今回一挙に新潟県に来ていた。

ずいぶんたくさんの絵が展示されていた。多作家だ。色が濃くてよく分からない。

萬鐵五郎記念美術館は南画(水墨画)が主体だ。「筆が踊り、墨が走る。下手なのか、上手いのか。不真面目なのか、真面目なのか。浅いのか、深いのか。どこがいいのかわからない。それでいて、どことなく憎めない。そして不思議と残る。記憶に残る拙さ加減。大真面目に下手くそな南画を描いた萬鐵五郎」(第37回萬鐵五郎祭イベント)

 

斎藤

 

裸婦 佐藤哲三郎 1930年(昭和5年)

 

特別展は写真禁止だったが、コレクション展示室はフラッシュなしでの撮影はOKだった。最近はこの区別が難しい。

 

花壇

 

米百俵の群像