‘旅行/移動/街歩き’ カテゴリーのアーカイブ

「味のなかむら」再訪

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 酒/酒場/居酒屋, 食/食堂/レストラン

2019/05/22  23:35


 

いやはやまた来てしまった「味のなかむら」

 

白ワインは南ア産のシャルドネでした

 

生で食べた泉州の「水なす」田舎みそを付けて

 

おまかせ3点を「仕立て」でいただいた

 

黒むつはポン酢、アオリイカは梅肉、まぐろはわさびで食べた。刺身と言えば、わさびで食べるのが普通だが、盛りでこない場合、1つ1つで味わいを変える。これが仕立てだという。

 

国産白アスパラ炭焼

 

白アスパラガスを蕗味噌でいただいた。

 

この日限りのメニュー

 

多分、これは炭火で焼いた豚ヒレ黒こしょう焼かな

 

何ともたまらないメンチカツ

 

このメンチだけは1人で1個いただいた。これほどおいしいメンチは食べたことがないと前回も書いたが、今回も書いておきたい。

 

メンチにはこのハチ公ソースを少しかけて・・・

 

ブルゴーニューの赤ワインです

 

ブドウの種類はピノノワール

 

シメのご飯は新生姜入り鯛めし

 

友人夫妻と4人で一軒家和風居酒屋「味のなかむら」(港区西麻布)に行った。昨年に続いて2度目。前回は9月だったが、今回は5月。献立も初夏のものだった。

ここは何を食べてもおいしい。値段もそれなりだが、嬉しいのは1人1万円もしないことだ。コストパーフォーマンスが悪くない。むしろ割安感がある。

6月から7月にかけてこの友人夫婦と一緒に英国に旅行することになった。ロンドン中心で、真ん中にコッツウォルドに行く計画だ。この日は打ち合わせのために会って、大体を決めた。

夫婦で一緒に旅行するのは難しい。気持ちがなかなか合わないものだ。会食はともかく、寝起きを共にする旅行は簡単ではない。

この友人夫婦とはロンドンで知り合った。付き合いがもう30年になる。あまり無理せずに付き合ってきた。家庭事情や経済状態も異なるなかで、相互に訪問し合うなどして理解を深めてきた。

お互いに無理をしないから誤解も生じない。こちらの性格もよく分かってくれている。こういう相手がいると、結構便利である。

いちご狩り

カテゴリー: 丹波日誌, 墓参/法事/地域活動, 旅行/移動/街歩き, 農業/農地/農政, 食物/老舗

2019/05/19  14:21


 

こちらは「とちおとめ」

 

こちらは「かおり野」

 

「おいCベリー」

 

こんな感じで生っている

 

花はこんなふうに咲く

 

法要の翌日は大阪の姉夫婦が車で帰り、2男ファミリーと2組になった。せっかくなのでいちご狩りを楽しんだ。もう終わりかけだったが、「あぐり丹波3Dいちご園」(丹波市氷上町新郷)がまだやっていた。デッカくて(D)デリシャスで(D)大好きな(D)で3D。

完全予約制60分。小学生以上だと料金は1300円。1月4日に開園した当時は2000円だったが、5月7日以降は1300円に下がっていた。5月いっぱいで終わりだという。

敷地面積3500平方メートルのエリアに13棟のビーニールハウスが建っている。エリア制限がなく、自由にハウス間移動できる。かおり野6テント、おいCベリー3テント、紅ほっぺ2テント、とちおとめ2テント。総株数2万7000株は兵庫県内でも有数だという。

4種のイチゴが食べ放題。60分だと結構時間があって50個くらいで口が疲れた。煩悩の数に相当する108個も食べた人もいた。

東南アジア系のグループを見掛けた。受付のおばさんによると、最近増えており、毎日1~2組は来るという。これも時代を反映しているのだろう。

たっぷりイチゴを食べたあと、母の好きだった回転寿司「すし官太」に行った。姫路、神戸、たつ野、加西、丹波などの各市に店を持っている。

午後2時すぎに2男ファミリーとも別れ、丹波篠山市経由で雨引峠を越え、京都縦貫道千代川インターから高速に乗った。途中行きと同様、刈谷で一休み。炭酸泉に入った。午後9時に出発し、東京・練馬の自宅に着いたら午前1時30分だった。走行距離1166km。

丹波の老舗「三友楼」

カテゴリー: 丹波日誌, 墓参/法事/地域活動, 旅行/移動/街歩き

2019/05/18  23:59


 

 

先付=(富山産ホタルイカ辛子酢味噌、黒豆蜜煮)いくら醤油漬け

 

温物=たけのこ道明寺蒸し

 

小鍋=焼き物丹波黒どり入り寄せ鍋

 

焼物=ポークヘレのロースト

 

酢物=小鮎南蛮漬け

 

揚物=チーズおかき揚げ、海老ごま豆腐おかき揚げ

 

御飯=小海老、たけのこご飯、香の物、汁

 

母の7回忌と義曾祖父の50回忌供養を午後2時から菩提寺の円成寺で行った。参加者は親族10名。法要を済ませたのち、車で5分ほどのお墓に行って、圓満塔の後ろに1~2mの細長い塔婆(サンスクリット語で仏塔を意味する「ストゥーパ」が語源、卒塔婆が正式な言葉)を立てた。

ホテルにチェックイン後、午後5時30分から丹波の料亭「三友楼」(丹波市柏原町)で会食した。和食は健康食として世界から注目を浴びているが、健康のためには1日に30品目を食べるように言われている。

「懐石は焼物、煮物など約10品の料理を食材が重複しないようにつくる。また、肉は少なく、野菜・魚が多いのが通常だ。懐石を一度食べると30品目は軽くクリアするという。和食はバランスのとれた食事なのだ」(「食」は健康から始まる)という。

きちんとした懐石料理を写真に残しておきたいと考えていたが、食べることに頭が行って、今回は先付けの富山産ホタルイカ辛子酢味噌、黒豆蜜煮を撮り忘れ、いくら醤油漬けだけになってしまった。

温物と小鍋の間の造り(カンパチ、ホタテ、マグロ)と最後の水物(カボスゼリー、いちご、わらび餅)を撮り忘れた。

 

山本求(茂斗萌)画伯の舞妓を描いた作品が隣の部屋に飾ってあった

 

三友楼は奥丹波「柏原(かいばら)」で料亭を営む「味の老舗」。上皇になられた前天皇陛下が皇太子のときに妃殿下と一緒にこられ料理を召し上がったという。将棋の女流名人位戦の対局場にもなったことがあるという。

昔から格式の高い料亭だと聞いており、私は18歳まで当地に住んでいたが、これまで三友楼の食事をいただいたことがなかった。初めてだった。

ちなみに3階の別室には日本画家の山本求(茂斗萌)氏の舞妓図が飾られていた。山本氏は明治35年東京生まれ。東京美術学校(現東京芸術大学)卒業後、昭和3年から柏原町に在住し、旧柏原中学校(現柏原高校)の図画科の担任として勤めるかたわら、昭和11年以降、官展、日展に入選を重ねた画家でもある。

われわれの会食した部屋には山本氏に見出された画家・川端謹次の絵が飾られていた。両画家の多くの作品は丹波市立植野記念美術館(丹波市氷上町)などに寄贈されている。

柏原そぞろ歩き

カテゴリー: 丹波日誌, 墓参/法事/地域活動, 旅行/移動/街歩き, 花/木/樹

  21:15


 

落葉高木のモクレン科のユリノキの花

 

この大ケヤキを「木の根橋」と言う

 

幅8mの奥村川をまたいで根が伸びている

 

木々の梢から青々とした新緑が

 

丹波市柏原支所

 

料亭「三友楼」

 

泊まったのはグリーンホテル「松風」(丹波市柏原町)。ビジネスホテルだ。法事に参加した3組が泊まった。ホテルから歩いて10分ほどの柏原町市街地に料亭「三友楼」はあった。

歩いてそこに行った。途中、木の根橋を渡った。この大ケヤキは兵庫県の指定文化財で、柏原(かいばら)の大ケヤキという。幹周6m、樹高22m、推定1000年。幅6mの奥村川をまたいでいる。

ケヤキの大樹の奇形は珍しく、その形状から「木の根橋」と呼ばれ、四季の変化の美しさとともに、柏原町のシンボル的存在として長く親しまれている。

柏原は戦国時代の武将・織田信包(のぶかね)が作った城下町。明治2年の版籍奉還まで織田氏の城下町として栄えた。木造の建物は旧町役場(現在は丹波市役所の柏原支所)。とにかく古い建物だ。

かきつばた

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 旅行/移動/街歩き

2019/05/17  23:29


 

天然温泉「かきつばた」

 

遠くから結構目立つ観覧車

 

週末は母の7回忌、義曾祖父の50回忌の法要を菩提寺で行うため帰省。大阪・寝屋川市の2男宅に一泊した。

途中3時間ほどの休憩をしたのが愛知県刈谷市ハイウェイオアシス。高速道路から降りないまま温浴できる。天然温泉「かきつばた」でご飯まで食べた。一般道からも入場可能で、刈谷市の一大施設になっている。

東京と実家のちょうど真ん中にあるのが気に入っている。風呂に入って休憩をし、そこから大阪までは普通2時間だ。この日は新名神がリフレッシュ工事中で工事渋滞。3時間かかった。

午後3時ごろに「かきつばた」に入ると、1階フロアで大ビンゴ大会が今や始まろうとしていた。大勢の客が集まっていた。これも縁で参加。半分ほどでビンゴ。飲み物2本入りセットをゲットした。

和風露天風呂と壺湯は他の温浴施設に比べても広々とくつろぐことができ気持ち良い。特に天然温泉+高濃度炭酸泉と低温高濃度炭酸泉の2つの炭酸泉があり、リラックス効果も格別だ。入浴後は2階にテレビ付きリクライニングチェアに寝そべることのできるリクライナールームもある。目の前に観覧車のイルミネーションを楽しめる。

施設の管理・運営をしているのは愛協産業(愛知県大府市)。物品販売、ライフサポート、運送、梱包、建設、食品、温浴事業など幅広い総合サービス事業を展開している。

ディープな下町・蒲田

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 東京日誌Ⅲ

2019/02/19  16:47


 

サンライズ入口

 

サンライズ出口

 

サンロード入口

 

サンロード出口

 

最近、JR京浜東北線蒲田駅によく行く。探していた脊柱管狭窄症の専門医を見つけたからだ。JR蒲田西口から10分くらいの病院だ。京急線蒲田駅は大田区産業プラザがある。ここでは産業関係のセミナーをやっており、ここ数年年に3回くらいは通っている。

総武線の大久保にある東京山手メディカルセンター(新宿区百人町)にも行っている。山手線の新大久保駅のほうが近いが、韓国系のほか、最近は他のアジア系も進出している。

大田区内の2大繁華街は大森と蒲田。2つを足すと大田区になる。京急線蒲田駅からは羽田空港線が延び、大規模改修工事が行われた。京急蒲田駅はびっくりするほど大きな駅に生まれ変わった。

JR蒲田西口周辺はアーケード式の商店街がいくつかある。サンライズとサンロード、一番駅寄りの道路には「バーボン通り」という看板がぶら下がっていた。サンライズは1キロくらいか。手芸専門店ユザワヤは蒲田発祥だという。

蒲田はB級グルメが有名で、とんかつと羽根つき餃子が名物。サンライズ商店街のとんかつ・なべ『多津美』(たつみ)でヒレカツ定食を食べた。少し堅かった。

蒲田が終戦直後に焼け野原と化したことは知らなかった。この蒲田を舞台に、地域医療に生きるヒロイン・梅子(堀北真希)を描く、尾崎将也氏脚本のオリジナル作品(2012年春放送のNHK朝ドラ「梅ちゃん先生」)が放送され、好評だった。

大学病院の医師である父を持つ3人姉兄の末っ子に生まれた梅子だが、父の姿を見て医者を志す。持ち前の負けん気で女子医学専門学校に入学し、卒業後は研修などを経て自宅横に診療所を開き、「梅ちゃん先生」と親しまれる。

旅行作家「兼高かおる」さん死去

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 映画/テレビ/舞台

2019/01/10  23:16


 

兼高かおるさん(オダブツのジョー氏のツイートから)

 

「テレビ番組『兼高かおる世界の旅』の案内役を長年務めた旅行作家の兼高かおる(かねたか・かおる、本名=兼高ローズさん)が1月5日午後8時45分、心不全のため東京都内の介護施設で死去した。90歳だった」(1月10日付朝刊)。

米国留学後、英字紙でフリー記者として活躍。1959~90年に放送されたTBS系の「兼高かおる世界の旅」では、制作やナレーターを手掛け、北極点や南極点も訪れた。全行程は721万キロとなり、海外旅行ブームに火をつけた。

「兼高かおる旅の資料館」(兵庫県淡路市)の名誉館長や、「横浜人形の家」(横浜市)の初代館長も務めた。91年に紫綬褒章。神戸市出身。

1958年7月27日、兼高かおるさんが、スカンジナビア航空主催の「世界早回り」に挑戦し、73時間9分35秒の(当時)新記録を樹立。この日、挑戦を達成し、羽田空港に帰国。その勇姿がオダブツのジョー氏のツイートに載っている。

兼高氏の香蘭女学校の後輩に当たる黒柳徹子(85)氏がコメントを発表している(日刊スポーツ)。

「なんと悲しいニュースでしょう。兼高さんは、大変美しい方で、私の女学校の先輩でしたが、バザーなどで、卒業した兼高さんがいらっしゃる事がわかると、私たち在校生は、門から一列に並んで、キャーキャー言いながらお迎えをしたくらいの、私たちにとって大スターでした」

「その後、テレビをお始めになり、まず、外国へ行くこと楽しさ、その国々の色々な習慣や違った文化、そんな中に、兼高さんはどんどん入っていらして、現地の人たちと交流していらっしゃいました。のちに、私はユニセフの親善大使になりましたが、行く先々で兼高さんの事を思い出していました。ドキュメンタリーをきりひらいた先駆者、兼高かおるさん、私たちに与えた影響は凄く大きなものがありました。心から感謝をしています。本当に本当に、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました」

多くの人が同番組を見ていたが、私もその中の1人。当時は中学生の時だった。これを見て社会、特に地理が強くなった。これで社会だけが通信簿で5となり、自信がついた。将来は外交官かジャーナリストになりたいと思い出したのも彼女に影響を受けたからだ。

最近、毎日のように知っている人が亡くなる。人はいずれ死ぬ。死に方も難しい。好奇心が消えたら定年だと思うが、最期のときはそれよりさらに経ってから。死ぬときは好奇心もない。何なんだろうと思うが、それも人生かもしれない。ともかくも合掌。

さよなら東京

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/12/25  22:39


 

孫2人と母親を送って東京駅に行く

 

東海道新幹線のりばも懐かしい

 

東海道新幹線は3人に1人がネット予約する

 

時刻表を見ると心が和んでくる(丸の内南口)

 

改札の外に立って上を見上げるとこんな具合だった

 

ファミリーが一堂に集まるクリスマス会は終わった。我が家の1年間で最大のイベントだった。みんな正月は地元に戻り、また実家に帰る。残された2人は静かに正月を迎えるだけだ。

 

大吟醸から燗酒まで720ml×3種類の日本酒飲み比べセット

 

大阪で留守居をした2男は自分が来る代わりに御歳暮を佐川急便で送ってきた。宅配便の届いたのはクリスマス会をやっている最中の24日だった。720ml×3種類の日本酒飲み比べセット。

本人が来ないのは問題だが、中国出張で疲れも溜まっていたのだろう。これで祝い酒を買いに行くことがなくなった。

小鼓(こつづみ)は西山酒造場(兵庫県丹波市市島町中竹田)の看板酒。創業から170年以上、ずっと私たちを支えてきた。日本3大杜氏「丹波杜氏」発祥の地でもある。

西山醸造場の3代目蔵主は泊雲、4代目蔵主は小鼓子として俳句に精通しており、2人が師事したのが高浜虚子。彼の命名で、「小鼓」が誕生した。

 

秋色の日比谷公園

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 花/木/樹

2018/12/07  23:40


右手は日比谷図書文化館
鶴の噴水のある池
鶴の噴水の背後は日比谷ミッドタウン

自撮りに熱中するアベック
老舗フランス料理屋・南部亭のそばにあるイチョウ

 

日本記者クラブで会見を1つ聞いたあと、日比谷図書文化館に寄った。2冊返却し、2冊借りた。

どちらも志水辰夫で、『引かれ者でござい』(蓬莱屋帳外控)と『つばくろ越え』だ。志水辰夫をこれまで何冊も読んできた。現代物が多かったが、あるときを期して志水は時代物に転身したらしい。

志水の場合、話の内容がどう展開するのか最後まで分からないのが気になるが、達意の文章は読んでいて引き締まるものを感じる。

返却後、図書館の周りを散策した。日差しが少しあり、意外と暖かかった。秋色も濃く、冬を迎えようとしている。

道志川温泉「紅椿の湯」

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2018/11/27  23:56


 

甲斐の猿橋(上)は日本3大奇矯のひとつ

 

四層のはね木がテコの原理で橋を支える特殊な建築方法で木造で現存しているのはここだけ

 

下を流れる桂川

 

広重の「甲陽猿橋之図」にも描かれた名所

 

道志川温泉「紅椿の湯」

 

すっかり山梨県リニア見学センターで時間をとられ、そこを出たのは15時半すぎ。しかも、肝心のリニアは走らず。空振りに終わった。

外は小春日和で暖か。その中を館内でずっとリニアを待っていた。とんだ見学日になってしまった。せっかくなので「甲斐の猿橋」(大月市猿橋町)に行った。

山梨県の猿橋は「錦帯橋」(山口県)と「木曽の桟(かけはし)」(長野県)とともに日本三奇橋の一つ。

大月桃太郎伝説が残る日本3奇橋の一つ」によると、「四層のはね木がテコの原理で橋を支えている橋脚を全く使わない特殊な建築方法。木造で現存しているのはここだけ」だという。

今回の山梨行の真の目的地は道志村だった。そこで東京から移住し、バイオマスと林業に取り組んでいる大野航輔氏の仕事ぶりの一端をみたいと思っていたが、リニア見学センターに引っかかってアウト。ずさんな計画だが、これでいいと思っている。

午後5時をすぎ、暗くなっていたが、道志村に向かった。びっくりした。山を2つも越した。トンネルを掘れば簡単だが、掘るだけの経済性がないのかもしれない。90度、180度、360度のカーブまたカーブの真っ暗な道を何とか進み、ようやく道志村に辿り着いた。しかし、夜なので何も見えない。

薪ストーブで作ったという村営の「道志の湯」も休館だった。仕方がないので、看板が出ていた道志川温泉「紅椿の湯」を訪ねた。地下1500mから湧き出た天然温泉だという。

大野氏によると、「道志村は日本でも最多のキャンプ場」があるという。道志の湯には入っていないので比較できないが、紅椿の湯のフロントマン氏は「広くてきれいで、自信を持っている」と断言した。

温泉は午後7時から半額になるというので食事を済ませたのち、温泉に入った。まず源泉高温泉。実に広く、気持ち良かった。38度のぬる湯も悪くない。夜でよく分からないが、露天風呂も周囲の景観と溶け合っていそうだ。せせらぎが聞こえていた。ほかにサウナと脱衣場だけだが、基本的なものがしっかりしていた。「自信を持っている」と答えたのも理解できた。

村営ではなかなかここまでのレベルは提供できないかもしれない。宿泊料金も平日だと大人1名5500円(2名以上で利用の場合)と極めてリーズナブル。若人は川でキャンプをし、年寄りはホテルでのんびりできる。道志村は意外と穴場かもしれない。

帰りは午後8時すぎに紅椿の湯を出発。国道413号線から途中で土砂崩れのため78号線を走って相模湖ICから中央道で高井戸まで。2時間で練馬の自宅に着いた。合計12時間のドライブだった。