‘東京日誌Ⅲ’ カテゴリーのアーカイブ

散歩(2019/06/19)

カテゴリー: 散歩/山歩き/ハイキング, 東京日誌Ⅲ, 花/木/樹

2019/06/19  18:22


 

優雅に咲くノウゼンカズラ

 

朝つまづいて散歩をしなかった。家人が成増まで歩いて行くという。それに便乗した。1万歩はないだろうと思ったが、万歩の歩みも一歩から。誘いは貴重だ。

自宅から大江戸線「光が丘駅」まで歩き、そこから光が丘公園の周辺部を歩いた。途中から東武東上線「成増駅」への道に入る。

この日はむやみやたらと暑かった。30度は超えていそうだ。水を飲みながら歩く。マンションの脇の空き地にノウゼンカズラが身持ち良く風に揺らいでいた。

 

花は美しいが・・・

 

ほっておくと家の中まで入り込み・・・

 

ドアが開かないほどに・・・

 

ノウゼンカズラ。中国原産で平安時代に日本に渡来。夏から秋にかけて橙色の大きな花を咲かせる。美しいというか、毒々しいというか何とも言えない花だ。

しかし、幹からたくさんの「気根(きこん)」を出して樹木の壁などに付着してつるを伸ばして壁をよじ登っていく。植物の根は本来地中に伸張する器官だが、茎や幹から空中に出る場合がある。

トウモロコシ(地上の茎を支持する)やイチョウ(大気中に伸びて呼吸を助ける)なども気根がある。

外から見ている分には楽しいが、自分の家に植えるとかなり覚悟が必要だ。「壁に根が入り、雨水が染み込んで家をだめにする」ことにもなりかねないからだ。気を付けてほしい。

絶滅するには根をじっくり掘り起こすしかないようだ。適当にやっているとその咎めを受けることになりかねない。

 

スアマ(右)

 

これを作っているのは和菓子司ふじむら

 

成増駅に近いところに和菓子家があった。最近、和菓子には関心が強い。「すあま」があった。実はまだ食べたことがない。いい機会なのでいただくことにした。だんごも一緒にランチ代わりだ。

すあま。寿甘、素甘とも書く。祝いごとの席で配る習慣がある地域もある。餅菓子だ。

ほとんど食べた記憶がないので、何だろうとは思っていたが、深く考えたことはなかった。関東では一般的な和菓子として食されるそうだが、関西では見掛けたことすらなかった。関東ローカルな和菓子らしい。

 

 

 

散歩(2019/06/16)

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 花/木/樹

2019/06/16  11:16


 

ガクアジサイ

 

夕顔かな?

 

よく見掛ける花だが・・・

 

ちょっと立派な平成みあい橋、下を石神井川が流れている

 

見たこともない花だが・・・

 

フヨウかな

 

これはブドウです

 

まだアジサイの花が続きます

 

昨日はよく降った。今日は日曜日。雨に洗われた緑やアジサイがきれいだ。石神井川沿いをずっと歩いた。いつもは西武池袋線練馬高野台で引き返してくるが、今日は休みということもあって遠征。笹目通りを越えて長光寺橋を渡り、千川・石神井コースに足を踏み入れた。

練馬高野台から石神井川の両サイドは「都営南田中アパート」が広がっている。川とそれに沿ったコースは早朝散歩に打って付けだが、都営南田中アパートはびっくりするほど古い。

1号棟から28号棟まであって、古いものは昭和44年(1969)から建設されている。1階部分が店舗になった「下駄履き住宅」もあり、老朽化が進んでいる。

「あなたの知らない東京をとことん案内します」とうたった「東京Deep案内」によると、残留孤児絡みの中国人も多く住んでいるようだ。

歩いていて中国人や韓国人の会話をよく耳にするのも事実で、ちょっとびっくりする。南田中アパートの前は広い庭になっており、手入れの行く届いた庭は花も咲いているが、そうでないところは荒れ放題だ。

日曜日とあって走っているランナーが多いが、その人たちにはダークサイドの部分は目に入らないだろう。花ばかりを撮っているおじさんも見たくないものはやはり見たくない。しかし、見たくなくてもそうした現実があることも知っておく必要はあるのかもしれない。

織部饅頭

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 食物/老舗

2019/06/04  22:35


通りが広すぎて、大坂家を見つけるのに苦労した

 

慶応大学の高台に「華の早慶戦の」の告知が・・・

 

これが慶大正門だった

 

JR田町駅へは慶応仲通り商店街(けいなか)を通ると近道です

 

秋色庵大坂家の「織部饅頭」は名物だったという

 

こちらは家人が買ってきた銀座あけぼのの大福餅。こちらもおいしかった

 

過日話を聞いた秋色庵大坂家を訪ねた。内幸町の日本記者クラブに寄った次いでだった。都営三田線の三田駅から5分とあった。

最近はスマホを片手に歩くのが普通だが、私のスマホは勘スマホ。学生がたくさん歩いていたのでそれに頼ってそちらに歩いて行くと大きな通りがあった。慶大東門とあった。

正門はどこかと探していたら、ようやく見つかった。周辺が結構広いのにはびっくりした。小さな店だった。

織部饅頭を4個(1個300円)買った。焼き物の織部のデザインを饅頭に用いたものだ。緑のうわぐすりの垂れを抹茶で表現している。

「京都の和菓子☆ドットコム」によると、「近年では昭和30年に東京の大坂家という店が、その名も「織部饅頭」という商品名で出し、名物になっている」と書いている。

そういえば、私は早稲田大学出身。慶応大学はライバル校だった。三田に来たのは生まれて初めてのような気がする。なぜか縁がなかった。

初の一般参賀

カテゴリー: 墓参/法事/地域活動, 東京日誌Ⅲ, 祭り/フェスティバル

2019/05/04  22:47


 

ずらりと並んだバス

 

むしろこんな感じでもいいな

 

日比谷サローでランチを

 

昔懐かしオムライス

 

東京ミッドタウン日比谷の6階では読み聞かせとミニコンサートが開かれていた

 

 

日比谷公園の新緑が目にまぶしい

 

日差しを避けて

 

9歳の誕生日を迎えた孫と一緒に皇居の一般参賀に行った。一般参賀は70歳になるまで行ったことがない。天皇家への敬意がなかったわけでもなく、象徴としての意義を認めていないわけでもなかった。

いろんなタイプの人が多いのは知っているし、陛下に熱い思いを抱く人が一定数いることも知っているものの、だからと言って皇居まで行く気にはならなかった。

しかし、今回は代替わりである。改元でもある。お祭りみたいなものかもしれない。遊びついでに行ってみた。あんまり並ぶようだと素直に撤収することも視野に入れていた。

案の上すごい人だった。翌日の新聞を見たら、一般参賀者は約14万人だったという。結構暑かった。行列に並ぶのに慣れていない人間には辛い。

東京都千代田区では4日、気温が6月上旬並みまで上昇し、一般参賀の会場では体調不良を訴える人が相次いだという。皇宮警察本部によると、熱中症などで121人が救護所で治療を受けた。救急車の搬送も28人に上ったようだ。

妻と私と孫。即位式典委員会から手渡された日の丸の国旗を手に30分ほど並んだが、やはり断念した。いったん中に入ると、すぐに出られない。そうならないうちに諦めた。われわれは30分足らずに列を離れたが、荷物検査終了時点で離列した人たちもいた。

「これからも平和を」「両陛下との距離を近くに感じた」。天皇陛下の即位を祝う一般参賀には全国から多くの人が集まり、祝福の声を上げるとともに、新しい令和の時代への思いを深めた。

「せっかくの機会だから」と同級生と足を運んだ東京都の私立高校1年生は「時代の変わり目に高校生活が始まり、令和と不思議な縁を感じる」、「人混みでほとんど見えなかったけれど、お祝いできてよかった」(横浜市の主婦)、「皇室は外国人に優しいイメージがある。新しい陛下をひと目見たい」(36歳の中国人女性)。5日の日経朝刊にはいろんな意見が載った。

とにかく雰囲気はつかめた。これまでは皇居には行こうともしなかった。むしろ拒否していた感じすらある。70年経ってずいぶん変わった。身近に陛下の存在を感じただけでも良しとしたい。

午前11時すぎだった。ランチは日比谷公園の中にある1949年創業のビアレストラン「日比谷サロー」。同じ公園内に会社があったときは何回も来たことがある。孫は昭和カレーをベースにしたカレードリア、妻はタイ料理をアレンジした東京36ライス、私はスタンダードなスタイルにこだわった「懐かしの昭和おむらいす」を食べた。オープンガーデンは気持ちが良かった。

東京ミッドタウン日比谷をのぞいた。6階パークビューガーデンでは13時30分開演で「お話と歌の広場」が行われるという。

公益財団ニッセイ文化振興財団「日生劇場」が企画・制作したイベントで、おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)の2人がお話と歌を歌った。

読み聞かせは「しっかりものの錫(すず)の兵隊」(作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン)と「ゆうきくんのフシギないちにち」(作:多摩美術大学ストーリー表現研究会有志)の2話。

少し暑かったので演奏している2人は辛かったのではないか。時折、心地よい風が吹くと気持ち良かった。

イチロー引退

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/03/22  10:22


 

イチローの最終試合

 

米大リーグは20日、東京ドームのアスレチックスーマリナーズ戦でレギュラーシーズンが始まったが、プロ28年目、メジャー19年目のマリナーズのイチロー外野手(45)は「9番・右翼」で先発出場し、昨年5月2日以来の公式戦復帰を果たした。

イチロー選手は21日、2戦目もマリナーズの一員として「9番・右翼」で出場したあと、現役引退を発表した。日米通算4367本の安打を量産し、平成を駆け抜けた名選手がユニフォームを脱いだ。

庭の湯の人工「炭酸泉」

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 東京日誌Ⅲ

2019/03/06  23:59


 

庭の湯にどうそ!

 

今日は豊島園の「庭の湯」(東京都練馬区)に行った。1日ゆったり過ごせるところはそんなにない。そんなにないが、庭の湯ならそれができる。

バーデプールで軽く水慣らしし、屋外プールで本格的に親しんだ。午後1時から屋外フィンランドサウナでアウフグースを楽しんだ。イングリッシュ・ローズのアロマだった。

タオルでイングリッシュ・ローズの風を送り、その香りを楽しんだ。10分間という短い長さだが、男子スタッフが2回タオルで仰ぐ。熱風が顔にもろに当たる。快感だ。

バーデゾーンから温浴ゾーンに戻ると、炭酸泉が目に付いた。花王ヘルスケアナビによると、温泉には単純泉、塩化泉、硫酸塩泉、イオン泉などさまざまあるが、炭酸泉は低温のヨーロッパに多いという。

火山活動が盛んな日本は高温のため天然温泉は0.5%未満だという。全くないわけではなく、長湯温泉(大分県、ラムネ温泉の別名を持つ)や有馬温泉(兵庫県)などは炭酸泉の名湯だという。そういえば、有馬に近い宝塚の土産物の中に炭酸せんべいがあった。

ただ一般の湯の中に人工炭酸泉生成装置(1997年三菱レイヨングループが特許)により炭酸泉を作り出すことも可能で、実は庭の湯にもお湯に1000mg/リットル以上の遊離炭酸が含まれているといわれている。

庭の湯では炭酸ガスを高濃度でお湯に溶かし込み、本格的な高濃度炭酸泉を再現している。高濃度の炭酸泉に入ると、全身に微細な気泡(炭酸ガス)が付着し、皮膚から吸収され、毛細血管を拡張して血流を増やす。

血圧を下げるとともに、身体の隅々まで血行が良くなるので、疲労物質や老廃物が排出されやすくなるという。皮膚が紅潮するのは血行が良くなったため。入浴時間は15分程度が適当だといわれる。

ディープな下町・蒲田

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 東京日誌Ⅲ

2019/02/19  16:47


 

サンライズ入口

 

サンライズ出口

 

サンロード入口

 

サンロード出口

 

最近、JR京浜東北線蒲田駅によく行く。探していた脊柱管狭窄症の専門医を見つけたからだ。JR蒲田西口から10分くらいの病院だ。京急線蒲田駅は大田区産業プラザがある。ここでは産業関係のセミナーをやっており、ここ数年年に3回くらいは通っている。

総武線の大久保にある東京山手メディカルセンター(新宿区百人町)にも行っている。山手線の新大久保駅のほうが近いが、韓国系のほか、最近は他のアジア系も進出している。

大田区内の2大繁華街は大森と蒲田。2つを足すと大田区になる。京急線蒲田駅からは羽田空港線が延び、大規模改修工事が行われた。京急蒲田駅はびっくりするほど大きな駅に生まれ変わった。

JR蒲田西口周辺はアーケード式の商店街がいくつかある。サンライズとサンロード、一番駅寄りの道路には「バーボン通り」という看板がぶら下がっていた。サンライズは1キロくらいか。手芸専門店ユザワヤは蒲田発祥だという。

蒲田はB級グルメが有名で、とんかつと羽根つき餃子が名物。サンライズ商店街のとんかつ・なべ『多津美』(たつみ)でヒレカツ定食を食べた。少し堅かった。

蒲田が終戦直後に焼け野原と化したことは知らなかった。この蒲田を舞台に、地域医療に生きるヒロイン・梅子(堀北真希)を描く、尾崎将也氏脚本のオリジナル作品(2012年春放送のNHK朝ドラ「梅ちゃん先生」)が放送され、好評だった。

大学病院の医師である父を持つ3人姉兄の末っ子に生まれた梅子だが、父の姿を見て医者を志す。持ち前の負けん気で女子医学専門学校に入学し、卒業後は研修などを経て自宅横に診療所を開き、「梅ちゃん先生」と親しまれる。

確定申告もスマホの時代

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/02/18  22:52


 

作成会場

 

今年も2018年分の所得税の確定申告の受付が18日、全国の税務署で始まった。期間は3月15日まで。給与が2000万円を超えるサラリーマンや給与以外に年間20万円を超える所得がある人、個人事業主などが対象だ。

18年分からはスマートフォン(スマホ)からもできるようになった。パソコン(PC)からでもできないのにスマホでやれと言われても・・・。デジタル・デバイド(パソコン、インターネットなどの情報技術を使いこなせる者と使いこなせない者の間に生じる情報格差のこと)は広がるばかり。恐ろしいほどだ。

午後1時ごろに行った。作成会場で30分ほど行列に並ぶ、作成前の書類チェックから始めた。健康保険料の資料を忘れていた。少し前は源泉徴収表に書かれていたので必要なかった。会社に飼われていた当時の曖昧癖が個人に戻った今もなかなか抜き切れない。

仕様がないので同2時40分ごろにいったん自宅に戻った。自転車で15分ほど。駐車場はなかったが、駐輪場はあった。自宅で書類を用意してから、もう一度税務署に向かった。

着いたのは同3時40分。今度も作成会場の入り口で40分ほど並んだ。3月15日までだが、初日が一番混むという。入場は4時がラストで、それまでに入った納税者までは面倒を見てくれた。

事務職員の力も借りて終わったのは同6時03分だった。PC(スマホ)入力は税務当局には便利だろうが、納税者には何かよく分からないうちに済んでしまう。実際に自分が納得いかないうちに済んでしまう。

中途半端感が抜けない。たった1カ月の間に処理しなければならない。何のための確定申告なのか分からない。のどかな時代は終わった。

ちなみに練馬東税務署の業務は旭町の仮庁舎で行われている。今年6月には耐震工事を終えた栄町の本庁舎に戻る。仮庁舎での作業は今年で終わりである。

かすかな降雪

カテゴリー: 地震/豪雨/熱波/自然災害, 東京日誌Ⅲ

2019/02/10  11:23


 

雪が降った

 

車の上に積もった雪

 

気象庁によると、東京都心で9日午前7時すぎ氷点下0.5度を観測。関東各地でも雪が降り、茨城県や千葉県でも積雪があった。10日朝の積雪は数センチだった。

ウェザーニュースによると、一般的に平地で雪を降らせる目安は、上空1500メートル付近の気温が氷点下6度Cといわれている。しかし、雪のあまり降らない関東平野で雪の目安となるのは、上空1500メートル付近の気温が氷点下3度C。

寒いはずだった。9日はあんまり寒かったので外に出ず、シンポジウムのテープ起こしとブログ更新に精出した。10日朝起きると、写真のような状態だった。大したことはない。去年は1月22日に15センチ降ったが、今年はかなり寒く、これが終雪とも思えない。

寒いとなかなか外に出たくない。そのうちに布団からも出たくなくなる。家でやるのはもっぱらブログ書きだ。まあ時間潰しのつもりで書いているが、いずれこれも終わりにしたいと考えている。

ブログを書くのはメモをかくつもりだったが、結構時間がかかる。それなりに丁寧に書くのと調べたりするので、本来やるべきことがどうしてもおろそかになる。本業がなおざりになる。

時間はあり余るほどあると思っていたが、予想以上に少なかった。貴重な60代はあっという間に過ぎ去り、いつの間にか70代に入った。70代に入ると、身体のあちこちが痛み出す。全く平気な人もいるにせよ、私の場合は文字通り満身創痍だ。

若い頃に無分別だったことの咎めが一気に出た。若い頃はそんなことは思いもしなかった。「健康は重要だ」とは思ったものの、それが自分の身の上にのし掛かるとは思いも寄らなかった。びっくりした。

今は健康の重要性をつくづく思う。自分がいかに想像力の乏しかったことか。いまさら嘆いても始まらないが、事実は事実として認めるしかあるまい。

交通事故は怖い

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/02/03  22:33


 

 

2台のトラックの交通事故だった

 

東京消防庁と警視庁の連携はしっかりしていた

 

運転手が脚を挟まれ車から出られなかった

 

開花した梅の花は増えるばかり

 

昼は庭でぜんざいをいただいた

 

午前8時すぎ、練馬区高松の自宅で静かに読書していたら、パトカーが何台もサイレンを鳴らしてやってきた。すぐ近くで事故があったにちがいないと思った。

今日は暖かくなると予報が出ていたが、サンダルを履いて外に出た。予想通り、トラック2台の事故が起きていた。443号線のアコレそばから目白通りに向けて走る細い道。途中にセブンイレブンやジェイソンがあり、目白通りの手前で目白通り旧道と交差している。

信号はあるが、1台右折しようとすると後続の車は待たなければならない。1車線で右折レーンもない。右折の車が2台、3台ということもある。

引っ越してきて20年超。昔は何もなかった。セブンイレブンもジェイソンもワークマンもなかった。そのうちそういう店が幾つもでき、車の量も増えた。店は道沿いにあるので客にとっては便利。急激に道路が混んできた。

そういう場所は最近増えている。道路のキャパシティー以上に車が増えている。見ていると、信号が変わる際には必ず青から黄色になっても1台はいく。赤になってももう1台いく。いずれ事故が起こるだろうと思っていたら、案の上だった。

急いでいたのかもしれない。トラック2台の事故だった。配送車にダンプカーがぶつかった感じだ。ダンプカーの運転手は脚を挟まれ、動けなかった。それで時間がかかった。

それにしても東京消防庁と警視庁の連携は見事だった。あっという間に片付いた。

昼にかけて幾分南風があったものの、東京はポカポカ陽気だった。わが家の庭にイスを出し、日光浴をしながらぜんざいに舌鼓を打った。お餅は2つ。

合間に藤沢周平の剣豪小説『用心棒日月抄』を読んだ。読み返すのはもう何度目になるだろうか。