‘東京日誌Ⅱ’ カテゴリーのアーカイブ

散歩(2019/06/12)

カテゴリー: 散歩/山歩き/ハイキング, 東京日誌Ⅱ

2019/06/12  09:15


 

 

ご存じ「くちなしの花」

 

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しつこく西洋アジサイ

 

これも西洋アジサイ

 

これはお気に入りのアジサイ園

 

毎朝、散歩をするようになった。手持ちぶささなので手にはスマホを持つことにした。そうするとついきれいなものや珍しいものなどはぴしゃりとしたくなるのが人情だ。

撮影禁止とされているイベントでもみんながスマホを振りかざしている。もう止められるものではない。シャッターチャンスを狙うのは当然だ。

毎日歩いていても、コースはだいたい同じだ。だから目に入るものもだいたい同様のものだ。今朝はこんな感じだった。

本当はイベントやら講演会やらもっと前向きなものを書きたいが、歳をとってくるとどうしても行動の中心は散歩になってくる。珍しいものに遭うこともだんだん減ってくる。

このブログもその道をたどりつつあるようだ。ブログもいつしかやめてしまうのかもしれない。

歳をとってくると、「教養」と「教育」が重要だ。「今日行くところ」と「今日用があること」だ。それもどうしても病院などが中心になってくる。病院でも行くところがあるうちは大切だ。

そのうちどこへも出なくなる。ブログネタがなくなる。これは恐ろしいことである。今日から散歩のノンブルを打つことにした。どれだけ書けることやら試してみることにした。

 

東京ミッドタウン日比谷周辺

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 花/木/樹

2019/04/05  17:25


 

1はFirstの意味らしい

 

東京ミッドタウン日比谷が開業1周年を迎えた。いつも内幸町側から見ていたが、初めて日比谷側から眺めた。こんな感じだった。

現役時代はこの当たりによく出没した。よく飲んだ。しかし、周辺は全く様変わりした。一番変わったのが東京ミッドタウンができたことだ。

これがないときは古めかしいビルが建っていて、ダンスホールなどもあった。マイセンのとんかつ屋も日比谷店を出店していた。

時は非情である。そんな個人的な思い出もすっかり洗い流してしまった。あっという間に新人が街を闊歩し始め、旧人たちは姿を消す。昔の姿を覚えているのは不思議な存在だ。

 

輪舞を彩る春の生花

 

花の輪舞

 

「花の輪舞」と題した開業1周年イベントが行われていた。春の花をあしらった薔薇やガーベラ、トルコキキョウなどが中心だ。

「桜の波動」ーWAVEーも出現している。

映画鑑賞後、シャンテ裏手のガード下を歩いた。店も多くが変わっていた。ちょっと横町に入ると、相変わらず煙がもうもうと立ちこめる下で飲んでいるサラリーマンもいる。自分もその中に溶け込みそうになった。だが、もうそんな時代ではないことを私は知っている。

2019年の桜

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 花/木/樹

2019/03/31  22:35


 

カイドウが咲く(自宅)

 

 

上新田橋から石神井川に向けて(練馬区内)

 

同上

 

白木蓮も咲く(四季の香公園マグノリア園)

 

紫木蓮(同上)

 

光が丘公園脇

 

光が丘公園は多くの人が・・・

 

いつもの桜の木の下で

 

高松小学校西門

 

今年も桜が満開を迎えた。午前中はまだ曇っていたが、午後になって日差しが出始めた。まだ花冷えがあって外は幾分寒い。やはり日差しの中で桜を見るのとそうでないのとでは見る側の気持ちも違う。

自宅近くと光が丘駅周辺を自転車で回った。やはりウオッチしている桜というのはあるものだ。あの桜は今年どうなっているのだろうとつい思ってしまう。

きちんと咲いているのか、どういう具合なのかは意外と気になるものだ。桜は日本人の心の中に浸透している。

「我々は労働力を呼んだが、やってきたのは人間だった」

カテゴリー: 働き方改革, 東京日誌Ⅱ

2018/12/10  20:06


スイスの作家マックス・フリッシュが50年前に述べた言葉


ゲスト:指宿昭一(いぶすき・しょういち)弁護士
テーマ:日本の労働を誰が支えるのか
2018年12月10日@日本記者クラブ

低賃金、長時間労働などに苦しむ外国人労働者の救済に携わってきた指宿昭一弁護士が外国人労働者の現状と改正入管法について話した。

・外国人労働者は約128万人。このうち留学生(資格外活動)は約30万人(全体の約20%)、専門的・技術的分野は23万8000人(同18.6%)、技能実習は約26万人(同20.2%)。資格外活動と技能実習生が56万人と多くを占めている。特別な技術も高度な技術も持っていない。農業だったり縫製工場だったり食品加工業だったり、留学生だったらコンビニの店員、居酒屋の店員。いわゆる単純労働といわれている分野で働いている。

・単純労働は政府が使っており、私はこの言葉は間違っていると思う。熟練していない労働という意味で非熟練労働者という言葉を使うべきだ。

・単純労働は禁止されている。この分野の労働はないということになっている。ここが大きな歪みの始まりだ。入れないといいながら実際には入れている。これをバックドアからの受け入れとかサイドドアからの受け入れと社会学者の先生たちは言っている。おおきな歪みの原因だ。

・技能実習制度は発展途上国への技術移転による国際貢献を目的として創設され、約26万人が在留(2017年10月)。企業が外国の現地法人等から受け入れる「企業単独型」と中小企業に受け入れる「団体監視型」があり、団体管理型が17年末時点で96.6%を占めている。

・1989年の入管法で在留資格「研修」が創設され、93年に1年間の技能実習制度が作られた。95年に技能実習の期間が2年間に延長となった。「研修1年」+「技能2年」=3年間。

・これらの制度は開発途上国から外国人を招いて各種の技能・技術等の習得を援助・支援して人材育成を行い、技術移転による国際貢献をするという建前で始まったが、実際には中小零細企業が安価な労働力を確保するために作られ、運営されてきた。

・研修・技能実習制度の下では「時給300円」といった最低賃金をはるかに下回る残業代しか払われなかったり、旅券の取り上げ、強制貯金、パワハラ、セクハラなどの人権侵害が相次ぎ、国際的にも国内的にも厳しい批判が出された。

・問題事例の特徴は、①残業時間が300円(最低賃金法、労基法37条違反)②賃金手取り額が3~4万円(不当な家賃・光熱費控除)③多額の渡航前費用の徴収(ベトナムの場合100万円)④送出機関による保証金徴収・違約金契約と保証金(禁止されているが、なくならない)⑤人権侵害的なルールの強要(日本人との交際禁止、同国人との交際禁止など)⑥セクハラ・パワハラ・暴力禁止⑦強制帰国(要求をする実習生に対する制裁、労災隠し)⑧「ものが言えない労働者」(実習生から労基署への申告件数はたったの89件=17年)-など。

・実習生は自分の国を出る際に送り出し機関にベトナムの場合100万円を支払っている。貧しい国だからそんなお金は持っていない。借金をしてやってくる。借金をして少しでもプラスになるお金を持ち帰ることを考えている。

・保証人の付いた違約金契約も結んでいる。ルールを破ったら保証金没収。違約金も請求される。例えば、以下のような場合が多い。失踪してはいけない。恋愛してはいけない。妊娠してはいけない。日本人と話してはいけない、同国人と連絡を取り合ってはいけない。日本で権利を主張してはいけない。問題があった場合、管理団体か送出機関に相談しなさい。

・われわれ弁護士や市民団体が廃止を要求してきて2009年の入管法改正のときに省令で禁止したが、なくなっていない。人権侵害的なルールの強要が保証金や違約金で担保されている。

・なぜこんな問題が起こるのか。それは技能実習制度に構造的な問題が存在するからだ。政府は「きちっと取り締まれば問題は解決できる」と主張しているが、この説明は間違っている。まず移動の自由がない。技能実習計画のために3年間同じ職場で働く。労働力確保の制度にすぎず、本人たちも技能を学ぼうと持っていないし、受け入れ側も中小企業の苦しい経営の中でボランティアで国際貢献やろうとは思っていない。良心的なところもそう。

・また管理団体は実習実施機関(各企業・農家)から1人の実習生につき3~5万円程度の管理費を徴収している。実費ならともかく、それを越えたものも多く、利権になっている。

・技術移転を通じた国際貢献は真っ赤なウソ、真っ赤なウソだ。法務省だって知っており、受け入れ企業もみんな知っている。最近は報道機関や一般国民も知っている。本当の目的が安価な労働力確保であることは最早周知の事実だ。

・正面から外国人労働者を受け入れるべきだとの議論が始まっている。国連も「ビジネスと人権に関する指導原則」を採択し、ワコールやしまむらも全取引企業に実習生への人権侵害がないような取り組みを始めている。

・改正入管法が成立した。正面から受け入れる方向を示したのは前向きなことだとは思う。89年施行の時点でやるチャンスはあった。なぜ30年前にやらなかったのか。少なくても20年前にはできた。遅すぎた改正であることは指摘しておきたい。

・疑問はなぜ技能実習制度を廃止しないのか。自民党のある議員は「これまではカラス(技能実習)は白い(国際貢献)と言い張ってきたが、カラスは黒い。黒いものは黒いと言ってちゃんとした制度を作る」と言っていた。制度としてはすぐにでも廃止すべきだ。2年後には見直しが行われるので、そのときまでには国会で審議してもらいたい。

・「特定技能1号」は家族帯同が認められず、在留期間の上限が5年とされている。特定活動1号の5年間、家族帯同を許さないのは家族の統合を壊すものであり、人権上認めるべきではない。技能実習から特定技能1号への移行が認められているが、その場合、最大10年間、家族帯同が認められないのはおかしい。

・特定技能2号に移行できれば家族帯同ができ、在留期間の上限もなくなるが、2号に移行できる業種は14業種中2業種のみであり、しかも厳格な基準で行われると説明されている。これは問題だ。

・受け入れの数が職種、在留資格の更新・変更の基準が法務省の裁量に任せて、密室で決めることができる。今の入管法の仕組みもそうなっており、その延長線上で設計されている。公開の審議会などで毎年審議を行って、基準の透明性・客観性を確保すべきだ。

・現在の外国人は人権が侵害されやすい状況にあり、特に入管法の在留管理が人権基準からみて非常に不適切な形になっている。収容期間は100年。上限がない。法務省の裁量だ。

・今回の入管法は欠陥だらけ。外国人労働者に対する人権侵害や悪質なブローカーに対する規制が決定的に欠けている。改善していかなければ特定技能制度は第2の技能実習制度になってしまう。

 

登壇した指宿昭一弁護士

 

スイスは現在、外国人率が約25%を占める。かつて同国は労働力不足から主にイタリア人労働者を受け入れたが、短期間で大勢の外国人労働者が増えたため、国内で外国人労働者の排斥運動も起こるなど移民問題に直面した。

しかし同国は国の方針として、一定期間労働者として滞在したのちに家族の呼び寄せも認めるなどの移民政策を取ったため、結果的に外国人移民がうまく溶け込んだ国の1つになった。

安倍政権は技能実習生を5年間続けた人には在留期限延長を認めるとか、滞在期間を延長しても10年間は家族の帯同を認めないとの方針を打ち出した。

このことは「我々は労働力を呼ぶつもりだが、人間は呼ばない」と言っているのも同然だ。労働力を持った人は人間であり、人間は常に家族を帯同しており、それを切り離すことはできないということである。安倍政権は血の通わない移民政策を取ろうとしている。

 

リニア見学センター

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 東京日誌Ⅱ

2018/11/27  23:01


 

世界の鉄道最高記録の時速581kmを2003年に達成した超電導リニア車両MLX01-2

 

摩擦力に頼らない超電導リニア

 

超電導体(1個約10万円)を使ってリニアの仕組みを解説する

 

これはほんのお遊びの「ミニリニア」

 

14時53分に「まもなく走行開始します」と出たけれど・・・

 

一度発車したものの、15時01分には「停車しました」。とほほ・・・

 

再度、走り出す気配もありません

 

午後3時もすぎると、陽も陰りだしました

 

予定がなかなか立たなくて延び延びになっていた紅葉見物に27日(火)出掛けた。晴れ渡り、絶好のドライブ日和だったが、出掛けでつまずいた。

自宅を10時に出発し、関越自動車道に入ったものの、薬を持ってくるのを忘れていた。今や薬は私の生命を左右するほどの存在だ。やむなく最初の所沢ICで下り、川越街道を通って自宅に戻った。11時になっていた。

せっかく決めたのでのんびり行くことにした。最初に行ったのは山梨県立リニア見学センター。たまたまHPを見たら11月は走行試験をやっている。実際に見れると思って期待もしていた。

ところが、出がけ前の朝8時33分頃、茨城県南部を震源とするマグニチュード5.0の地震が発生し、茨城県、群馬県、栃木県、埼玉県で最大震度4を観測した。東京都練馬区は震度2だが、3はあったと思う。走行試験にもこの影響が出たかと思ったが、スタッフは「それはない」と否定。

「どきどきリニア館」(2014年開館)ではこの日の実験について「13時50分から14時40分ごろの間走行試験が行われる」。いつもより時間が大幅に短縮された。

時間調整のため、センターの近くの「道の駅」で昼食をとり、時間を見計らってセンターに戻った。しかし、館内に設置されたディスプレイで1時間遅れで「走行開始しました」とアナウンスがあって、屋外見学テラスに出たものの、肝心のリニアはすぐさま速度を落とし、停車。動かなくなった。

我慢して待っていた米国定住者の子どもや外国人カップルも、普通の観光客もみんながっかり。帰路に着く人が目立った。一方で、観光バスで新規の客も続々やってくる。すっかり観光スポットになっているようだ。

問題は今日だ。どうなっているのか。「普段の山梨県の『まもなく』というのはこんなことないですよ。珍しいです」とスタッフも弁解しきりだった。

残念だが、9年後にリニアに乗って大阪に行きたい。80歳になる。郷里に日帰りできる日が来るのかもしれない。

 

走行実験の様子を「新幹線なるほど発見デー」のサイトで共有させてもらうことにした。

吉祥寺は面白い

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2018/11/23  23:06


 

行列のできる台湾ティーカフェ「ゴンチャ」(アトレ吉祥寺1F2番街)

 

カフェ・レストラン「タルタート」でランチ

 

ローストビーフとむさしの野菜の贅沢サラダボウル

 

坂道もある通路のそばの雑貨屋さん

 

革製品の小物の店も

 

おしゃれな感じ

 

アトレとは違ってしっとりと落ち着いた雰囲気のコピス吉祥寺

 

おしゃれな帽子も

 

中心街サンロートを「成蹊大学欅祭にどうぞ!」が行く

 

こちらは帽子の店「無」

 

「きもちいい靴」をどうぞ!

 

元祖「丸メンチカツ」さとうは今も行列ができていた

 

隣のたった3坪ほどの最中の店「小ざさ」は年商1億円を売り上げるという

 

昔はこんな通りばかりだった

 

これぞ闇市「のれん小路」

 

「ハーモニカ横丁」入り口はいくつもある

住みたい街ナンバーワンの吉祥寺。23日は勤労感謝の日。妻が月2回吉祥寺の水彩画教室に通っている。いつのまにか6年目になった。

日差しが差していい天気だったのでバスで吉祥寺に行った。ここに来るのは2012年6月16日以来。その時のテーマは「吉祥寺ハモニカ横丁」だった。

ハモニカ横丁はその時と変わっていないが、周辺が様変わりした。JR東日本の駅ビル再編に伴い、41年間続けてきた商業施設「吉祥寺ロンロン」(238店)が幕を下ろし、アトレ吉祥寺としてリニューアルオープンした。

アトレ吉祥寺のほか、コピス吉祥寺もリニューアルし、店舗が大々的に変わった。これに行政も対応し、吉祥寺再々開発となった。

 

ゆとりの郷「にいざ温泉」

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 東京日誌Ⅱ, 理容/床屋/エステ/温泉

2018/11/08  21:51


 

 

 

先週からこの日は山梨県の道志村に行くことにしていた。しかし、今週6日(火)起きてきた家内が一度下りた1階から再度2階に上がり、3畳の書斎のドアを叩いた。「耳が聞こえない」。

予兆は昨晩からあったという。元々子どもの頃にかかった中耳炎で左耳は聞こえにくかったが、右耳は何ともなかった。それが音がこもるような感じがした。眠ったら治る思って寝た。

それが今朝起きてテレビを付けても、音が細切れに聞こえ、全体として何を話しているのかさっぱり分からないという。とっさに浮かんだのは突発性難聴。とにかく病院で診察を受けることにした。

診察の結果、やはり突発性難聴だった。練馬光が丘病院で薬を出してくれた。1週間服薬して様子をみてほしいとのことだった。

時間がたつにつれて少しずつ聞こえだした。2日目には症状はほぼ消えた。突発性難聴と同時に糖尿病の疑いも指摘された。ジュースなどやケーキなど甘い物は控えるよう注意された。

2人で始めたのは野菜ファースト。糖尿病対策のイロハだが、食事療法でも必要だ。8日はスーパー銭湯に行くことにした。第1候補の豊島園庭の湯はメンテナンスで休館。第2候補は埼玉スポーツセンター天然温泉(所沢市南永井)。こちらは門前で休館を知らされた。

仕方がないので第3候補にした。同じく埼スポの経営する埼玉スポーツセンター「ゆとりの郷にいざ温泉」(新座市本多2)。経営は同じだ。前に一度来たことがある。

メインのゆとり湯は地下1500mから湧き出る湯で、その褐色の湯は太古の海水が変化したものだとか。低張性の湯は肌に負担をかけず、弱アルカリ性の湯が肌をすべすべにするという。「黒湯」というらしい。

絹湯はミルクのようなお湯。マイナスイオンのピチピチと弾ける感触を目と耳から感じ、ミクロの泡と超音波によって、絹に包まれているような感覚を味わえるお湯だ。

ほかにも圧注湯や寝湯、ドライサウナなどもあるが、露天風呂がないのが欠点かもしれない。環境や湯質などは天然温泉よりも素敵だが、唯一の欠点が最大の欠陥かもしれない。平日の午後ということもあって閑散としていた。

千葉大学植物工場

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2018/10/23  23:46


 

北幸式植物工場(見学用モデル棟)

 

未来農林開発事業研究会と次世代農業フォーラム共催の日帰り農業見学会バスツアーに参加した。最初に見たのが千葉大学の植物工場(千葉県柏市)だった。

笄軒

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 食物/老舗, 食/食堂/レストラン

2018/09/16  17:20


 

西麻布の2階にありました

 

さつまいもの冷製スープでした

 

中身はナポリタンを卵で巻いたオムリターノ

 

日曜日の朝の主食はパンだった。スムージーと卵、ハム、野菜。これにパンが加わった。

それからしばらくはおしゃべりタイム。昼近くになって麻布を30分ほど探検した。目指すは笄軒(港区西麻布4)。「どこか懐かしく、けれども新しい贅沢な洋食屋さん」。

「笄」は「こうがい」と呼ぶ。ウィキペディアによると、髪を掻き揚げて髷を形作る装飾的な結髪用具。元は中国のもので、現代中国語ではジー(jī)と読む。頭が痒い時に髪型を崩さずに掻くなど、女性の身だしなみに欠かせない装身具としても使われた。昔は笄町と呼ばれた。

「味のなかむら」も笄町にあった。港区立笄小学校も現存している。

おすすめはとろとろ玉子のオムハヤシとハンバーグステーキなど。ふわふわ柔らかい卵にくるまれたあつあつのハヤシライスも名物である。

しかし、私はオムリターノを注文した。ナポリタンの上にとろとろ卵を乗せたものだ。

その前にさつまいもの冷製スープをいただいた。麻布の一角で日曜日の午後、普通の洋食屋さんでこんな料理をいただけるのは何とも幸せである。

グラミン日本が始動

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ, 貧困/生活困窮者/ソーシャルビジネス

2018/09/13  21:24


 

グラミン日本理事長の菅正広氏

 

一般社団法人のグラミン日本(東京都中央区)が9月13日、東京に設立された。理事長には元大蔵省(現財務省)大臣官房参事官やアフリカ開発銀行日本政府代表理事、世界銀行日本政府代表理事などだった菅正広明治学院大学教授が就任した。

グラミン日本は日本の貧困層・生活困窮者に低利・無担保で少額融資を行い、起業や就労によって貧困から脱却するのを助けるマイクロファイナンス機関。

2006年、バングラデシュのグラミン銀行創設者ムハマド・ユヌス博士が同銀行とともにノーベル平和賞を受賞し、マイクロファイナンスが欧米先進国を含め世界中に普及・拡大。グラミン銀行の日本版で、日本にも必要されていると判断した。

グラミン日本はユヌス・ソーシャルビジネスとして設立。したがって、ユヌス・ソーシャルビジネス7原則に基づいて運営される。

1.利益の最大化ではなく、社会問題の解決こそが目的であること。

2.財務的には持続可能であること。

3.投資家は投資額を回収するが、それ以上の配当は分配されないこと。

4.投資額以上の利益は、ソーシャルビジネスの拡大や改善のために使うこと。

5.環境へ配慮すること。

6.スタッフは標準以上の労働条件・給料を得ること。

7.楽しみながら仕事をすること。

 

グラミン日本のビジネスモデルは設立当初は貸金業者として登録・運営し、10年後に預金取扱金融機関への移行を視野に入れている。グラミンアメリカを参考に必要な資本として7億円をめどに寄付、基金、賛助会員会費、クラウドファンディング、公益信託方式などで資金を調達。5年後に単年ベースでの収支黒字化を目指す。

融資名称はグラミン・ローンで、融資対象は日本の貧困ライン以下の生活困窮者(約2000万人)で、働く意欲があり、生活をステップアップしたい人。互助グループ(5人1組)を作ることが条件となっている。

最初の融資額は最高20万円からスタート。2回目以降は返済状況を見ながら増額も可能。融資期間は6カ月または1年。無担保で連帯責任。

融資形態は互助グループに対するグループ融資。毎週1回のセンターミーティングや事前の金融トレーニングなどに参加することが必須。グループのメンバーは原則として支店から1時間圏内に居住していることが条件となっている。

金利は6%(元利均等返済)。融資資金は所得を創出する。費消される資金にはしない。返済は毎週。据置期間なし。

日本は国民の6人に1人、約2000万人が貧困ライン(約122万円)で生活している。1人親世帯の過半数が貧困で、貧困格差が広がっている。このような国はOECD35カ国の中では日本以外にない」ということが言われている。

日本人にとってはギョという感じだが、この貧困は衣食住にも困る「絶対的貧困」ではなく、社会全体の中で広がっている「相対的貧困」だ。社会全体ではそんなに深刻ではないという意識が強いが、実はそうではない。

貧困率というデータは、厚労省の国民生活基礎調査として公表されている。日本の貧困率の最新値は2015年で、相対的貧困率年15.6%と前回調査(12年)の16.1%からやや改善した。一方、17歳以下の子どもを対象とした「子ども貧困率」は13.9%と16.3%よりも大幅に改善した。それでも7人に1人の子どもは貧困に陥っている状況だ。

国際的に見ると、日本は米国(16.8%)に次いでG7中ワースト2。ひとり世帯ではOECD加盟35カ国(2010年時OECD平均は11.3%)中ワーストワンだ。

貧困率は、収入などから税金や社会保障費などを引いた「等可処分所得」の中央値の半分未満しかない割合を示す人の割合のこと。中央値は年間245万円(2015年)だから、年間122万円未満の可処分所得しかない世帯を相対的貧困層、その割合を貧困率と呼ぶ。

この中央値は20年前の1997年には297万円だった。これが245万円に低下した。中央値が52万円も下がった。月額にして4万3000円。日本はこの20年間は「失われた20年として経済低迷期だった。

同調査の「貯蓄」についてみると、「貯蓄のない世帯」が全体で14.9%、母子世帯に限ってみると37.6%に増える。「生活が苦しい」と答えた人は全体で56.5%、母子世帯では82.7%が生活苦を訴えた。

現代の日本で、貧困は「失職、病気、ケガ、事故、配偶者との離別・死別、介護などによってほとんどの人に起こり得る、明日は我が身の問題」だ。

日本の母子世帯の貧困率は58.7%(2009年11月調査)と世界でも突出して高い。生活保護水準の所得に届かない低所得にあえぐ現状がある。

高齢者も深刻だ。総務省発表の推計人口(9月15日時点)によると、70以上の人口は前年比100万人増の2618万人と総人口に占める割合は20.7%と初めて2割を超えた。65歳の高齢者も44万人増の3557万人で、28.1%と過去だった。就業者総数に占める高齢者の割合も12.4%と過去最高だ。

17年の高齢者の就業者数は807万人と過去最多。7割近くの4人に3人は「自分の都合のよい時間に働きたいから」と非正規の職員・従業員を占めた。

今後日本はあらゆる世代の年齢層が貧困にあえぐ時代が来ると言っても良さそう。クローズアップされている母子家庭と高齢者ばかりでなく、「日本国民総貧困化」なのかもしれない。

日本の貧困の現状は個人の問題としてではなく、社会の問題として取り組むべき時期に来ている。

グラミン日本は理念として、「貧困のない、誰もが活き活きと生きられる社会」「貧困・生活困窮に陥った時、そこから脱却する助けがセーフティネット/ソフトインフラとしてされている社会」を掲げている。

いろいろ問題はあるだろうが、このように社会を変えていくと資本主義の性格も変わってくるはずだ。