‘東京日誌Ⅲ’ カテゴリーのアーカイブ

イチロー引退

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/03/22  10:22


 

イチローの最終試合

 

米大リーグは20日、東京ドームのアスレチックスーマリナーズ戦でレギュラーシーズンが始まったが、プロ28年目、メジャー19年目のマリナーズのイチロー外野手(45)は「9番・右翼」で先発出場し、昨年5月2日以来の公式戦復帰を果たした。

イチロー選手は21日、2戦目もマリナーズの一員として「9番・右翼」で出場したあと、現役引退を発表した。日米通算4367本の安打を量産し、平成を駆け抜けた名選手がユニフォームを脱いだ。

庭の湯の人工「炭酸泉」

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 東京日誌Ⅲ

2019/03/06  23:59


 

庭の湯にどうそ!

 

今日は豊島園の「庭の湯」(東京都練馬区)に行った。1日ゆったり過ごせるところはそんなにない。そんなにないが、庭の湯ならそれができる。

バーデプールで軽く水慣らしし、屋外プールで本格的に親しんだ。午後1時から屋外フィンランドサウナでアウフグースを楽しんだ。イングリッシュ・ローズのアロマだった。

タオルでイングリッシュ・ローズの風を送り、その香りを楽しんだ。10分間という短い長さだが、男子スタッフが2回タオルで仰ぐ。熱風が顔にもろに当たる。快感だ。

バーデゾーンから温浴ゾーンに戻ると、炭酸泉が目に付いた。花王ヘルスケアナビによると、温泉には単純泉、塩化泉、硫酸塩泉、イオン泉などさまざまあるが、炭酸泉は低温のヨーロッパに多いという。

火山活動が盛んな日本は高温のため天然温泉は0.5%未満だという。全くないわけではなく、長湯温泉(大分県、ラムネ温泉の別名を持つ)や有馬温泉(兵庫県)などは炭酸泉の名湯だという。そういえば、有馬に近い宝塚の土産物の中に炭酸せんべいがあった。

ただ一般の湯の中に人工炭酸泉生成装置(1997年三菱レイヨングループが特許)により炭酸泉を作り出すことも可能で、実は庭の湯にもお湯に1000mg/リットル以上の遊離炭酸が含まれているといわれている。

庭の湯では炭酸ガスを高濃度でお湯に溶かし込み、本格的な高濃度炭酸泉を再現している。高濃度の炭酸泉に入ると、全身に微細な気泡(炭酸ガス)が付着し、皮膚から吸収され、毛細血管を拡張して血流を増やす。

血圧を下げるとともに、身体の隅々まで血行が良くなるので、疲労物質や老廃物が排出されやすくなるという。皮膚が紅潮するのは血行が良くなったため。入浴時間は15分程度が適当だといわれる。

ディープな下町・蒲田

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 東京日誌Ⅲ

2019/02/19  16:47


 

サンライズ入口

 

サンライズ出口

 

サンロード入口

 

サンロード出口

 

最近、JR京浜東北線蒲田駅によく行く。探していた脊柱管狭窄症の専門医を見つけたからだ。JR蒲田西口から10分くらいの病院だ。京急線蒲田駅は大田区産業プラザがある。ここでは産業関係のセミナーをやっており、ここ数年年に3回くらいは通っている。

総武線の大久保にある東京山手メディカルセンター(新宿区百人町)にも行っている。山手線の新大久保駅のほうが近いが、韓国系のほか、最近は他のアジア系も進出している。

大田区内の2大繁華街は大森と蒲田。2つを足すと大田区になる。京急線蒲田駅からは羽田空港線が延び、大規模改修工事が行われた。京急蒲田駅はびっくりするほど大きな駅に生まれ変わった。

JR蒲田西口周辺はアーケード式の商店街がいくつかある。サンライズとサンロード、一番駅寄りの道路には「バーボン通り」という看板がぶら下がっていた。サンライズは1キロくらいか。手芸専門店ユザワヤは蒲田発祥だという。

蒲田はB級グルメが有名で、とんかつと羽根つき餃子が名物。サンライズ商店街のとんかつ・なべ『多津美』(たつみ)でヒレカツ定食を食べた。少し堅かった。

蒲田が終戦直後に焼け野原と化したことは知らなかった。この蒲田を舞台に、地域医療に生きるヒロイン・梅子(堀北真希)を描く、尾崎将也氏脚本のオリジナル作品(2012年春放送のNHK朝ドラ「梅ちゃん先生」)が放送され、好評だった。

大学病院の医師である父を持つ3人姉兄の末っ子に生まれた梅子だが、父の姿を見て医者を志す。持ち前の負けん気で女子医学専門学校に入学し、卒業後は研修などを経て自宅横に診療所を開き、「梅ちゃん先生」と親しまれる。

確定申告もスマホの時代

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/02/18  22:52


 

作成会場

 

今年も2018年分の所得税の確定申告の受付が18日、全国の税務署で始まった。期間は3月15日まで。給与が2000万円を超えるサラリーマンや給与以外に年間20万円を超える所得がある人、個人事業主などが対象だ。

18年分からはスマートフォン(スマホ)からもできるようになった。パソコン(PC)からでもできないのにスマホでやれと言われても・・・。デジタル・デバイド(パソコン、インターネットなどの情報技術を使いこなせる者と使いこなせない者の間に生じる情報格差のこと)は広がるばかり。恐ろしいほどだ。

午後1時ごろに行った。作成会場で30分ほど行列に並ぶ、作成前の書類チェックから始めた。健康保険料の資料を忘れていた。少し前は源泉徴収表に書かれていたので必要なかった。会社に飼われていた当時の曖昧癖が個人に戻った今もなかなか抜き切れない。

仕様がないので同2時40分ごろにいったん自宅に戻った。自転車で15分ほど。駐車場はなかったが、駐輪場はあった。自宅で書類を用意してから、もう一度税務署に向かった。

着いたのは同3時40分。今度も作成会場の入り口で40分ほど並んだ。3月15日までだが、初日が一番混むという。入場は4時がラストで、それまでに入った納税者までは面倒を見てくれた。

事務職員の力も借りて終わったのは同6時03分だった。PC(スマホ)入力は税務当局には便利だろうが、納税者には何かよく分からないうちに済んでしまう。実際に自分が納得いかないうちに済んでしまう。

中途半端感が抜けない。たった1カ月の間に処理しなければならない。何のための確定申告なのか分からない。のどかな時代は終わった。

ちなみに練馬東税務署の業務は旭町の仮庁舎で行われている。今年6月には耐震工事を終えた栄町の本庁舎に戻る。仮庁舎での作業は今年で終わりである。

かすかな降雪

カテゴリー: 地震/豪雨/熱波/自然災害, 東京日誌Ⅲ

2019/02/10  11:23


 

雪が降った

 

車の上に積もった雪

 

気象庁によると、東京都心で9日午前7時すぎ氷点下0.5度を観測。関東各地でも雪が降り、茨城県や千葉県でも積雪があった。10日朝の積雪は数センチだった。

ウェザーニュースによると、一般的に平地で雪を降らせる目安は、上空1500メートル付近の気温が氷点下6度Cといわれている。しかし、雪のあまり降らない関東平野で雪の目安となるのは、上空1500メートル付近の気温が氷点下3度C。

寒いはずだった。9日はあんまり寒かったので外に出ず、シンポジウムのテープ起こしとブログ更新に精出した。10日朝起きると、写真のような状態だった。大したことはない。去年は1月22日に15センチ降ったが、今年はかなり寒く、これが終雪とも思えない。

寒いとなかなか外に出たくない。そのうちに布団からも出たくなくなる。家でやるのはもっぱらブログ書きだ。まあ時間潰しのつもりで書いているが、いずれこれも終わりにしたいと考えている。

ブログを書くのはメモをかくつもりだったが、結構時間がかかる。それなりに丁寧に書くのと調べたりするので、本来やるべきことがどうしてもおろそかになる。本業がなおざりになる。

時間はあり余るほどあると思っていたが、予想以上に少なかった。貴重な60代はあっという間に過ぎ去り、いつの間にか70代に入った。70代に入ると、身体のあちこちが痛み出す。全く平気な人もいるにせよ、私の場合は文字通り満身創痍だ。

若い頃に無分別だったことの咎めが一気に出た。若い頃はそんなことは思いもしなかった。「健康は重要だ」とは思ったものの、それが自分の身の上にのし掛かるとは思いも寄らなかった。びっくりした。

今は健康の重要性をつくづく思う。自分がいかに想像力の乏しかったことか。いまさら嘆いても始まらないが、事実は事実として認めるしかあるまい。

交通事故は怖い

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/02/03  22:33


 

 

2台のトラックの交通事故だった

 

東京消防庁と警視庁の連携はしっかりしていた

 

運転手が脚を挟まれ車から出られなかった

 

開花した梅の花は増えるばかり

 

昼は庭でぜんざいをいただいた

 

午前8時すぎ、練馬区高松の自宅で静かに読書していたら、パトカーが何台もサイレンを鳴らしてやってきた。すぐ近くで事故があったにちがいないと思った。

今日は暖かくなると予報が出ていたが、サンダルを履いて外に出た。予想通り、トラック2台の事故が起きていた。443号線のアコレそばから目白通りに向けて走る細い道。途中にセブンイレブンやジェイソンがあり、目白通りの手前で目白通り旧道と交差している。

信号はあるが、1台右折しようとすると後続の車は待たなければならない。1車線で右折レーンもない。右折の車が2台、3台ということもある。

引っ越してきて20年超。昔は何もなかった。セブンイレブンもジェイソンもワークマンもなかった。そのうちそういう店が幾つもでき、車の量も増えた。店は道沿いにあるので客にとっては便利。急激に道路が混んできた。

そういう場所は最近増えている。道路のキャパシティー以上に車が増えている。見ていると、信号が変わる際には必ず青から黄色になっても1台はいく。赤になってももう1台いく。いずれ事故が起こるだろうと思っていたら、案の上だった。

急いでいたのかもしれない。トラック2台の事故だった。配送車にダンプカーがぶつかった感じだ。ダンプカーの運転手は脚を挟まれ、動けなかった。それで時間がかかった。

それにしても東京消防庁と警視庁の連携は見事だった。あっという間に片付いた。

昼にかけて幾分南風があったものの、東京はポカポカ陽気だった。わが家の庭にイスを出し、日光浴をしながらぜんざいに舌鼓を打った。お餅は2つ。

合間に藤沢周平の剣豪小説『用心棒日月抄』を読んだ。読み返すのはもう何度目になるだろうか。

晩白柚(ばんぺいゆ)

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/01/28  23:45


 

この大きなやつは何だ?

 

さっぱりした食感だった

 

目の前は皇居

 

日本工業倶楽部のラウンジ

 

久しぶりに友人と三菱クラブで会った。三菱商事ビルの21階。専用エレベーターがある。仕事を通して知り合ったが、付き合いの長さは30年。今は個人レベルの友人となっている。同い年なのもいい。彼はクラブに入れる人(入れるだけの地位のある人)、私は彼の客である。

四方山話にした包みを打ちつつ、当クラブ名物の天丼をいただいた。エビが3本入っていて米と絡んで実においしかった。

食後のデザートとして選んだのがこの巨大な果実。原産地は東南アジアだが、日本では熊本県八代地方の特産だという。昔修学旅行生が必ず買ったザボン漬けだ。

晩白柚は「ばんぺいゆ」と呼ぶ。晩は晩生、白は果肉の色、柚は中国語でザボンの意。ミカン科の小高木だ。ザボンの一種。

果実は大きく、最大直径25センチ、重さ4キロにもなるという。果皮は薄い黄緑色、小袋に包まれた実は薄い酸味があり甘い。香りが良く、日持ちがする。収穫期は冬。2005年に八代市で収穫された重さ4858gの晩白柚は、ミカン科で世界最大の果実としてギネス認定されている。

三菱クラブから少し歩いたところにあるのが日本工業倶楽部(丸の内1)。2階にラウンジがあって格調高い部屋でお茶を飲める。

奥さんへのお土産として手渡されたのが丸の内マドレーヌ。屋上で採蜜されたハチミツをふんだんに使用し、倶楽部パティスリーで丁寧に作っているという。

更地

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/01/26  17:54


 

壊すのは一瞬

 

あっという間に更地になった

 

家の取り壊しの連絡があったのは今年に入って間もなくだった。われわれが家を建てた20年前には建っていた。築50年くらいはあったと思う。

その家には老夫婦が住んでいた。その老夫婦がいつの間にか夫人だけとなり、子どもが介護をする姿が見受けられた。介護用のワゴン車も留まっていたことを思い出す。

そのうちに夫人が亡くなった。お葬式がその家から出たという記憶はない。いつの間にかいなくなった。今度その家に現れたのはサーファー姿の若者だった。若者はどういうわけか小型車で週末に帰ってきて、いつもサーファーの着る水着が干されていた。日曜日にはまたどこかへ行く。不思議な家だった。

その若者もいなくなった。そして今度は家が取り壊され、あっという間に更地になった。事情通によると、その家は地元の旧家の持ち物。老夫婦に貸してあったという。夫人が亡くなり、地主が家屋の返却を求めた。最終的に持ち主が処分したらしい。

取り壊してみると、今ならば2軒が立つ広さだった。そのうち建築が始まるのだろう。我々の家も旧家の土地。主人がなくなり、相続税対策で3軒が売りに出された。わが家もそのうちの一軒だ。

最寄り駅まで徒歩15分。途中は畑が多かった。当時はどこも売りに出さず、売りに出たのも駅から15分の小学校裏手だった。それが相続税対策で事情が変わった。軒並み建て売り住宅やマンションが建ち並んだ。自分が死んだら売ると言っていた旧家はマンションになった。

私の家もいつまであるのだろうか。子どもたちはそれぞれ独立し、2人は自分たちの家を構えている。1人は海外在住だ。1人に譲渡するわけにはいかない。不動産は分けにくい。取り壊して換金化するしかない。

あと10年もすれば、相続のために角の家のような更地になっているかもしれない。そんなことを思った。

『エルネオス会』

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/01/25  23:46


 

今年92歳の石原信雄元内閣官房副長官

 

グッドバンカーの筑紫みずえ社長

 

ビジネス月刊誌『エルネオス』の新年懇親会が1月25日(金)夜、如水会館(千代田区一ツ橋)で開かれた。私も匿名ながら書いているので出席した。声がかかる以上、基本的に出席するようにしている。

あいさつしたのは財団法人地方自治研究機構の石原信雄氏。群馬県生まれ。地方自治研究機構会長。元自治省次官。1987年から95年(平成7)に退官するまで竹下内閣から村山内閣まで7つの内閣で官房副長官(事務方)を務めた。

石原氏はあいさつで、「平成という時代は自然災害が多かったが、国を挙げて経済の発展に取り組んできた。戦争がなかったことでも特記できるという印象を持っている」と述べた。

また読者の1人としてESG(環境・社会・企業統治)投資を推奨しているグッドバンカーの筑紫みずえ社長は「いろんな雑誌を読んでいる。批判精神に富む雑誌が多い中でエルネオスは批判の中にも記事に温かみがある」とし、単なる批判一辺倒ではない点を評価した。

筑紫氏はSRI(Socially Responsible Investment=社会的責任投資)の普及に情熱を燃やしている社長。1998年に女性有志による金融サービス会社を設立、その普及に情熱を傾けているという。

ところで石原氏は「お尻から脚にかけての痛み」に苦しんだ「座骨神経痛」患者の1人。数年間、苦しみ抜いた末に、福井康之先生と出会い、痛みをなくすために手術を決断した。『お尻から脚が痛い』(座骨神経痛の治療法)を日本法制学会から出している。

パーティーのさなかだったが、つい嬉しくて氏と座骨神経痛が典型的に出る「脊柱管狭窄症」について情報共有した。思いがけないところで思いがけない人にあったものだ。

パーティーは意外なところで意外な人と会えるのが面白い。他にもPR会社社長、文芸評論家、大学教授、化学会社広報担当者などと話をした。同じ業界関係者としか話しをしない人も多いが、あえてそれをしない覚悟をずっと貫いてきた。そういう中から生まれるものもあるのではないか。

『エルネオス会』については2016年1月25日にも書いている。

羽田空港機能強化に関する住民説明会

カテゴリー: 政治/外交/国際/軍事, 東京日誌Ⅲ

2019/01/12  22:53


 

住民説明会(光が丘IMA1階光の広場)

 

シュミレーター

 

説明パネル

 

国土交通省は1月12日、練馬区光が丘IMA1階の光の広場で羽田空港機能強化に関する住民説明会を開催した。説明会は事前予約不要、入退場自由で、説明パネルや映像資料、パンフレットなどを自由に閲覧。国土交通省の職員が区民の疑問や関心事について答えた。

現在の羽田空港は飽和状態に瀕している。4本の滑走路と3カ所の旅客ターミナルがあり、発着回数は国内線が1日約1000回(利用客数18万1000人)、国際線は最大同約220回(同4万3000人)となっている。国内線の就航先は48都市、国際線は18カ国30都市だ。

 

羽田空港の滑走路の位置関係(国土交通省航空局作成「羽田空港のこれから」から引用)

 

国際線を増便するためには滑走路の使い方、飛行経路を見直すしかないと結論づけた。羽田空港は4本の滑走路が井桁の形となっており、出発と到着経路が複数個所で交錯するため、一定の間隔を空けて運用する必要がある。

4本の滑走路の中で最も新しいのが2010年8月に完成したD滑走路。しかも100年間の長期耐久性を実現する維持管理に配慮した設計となっている。建設費は6730億円。