‘東京日誌Ⅲ’ カテゴリーのアーカイブ

12月の黄葉

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 花/木/樹

2018/12/05  23:47


 

黄葉した銀杏の木

 

あまりにも葉っぱが多くて・・・

 

もう目まいがしそうで・・・

 

5日も暖かだった。10時頃、夏の雲公園を通って光が丘まで自転車で行く。例年より遅く、イチョウ並木がすっかり黄葉していた。

11月頃からずっと黄葉が続いていたが、今年の本格黄葉は暖冬で12月に延びた格好だ。

祭のあとの花盛り

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 花/木/樹

2018/11/18  18:57


 

パンジー

 

こちらもパンジー

 

さらにパンジー

 

またもパンジー

 

メリーゴールド

 

「玄関先で一気に花が咲くのは11月の農業祭のあと」-こう言われても仕方がない。花は農業祭で買ってくるからだ。

まだ花はポットの中に入ったまま。植木鉢の上にちょこっと置いてあるだけだ。休みにならないと植え替える時間がない。

第21回JA東京あおば農業祭が今年も11月17日(土)~18日(日)、10~16時、都立光が丘公園けやき広場で行われた。「耕そう、大地と地域のみらい」が標語だ。

土曜は東大農学部の公開セミナーで出掛けたので、こちらは日曜日になった。天気は圧倒的に土曜が良かった。日曜は午後から曇り始めた。それでも午前中はもった。

お目当ては農園芸畜産物品評会の展示物即売。日曜の13時から。有料ながら即売されるものを買えるので嬉しい。野菜と花の2つの列ができる。10時から整理券が配られるが、ずぼらな我が家は整理券をもらうほど熱心ではない。しかし、13時頃になると、列に並ぶのが普通だ。

今年も整理券なしの列に並んだ。花は1人1点、野菜は1人3点までOK。それで買ったのがパンジー。同じ有料でもここで買うパンジーは5月頃まで持つ。玄関先がぱっと花盛りだ。

大きな荷物を提げて宝船の横を通りかかると、ここにも長い列ができていた。お宝分けにさずかろうとする行列だ。こちらは無料。

今年のJA農業祭もいつしか終わった。無料で配布される大根をからめた「からみ餅」を食べながら、田舎まんじゅうにも並んだ。こちらは寄付金が必要だが、1時間近くも並んだ。

田舎まんじゅうは「皮40g、あんこ25g」と決まっている。蒸し器でむして出来上がり。材料さえ買ってくれば誰でもできるが、作るとなると面倒だ。

作りたてはびっくりするほどおいしい。分かっているけど今は誰も作らない。できたものを買ってきて食べる。いろんなものが入っている。だからそんなにおいしくない。現場で作るからこそおいしい。当然と言えば当然だ。

みんなが3パック(1パック3個入り)ほど買う。我が家は2人。1時間待って1パックはもったいないが、1パックにした。2つをその場で食べた。おしいかった。すぐそばの「JAながの」がキノコ汁を振る舞っていた。また並んだ。キノコ汁で口を濯いだらさっぱりした。

恵みの秋

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 花/木/樹

2018/11/10  23:49


 

柿は場所を選ばない

 

芯を摘まれ、植えられた場所も境界の隅っこ

 

裏庭の隅っこに柿の木を植えた。10年ほど前か。いつの間にか大きくなって柿の実を付けた。実は育つが、芯を切ったので木自体は伸びない。枝は伸びる。

昨年は孫を連れてきて「これが柿の木だよ」と若干の教育実習的なこともやった。今年はそんなことをする時間もないうちに秋も深まってきた。

先週、こんなに大きな実がなっていたことに気づいた。もっとなっていたが、うかつにも枝を切ってしまった。もったいないことをした。

 

夏には赤い花を付けた

 

こちらは表の庭。堂山つつじの前に植えたのがサルスベリ。毎年赤い花を咲かせる。これがあまりにうっそうと茂ってきたので切ることにした。実は今日の作業の中心はサルスベリ対策。

せん定には時期があるという。11月と3月頃の2回。夏に花を咲かせる必要がある。夏に咲かないと花とは言えない。

 

ばっさりと

 

その結果がこれだ。ちょっとばっさりやり過ぎたような気がしている。これで本当に来年の夏は咲くのだろうか。ちょっと心配になってきた。

ついでにおごってきていた梅もせん定をした。こちらもばっさりやった。桜切るあほうに梅切らないあほう。確かこんな川柳があった。金網1枚で隣は駐車場。伸びていたアイビーも切った。

昼間はよく晴れた。気温も20度と高く、ポカポカ陽気だった。のんびりした秋の休日。高速道路はどこも渋滞が続いているようだ。

第8回神田カレーグランプリ2018

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 食べ物

2018/11/04  22:16


 

第8回神田カレーグランプリ2018

 

神田地区は400店以上のカレーを提供できる店の集まる世界一のカレー激戦区。その中からカレーNo1を決める神田カレーグランプリが今年も神田カレー街活性化委員会(中俣委員長)の主催で11月3、4日、東京都千代田区神田小川町の小川広場で開かれた。

神田は従来、「古本の街」、「スポーツ用品の街」、あるいは「楽器の街」として知られていたが、新らたに400店の集積する「カレーの街」としてアピールする取り組みを2011年から始めた。その活動の母体が神田カレー街活性化委員会だ。

今年は第8回目になる。グランプリを決めるのは参加する20店舗への来場者の投票だ。今年の決定戦出場店はアパ社長カレー、いずみカリー、秋葉原カリガリ、ジャンカレー、SAPANA、ガンディーマハル、オオドリー、いわま餃子、べっぴん舎、マジカレー、ドンファン、三月の水、キッチン723、品川甚作本店&甚作わっしょい酒場、チャントーヤ、ラホール、ジョイアルカレー、ディップパレス、ザ・タンドール、スパイスボックスの20店舗。

 

アパ社長カレー

 

アパホテルの元谷芙美子社長が自信を持ってオススメする金沢カレーがベースの本格派ビーフカレー。飯田橋駅南店。初出場、初グランプリを目指した。

とにかく、「カレーはラーメンと並んで今や日本の国民食と言われる存在。日本のカレーはインドを植民地支配していたイギリス人が自国に持ち帰り、イギリス風(欧風)にアレンジしたものが日本に伝わり、さらに日本風にアレンジされたものが、今日の日本のカレーのルーツ」(神田カレーグランプリ「カレーの歴史」)という。

「カレーが初めて日本の文献に登場するのは江戸末期だが、実際に食べられるようになったのは明治初頭。このころの今でいうレシピ本にその調理方法が掲載されるようになり、同じころ陸軍の昼食メニューにも供されるようになった」ようだ。

「その後洋食食堂ができるにつれカレーが一般にも広まっていき、明治の終りころからカレー粉だけでなく、即席カレー製造への挑戦が始まりました。大正12年には現在のエスビー食品(当時の日賀志屋)が日本で初めてとなるカレー粉の製造に成功し、 洋食屋、レストランだけでなく、次第に一般家庭でもカレーが食べられる素地ができました。現在では固形カレールーやレトルトカレーなどさまざまなタイプの製品が広く家庭で愛用されています。」

「一方外食産業としては、1949年に日本のカレー専門店の草分け『ナイル』の開店以来、次第にカレー専門店が増え、内容も旧来からの欧風カレーにとどまらず、本場のインドカレーやルーツは同じであるが地域によって特長をもったパキスタンやバングラデシュのカレーなど、国際化とともに多様化してきた。」

「さらには日本独自の考案で、カツカレーやスープカレー、あるいは各地のご当地カレーというように今や一口にカレーといっても、唯一カレー粉を原材料に使用しているだけという共通点だけで、全く異なったカレーなるものが生まれ、それぞれのお客さんの好みで支持されています」という。

それがグランプリにも反映されており、黒毛和牛100%のスープカレーやチキンカレー、豚肉や鹿肉など様々な内容となっている。

 

ステージに登場した一条もんこ氏

 

カレー研究家の一条もんこ氏。ネット検索すれば、テレビや雑誌で活躍中の姿がたくさん出てくる。名前も知らないどころか、カレー研究家がいることも初めて知った。

午前10時40分からステージで開会式を行い、店でのカレー販売が始まった。カレーを買わなければ投票券はもらえない仕組み。同時に一条もんこさんと贈る激辛カレー道場がスタートした。一緒に盛り上げてくれたのは明治大学町づくり道場生3人。

 

世界で1つのカレー粉をつくる体験会

 

ステージの裏手にエスビー食品のスペースがあり、スパイスなどをブレンドして世界で1つのカレー粉をつくる体験を行っていた。

 

いろんな香辛料を混ぜてみる

 

7種の香辛料を混ぜる

 

この日紹介されたのは①辛みをつける(ブラックペッパー、チリペッパー)②色をつける(ターメリック=別名うこん)③香りをつける(コリアンダー、クミン、ナツメッグ、シナモン)-の7つのスパイス。

カレーの魅力に取り付かれたエスビー食品の創業者・山崎峯次郎は、独学でカレー粉の研究に打ち込み、1923年に我が国初めてカレー粉の製造に成功したという。どの世界にも先人はいるものだ。

湘南鮮魚「魚新」光が丘店に名称変更

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2018/11/03  16:03


 

湘南鮮魚「魚新」に店舗名変更

 

2日に光が丘IMA専門店街地下1階を歩いていたら、「さかなや旬光が丘店」が「湘南鮮魚魚新光が丘店」に店舗名を変更していた。

魚新は同社創業者が初めて入った魚屋が「うおしん」という個人店であり、「すべてはお客様のために」という思いが創業の精神となっているという。

「起業20周年を迎えるに当たり、原点の想いをこの店に反映させたい。また常に新たなことにチャレンジし、お客様のニーズに沿った食生活のお手伝いをしたいという想いも屋号に乗せて魚新という新店舗名に改名した」とも言う。

練馬区谷原には「魚屋シュン」が既にあり、同じ企業かとの問い合わせが多数あったことに対応したものだ。魚屋シュンは「さかなや旬とは一切関係がない」と告知していた。

個人的にどうなるものかと気にしていたが、大人の対応がくだされ、めでたく決着した。これでしっかり「対決」していただければ消費者にとっても大歓迎だ。

株式会社旬(本社神奈川県厚木市)と旬フーズシステムで構成するSYUN-GROUPは神奈川県横浜市を中心に1都2県で37店舗を運営している。

「豊洲市場」直送刺身

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 酒/酒場/居酒屋

2018/10/30  23:19


 

サンマ(下)と真鯛(上)

 

職場が新宿の住人から「リフォーム中の都庁の居酒屋がリニューアルオープンしたので行きませんか」と連絡があった。要は職員食堂(ユーレストジャパン)だが、ポイントは32階のビュー付き。豪勢な気分を味わえる。

「築地市場」はいつの間にか「豊洲市場」に地位を奪われた。長く続いたように思われるが、過ぎてしまえばあっという間だ。もう築地には誰も振り返らない。みんな忙しいのだ。

「豊洲市場直送」の魚を食べられるのは火曜だという。理由はよく分からなかったが、取りあえず30日(火)に行ってみることにした。宮城県産さんまの刺身(480円)と福岡県産天然真鯛の刺身(580円)を食べた。

新鮮でおいしかった。昔に比べると、ずいぶん明るくなった。相当広く、照明も居酒屋とはとても思えなかった。すべて都が管理し、ユーレストジャパンは関与していないという。

周りは職員ばかり。一般も歓迎だが、一時入庁証の受付が午後6時45分までとなっている。それまでに受付を済まさなければならない。直通エレベーターがストップするからだ。しかし、一時入庁証をもらうと、午後9時の閉店まではいられる。

 

せっかくなので本物のビューを味わうことにした

 

周りは外国人ばかり(午後9時前)

 

新宿駅方向

 

遠くに見えるのはドコモタワー(実際の目のほうが鮮明だ)

 

帰ろうと出口を出たら、外国人の観光客がガードマンに「北展望台」の入り口を聞いていた。どうも同じような問い合わせが多く、そばの立て看板に地図が書かれていた。

自分もそれにつられて北展望台から45階まで上った。巨大な東京のイルミネーションが一望できた。世界1の東京だ。2017年の訪日客数は前年比19%増の約2869万人。5年連続で過去最高を更新した。18年は自然災害も多く、更新は止まるだろうが、それにしてもすさまじい。その恩恵を受ける人も少なくない。

日用品大手が相次ぎ国内で増産投資に踏み切っている(11月1日日経)。資生堂は口紅やアイシャドーの主力拠点である掛川工場(静岡県掛川市)で21年までに新生産棟を建設し、増産に備えるほか、化粧水などが主力の大阪工場(大阪市)も閉鎖方針を撤回する。

19年に栃木県大田原市、20年に大阪府茨木市に国内で36年ぶりに新工場を建設する。それに増産投資を合わせて1400億円の国内増産投資に乗り出す。

コーセーも傘下のアルビオンが20年までに約100億円を投じて埼玉県熊谷市の工場でスキンケア商品の新生産棟を建てる。ユニ・チャームやカルビー、明治、ネスレ日本、森永製菓なども同様だ。

「従来、日用品メーカーが海外進出する場合、現地に生産拠点や販売網を築く必要があった。ネット通販の普及で、アリババ集団などの越境ECの仕組みを使い、自ら資産を持たずに海外展開することが容易になった」という。

「訪日観光人気や越境EC(Electronic commerce=電子商取引)の広がりを受け、日本で製品を増産し中国などアジアに輸出するためだ。海外で高まる「日本製」への需要を満たすため、内需型産業の代表格だった日用品が輸出の新たな柱に育ちつつある」の何とも今日的で面白い。

 

初秋の光が丘公園

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2018/10/27  22:53


 

明日でお別れの小島米店

 

東京地酒と酒器うつわ祭りin 光が丘公園で売られている竹の道具(光のアーチ広場、10月27日~11月11日)

 

地酒展に呼ばれた大道芸人のバルーンmotoさんが熱演中

 

完全に黄葉するのは11月半ばかな、光が丘公園の中の銀杏並木

 

すぐそばの公園内唯一の売店「パークス光が丘」のベンチで太陽に当たりながら、小島米店のおにぎりを食べた。ほうじ茶とメロンパンも買いました。

 

高い煙突を解体したゴミ処理場の工事の次は何が始まるのか

 

煙突は光が丘のシンボルだったのに・・・

 

台風26号に加えて、前線が東日本と北日本を通過し、激しい雨も予想されたこの日だったが、東京の雨は朝早くで終わり、昼頃から好天に変わった。むしろ暑いくらいの日差しで、その日差しに誘われて光が丘公園に自転車で出掛けた。

昼前に電話で予約したおにぎりを小島米店で買った。店内には「長い間、ありがとうございました」の垂れ幕がかかっていた。こちらもお世話になった。

公園では東京地酒と酒器うつわ祭りが開かれていた。その余興の一環で大道芸人が芸を披露していた。

パークス光が丘のベンチでおにぎりを食べた。公園には何度も来ているが、こんなにのんびりしたのは珍しい。

 

「オータム・フェスチバル」(10.6~28)が開かれている四季の香ローズガーデン

 

四季の香(しきのかおり)ローズガーデン(光が丘5)は「バラの香り」をテーマとした庭。バラの香りを楽しむガーデンで、現在「オータム・フェスチバル」が開催されている。入場無料。

バラらしい香りの「ダマスク」の香り、ピーチ、バナナ、アプリコットなど果物のような「フルーティー」の香り、紅茶の香りに似た「ティー」の香りなど6種類のバラの香りが楽しめる国内でも珍しいバラ園だという。

10月中旬から下旬は秋バラの季節。香りのバラが一斉に咲き、ガーデンは甘い香りに包まれている。バラほど豪華でかつ可憐な花はない。

春、夏、秋、冬の季節ごとにイベントを開催し、バラやバラの香りを楽しみ方、植物のある暮らしを提案している。

 

珍しい紫色の花を付けた紫式部

 

ハローウィン(10月31日)は今やバレンタインデーに次ぐ年中行事に

 

バラの香りをかいでみた

 

夜来香(ブルーの香りのバラ)

 

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ラ・パリジェンヌ(ティーの香りのバラ)

 

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瑞々しい白さ

 

深紅が何とも言えないチャールストン

 

ゴールドバニー

 

無垢なホワイト「アイスバーグ」

 

何と微妙な色合いか

 

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見事としか言えない

 

これも「チャールストン」か

 

四季の香公園のバラ園

 

約770㎡に約40品種のバラが栽培されている。赤、白、オレンジ、ピンク、紫、黄色と様々なバラが春から秋にかけて咲き続ける。

都内には神代植物園などさまざまなバラ園があるが、あまり人もいないこのバラ園は穴場スポットと言えそうだ。

それにしてもバラの名前をほとんど知らなかった。勉強のためにもう一度見ておきたい。

「小島米店」光が丘2号店営業終了

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2018/10/26  22:35


 

営業終了のお知らせ

 

光が丘地域住民に愛されてきた小島米店(練馬区土支田)5店舗のうち光が丘2号店(高松4)が営業終了となった。理由は建物建て替えのため。代替物件を探したが、見つからなかったという。

私は小島米店2号店をこよなく愛してきた。米を買うわけではない。おにぎりだ。富山コシヒカリを使い、石垣島の自然海塩を用いて添加物は一切使用しなかった。

具だくさんの家庭の味は目の前にある交番のおまわりさんや選挙運動中の菅原一秀衆議院議員も買っていた。地元住民に人気が高かった。

最近こそセブンイレブンの108円おにぎりに肉薄され、売り上げは落ちていたが、コンビニには代えられない家庭の味にあふれていた。私は光が丘駅に通っていた頃、小島米店はちょうど中間地点にあった。

特に2008~12年は勤務が内勤でほぼ毎日購入していた。店長やレジのおばさんもしっかり私の名前を覚えていた。お世話になった。こういう店は極めて貴重である。名前を覚えてくれる店などいまはどこを探しても見つからない。

我が家でも何かというと小島米店のおにぎりに頼った。運動会などのイベントには欠かせなかった。しかもおいしい。

小島米店本店はお米の販売だけで、おにぎりを売っているのは旭町1号店、成増店、おにぎり練馬店の3店舗。他店は知らない。

店長はおにぎりを本店から持ってくるほか、車で配達もしている。だからいろんなところで顔を合わせる。その都度、あいさつをしていた。

小島米店については当ブログで2005年3月25日に最初に登場する。同じ2階建て長屋の1軒である大塚煙草店は2015年11月19日に閉店した。これが影響したのかもしれない。

これまでに小島米店ネタをずいぶん書かせてもらった。お世話になったというしかない。

うんどうかい

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2018/10/06  12:18


 

うんどうかい

 

年長団体競技綱引き『みんなでオーエス!』

 

年少リズム『へんしんロボット*マックス』

 

近くに住む孫の運動会が10月6日午前開催された。前日まで雨だったが、当日は陽が差し、晴れた。天気情報が重要だ。妻にせかされ、大忙しだった。

孫は6歳。今年が最後の運動会。園児数も少なく、親もしっかり子どもを見守ることができるメリットは大きい。「光が丘地区の小学校はどこも建て売り住宅がたくさんできて生徒が急増中。小学校は目立たないから幼稚園では目立ってほしい」と願う親が多い。

練馬区は2年保育の区立幼稚園が3園と少ない。3年保育の私立は40園もある。働きたい親が多くて、通園バスを運行している園も多く当然人気は私立。むしろ区立は働かなくて済む親のいる環境にあると言えそうだが、家庭事情もあるから断言できない。

区立は平等だが、私立は特徴もあって選択肢もあるようだ。むらさき幼稚園は「こどもたち主体の遊びを大切にしている幼稚園で、好きな遊びを自分でみつけ、友だちと楽しく遊んでいる」ようだ。

江戸東京たてもの園

カテゴリー: 地震/豪雨/熱波/自然災害, 東京日誌Ⅲ, 歴史的建造物/産業遺産, 花/木/樹

2018/10/01  21:25


 

江戸東京たてもの園

 

10月1日は都民の日。東京都が1952年に制定した記念日の1つ。企業は休まないし、近くに住む2男のママもパート勤め。よって孫3人の接待がこちらに回ってきた。

台風24号が日本列島を縦断したのは10月1日(月)。9月30日午後はそれほどでもなかったが、夜になって風雨が強まり、我が家も慌てて玄関前の植木鉢やゴミ箱を家の中にしまい入れた。

夜も風雨は収まらず、2階はガタガタギシギシし外の風がピューピュー強く吹いた。怖くてとてもそのまま寝られなかった。やっとベッドに入ったのは1日午前3時すぎ。

日本近海の海面水温が例年に比べて高く、日本列島に上陸する台風も年2回。気象庁によると、1991年の統計開始以降初めてだという。

都民の日は小中高の学校が休みのほか、庭園や動物園・植物園、美術館・博物館など東京都の運営する21施設も入園・入館料が無料でもある。

それにしても猛烈な風雨だった。家の中にいて今回のような恐怖感を覚えたのは初めてだった。しかし、それからまもなくして外は台風一過の秋晴れとなった。気温もフェーン現象で日中は30℃を超す暑さだ。3人の孫にはどこかへ行こうと約束していた。

結局、出掛けた先は都立小金井公園内にある江戸東京たてもの園(小金井市関野町1)。しかし、そこで見たのは台風24号の荒々しい爪痕の痕跡だった。

 

ポッキリ引き裂かれた桜の老木

 

落ちていた大枝

 

ポキッと折れた赤松

 

バキンと真ん中から二つに引き裂かれた木

 

館内の展示室では特別展「東京150年-都市とたてもの、ひと」が開催されていた。それをざっと見た後、主に東ゾーンとセンターゾーンの屋外展示物を観覧した。

 

明治初期に創業した武居三省堂(文具店)

 

港区白金台に1928年(昭和3)に建てられた木造3階建ての大和屋本店(乾物屋)

 

東京の銭湯を代表する子宝湯(足立区千住元町)

 

台東区下谷の言問通りにあった居酒屋「鍵屋」

 

明治から昭和にかけて国政を担った高橋是清邸の2階は2.26事件(1936)の現場になった

 

2時間ほど歩いたのち、ビジターセンター(旧光華殿)を出たら、良い匂いが漂ってきた。金木犀だった。

 

立派なキンモクセイ

 

正面に向かって右側のキンモクセイ(金木犀)。左側にも「対植」されているようだが、見落とした。高さ10m、枝幅8m。これまで見た中では一番大きい。写真の上が切れてしまった。

中をのぞくとこんな感じ・・・

 

地面には台風で落ちた花粉が散乱していた