かすかな降雪

カテゴリー: 地震/豪雨/熱波/自然災害, 東京日誌Ⅲ

2019/02/10  11:23


 

雪が降った

 

車の上に積もった雪

 

気象庁によると、東京都心で9日午前7時すぎ氷点下0.5度を観測。関東各地でも雪が降り、茨城県や千葉県でも積雪があった。10日朝の積雪は数センチだった。

ウェザーニュースによると、一般的に平地で雪を降らせる目安は、上空1500メートル付近の気温が氷点下6度Cといわれている。しかし、雪のあまり降らない関東平野で雪の目安となるのは、上空1500メートル付近の気温が氷点下3度C。

寒いはずだった。9日はあんまり寒かったので外に出ず、シンポジウムのテープ起こしとブログ更新に精出した。10日朝起きると、写真のような状態だった。大したことはない。去年は1月22日に15センチ降ったが、今年はかなり寒く、これが終雪とも思えない。

寒いとなかなか外に出たくない。そのうちに布団からも出たくなくなる。家でやるのはもっぱらブログ書きだ。まあ時間潰しのつもりで書いているが、いずれこれも終わりにしたいと考えている。

ブログを書くのはメモをかくつもりだったが、結構時間がかかる。それなりに丁寧に書くのと調べたりするので、本来やるべきことがどうしてもおろそかになる。本業がなおざりになる。

時間はあり余るほどあると思っていたが、予想以上に少なかった。貴重な60代はあっという間に過ぎ去り、いつの間にか70代に入った。70代に入ると、身体のあちこちが痛み出す。全く平気な人もいるにせよ、私の場合は文字通り満身創痍だ。

若い頃に無分別だったことの咎めが一気に出た。若い頃はそんなことは思いもしなかった。「健康は重要だ」とは思ったものの、それが自分の身の上にのし掛かるとは思いも寄らなかった。びっくりした。

今は健康の重要性をつくづく思う。自分がいかに想像力の乏しかったことか。いまさら嘆いても始まらないが、事実は事実として認めるしかあるまい。

「迷ったら茨の道を行け」佐田展隆社長

カテゴリー: 経済/デリバティブ, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/02/04  23:25


 

紳士服業界に旋風を巻き起こす佐田展隆SADA社長

 

大手寡占のスーツ業界に風穴をあけた「オーダースーツSADA」V字回復の奇跡を株式会社佐田の佐田展隆社長が4日、企業価値フォーラムで事例発表した。

佐田社長は昨年12月、『迷ったら茨の道を行け~汗と涙の経営実践指南書~』(ダイヤモンド社)から出版し、現実にあった中小企業再生劇を公開した。メディアを巻き込んだ戦略や社長が率先して行う販促活動など面白いと思えば面白い。つまらないと言えばつまらない。

しかし、売り上げの半分を占める大手得意先の倒産。大赤字。売り上げを超える有利子負債。莫大な金利。親子闘争。幹部社員の離脱。金融機関からの厳しい追及・父親の自己破産。再生ファンドへの会社売却。社長追放。東日本大震災での自社工場被災。再びの大赤字。父親の後を託された若き4代目経営者。これだけのテーマが並ぶ。話を聞いてみてもいいだろう。

佐田氏は1974年東京生まれ。一橋大学経済学部卒。高校までサッカー部、大学時代はノルディック複合選手の体育会系。大学卒業後、東レでテキスタイル営業。

2003年、父に乞われ、株式会社佐田入社。05年、代表取締役社長就任。バブル時代の大手取引先そごう倒産の傷跡が深く、破綻寸前の企業を黒字化するも、莫大な有利子負債は如何ともしがたく、07年、金融機関の債権放棄とともに、会社を再生ファンドに譲渡。

08年、引き継ぎを終え佐田を退社。しかし、リーマンショックで再生ファンドが解散となり、会社の所有権は転々とする。そこへ東日本大震災が起こり仙台工場が被災し、会社の引き受け手がいなくなった。11年7月に再々生のため呼び戻される。

12年に社長に復帰し、仙台と北京に工場をもつオーダースーツの工場直販事業強化を柱に、直営店による小売業も強化。企業改革を進め、3期連続増収増益を達成し業績を安定化させた。以後も売り上げの拡大を継続。現在では自社をオーダースーツチェーン店舗数日本一に成長させる。

自身が広告塔だ。自社オーダースーツPRのため、自社スーツをまとい、スキージャンプを飛ぶ。富士山に登る。東京マラソンを走る等のチャレンジを行っている。現在、全国に49店舗を持つ製販一体のオーダースーツ会社として業容を拡大している。

現在サッカーJリーグの9チームやバスケ日本代表、プロ野球球団へもオーダースーツを提供するなど品質には高い評価を得ている。

座右の銘は高杉晋作の辞世の句「おもしろき こともなき世を おもしろく」。どうやら私と同じのようである。

「オーダースーツのSADA」と言われてもピンとこない。既成スーツはメーカーが一定規格で大量生産したスーツのこと。DIFFERENCE新宿南口店エリアマネージャーの杉原一臣氏によると、吊るしのスーツがこのタイプ。手軽な完成した状態で売られており、必要なときにすぐ購入できるし、価格も安い。

ただ既製服もデメリットがある。標準体型から外れている人にとっては制限があるし、品質面でもオーダーメイドに比べ生地や縫製のクオリティーを落としているケースもあるからだ。

オーダースーツのメリットは自分の体型に合ったスーツを作れること。自分の好きな生地やデザインを選んでスーツを作れることもOKだ。一度作ってしまえばあとは簡単にオーダーできる。

オーダースーツには3つのオーダー方法が存在する。最も高価なのがフルオーダー。オリジナルの型紙を起こすところから工程が始まるため、完全にオリジナルの一着を作れる。

一方、パターンオーダーはほとんど既製品を選ぶ感覚で作れる。用意されたサンプルの中から自分の体に近いものを選び、着丈などの細かい部分を調整して仕上げるオーダー方法だ。

あらかじめ決められた型紙を使い、工場で大量生産される。価格も安く、仕上がりも早いのが特徴だ。既製品と同じく標準体型に合わせて作った型紙を使うため、よりフィット感のある既製スーツを求めている人に向いている。

フルオーダーとパターンオーダーの中間に当たるのがイージーオーダー。あらかじめ何種類かの型が決まっていて、各自の体に合わせて新しい型紙を起こすようなことはしない。しかし、体型に合わせてCADシステムや手書きで型紙を修正し、それに合わせてスーツを仕立てる。比較的手頃な価格で各自の体型に合ったスーツを仕立てられるのがメリットだ。

「はやりを作るのが仕事」VIDA Corporation社長

カテゴリー: 科学/技術/イノベーション, 経済/デリバティブ

  19:45


VIDA Corporationの杉本大社長

 

2019年度上期企業価値フォーラムが4日、パレスホテル東京で開催され、認定企業3社の社長が事例を報告した。経済産業省中小企業庁と中小企業基盤整備機構が後援している。

同フォーラムは早稲田大学商学部を卒業し、三菱レイヨン、日本経営合理化協会を経て2009年にコンサルタントしとして独立した武井則夫氏が設立した企業価値協会が開催している。

中堅中小企業が対象に、自社が持つ特徴的価値の発見(価値認定)、広報(メディア交流)、進化(活性化)を支援する業務を行っている。

具体的には認定企業を選定し、年2回の認定式を開催。企業とメディアをつなげる業務を行っている。認定を受けると、メディアとのパイプができ、取り上げられる機会が増える。今はテレビの威力が大きいが、テレビ局の記者は「必ず新聞記事を持って取材にくる」(佐田展隆・佐田社長)という。

最初に登壇したのは29歳で創業したVIDA Corporationの杉本大社長。2005年設立。vidaはポルトガル語でライフスタイルの意味。カー用品総合専門店のオートバックスセブンに入社し、米たばこ会社のフィリップモリスジャパンに転職した。創業するのが目的だった。

・車好きの人ばかりだったオートバックスで居酒屋にいったときに、自分が飲みやすい店、先輩と話やすい店をつくろうと思った。「無の空間を笑える空間に変貌させたい」。自分の使い勝手の良い会社を作ろうと思ったのが内装工事業を始めたのがきっかけだ。建築や不動産の勉強をしていたわけでもないが、自分のやりたいことを先に決めた。ポルトガル語のライフスタイルという言葉はそこからきている。

・グループ企業4社で「空間価値を創造する」のがビジネスモデル。物件を探す(不動産仲介業=VIDAマネジメントサービス)、店舗を造る(VIDA Corporation=内装工事業)、守る(VIDAメンテサービス)。それと海外出店サポートのVIDAデザインインターナショナル)。1個ずつだと売り切り商売で終わる。毎回新しい客を開拓しなければならない。新しい商材を作らなければならない。この3つをつなぐことでスポットの仕事からストップの仕事に移行。点から線を作っていく。

・グループ会社が大きくなることで円も大きくなる。8000社の顧客リストを持っている。これが成長基盤であり、大きなビジネスモデルになっている。

・2Dではなく3Dで組織図を見る。・総務・人事など管理系の部署を1つ置く。真ん中に1つを作ることによってビジョンの共有を行う管理体制をとる。

・理念の創造として「ハッピーの創造」。社員数50人。創業して10年間は自分の考えできたが、10年後以降は社員のハッピーを具現化する。

・「うどんやを造ってくれ」といわれた際にうどんやをつくるだけなら単なる請負業。頼まれたことを形にするだけ。価格競争に飲み込まれていく。わたしたちなりの味付けをし物事を生み出す提案をする。これをかなえるためにビジネス自体をデザインする。こうしていったほうがうどんが売れるんじゃないですか。こうやってレイアウト組んだほうが効率が良いのではないか。われわれの提案を付け加えることによってビジネスをもっとうまくするためにデザインする。

・その行為論で不動産を紹介したり、その行為論で設計をしたり、その行為論でメインテナンスを行う。行為で稼ぐのではなく、目的で稼ぐ。そうした体制を強化していきたい。

・小型案件(1~10店舗)から中型案件(11~50店舗)を主戦場としている。小型案件は店長をやりながら社長をやっている。コンテンツはあるが、店舗の広げ方が分からない。自分で不動産を見つけにいけない。この小型案件を中規模に持ち上げていく。

・この小規模なラーメン屋やうどん屋に対して一気通貫でやれますよという会社は存在していない。ここがわれわれの主戦場となっている。

・東京は1つのマーケットプレース。名古屋から東京に出てきた居酒屋(新時代)。名古屋のコンテンツが売り。札幌のお好みやや岩手のそばやが東京出店。東京で名をはせたイタリアンが全国に出て行く。東京新橋で生まれたQueen of Chickensが長岡、京都、大阪と全国展開中だ。東京で認知度を上げることによって地方でも経営したい。地方から強いコンテンツが東京にきて東京でブランディングをかけるビジネスを支援し多角展開していく。

・外食産業もアパレル産業も人口の多い国で出て行く。進出をしやすい受け皿にもなっている。千房は上海に進出している。

・農林水産省とがっつりタッグを組んでいる。米や肉などの国内消費量が減っていく。海外で和食店を作って一次産業を世界に輸出する。外貨を稼ぐ。VIDAがサポート。日本食料理人の海外展開支援事業、日本食サポーター認定制度、調理師技能認定制度の3つを農水省から受託している。農水省との枠組みの中で取り組みができているのは国内ではVIDAだけだ。

・国内では都市部に出て行くか、海外に出て行くか。都市部は競争が激化している。ブルーオーシャンを目指す人も多い。2018年は300人がセミナーに参加した。すべて助成金で賄っている。テストマーケティング、立地調査、渡航費、ホテル代、セミナー費用も税金で賄っている。いわば「味見」だ。

・「なんちゃって寿司屋」などが海外にはたくさんある。競合・類似品との差別化を図るために農水省はロゴ認定マークを出している。日本の農水省が認定した食材を使っている店。

・退店も多い。主因は従業員の雇用が維持できない。修了証を出す。フレンチやイタリアンも出しており、それの農水省版。やめるタームをどう長くするか。1年ではなく3年。海外戦略の支援をしている。今時点ではわれわれだけだ。

・世界各地に商業施設を50個所ほど作りたい。中国福建省福州の中城大洋百貨内にジャパンフードタウン。和食は世界で名の通った食べ物。日本のカルチャーに興味を持った人が集まってくる。集客の武器として和食を使う。

・日本文化を知ってもらって、その国の文化をもっとハッピーにしてもらう。和食を知ってもらってハッピーのなってもらう。日本カルチャーの幸せのお裾分け。そこでテストマーケティングしてリアルマーケティングの場を構築していきたい。これが海外戦略の1つだ。

・ロシアやドバイ万博(2020)。和食ももっと知りたい。ロシアの平均寿命は約58歳。寒いし味の濃いものを食べる。味噌や納豆などに興味持っている。長生きしたい思いが強い。「和食を食べれば長寿になれる」というイメージが海外では強い。マレーシア、台湾など。

・外国人労働者の雇用が4月以降増える。3~4万人。労働環境の進化が求められる。工場の設計はこれまで作業場という捉え方をしていたが、効率重視だった。労働環境も改善が求められる。工場の作り方に対する注文も増えている。

・過去にやったことのないことにどうチャンレンジしていくかが重要だ。過去の実績から積み上げて物事を考えるのではなく、時代を横軸でみて、今年は何がはやってどう動くのか。来年のトレンドは何か。毎日ミーティングを行っている。

・ある編集者は「はやりやムーブメントに乗るのは私たちの仕事ではない。それを作るのが自分たちの仕事だ」。VIDAグループも「ムーブメントをいろいろ提供していって楽しみに変えていき、今後も事業を進めていきたい」。

交通事故は怖い

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/02/03  22:33


 

 

2台のトラックの交通事故だった

 

東京消防庁と警視庁の連携はしっかりしていた

 

運転手が脚を挟まれ車から出られなかった

 

開花した梅の花は増えるばかり

 

昼は庭でぜんざいをいただいた

 

午前8時すぎ、練馬区高松の自宅で静かに読書していたら、パトカーが何台もサイレンを鳴らしてやってきた。すぐ近くで事故があったにちがいないと思った。

今日は暖かくなると予報が出ていたが、サンダルを履いて外に出た。予想通り、トラック2台の事故が起きていた。443号線のアコレそばから目白通りに向けて走る細い道。途中にセブンイレブンやジェイソンがあり、目白通りの手前で目白通り旧道と交差している。

信号はあるが、1台右折しようとすると後続の車は待たなければならない。1車線で右折レーンもない。右折の車が2台、3台ということもある。

引っ越してきて20年超。昔は何もなかった。セブンイレブンもジェイソンもワークマンもなかった。そのうちそういう店が幾つもでき、車の量も増えた。店は道沿いにあるので客にとっては便利。急激に道路が混んできた。

そういう場所は最近増えている。道路のキャパシティー以上に車が増えている。見ていると、信号が変わる際には必ず青から黄色になっても1台はいく。赤になってももう1台いく。いずれ事故が起こるだろうと思っていたら、案の上だった。

急いでいたのかもしれない。トラック2台の事故だった。配送車にダンプカーがぶつかった感じだ。ダンプカーの運転手は脚を挟まれ、動けなかった。それで時間がかかった。

それにしても東京消防庁と警視庁の連携は見事だった。あっという間に片付いた。

昼にかけて幾分南風があったものの、東京はポカポカ陽気だった。わが家の庭にイスを出し、日光浴をしながらぜんざいに舌鼓を打った。お餅は2つ。

合間に藤沢周平の剣豪小説『用心棒日月抄』を読んだ。読み返すのはもう何度目になるだろうか。

「模倣こそ持続可能なイノベーション」

カテゴリー: 科学/技術/イノベーション

2019/02/01  23:48


 

バイオナノテク戦略について語る東大農学生命科学研究科の五十嵐圭日子氏

 

世界最大級のナノテクノロジーの展示会「nano tech 2019=第18回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」が1月30日~2月1日、東京ビッグサイトで開催された。

展示会には500社が出展し、自動車、次世代センサー、次世代半導体、AI・ディープラーニング、MEMS・マイクロマシン、軽量化材料、化粧品、再生医療、ウェアラブルデバイス、航空・宇宙、農業、バイオミメックスなど、あらゆる産業に向けた革新的な最先端技術・材料を披露した。

ナノテクビジネスを交換するプラットフォームとして設立されたのがナノテクノロジービジネス推進協議会(NBCI)で、今展示会では「バイオミメティクス」をテーマに下村正嗣理事長の話を聞いた。

・バイオミメティクスは滑舌が悪い言葉だが、非常に古い歴史を持っている。日本語に訳すると「生物模倣」という考え方だが、生物を見てそれにインスピレーションをかき立てられて、まねていろんなものをつくる分野。

・歴史は古くて、レオナルド・ダ・ビンチが鳥を見て飛行機の設計に思いをはせた時代に遡る。日常生活にも結構ある。発泡性のスポンジは動物の海綿をまねたもの。今世紀に入ってから急激に論文の数やパテント、国際会議、コンベンションの数が増えた。

・ネイチャーに2016年調査によると、いろんな分野で論文が増えている。いったい何があったのか。実はお金も動いている。米サンディエゴ動物園が出した経済リポート「Global biomimetics Report」によると、economics game changer と書かれている。ダビンチ指標。

・スイスでは投資に関する会議も開かれている。2011年からバイオミメティクスの国際標準化の動きが始まっている。既に3つの国際標準が動き始めている。日本からも標準化の提案をしている。

・きっかけになった研究例はナノテクノロジーと生物学がウィンーウィンのコラボレーションがあって、今世紀に入って爆発的な論文、パテントの増加につながっている。

・メゾスケールの干渉色、構造色。毛が生えていてそれによって表面積が拡大し天井にひっついたりする構造吸着、蓮の葉が水をはじくことをドイツの化学メーカーが特許を取った。鮫肌もようを考えた流体系をルフトハンザ航空が採用している。

・ナノからマイクロにかけての生物が持っている構造がエコの機能を持っている。これが爆発的な論文の数を増やしている。インダストリー4.0もバイオミメティクスが使える。自立分散型のロボットをインダストリ-4.0に絡めて出している。アリというエコシステムをうまく使ったエコシステムIOTを支えるロボット。

・ナノテクが支援していろんなマテリアルが出てきたが、ヨーロッパではさらに生態系をまねたシステムという考え方が出てきている。環境との関係。ドイツでも大きなプロジェクトが走っている。バイオテクト建築も進んでいる。構造の最適化が進んでいる。ISOの中でも一番早く標準化になった。生物の構造をまねて車のデザインをつくる。

・もっと言うとスマートシティー。そういう考え方が浸透してきている。インド・ムンバイ郊外でスマートシティーができている。

・分子レベルの分野では絹糸を想定したナイロン。ナノテクが生物学とコラボすることでマテリアル系の・・・。機械系バイオミメティクスとして昆虫型のロボットやソナーのようなセンシングシステム。新幹線の500系の形が鳥のくちばしをまねている。

・いままでもあったが、世界のトレンドはロボシステムに移行している。悪く言えば総花、良く言えば統合的な・・・。目指しているのがーサステナビリティというのが欧米ではスタンダードになっている。

・アメリカではバイオミミックリーという言葉が使われている。環境問題のソリューションだと主張している。エコロジカルな視点でもある。生物多様性をいかに環境と調和しながら経済活動に利用していくか。これがSDGSのベースになる考え方だ。

・sustainabilityとdiverisityとのどう関係するのか。マイクロプラスチックが蓄積されて新しい地層ができる。オゾンホールの研究でノーベル賞をもらったクルッテン氏が主張している。新世代の第4期にあると言われているが、彼は「既にそれは終わった。(マイクロプラスチックのような)人の活動が残る地質時代に入った」と言う。

・化石燃料系の燃料を使ってユビキタスであるけれども、使うためには還元しなければならない。ビルを作り空を飛び情報を司る。それに対して生物はどこにでもあるものを使っており時間はかかるものの、再生可能エネルギーを使っている。これをまねるのは1つの方法だ。

・蓮の葉が水をはじく姿を紹介したが、私たちが水をはじく材料を欲しいと思ったらすぐテフロン。しかし、植物はテフロンを使わずに表面の構造で旅をする。何か機能発電する際に、パラダイムが違う生物がほしい。プロセスも異なる。生物が作るプロセスはサステナブルだ。それを使えばバイオエコノミーだが、生物がやっているプロセスをまねて何かしようとするのがバイオミメティクスとなる。

・どうすればいいのか。膨大なビッグデータからどう技術移転をするかということを考えなければいけない。それで提案したいのがバイオミメティクスインフォマティクスだ。マテリアル系のデータはあるが、虫の表面の構造はどうなっているかなど形態に関するものはほとんどない。画像を中心としたデータがほしい。

・帝人のナノフロント。浜松医大の春山教授。抗がん剤の副作用で指紋が。新聞がめくれない。ナノフロントで手袋をつくる。新聞がめくれる。

・生物学の持っている膨大なデータをエンジニアリングに移転するためにはあまり着目されていない形態のデータを組織的に集めて検索エンジンを使いながら構築させたい。マテリアル系のデータベースとコラボしながらバイオミメティクスインフォマティクスを作っていきたい。

 

「イノベーションを生み出すリーダーシップ」

カテゴリー: 科学/技術/イノベーション

2019/01/31  22:15


 

基調講演する森本博行長野県立大学教授

 

第23回高度技術・技能展「おおた工業フェア」が1月31日(木)と2月1日(金)、大田区産業プラザPIOで開かれた。今年のテーマはものづくりのニュースタンダート「熟練×革新」。

大田区はもの作りのメッカで、とりわけ中小企業が集中している。31日の基調講演「ものづくり企業の戦略発想とリーダーシップ」を聴いた。イノベーションを生む出すリーダーシップとは何かについて森本博行長野県立大学グローバルマネジメント学部教授(首都大学東京名誉教授)が語った。

元ソニー幹部の森本氏はエレクトロニクス部門(VAIO、平面ブラウン管テレビ、プレイステーション)の成功で5257億円の連結営業利益を上げた1997年からリーマン・ショックを受けた2008年に2278億円の赤字に転落。その後10年間で再び7349億円の黒字を計上するなど結構浮き沈みの激しい経営を行ったことを紹介した。

森本氏はイノベーションこそが競争優位の根源に当たると指摘。研究開発、技術開発、応用開発(新製品)などの価値の創造が高収益の根幹だったが、1997年以降、ソニーは何もイノベーションを生んでいないと述べた。

またイノベーションは①新しい製品とサービスの創造②新しい生産方式の導入③新しい市場・販路の開拓④原料の新しい供給源の獲得⑤新しい産業組織、独占的地位の形成―であるとシュンペーターの理論を紹介。駅馬車は何台つないでも機関車にはならない。経済社会の発展は起業家(アントレプレナー)によるイノベーションにあると強調した。

新しいイノベーションが生まれると、それに応じて需要創造、生産技術の革新、投資戦略、マーケティング戦略など価値の獲得が必要であるという。

 

晩白柚(ばんぺいゆ)

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/01/28  23:45


 

この大きなやつは何だ?

 

さっぱりした食感だった

 

目の前は皇居

 

日本工業倶楽部のラウンジ

 

久しぶりに友人と三菱クラブで会った。三菱商事ビルの21階。専用エレベーターがある。仕事を通して知り合ったが、付き合いの長さは30年。今は個人レベルの友人となっている。同い年なのもいい。彼はクラブに入れる人(入れるだけの地位のある人)、私は彼の客である。

四方山話にした包みを打ちつつ、当クラブ名物の天丼をいただいた。エビが3本入っていて米と絡んで実においしかった。

食後のデザートとして選んだのがこの巨大な果実。原産地は東南アジアだが、日本では熊本県八代地方の特産だという。昔修学旅行生が必ず買ったザボン漬けだ。

晩白柚は「ばんぺいゆ」と呼ぶ。晩は晩生、白は果肉の色、柚は中国語でザボンの意。ミカン科の小高木だ。ザボンの一種。

果実は大きく、最大直径25センチ、重さ4キロにもなるという。果皮は薄い黄緑色、小袋に包まれた実は薄い酸味があり甘い。香りが良く、日持ちがする。収穫期は冬。2005年に八代市で収穫された重さ4858gの晩白柚は、ミカン科で世界最大の果実としてギネス認定されている。

三菱クラブから少し歩いたところにあるのが日本工業倶楽部(丸の内1)。2階にラウンジがあって格調高い部屋でお茶を飲める。

奥さんへのお土産として手渡されたのが丸の内マドレーヌ。屋上で採蜜されたハチミツをふんだんに使用し、倶楽部パティスリーで丁寧に作っているという。

更地

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/01/26  17:54


 

壊すのは一瞬

 

あっという間に更地になった

 

家の取り壊しの連絡があったのは今年に入って間もなくだった。われわれが家を建てた20年前には建っていた。築50年くらいはあったと思う。

その家には老夫婦が住んでいた。その老夫婦がいつの間にか夫人だけとなり、子どもが介護をする姿が見受けられた。介護用のワゴン車も留まっていたことを思い出す。

そのうちに夫人が亡くなった。お葬式がその家から出たという記憶はない。いつの間にかいなくなった。今度その家に現れたのはサーファー姿の若者だった。若者はどういうわけか小型車で週末に帰ってきて、いつもサーファーの着る水着が干されていた。日曜日にはまたどこかへ行く。不思議な家だった。

その若者もいなくなった。そして今度は家が取り壊され、あっという間に更地になった。事情通によると、その家は地元の旧家の持ち物。老夫婦に貸してあったという。夫人が亡くなり、地主が家屋の返却を求めた。最終的に持ち主が処分したらしい。

取り壊してみると、今ならば2軒が立つ広さだった。そのうち建築が始まるのだろう。我々の家も旧家の土地。主人がなくなり、相続税対策で3軒が売りに出された。わが家もそのうちの一軒だ。

最寄り駅まで徒歩15分。途中は畑が多かった。当時はどこも売りに出さず、売りに出たのも駅から15分の小学校裏手だった。それが相続税対策で事情が変わった。軒並み建て売り住宅やマンションが建ち並んだ。自分が死んだら売ると言っていた旧家はマンションになった。

私の家もいつまであるのだろうか。子どもたちはそれぞれ独立し、2人は自分たちの家を構えている。1人は海外在住だ。1人に譲渡するわけにはいかない。不動産は分けにくい。取り壊して換金化するしかない。

あと10年もすれば、相続のために角の家のような更地になっているかもしれない。そんなことを思った。

『エルネオス会』

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/01/25  23:46


 

今年92歳の石原信雄元内閣官房副長官

 

グッドバンカーの筑紫みずえ社長

 

ビジネス月刊誌『エルネオス』の新年懇親会が1月25日(金)夜、如水会館(千代田区一ツ橋)で開かれた。私も匿名ながら書いているので出席した。声がかかる以上、基本的に出席するようにしている。

あいさつしたのは財団法人地方自治研究機構の石原信雄氏。群馬県生まれ。地方自治研究機構会長。元自治省次官。1987年から95年(平成7)に退官するまで竹下内閣から村山内閣まで7つの内閣で官房副長官(事務方)を務めた。

石原氏はあいさつで、「平成という時代は自然災害が多かったが、国を挙げて経済の発展に取り組んできた。戦争がなかったことでも特記できるという印象を持っている」と述べた。

また読者の1人としてESG(環境・社会・企業統治)投資を推奨しているグッドバンカーの筑紫みずえ社長は「いろんな雑誌を読んでいる。批判精神に富む雑誌が多い中でエルネオスは批判の中にも記事に温かみがある」とし、単なる批判一辺倒ではない点を評価した。

筑紫氏はSRI(Socially Responsible Investment=社会的責任投資)の普及に情熱を燃やしている社長。1998年に女性有志による金融サービス会社を設立、その普及に情熱を傾けているという。

ところで石原氏は「お尻から脚にかけての痛み」に苦しんだ「座骨神経痛」患者の1人。数年間、苦しみ抜いた末に、福井康之先生と出会い、痛みをなくすために手術を決断した。『お尻から脚が痛い』(座骨神経痛の治療法)を日本法制学会から出している。

パーティーのさなかだったが、つい嬉しくて氏と座骨神経痛が典型的に出る「脊柱管狭窄症」について情報共有した。思いがけないところで思いがけない人にあったものだ。

パーティーは意外なところで意外な人と会えるのが面白い。他にもPR会社社長、文芸評論家、大学教授、化学会社広報担当者などと話をした。同じ業界関係者としか話しをしない人も多いが、あえてそれをしない覚悟をずっと貫いてきた。そういう中から生まれるものもあるのではないか。

『エルネオス会』については2016年1月25日にも書いている。

カラカラ天気

カテゴリー: 花/木/樹

  11:51


 

わが家の庭に咲いた今年初の梅一輪の花

 

首都圏で雨の降らない日が続き、乾燥状態となっている。都内の「無降水日」は24日までで12日連続。空気が乾燥し、幼稚園・保育園や小学校などでは学級閉鎖が相次いでいる。子どもがかかり、それに親がうつる。親が治ったと思ったら、別の子どもがかかるといった具合だ。

カラカラ天気が続くのは大陸に高気圧、日本の東に低気圧がある冬型の「西高東低」のため。「冬型の気圧配置になると大陸からの冷たい北西の風が暖かい日本海を渡り、水蒸気の供給を受けて雲が発達し日本海側の各地に雪を降らせる。その後、山越えの乾いた気流となって関東平野などに吹き降り乾燥した晴天をもたらす」(日経1月24日夕刊)という。

気象庁がまとめた東京の1月の降水量は1940年の0.0ミリが過去最少。2位は63年の0.2ミリ。3位は76年の0.5ミリ。今年1月は24日までで合計0.5ミリ。

このまま月末までまとまった雨や雪がなければ、43年ぶりの少雨記録となる。

そんな中、わが家の庭で梅が一輪咲いた。初孫の誕生を記念して植樹した枝垂れ梅だ。その孫も4月には小学4年生となる。毎年咲く「梅一輪」を眺めながら、自分の老後を感じる。

 

元旦に活けた桜が今満開を迎えている