‘歴史的建造物/産業遺産’ カテゴリーのアーカイブ

善光寺参拝

カテゴリー: 散歩/山歩き/ハイキング, 旅行/移動/街歩き, 歴史的建造物/産業遺産, 神社/仏閣

2019/08/03  18:26


 

善光寺

 

仲見世どおりから仁王門を眺める

 

仲見世どおりから仁王門を眺める

 

御利益のなさそうなお守りの自動販売機

 

表参道の両サイドは土蔵造りの建物が多い

 

表参道ー中央通りを約30分(1.8km)ほど歩けばJR長野駅

 

LS報告会終了後、会場からJR長野駅までシャトルバス。初めて長野電鉄に乗り善光寺下駅まで行った。そこからは車の通りが激しい通りを歩いて善光寺まで。

午後も6時近くでどこの店も閉まっていた。閑散だった。そのまま山門をくぐり、本殿で参拝した。昔一度きたことがあることを思い出したが、それ以上の詳しいことは思い出せない。

大門近くに七味唐からしの「根元 八幡屋礒五郎」があった。江戸時代からの伝統の風味を守っているという。商売が熱心だ。

考えてみれば、報告会にあまり熱心だったので昼ご飯を失念した。新幹線で1時間少し。長野は近い。

ガスミュージアム

カテゴリー: 歴史的建造物/産業遺産

2019/04/27  22:19


 

バーナーから出たガスを直接燃やす裸火(左、60ルクス)とロウソク(40ルクス)

 

右からエジソンによる電灯、タングステン灯、一番左はLED灯

 

日本最初のネオンサイン

 

ガス灯を点けて回った点消方(東京ガス株式会社)

 

ガスミュージアム(小平市大沼町)

 

東京ガスの運営する企業博物館の「ガスミュージアム」(小平市大沼町)に行った。

左手はガス灯館で、明治42年(1909)に建築された東京ガス本郷出張所を昭和42年(1962)に移設復元したものだ。

文明開化のシンボルであるガス灯が展示されていた。裸火、マントルガス灯、花ガスの3つが実演で灯された。

バーナーから出たガスを直接燃やすのが裸火。赤くて、炎が風にそよぐ一番シンプルな照明だ。花ガスは、ガスの炎にナトリウム、カリウム、リチウムなどを混ぜて炎の色を変化させ、看板や宣伝のネオンサイン的な使い方をしたものだという。日本最初のネオンサインとも言える。

右手の建物はくらし館。東京ガス千住工場計量器室を移設復元した。台所の主役として活躍してきたガス器具の機能とデザインについて、時代の変遷とともに紹介されている。

日本で初めてガスが付いたのは1872年。1874年(明治7)には銀座通りにガス灯が点灯した。

ガスの原料は最初は石炭だったが、その後時代の要請もあって石油や天然ガス(LNG)に移った。

ブリヂストンTODAY

カテゴリー: 歴史的建造物/産業遺産

  20:20


 

免震ゴムの総合メーカーでもあるブリヂストン

 

免震構造は地震による建物の揺れを吸収する

 

低空気圧のタイヤは怖い

 

このビルの1階と2階(一部地下も)にブリヂストンTODAYが入っている

 

東京都小平市には面白いものがいくつもあるが、このうち人気のあるのはブリヂストンTODAY(小平市小川東町)だ。ゴムとタイヤの企業博物館である。技術センターの敷地内にあった。

ゴムとタイヤは社会の様々な分野で使用され、我々の生活に欠かせない存在。しかし意外と知られていない。ここへくれば、パンクしても走れる「ランフラットテクノロジータイヤ」や、車の燃費向上に貢献できる「エコピア」など、ブリヂストンの先進技術を知ることができる。

ブリヂストンTODAYでは創業者石橋正二郎のエピソードなどブリヂストンの歴史やモータスポーツに参戦した模様なども知ることができるほか、タイヤの基礎知識も学べる。

身近なところでは自動車用タイヤ。自動車で路面に常に接しているのはタイヤだけ。それだけにタイヤは非常に重要だ。特に車を支え回転し続けるタイヤは、とてもデリケートであり、十分な気配りが必要だという。

チェックのポイントは①空気圧②残り溝③傷の3点。空気圧の不適は万病の素だ。故障の原因になるだけでなく、燃費にも影響を与える。

空気圧の違いで、タイヤの転がり抵抗が違う。空気圧の不足したタイヤを走らせた場合、転がり抵抗が大きく、回しにくかった。適正空気圧は200kpa(1kg/c㎡)。

ブリヂストンはタイヤだけでなく、建築物を支える建築用免震ゴムも製造している。ブリヂストンTODAYのある建物が免震ゴムで支えられている現状を免震ゴム見学コーナーで見ることができる。

地震の被害を少なくする技術には免震、制震、耐震などがある。免震は地面と建物との間に「免震ゴム」を組み入れることで、地震の揺れを建物に伝えにくくする。

免震ゴムは薄いゴムと鉄板を交互に重ねてしっかりと装着する。免震ゴムには変形した後に、建物を元の位置に戻す役割もある。また、地震による揺れを小さくしたり、素早く収める働きもある。この2つの機能を兼ね備えたのがブリヂストンの開発した「高減衰免震ゴム」だ。

ブリヂストンはゴム材料で80年、免震ゴムでは30年以上の技術とノウハウを持つ。免震ゴムでは国内トップシェアを誇っている。また海外でも多くの実績を持っている。

建物の免震・制振装置では油圧機器メーカーのKYB(前身は萱場製作所)が2018年10月、揺れを低減する免震用と制振用のオイルダンパーの性能検査記録データを改ざんしていたと発表。これより先の15年には東洋ゴム工業の免震偽装が発覚した。

KYBのデータ改ざんでは全国のマンション、病院、事務所、庁舎など987件で不正が見つかったことが明らかになっており、社会問題化している。

ノートルダム寺院火災

カテゴリー: 歴史的建造物/産業遺産

2019/04/17  09:35


 

 

炎上し崩れ落ちる尖塔(病院の部屋のテレビで)

 

炎上するノートルダム寺院(同)

 

内部の様子(同)

 

焼け焦げた内部の様子(同)

 

ようやく鎮火したもようだ(同)

 

パリ中央部にあるカトリック教会のノートルダム寺院で15日夜に大規模な火災が起きた。大聖堂の尖塔や屋根が焼失した。フランスの歴史や宗教の象徴的な存在でもある寺院の災禍はフランス国民や世界に衝撃を与えた。

同寺院は1163年に着工し、約200年かけて完成した。ゴシック建築の傑作として知られ、高さ約90㍍の尖塔など荘厳な外観やステンドグラスが有名だ。

2度の世界大戦をくぐり抜け、約800年にわたりパリの街を見下ろしてきた。

マクロン仏大統領は「大聖堂を再建する」と宣言したが、修復には数十年かかるとの見方もある。

同寺院は国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産だ。年間約1300万人の観光客が訪れるが、単なる観光拠点だけではなく、重要な歴史的建造物であり、首都パリのシンボルだった。

京都伏見・寺田屋

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 歴史的建造物/産業遺産

2018/10/10  23:23


 

寺田屋外観

 

2階はこんな感じ

 

旅籠

 

坂本龍馬使用の六連拳銃

 

雨の中をこぎ出す十石舟

 

京へ来たら一度はお寄
伏見寺田屋 坂本龍馬
昔白刃のうらばしご

寺田屋(京都市伏見区南浜町)は、大阪と京都間の通船「三十石船」の京都側に船着き場を持つ大きな船宿だった。薩摩藩の定宿でもあった。

船宿の営業時間は1日20時間で、朝から夜まで2時間ごとに客の食事、休憩、入浴などの世話をするので大変忙しかった。

梅の間はその当時、龍馬が愛用していた部屋で、慶応2年(1866)1月23日幕吏の襲撃を受けたときもこの部屋に泊まっていた。寺田屋は今も泊まれる。

龍馬はこのとき、負傷しながらも脱出に成功し、薩摩藩に保護されたという。

2男の自宅は大阪府寝屋川市。車で国道1号を走ると30分で池田屋に着いた。大阪にも京都に行くにも足場が良さそうで、この日は伏見を訪ねた。

江戸東京たてもの園

カテゴリー: 地震/豪雨/熱波/自然災害, 東京日誌Ⅲ, 歴史的建造物/産業遺産, 花/木/樹

2018/10/01  21:25


 

江戸東京たてもの園

 

10月1日は都民の日。東京都が1952年に制定した記念日の1つ。企業は休まないし、近くに住む2男のママもパート勤め。よって孫3人の接待がこちらに回ってきた。

台風24号が日本列島を縦断したのは10月1日(月)。9月30日午後はそれほどでもなかったが、夜になって風雨が強まり、我が家も慌てて玄関前の植木鉢やゴミ箱を家の中にしまい入れた。

夜も風雨は収まらず、2階はガタガタギシギシし外の風がピューピュー強く吹いた。怖くてとてもそのまま寝られなかった。やっとベッドに入ったのは1日午前3時すぎ。

日本近海の海面水温が例年に比べて高く、日本列島に上陸する台風も年2回。気象庁によると、1991年の統計開始以降初めてだという。

都民の日は小中高の学校が休みのほか、庭園や動物園・植物園、美術館・博物館など東京都の運営する21施設も入園・入館料が無料でもある。

それにしても猛烈な風雨だった。家の中にいて今回のような恐怖感を覚えたのは初めてだった。しかし、それからまもなくして外は台風一過の秋晴れとなった。気温もフェーン現象で日中は30℃を超す暑さだ。3人の孫にはどこかへ行こうと約束していた。

結局、出掛けた先は都立小金井公園内にある江戸東京たてもの園(小金井市関野町1)。しかし、そこで見たのは台風24号の荒々しい爪痕の痕跡だった。

 

ポッキリ引き裂かれた桜の老木

 

落ちていた大枝

 

ポキッと折れた赤松

 

バキンと真ん中から二つに引き裂かれた木

 

館内の展示室では特別展「東京150年-都市とたてもの、ひと」が開催されていた。それをざっと見た後、主に東ゾーンとセンターゾーンの屋外展示物を観覧した。

 

明治初期に創業した武居三省堂(文具店)

 

港区白金台に1928年(昭和3)に建てられた木造3階建ての大和屋本店(乾物屋)

 

東京の銭湯を代表する子宝湯(足立区千住元町)

 

台東区下谷の言問通りにあった居酒屋「鍵屋」

 

明治から昭和にかけて国政を担った高橋是清邸の2階は2.26事件(1936)の現場になった

 

2時間ほど歩いたのち、ビジターセンター(旧光華殿)を出たら、良い匂いが漂ってきた。金木犀だった。

 

立派なキンモクセイ

 

正面に向かって右側のキンモクセイ(金木犀)。左側にも「対植」されているようだが、見落とした。高さ10m、枝幅8m。これまで見た中では一番大きい。写真の上が切れてしまった。

中をのぞくとこんな感じ・・・

 

地面には台風で落ちた花粉が散乱していた

 

 

 

鉄道博物館

カテゴリー: 歴史的建造物/産業遺産

2018/08/17  21:58


 

風の強いこの日は富士山がよく見えた

 

新幹線の通過予定時間

 

 

目の前をE5系新幹線が飛んでいく

 

孫の来訪も最後の1人を残すのみとなった。その彼が来たのは16日(木)午前だった。

どこが行きたいところはあるかと尋ねたが、これと言って行きたいところはなかった。それでこちらが提案したのが鉄道博物館(埼玉県さいたま市大宮区)だった。

あたかも7月に新館がオープンしたばかりで、ものすごい賑わいだった。JR東日本の創立20周年事業のメインプロジェクトとして2007年10月14日の鉄道の日に開館した。

それまでの交通博物館は万世橋にあった。JR東日本が大宮への移転を発表し、開館以来の入場者数は今年5月に1000万人を突破。7月に新館の落成と本館の改修が完成した。運営は公益財団法人東日本鉄道文化財団が行っている。

 

ロゴデザインの3つの輪は「鉄道」「歴史」「教育」を表す

 

調査研究を行う「鉄道博物館」であり、産業史として鉄道を物語る「歴史博物館」と位置づけ、子どもたちが模型やシミュレーションなどを活用しながら体験的に学習する「教育博物館」としての性格も持たせている。

人、物を運び、文化を飛躍的に向上させてきた鉄道。そのすべての車両に共通する「車輪」をシンボル化した。駅と駅をつなぐ路線をシンボル化し、「鉄道」、「歴史」、「教育」の3つを表している。

鉄道博物館が常に進化し、走り続ける運動体であることを表現している。

毎日10時15分と13時にボランティアガイドツアー(無料)を行っている。ポイント解説を加えながら巡る2~3時間コース。あまりに広く、「何を見たのか分からない」ことが多いようだ。これを回避するために利用した。

ポイントは①新幹線ラウンジ(3階)から実際に営業線を通過する「やまびこ」(E5系)などを見る②幅23m×奥行き10mの日本最大級の鉄道ジオラマ(2階)を運転プログラムにしたがって見る③車両ステーション(本館1階)で実際に新橋-横浜を走った第1号車などに乗ってみる④南館(新館)でE5系新幹線「はやぶさ」を見る-の4点だ。

 

36両の実物車両を展示している車両ステーション

 

新橋-横浜間を走った英国製の1号機関車(トーマス号)

 

第2号の米国製弁慶号

 

ステンドグラス

 

鉄道ジオラマ

 

E5系「はやぶさ」の鼻は15mと長い

 

2階からみるとこんな感じ

 

やはり触りたくなった

 

新幹線の形状はだいたいが流線型。空気抵抗を小さくするとともに、高速でトンネルに入った場合、ポンと鳴らないよう空気を後ろにスムーズに流す「ところてん現象」を利用するためだ。

現在最も速く走るのは東北新幹線の最高速度320km/時速の「はやぶさ」と「こまち」。先頭部が15mもある。

小平にこないか?

カテゴリー: 墓参/法事/地域活動, 歴史的建造物/産業遺産

2018/06/24  22:01


 

旧小平小川郵便局舎の前に立つ丸ポスト(保有数は都内自治体ナンバーワンの37本!)

 

旧神山家住宅主屋

 

旧神山家住宅内部

 

中で小平市の伝統食「小平糧(かて)うどん」(500円)をいただく

 

神棚

 

木には苔が・・・

 

庭で竹馬に乗る

 

親子で遊ぶ

 

小麦粉を挽く水車小屋

 

水車が回る

 

水車小屋内部

 

小川村の開拓当初の復元住居

 

同内部

 

玩具類・・

 

東京都小平市(人口19万2000人)。多摩地域北部に位置する市で、聞いたことはあったが、「小平にこないか?」とどういうわけか調べることになった。起点は小平ふるさと村(小平市天神町3)。

「小平の地は江戸時代初期の玉川上水の開通に伴って開発が行われた新田村落。かつては青梅街道をはじめ、東西に走る各街道沿いに屋敷森に囲まれた農家が並び、農家の南北には短冊形の畑が続いていた」という。

「こうした中で小平市は寄贈を受けた旧小川家住宅棟のほか4棟の建物を解体保管してきた。市民の郷土に文化に対する関心の高まりに応え、これらを文化遺産として後生に伝えていくために、平成5年(1993)に小平ふるさと村として開村した。