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「それでも紛争地取材をやめない理由」

カテゴリー: 「写真」を学ぶ, 政治/外交/国際/軍事, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/03/27  23:15


 

それでも紛争地取材をやめない理由

 

千代田区立日比谷図書文化館(日比谷公園1)の日比谷カレッジが27日開かれ、報道カメラマンの横田徹氏が「それでも紛争地取材をやめない理由」を語った。

横田氏は1971年茨城県生まれ。父親が報道カメラマンだった。フリーランスのカメラマンとしてキャリアをスタートし、クオリティーが低いと怒られながらも動画も撮った。

1997年のカンボジア内戦(ポルポト派)から活動を開始し、インドネシア、東チモール、コソボ、パレスチナ、リビア、イラクなどを取材。2007~12年までアフガニスタンの米軍に従軍取材。14年3月に世界で初めてISの拠点ラッカを取材した。

最初は写真から始めたが、テレビ向けのムービーカメラ(動画)も撮った。写真はAPやロイターに持ち込んで買ってもらったほか、韓国のディレクターの専属となった。品質がひどくて、かなり勉強した。とにかく「いい加減な状況で始めた」などと語った。

横田氏は2007年から12年にかけてアフガンに展開している米軍に従軍したときの映像を見せた。彼が取材したのはコレンガル渓谷。このレストレポ前哨基地は2010年に米軍が放棄した。ここには20人の米軍兵が駐留していたが、最も激しい戦闘地域でこの時点で40人の米兵が死亡したといわれる。

横田氏によると、「毎日の小さな戦闘があり、そのたびに飛行機を飛ばしたりヘリを飛ばしたり、お金がかさむ。米軍もこの基地を持つ意味があるのかに気づいたと思う。パキスタンとの国境に近いのでタリバンがどんどん押し寄せてくる。タリバン軍はライフルなどの旧式兵器で攻撃してくるが、米軍は航空機を含め近代兵器で反撃するのでコスト的には割が合わない。結局ここを手放すことになった」という。

こういう映像を見ると、アフガンはどこもこういう状態でアフガン=危険というイメージを持たれると思うが、「実際にこういう戦闘をやっている場所というのは限られていて、ジャーナリストも行ってもこういう写真はほぼ撮れない。ぼっとして終わってしまう。たまにパトロールに出ても何も起きないのがほとんど。戦闘を探すのが非常に大変だ」という。

米軍は厳しいながらも、自分が行きたいというリクエストを何度も出せば、行けてしまうところがあって良かった。一度従軍の許可を取ると、食べ物から寝るところまで全部ただでやってくれた。撃たれるジャーナリストも少なくなく、治療もきちんとやってくれた。自衛隊ならこういうわけにはいかない。プレスツアーで連れて行くのは「安全」地帯。安全を見せて終わりだ。

横田氏が最後にアフガンに行ったのは2012年。当時のカブール市内は独りで歩けたが、タリバン政権の今は歩けない。駐留米軍やアフガン政府軍ではどうしようもない状態だ。

シリアの取材をしたのは2013年6月ごろ。IS(イスラム国)の存在はまだほとんど知られておらず、まだアルカイーダと呼ばれていた。

横田氏によると、重要なのは信頼できるコーディネーターをどう捉まえるかだ。だいたい捕まるときというのはコーディネーター。怪しいのか、あるいはギャングなのか。誰に当たるかで運命が変わる。「私の場合はたまたま運が良かっただけ」だという。

3年4カ月ぶりにシリアのISに解放されたジャーナリストの安田純平氏について横田氏は「信用できない人がいきなり現れて付いて行ったら捕まってしまった」と述べ、「これは大きなミスだった」とコメントした。「彼はコーディネーターに売られたんだと思う」。外国人も彼は売られたと言っていた。ちょっとでも不安だったら行かないと言う判断もあったはずだ。

取材する上で一番大事なのは取材のセッティングや通訳をやってくれるフィクサー。CNNやBBCと仕事をしているプロから学生みたいな金ほしさでやっているフィクサーもどきもいて、けちると身に危険が及ぶ。安心してもらえる人を紹介してもらうのが重要だ。高いのが難点だが、人間関係が重要だ。

取材経験の浅いジャーナリストは判断が難しい。おいしい話があっても、それは次回にしようと判断する。欲をかくと変なことになりかねない。ベトナム戦争当時は牧歌的な戦争だったが、いまは容赦なくジャーナリスト=お金だ。来たらお金にしてしまう難しい状況に毎年なっている。

IS発行の許可証を持って2014年3月にIS(イスラム国)支配下のラッカに入った。「非常に平和だった」ことに驚いた。「邪悪で残忍な町というイメージが覆された」という。ラッカは同年6月にISの首都になり圧政を受けたが、クルド人主体の「シリア民主軍」(SDF)は3年半後の17年10月、奪還作戦が完了したと発表した。

さらにISのシリア内で最後の拠点であるバグズ町を19年3月に完全に制圧したと発表した。ISは最大時にはシリア西部からイラクの首都バグダッド郊外まで770万人を支配。税金、料金、罰金を資金源とした。

練馬区空き家セミナー

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/03/10  23:25


 

嫁ぐ日by古賀晟(練馬区役所本庁舎1階ロビー)

 

東京都練馬区環境部主催の空き家セミナーが3月10日、同区役所アナトリウム地下多目的会議室で行われ、講演会後、個別の無料相談会が実施された。空き家の担当窓口は環境課。

行政が主体ながらも、関係する司法書士会、行政書士会、公益社団法人全日本不動産協会東京都本部練馬支部など専門家団体として出席し、今後の取り組み方を提示した。

空き家相談は日本国中至るところで開かれているものの、正直どこに行って相談すればいいのか分からないのが実情だ。この日は練馬区の空き家対策、空き家にしない相続の勧め、不動産業としての今後の取り組み方などが話された。

・日曜日の午前10時に時間を設定したが、多数の人々が来てくださった。これは空き家問題が身近な問題、差し迫った問題となっていることを痛感した次第。

・空き家は時間が経てば経つほど解決が難しくなる。練馬区では区内に空き家を所有または管理する方々を支援するため、西京信用金庫、城北信用金庫、東京シティ信用金庫、西武信用金庫、巣鴨信用近畿、東京信用金庫の6地域金融機関と「練馬区における空家等対策に関する協定」を締結している。空き家の解体や活用に伴う費用等の資金ニーズに応えるため、独自のメニューを用意している。

・本セミナーは平成27年度(2015年度)以降、空き家の発生予防策の一環として毎年開催している。

「みどりのまちづくりセンター」は空き家の所有者と活用したい方とをマッチングする相談窓口業務を2年前から行っている。情報発信を強化し、解決支援、専門家との連携に努めている。地域のために活用したい。

・練馬区の空き家は2015年5月~16年3月にかけて区内全域の民間建築物全棟調査を実施。外観目視による空き家判定を行った結果、空き家は約15万棟のうち1507棟あった。1%程度。他の区と比べ、「多くはないが、決して少なくない数字」と受け止めている(環境課まち美化推進係長・樋口哲也)。

・空き家になると、近所から連絡があり、個別に対応しているのが実情だ。樹木が自分の家に伸びてきている、雑草繁茂に関する苦情がほとんどで、「ほぼ毎日どこかの現場には行っている」。

・「空き家等対策の推進に関する特別措置法」(平成27年=15年5月全面施行)。特定空き家に認定されると、指導→勧告→命令と進み、最終的に区が強制的に代執行を行い、所有者に費用を請求することになる。区内では指導→勧告に行っているケースもある。ただ代執行はまだ例がない。

・空き家になると何が問題か。樹木の境界越境や雑草繁茂に関する苦情が最も多く、不審者の侵入やハクビシン等動物の棲み着き被害も少なくない。

・主な解決方法は①適正に維持管理し、持ち続ける②売却し収入を得る③利活用し収入を得る④解体後の土地を活用する⑤空き家を通じて地域に貢献する-など。

・人が住んでないとあっという間に劣化する。ちゃんと住んでいただく前提で定期管理は必須。空き家を持ち続けないことを選択した場合、専門家への早めの相談が肝要だ。

・相続により取得した家屋を譲渡する場合、一定の要件を満たしたときは、譲渡所得から3000万円を控除できる制度が2023年12月末まで適用される。売却を考えている方はここ数年で売却したほうがよい。

・不動産を共有にするかどうか。のちに売却するにも賃貸したり利活用するにしても相続人の意見がまとまらないケースが多く、不動産は共有しないことをお勧めしたい(東京都行政書士会練馬支部 石井則子氏)。

 

民衆にとっての「墓」とは何か

カテゴリー: 墓参/地域活動, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/02/26  22:43


 

民衆にとっての「墓」とは何か

 

エジプトのミラミッドにしても、日本の古墳にしても、それは支配者の墓であって民衆の墓ではない。名もない民衆にとって、死者とはどういう存在だったのか。墓とはどういうものだったのか。

日本は少子高齢化のトップを走り、個人化している。長い間、「日本の葬送は古来より不変の慣習」という神話がはびこってきた。この「葬送」はいま大変動期を迎えている。

葬送ジャーナリストの碑文谷創(ひもんや・はじめ)氏を迎えて2月26日午後7時から、日比谷図書文化館(千代田区日比谷公園)で「民衆にとっての墓との変遷-葬送の原点を探る」と題する講演会が開かれた。

碑文谷氏は1946年、東北出身の73歳。私より2歳年上だ。東京神学大学大学院修士課程中退。出版社に勤務し、44歳で独立。それが葬送文化専門雑誌『SOGI』。編集長を4半世紀務める。

・フランスの歴史学者フィリップ・アリエス(1914-1984)によると、人間は「死者を埋葬する唯一の動物」だという。

・DNA鑑定の結果、現代のヒトであるホモサピエンスにはネアンデルタール人の遺伝子が1~4%ほど含まれているという。ネアンデルタール人は「滅亡」ではなく、新人と混血して亡くなったとの説も出ている。

・3世紀頃から豪族の大きな墳墓である古墳が作られた。古墳の中には石室が作られ、遺体は棺に納められ、副葬品が添えてある。人物や動物をかたどった埴輪やさまざまな用具が副葬品として納められた。

・古墳文化は3世紀後半から7世紀にかけて造営された土を高く盛り上げて築造された権力者、豪族、位の高い人やその家族等の大規模な墓。手厚く葬った葬法「厚葬」(こうそう)も儒教文化が伝来すると6世紀頃から次第に少なくなる。

・厚葬が廃止されるのに決定的な影響を与えたといわれるのが大化の改新で、646年に薄葬令が出されたことによる。大化の改新(645年)は中大兄皇子(後の天智天皇)、藤原鎌足が蘇我入鹿を暗殺し、天皇中心の律令国家建設を目指したといわれる。史実は確定していない。

・薄葬令は古墳のような必要以上の大きな墓を作ることは貧窮を招くと警告する一方、死者の身分により墓を作る夫役の延べ人数の上限を定め、遺体は意っての墓地に集めて埋葬することとし、もがり(遺体を別室に置いて骨になるまで見届ける)や殉死、宝物を副葬品とすることを禁じた。

・弥生時代には土坑墓がみられることから土葬は一般的だったと思われる。土葬以外にも死体遺棄に近い形の風葬(山の麓や海岸などに遺体を置き、自然に還す葬法)で、あちこちに葬られていた姿が想像される。

・これは中世になっても変わらなかったようで、『今昔物語』には平安京の正門・羅生門の上に遺体が遺棄された様子が描かれたり、『八幡愚童訓』には、辻に野捨てにされた死体を犬などが食べるありさまが書かれたりしている。山や麓や川原などに死骸、白骨が捨てられることは珍しいことではなかった。

・長い間、墓を作ることができたのは上層階級に限られており、貴人や官人などを除くと、民衆には鎮めなくてはならない霊魂の存在など認められていなかったかのように思われる。

・浄土に行く。山の上にある霊山。あるいは海の麓にある。中世までは土葬、風葬などが入り交じっていた。

・火葬は統計上100%。土葬は約120件。年間死亡者数は137万人。明治の20年代の火葬は20数%で、土葬のほうが多かった。火葬の最初は700年の僧道昭(中国から来たお坊さん)の時と「続日本記」に書かれている一方で、659年ごろの和歌に火葬の煙を詠んだものがあり、こちらを記録上最古とする説もある。仏教が火葬を持ち込んだ以前に火葬があったのではないか。弥生前期紀元前300年ごろに火葬跡が検出されたほか、6世紀後半以降の遺跡からも火葬跡、火葬された人骨が発見されている。

・火葬は薪を用意しなければならないなどお金がかかるなど普及はいま一つ。一般の火葬はなかなか進まなかった。日本人に火葬が受け入れられたのは「白骨化が成仏の徴」とする、仏教による意味づけが必要だった。野蛮だとか熱いとかの意識を抑えた。仏教の影響は大きい。

・一般に火葬が進むのは明治の中頃以降のこと。

・応仁の乱以降の戦国時代は災害、飢餓、戦災の時代である。それまでの寺院は貴族、武士を檀那(スポンサー)にしていたが、農業生産力の向上で力を付けた民衆が村を形成し、民衆が村を形成檀那となる寺院が各地で作られていくことになる。10~30㎝の小型(90㎝を超えない)の稚拙な(石工が作ったものではない)一石五輪塔や石仏が民衆に流行した。

 

森林活用セミナー

カテゴリー: 花/木/樹, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/02/11  22:21


 

森林資源活用セミナー@さがみはら

 

第2部ディスカッション

 

今年はいろんな新税がスタートする。4月1日から始まるのは国税の森林環境税だ。10月1日からは消費増税だ。知らない間に次から次へと新税が始まる。確実にわれわれの生活は苦しくなる。

森林資源活用セミナーの第1回は「森林環境税で変わる森林・林業」と題して11日、神奈川県相模原市緑区のサンエールさがみはらで開催された。

東京大学大学院農学生命科学研究科の白石則彦教授は「新たな森林管理システム導入と林業・木材産業の動向」と題して話した。同氏は現場に精通した林業学者を自認している。

・日本における森林の位置づけは森林率67%。国土面積の67%が森林。これがいかに特殊な数字か。森林のイメージのあるブラジルの森林率は約50%、フィンランドは66%、カナダは40%しかない。日本よりも国土面積が広くて森林率の高い国は1980年まで1つだけあった。パプアニューギニア。アフリカ、中南米など多くの国は国土面積が小さいか、森林率が低い。パプアは鉱物資源が見つかり剥いでいる40%まで落ちた。

・日本の森林は山岳林で、幸にも林業以外に使えなかったことが大きな理由。信仰の対象でもあった。仏教は否定しないが、日本人の魂は神道だと思う。巨木に神が宿る。山を大切にしてきた。豊かな森林に守られている背景だ。

・日本の森林が荒廃しているとマスコミ的に言う人もいるが、「今ほど木材資源としての価値が高い時代はない。間違いなく言える」。天然林が2倍近くになったのが最大の変化。はげ山になったり、薪炭採取などで伐採されていた。

・山を緑に、治山治水が社会的に人工林の緑化が国策として取り組まれた。インフレ下で木材が魅力的な投資先だった。貨幣価値が下がり、モノの値段が上がる。木材価格が上昇し、魅力的な投資先となった。インフレに乗って価値を生み出していた時代だった。

・今は逆にデフレ。物価が下がる、材が下がる。林業にとっては逆風の時代だ。

・世界の人工林は約1億ヘクタール。この1割の1000万ヘクタールが日本にあった。人工林について技術が先行し、造林も着実に進んでいた。森林の国だった。これを支えていたのが杉の木だった。

またこの日の会合では相模原の林業についても関係者が語り合った。

・地域の性質はさまざま。伊豆半島はボリュームで稼ぐような林業はできないので、観光と結びつけたい。癒やしの森など観光と組み合わせた利用法を提案した。

・山形県金山町。・・木材。

 

食をめぐるゲノム編集

カテゴリー: 科学/技術/イノベーション, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/02/10  23:25


 

DNAは自然でもなくなる?

推進派と慎重派

 

食に関するゲノム編集の安全・安心性をめぐって、積極派でマッスルマダイを育種している京都大学大学院の木下政人助教と慎重派の北海道大学の石井哲也氏、さらには主催者のたねと食とひと@フォーラム共同代表の吉森弘子氏3者によるシンポジウムが10日、日比谷図書文化館の日比谷コンベンションホールで開かれた。

金属3Ⅾプリンタで成功したGEの秘訣

カテゴリー: 科学/技術/イノベーション, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/02/06  18:25


 

GE additiveの一体鋳造自動車用ホイール

 

第1回次世代3Dプリンタ展が2月6日、東京ビッグサイトで開催され、GE アディティブ日本統括責任者のトーマス・パン氏が金属3Dプリンタ成功の秘訣「アディティブ・マインドセット」と題して話をした。

・GEの創立者はトーマス・エジソン。彼は1万回も失敗しているが、なぜそんなに失敗したのかと聞かれ、「私は失敗していない。9999回のテストしたものが動かないことが分かっただけだ」と答えた。これこそマインドセットの1つ。

・GEの産業ビジネスの柱は①エネルギー供給②人々を安全に運ぶ③人々の生命を救う-の3つ。将来に向けた成功要素にはアディティブ、デジタル、研究開発、グローバル・オペレーション、キャピタルの5つだが、最初に取り上げ重要視しているのがアディティブ技術だ。

・アディティブのマーケットは今後急速な成長が見込まれる。2017年度比21%増の約73億ドル(約8000億円)。金属アディティブは77%成長。樹脂対金属は2対1(2014年)から1対1(2027年)へ。金属アディティブの年平均成長率は10年間で29%増。アディティブへの総投資額は2017年まで4年間で130億ドルだったが、今後10年間で2800億ドル(約30兆円)に上る見通し。

・アディティブ技術は新規技術で、イノベーションから生まれる。GEは世界を対象に「イノベーション・バロメーター」を調査した結果、3Dプリンティングがビジネスに効果を与えると答えた企業幹部が世界で63%だったのに対し、日本は36%にすぎなかった。「期待が低い」。これが日本の現状のマインドセットではないか。

・面白さは感じているが、それが実際にビジネスに影響を与えるかどうかについては日本ではまだ意識が低い。

・金属3Dプリンティングはレーザー式(粉末材料)、電子ビーム式(溶接や形成の難しい難削合金)、バインダージェット式(高速造形スピード&低単価パーツ)などいろんな手法があるが、レーザー式と電子ビーム式が金属3Dプリンタのすべてを占めている。

・金属3Dプリンティングの面白いところは通常加工がしにくい、鋳造できてもなかなか形成しにくい、精度を出しにくいなどいろんな課題のある素材が粉末を使って作ることによってたくさん作れること。樹脂の金属3Dプリンタとは全く位置づけを持っている。

・複雑な金属。組成、ドメインなどを含めて局所的にエネルギーを与える。この手法によってさまざまなことができる。なぜ使うのか。

・スピードが速くなる。何でもいいわけではない。画期的な製品&パフォーマンスも正しい製品を選ばなければ画期的にならない。何を作っても3dプリンティングが速くなるということは絶対ない。設計・デザインに重点が置かれる技術である。

・またサプライチェーン効果も大きい。フローが変るため。後述。

・GEアディティブでアディティブを使いだしたのは2009年から2010年。エアバスとボーイング用のLEAPエンジンの燃料ノズル開発に苦労していた。3Ⅾプリンティングが台頭し始めているころでそれを使ってみたら開発ができた。すぐに量産に進むが、当時のマインドセットは「開発には使うよ。けれど製造はしないよ」。

・それでいろいろトライしたができなかった。モーリス・テクノロジー社と一緒に量産に道筋がつくかどうかをトライした。道筋がついた瞬間に同社を買収しアディティブテクノロジーセンターを構築した。LEAPLジェットエンジン燃料ノズルのFA認証を取得し2016年から量産をスタートさせている。

・社内のマインドセットがどんどん変わってきた。これはできないか、あれはできないか。量産できるじゃないか。成功によってポジティブスパイラルになっていく。

・アディティブ・マニュファクチャリングで量産しているLEAPジェットエンジン燃料ノズルは在庫の削減95%、コスト効率が30%、重量の削減25%、パーツの点数が20個→1個、疲労強度・靭性が5倍以上に向上した。

・同ノズルは2015年にFA認証取得、16年から量産を開始。昨年10月2日に3万台の出荷を達成した。エアバスの6割くらい、同730には100%乗っている。300機~400機世界で飛び回っている。

・アディティブで設計したa-CT7エンジンのミッドフレームは7つのアセンブリーを1つに集約。300部品を1点に統合。5キロの重量削減。エンジン全体では99部品が16点に集約した。

・考えられないパーツの統合・集約になる。300部品1部品になると在庫管理からエンジニアも激減する。品質管理も同様。サプライチェーンは従来工法をベースに作っている。技術だけでなくコスト効果も大きい。

・もっと大きなエンジンにアディティブを使っている。ボーイング777x用のGE9Xターボファンジェットエンジンはすべてアディティブになる。

・「アディティブ=何でもできる」というイメージがあるが、そうではない。絶対にできない。自由設計ではない。しっかりとしたアディティ設計(Design for Additive)ルールがある。アディティブ設計を社内に育てないとアディティブはできない。高いハードルがある。

・何を作るのか。どうして作るのか。これができたらどうなるのか。技術観点だけでなく、ビジネスとして考えるべき。採算を考えないと研究開発はともかく、量産にはならない。試作ができたから量産にはいかない。ハードル高い。

・アディティブ製造への成功への道を開く「AddWorks」。ビジネスの採算性→デザイン設計→試作→量産最適化→量産認証

・魔法の箱。ただデジタルデータを入れれば最終製品が出てくるというマインドで考えられているのとは全く違う。アディティブジャーニーを早く始めてもらいたい。始めないとどんなものか分からない。

・箱に入った小さな鋳造工場。

・欧米企業は始めている。始めないとどんなものか分からない。自動車、医療、衛星、ロケット、アビエーションなど様々な応用産業。

・電話からスマートフォンにあっという間に切り替わった。馬車→車、白熱灯→LED、真空管→半導体。前にあったものが不要になった。アディティブに投資をしている。

・GEのミッションはエコシステムの構築。いろんなことにトライしている。ネットワークを構築し社内で1000から2000くらいのプロジェクトを進行させている。18年から社外に向けたサービスを開始した。

・ATC=アディティブ・テクノロジーセンター(オハイオ州シンシナティ)は航空機関連、CEC=カスタマー・エクスペリエンスセンター(ペンシルベニア州ピッツバーグ)はカスタマー対応。

・金属3Ⅾプリンタの発祥の地はドイツ。GEアディティブカスタマー・エクスペリエンスセンター(ドイツ・ミュンヘン)を17年末に完成させた。エンジニア教育、コラボレーション、トレーニングなどを行っている。

・技術を入れる装置を買うだけでなく、社内の組織を動かすためのアディティブマインドセットを作らなければならない。

「迷ったら茨の道を行け」佐田展隆社長

カテゴリー: 経済/デリバティブ, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/02/04  23:25


 

紳士服業界に旋風を巻き起こす佐田展隆SADA社長

 

大手寡占のスーツ業界に風穴をあけた「オーダースーツSADA」V字回復の奇跡を株式会社佐田の佐田展隆社長が4日、企業価値フォーラムで事例発表した。

佐田社長は昨年12月、『迷ったら茨の道を行け~汗と涙の経営実践指南書~』(ダイヤモンド社)から出版し、現実にあった中小企業再生劇を公開した。メディアを巻き込んだ戦略や社長が率先して行う販促活動など面白いと思えば面白い。つまらないと言えばつまらない。

しかし、売り上げの半分を占める大手得意先の倒産。大赤字。売り上げを超える有利子負債。莫大な金利。親子闘争。幹部社員の離脱。金融機関からの厳しい追及・父親の自己破産。再生ファンドへの会社売却。社長追放。東日本大震災での自社工場被災。再びの大赤字。父親の後を託された若き4代目経営者。これだけのテーマが並ぶ。話を聞いてみてもいいだろう。

佐田氏は1974年東京生まれ。一橋大学経済学部卒。高校までサッカー部、大学時代はノルディック複合選手の体育会系。大学卒業後、東レでテキスタイル営業。

2003年、父に乞われ、株式会社佐田入社。05年、代表取締役社長就任。バブル時代の大手取引先そごう倒産の傷跡が深く、破綻寸前の企業を黒字化するも、莫大な有利子負債は如何ともしがたく、07年、金融機関の債権放棄とともに、会社を再生ファンドに譲渡。

08年、引き継ぎを終え佐田を退社。しかし、リーマンショックで再生ファンドが解散となり、会社の所有権は転々とする。そこへ東日本大震災が起こり仙台工場が被災し、会社の引き受け手がいなくなった。11年7月に再々生のため呼び戻される。

12年に社長に復帰し、仙台と北京に工場をもつオーダースーツの工場直販事業強化を柱に、直営店による小売業も強化。企業改革を進め、3期連続増収増益を達成し業績を安定化させた。以後も売り上げの拡大を継続。現在では自社をオーダースーツチェーン店舗数日本一に成長させる。

自身が広告塔だ。自社オーダースーツPRのため、自社スーツをまとい、スキージャンプを飛ぶ。富士山に登る。東京マラソンを走る等のチャレンジを行っている。現在、全国に49店舗を持つ製販一体のオーダースーツ会社として業容を拡大している。

現在サッカーJリーグの9チームやバスケ日本代表、プロ野球球団へもオーダースーツを提供するなど品質には高い評価を得ている。

座右の銘は高杉晋作の辞世の句「おもしろき こともなき世を おもしろく」。どうやら私と同じのようである。

「オーダースーツのSADA」と言われてもピンとこない。既成スーツはメーカーが一定規格で大量生産したスーツのこと。DIFFERENCE新宿南口店エリアマネージャーの杉原一臣氏によると、吊るしのスーツがこのタイプ。手軽な完成した状態で売られており、必要なときにすぐ購入できるし、価格も安い。

ただ既製服もデメリットがある。標準体型から外れている人にとっては制限があるし、品質面でもオーダーメイドに比べ生地や縫製のクオリティーを落としているケースもあるからだ。

オーダースーツのメリットは自分の体型に合ったスーツを作れること。自分の好きな生地やデザインを選んでスーツを作れることもOKだ。一度作ってしまえばあとは簡単にオーダーできる。

オーダースーツには3つのオーダー方法が存在する。最も高価なのがフルオーダー。オリジナルの型紙を起こすところから工程が始まるため、完全にオリジナルの一着を作れる。

一方、パターンオーダーはほとんど既製品を選ぶ感覚で作れる。用意されたサンプルの中から自分の体に近いものを選び、着丈などの細かい部分を調整して仕上げるオーダー方法だ。

あらかじめ決められた型紙を使い、工場で大量生産される。価格も安く、仕上がりも早いのが特徴だ。既製品と同じく標準体型に合わせて作った型紙を使うため、よりフィット感のある既製スーツを求めている人に向いている。

フルオーダーとパターンオーダーの中間に当たるのがイージーオーダー。あらかじめ何種類かの型が決まっていて、各自の体に合わせて新しい型紙を起こすようなことはしない。しかし、体型に合わせてCADシステムや手書きで型紙を修正し、それに合わせてスーツを仕立てる。比較的手頃な価格で各自の体型に合ったスーツを仕立てられるのがメリットだ。

『エルネオス会』

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/01/25  23:46


 

今年92歳の石原信雄元内閣官房副長官

 

グッドバンカーの筑紫みずえ社長

 

ビジネス月刊誌『エルネオス』の新年懇親会が1月25日(金)夜、如水会館(千代田区一ツ橋)で開かれた。私も匿名ながら書いているので出席した。声がかかる以上、基本的に出席するようにしている。

あいさつしたのは財団法人地方自治研究機構の石原信雄氏。群馬県生まれ。地方自治研究機構会長。元自治省次官。1987年から95年(平成7)に退官するまで竹下内閣から村山内閣まで7つの内閣で官房副長官(事務方)を務めた。

石原氏はあいさつで、「平成という時代は自然災害が多かったが、国を挙げて経済の発展に取り組んできた。戦争がなかったことでも特記できるという印象を持っている」と述べた。

また読者の1人としてESG(環境・社会・企業統治)投資を推奨しているグッドバンカーの筑紫みずえ社長は「いろんな雑誌を読んでいる。批判精神に富む雑誌が多い中でエルネオスは批判の中にも記事に温かみがある」とし、単なる批判一辺倒ではない点を評価した。

筑紫氏はSRI(Socially Responsible Investment=社会的責任投資)の普及に情熱を燃やしている社長。1998年に女性有志による金融サービス会社を設立、その普及に情熱を傾けているという。

ところで石原氏は「お尻から脚にかけての痛み」に苦しんだ「座骨神経痛」患者の1人。数年間、苦しみ抜いた末に、福井康之先生と出会い、痛みをなくすために手術を決断した。『お尻から脚が痛い』(座骨神経痛の治療法)を日本法制学会から出している。

パーティーのさなかだったが、つい嬉しくて氏と座骨神経痛が典型的に出る「脊柱管狭窄症」について情報共有した。思いがけないところで思いがけない人にあったものだ。

パーティーは意外なところで意外な人と会えるのが面白い。他にもPR会社社長、文芸評論家、大学教授、化学会社広報担当者などと話をした。同じ業界関係者としか話しをしない人も多いが、あえてそれをしない覚悟をずっと貫いてきた。そういう中から生まれるものもあるのではないか。

『エルネオス会』については2016年1月25日にも書いている。

CLTフォーラム2018

カテゴリー: 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2018/12/12  23:30


 

ファーラムの様子

 

日本CLT協会は、CLT建築推進協議会と共催で「CLTフォーラム2018」を12日、東京千代田区神田美土代町のベルサール神田で開催した。

ファーラムではフィンランドから、CLTを使った数々の建築等で世界の木造建築界をリードする建築設計事務所OOPEAA(オーペアー)のアンッシ・ラッシラ代表、日本からは構造エンジニアとして著名な建築実績のある金田充弘東京芸術大学准教授が講演した。また両氏を含めディスカッションが行われた。

CLTはCross Laminated Timberの略で、繊維方向が直交するように積層接着した木質系材料。1995年頃からオーストリアを中心に発展し、欧州地域でCLTを活用した木造建築が広がっている。日本も2013年12月にJAS(日本農林規格)が制定され、日本CLT協会を中心に普及に取り組んでいる。つくば市の建築研究所の敷地内に実験棟が設置されている

 

ボランティアワークによって建てられたカルサマキ教会(「海外旅住navi」より)

 

ラッシラ氏はオーペアーの設立者で、彼が世界的な注目を集めたのはカルサマキ教会。機械を使わず、すべて手作りで建てられた木の教会だ。カルサマキはフィンランド北部の中核都市オウル市(ノキアの研究開発拠点がある)から南に120km離れた人口3000人ほどの小さな町だが、その町にあった教会を建て替えた。コンペティションに同氏のデザインが採択されたという。

またラッシラ氏はCLTモジュラーユニットを用いた8階建て集合住宅も手掛けており、CLT建築にも取り組んでいる。

 

エコプロ2018を歩く

カテゴリー: 祭り/フェスティバル, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会, 資源/エネルギー/環境

2018/12/08  23:26


環境省ナノセルロース自動車


ウッドデザイン賞最優秀賞「江東区立有明西学園」
王子グループ
イオン環境財団
リサイクルラボ
ヤッサン一座の紙芝居
棚田・里山酒めぐり「六十余洲」(山形、大賞受賞)


産業環境管理協会と日本経済新聞社が12月6~8日の3日間、東京ビッグサイトで「第20回エコプロ2018」を開催した。

テーマは世界が直面する課題に対して2030年までに達成すべき17の国際目標を掲げたSDGS(Sustainable Development Goals)時代の環境と社会、そして未来の実現を目指すものだ。

SDGSから新素材、環境配慮型製品に至るまでさまざまな内容が盛り込まれ、植物由来の新素材セルロースナノファイバー(CNF)の特別展も同時開催された。

CHFは量産効果による自動車や住宅分野などへの用途拡大により、2030年には国内1兆円の関連市場が期待されており、日本が研究開発で世界の第一線を走っている。