‘東京日誌’ カテゴリーのアーカイブ

丹沢あんぱん

カテゴリー: 東京日誌

2011/05/20  17:36


 小粒のあんぱんがずらっと並んでいる姿は壮観だった。あんは栗、ゆず、白あん、こしあん、紫芋、つぶあんの6種類。ほかに夏みかん、かぼちゃなど季節の味もそろえているという。

 通り掛かった新宿西口イベントコーナーで「第5回東京発!物産・逸品見本市」を開催していた。新鮮で極上な東京西エリアの逸品が大集合していた。買ったのは「丹沢あんぱん」(オギノパン=相模原市)と「黒焼そば」(比留間製麺=武蔵村山市)。去年は深蒸し焼そばを買ったことを思い出した。

 丹沢あんぱんはオギノグループの立地する丹沢山系にちなんで作られたあんぱん。見た目も山をかたどって、こんもり盛り上がった形。少し小さい。これで1個130円は高いなと思ったが、材料が違うという。北米産小麦ではなく、北海道産小麦を使用しているほか、あんこも職人による手包みにこだわっているとか。
 

加速する変化

カテゴリー: 東京日誌

2008/01/20  23:58


 東京の自宅でこのブログを書いている。いつもは単身赴任先の神戸で書いているから、何か変な感じだ。どこからでも書き込めるというのは不思議な感覚だ。どこにいても自由自在だ。もちろん、自宅でなくても、旅先だって同じだ。

 急な私用ができて上京した。神戸空港から1時間。空港の出発便ロビーにもインターネットに接続できるパソコンを見掛けた。10分100円のコイン式。昔、アパートの共同台所で10円玉だったか、5円玉だったか忘れたが、コインを挿入してガス器具を使用する装置があった。

 それが今や同じコインを使用するのもインターネット接続である。面白い時代になったものだ。東京に自宅を建てたときにISDN回線を引いた。10年ちょっと前だ。そのときはISDN回線を引くのはとても珍しかった。メールアドレスを持つこと自体、先端を行っていた。

 それなのに、今は何でもメール。どこからでもメール。机上型のパソコンではなくて、むしろ携帯電話によるメールが普通だ。仕事もPCや携帯電話なしでは始まらなくなっている。仕事の仕方自体がガラッと変わってしまった。考えてみれば、ものすごいことである。すごい変化である。

 それが今では当たり前。そんな時代に住んでいる。こういった変化はこれからも加速することだろう。ものすごい時代になっている。これからの変化を考えると、空恐ろしくなってくる。変化のスピードに付いていけない。むしろ、早々と脱落したほうが楽にちがいない。

夏バテ

カテゴリー: 東京日誌

2006/08/26  22:29


 実家でお盆を済ませてからが個人的には夏休み。友人夫婦と今年は津和野-萩を2泊ドライブ旅行した。昨年は弘前-乳頭温泉-角館だった。旅行するのもエネルギーが必要だ。萩では夏風邪でダウン。小雨の早朝、街を歩き回ったことが良くなかったのかな。

 職場復帰した今週も神戸は猛暑。「今年は異常」らしいが、それにしても暑い。流石の私も体調を崩した。全身がだるいのである。クーラーも遠因だろう。東京よりも暑いようだ。それでも、大阪よりは涼しいのではないか、と思うのだが、どうだろう。

 地球温暖化が進んでいる。もしかして、「今年が異常」ではなくて、これから、「これが普通」になるのではないか、とつい心配してしまう。心配しなければならないような客観的な情勢には事欠かない。大変な時代である。

 あさってから始まる週の終わりには9月に突入する。動き回らなければならない。人間は動き回れるうちが華なのかもしれない。

京扇子

カテゴリー: 東京日誌

2006/06/19  02:20


 父の日ギフトで「京扇子」をもらった。京扇子調進所「舞扇堂」のオリジナル扇子だそうな。商品名「福兵衛」(ふくべ)。吉祥文様の瓢箪をモチーフとし、仕上げは京友禅染にて黒絵調。扇子の生地(綿)とデザインは日本、扇骨(竹)と加工は中国でした。

 舞扇堂のHPによれば、「京扇子の歴史は古く、平安時代の初期に、当時筆記用具に代えて使用されていた木簡(もっかん・長さ30cmぐらいの木片)から派生し、京都で作られたのがはじまり。紙が大変貴重であった当時、様々なことを記録する木簡はその記録用として何枚も綴じ合わせる必要があり、それが最初の扇 『桧扇(ひおうぎ)』 を生み出した。現存されている最古の扇は、元慶元年(877年)と記された京都東寺の千手観音像の腕の中から発見された桧扇」という。

 また、「故事では天長年間(824~833)に建立された御影堂(みえいどう)にて、滅亡した平家の玉織姫が寺僧と共に租扇 『阿古女扇(あこめおうぎ』を作ったのが、京都における扇子の発祥とされている」。

 扇子が誕生して以来、約1200年。とにかく、歴史があることだけは確かだ。歴史の点では絶対に京都には敵わない。作法に煩いのも京都だ。「扇子に左手を添えて右手で開く」のが正しい扇子の開き方。もちろん、正しい扇子の閉じ方もありますよ。

赤福

カテゴリー: 東京日誌

2006/04/25  02:03


 出張の土産に伊勢名物「赤福」をいただいた。自分の旅行の際にもよく買ってくるお土産の定番だ。名古屋はもちろん、関西方面に出掛けた際も、この「赤福」が土産になることが少なくない。それで、改めて包み紙に目を凝らしてみた。

名称:和菓子
原材料:小豆(北海道産)、餅米(国産)、砂糖
製造業者:株式会社赤福(三重県伊勢市宇治中之切町26番地)

 赤福の創業は宝永4年(西暦1707年)。歴史のある菓子匠が多い中でも、古い部類に入るのではあるまいか。江戸幕府が開かれて100年超経ったところ。江戸幕府は1867年まで続くから、前半だ。お伊勢詣りの土産物だった。現在の店主は11代目、濱田典保氏。

 到来の赤福もちや 伊勢の春        子規

友人の死

カテゴリー: 東京日誌

2006/04/23  11:14


 大学時代の友人が亡くなった。今週末、もう1人の友人と3人で久しぶりに山登りをしようと計画していた矢先だった。長野県佐久市の山小屋に一泊し、私の「送別登山」にする趣向だった。本当なら、今時分、3人で他愛のない話に興じていたはずなのに・・・。

 1カ月前から何度か電話をしたが、その都度「使われていません」とのアナウンス。友人は1人暮らしだった。おかしいな、と感じつつ、他に連絡のしようもなかった。それで今年もらった年賀状の住所に葉書を出した。携帯電話の番号を書き、連絡をくれるよう書いた。

 連絡はあった。しかし、彼からではなく、妹さんからだった。転送された葉書を見て掛けてきたのだった。「兄は亡くなりました」。お酒を飲んで痰を詰まらせ、肺炎を起こしたのが直接の死因だったという。3月21日の午後3時半ごろだった。

 1週間前の3月14日午後1時半ごろ、彼から携帯に電話をもらった。「中国共産党がどのようにして権力を握ったかを暴いた『暴風10年』は非常に良い本だ。再出版すれば売れると思うので、それを伝えたかった。それと、あと山へ行こう。それが言いたくて君に電話した」。

 これまでも何度か、彼からは電話をもらった。いつも唐突だった。いつも会議中などで忙しくしており、十分相手をしてやれなかった。それが不思議に3月14日はゆったりしていた時間で、しばらく話をできたのがせめてもの救いだった。

 いつも、いつも勉強していた君。何年も何年も本を読み続けていた君。今年の年賀状で、「長年ヨガをつづけ、ようやく”正常体”にもどってきました。体の動きが自然にできるということです。では」と書いて寄こした君。貴兄の蔵書は私が引き取ります。

 4月22日の午後、仲間3人と貴兄の墓にお参りしました。ご両親と同じお墓に入っていましたね。お線香と一緒に、妹さんが君の好きだったタバコに火を点けて、差し入れをしていましたよ。さぞ、うまかったことでしょう。墓地にはもうつつじが咲いていた。どうか、安らかにお眠りください。合掌。

淡路サバ

カテゴリー: 東京日誌

  09:50


 鯖(サバ)と言えば、大分県豊後水道の「関サバ」が超有名だが、ほかにも屋久島の「首折れサバ」、土佐清水市の「清水サバ」、三浦市松輪の「松輪サバ」なども名高い。青身魚の代表格の1つで、DHA(ドコサヘキサエン酸)や EPA(エイコサペンタエン酸)などの不飽和脂肪酸が多く含まれ、健康面からも注目されている。

 近年では養殖技術の発達により、養殖物のサバも市場に出回るようになっている。大分県や鳥取県などで盛んに行われており、海外はノルウェーからも輸入されているとか。魚の産地は実に多彩で、今やタコと言えば、モロッコやモーリタニアなどアフリカ北西産がほとんどだ。

 「吟漁亭保志乃」(東京都中央区銀座7-5-12藤平ビル1階)で食したのが「淡路サバ」。関サバはこの時期、産卵を終えて旬を過ぎ、今は「淡路サバ」が脂の乗りも身の締まりもいいという。厳選素材が売りの保志乃の料理人がこう言うのだから、信じるしかあるまい。

 地酒も45種。久保田・萬寿(新潟)、七福神・門外不出(岩手)、萬寿泉・寿生(富山)を筆頭に多種多彩。ちなみに萬寿は正1合1800円也。ただ、この日いただいたのは芋焼酎でした。

蔵弥一 鹿児島・種子島酒造 25度 紫芋使用
導師  宮崎・櫻の郷醸造   25度 5年貯蔵 

「うさぎや」のどら焼

カテゴリー: 東京日誌

2006/04/19  23:21


  どら焼と言えば、和菓子中の和菓子。その中でも、絶品なのが「うさぎや」のどら焼。防腐剤は一切使用していないのが”売り”で、大納言のあんこも粒餡で、芸術的だ。もちろん、カステラの味が悪いようだと話にならないが、「うさぎや」はそんなことはない。

 不思議なのは「うさぎや」は上野と日本橋、阿佐ヶ谷の3カ所あるようで、いずれも「うさぎや」を名乗っている。どれが本家、本元なのか、あるいは元祖なのかは解明できていないが、どうやら上野の「うさぎや」が本家っぽい。創業が古いから。阿佐ヶ谷のどら焼は食べたことがない。

 以前、上野で買ったどら焼は注文してからあんこを詰めていたと思う。出来立てのほやほや。今日、食べたのは日本橋1丁目の「うさぎや」。本店と中央通り店の2店舗あるが、本店で買ったもの。それにしても、なぜ、どら焼と呼ぶようになったのだろう。

音声認識エンジン「AmiVoice」

カテゴリー: 東京日誌

2006/04/18  23:56


転勤あいさつのつもりで訪れた音声認識ベンチャー「アドバンスト・メディア」(本社・東京都豊島区東池袋3-1-1サンシャイン60 48F)で、同社の誇る音声認識エンジン「AmiVoice」のプレゼンを受ける羽目になった。同エンジンの特徴は以下の通り。

 ①従来の音声認識ソフトと異なり、事前学習を必要としない、つまり話者を特定しない画期的な音声認識エンジン

 ②優れた言語モデル・辞書を併せ持ち、特定単語の認識に留まらず、文章として高性能認識を可能とすることにより、ユーザビリティーを飛躍的に向上

 ③業界最高水準の認識率を誇り、特定の業種や領域に特化したソリューションをも提供することで、既に多くの分野で採用されているポテンシャル

 「AmiVoice」導入の主な事業分野は医療(病院でのカルテ、読影・診療リポートなどのデータ入力・編集作業)、娯楽&教育(ゲーム/TVでの入力アクションの容易化・自然化)、コンピューター・テレフォニー・インテグレ-ション(コールセンター業務、受付業務の高度化・効率化)、政府・公共(議会議事録、各種委員会議事録、裁判録などの作成)、ビジネス(営業報告データ、顧客とのやり取りの内容を音声・文字保存)、モバイル(携帯電話採用による高精度音声入力)などだ。

 本命はどうやら、携帯電話での音声入力の実現のようである。音声がたちまちテキストに早変わりするデモを見て嬉しくなった。何せ、携帯のあの狭いキーを操ることは土台あがいても女子高生やOLたちに適わない。とにかく指があんなに自由に動かない。

 それがこのエンジンを使えば、口頭で読み上げるだけで、簡単にテキストが打ち出される。ほれぼれするほどだ。キー操作において、女子高生にも劣るというコンプレックスから解放される。むしろ、一気に優位にさえ立てる。嬉しいことだ。

 音声認識も単語認識が可能になった第1世代(1960年~)から音声のテキスト化が可能になった第2世代、2001年からは本格的な実用化に入った第3世代を迎えている。第3世代まで踏み込んだ世界で唯一の音声認識技術が「AmiVoice」だという。技術は限りなく進化を続けているようである。

「禅林寺」の発見

カテゴリー: 東京日誌

2006/04/17  00:00


 知人の弔事で「禅林寺」(東京都三鷹市下連雀)に行った。初めてのところには必ずや新しい発見がある。禅林寺もそうだった。禅宗は曹洞宗と臨済宗の2つしかないと思い込んでいたが、ほかに黄檗宗(おうばくしゅう)という宗派もあることを知った。禅林寺は黄檗宗の寺院である。

 禅林寺はJR三鷹駅からほぼ直角に1キロほど南下したところ。陽も落ちていたので、よく見えなかったが、立派なお寺だった。同寺に太宰治と森鴎外の墓があることも初めて知った。弔事が終わったあと、墓石を探したが、暗くて諦めた。

 太宰の墓があるのは太宰が近くを流れる玉川上水に入水したためで、毎年命日の6月19日には、ここで太宰を偲んで桜桃忌が開かれる、という。鴎外の墓も元あった寺院が被災したため、ここに移転してきたとか。意外なところに意外なものがあるものだ。面白い。