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再建エドウインを買う

カテゴリー: 文具/電子機器/カバン/辞書

2018/01/14  21:53


 

仕立て直しを頼んだら、切れ端が付いてきた

 

エドウィンのパンツを買った。紳士用デニム。6700円。ブラック系ストレート。下を少しカットしてもらった工賃は350円。EDWIN(東京都荒川区)は純正日本のファンションブランド。エドウインのジーンズは秋田、青森を中心とした自社工場で作られる。

ジーンズは1本も持っていなかった。50歳を過ぎてから何度も試したが、足の太さに合うものがなかった。光が丘リヴィンで試していてようやく72インチのが履けることが分かった。嬉しかった。インターナショナルベーシック。

 

ハンガーにかけてみた

 

デニムを買って喜んでいる一方、ジーンズ業界ではとんでもないことが起こっていた。ビジネスジャーナルによると、カジュアル衣料専門店ユニクロを展開するファーストリテイリングが2009年3月、グループ内の低価格店ジーユーから990円の激安ジーンズを売り出したからだ。

ユニクロの通常価格は3990円。「ケタ違いの安さ」をキャッチフレーズに激安をアピール。これにセブン&アイ・ホールディングスやイオンなど大手スーパーも1000円を切る激安ジーンズを相次いで投入した。

持ち株会社エドウインホールディングスは国内29社、海外5社を有し、2013年5月期で売上高500億円の規模を誇る。しかし、売上高100億円以上のこのジーンズ専業メーカーが証券投資の失敗で200億円以上の大穴をあけ、13年11月に私的整理の1つである事業再生ADRを申請した。

14年1月からスポンサー選定を始め、伊藤忠商事を含む4グループが名乗りを上げていた。伊藤忠は国内外で衣料品事業を展開しており、相乗効果が出やすいと判断。3月10日付でスポンサー契約を締結したと発表した。全株式を取得する。

世界3大ジーンズブランドはリーバイス、リー、ラングラー。日本はエドウイン、ビッグジョン、ボブソン。

七草がゆ

カテゴリー: 食べ物

2018/01/07  13:41


 

七草セットを買ってきた

 

1月7日は七草粥の日。はこべら、ごぎょう、すずしろ、せり、すずな、なずな、ほとけのざの七草。どれもおいしいさとは無縁だが、胃に優しい食べ物だ。松の内(お正月飾りを飾っておく期間)も終わって、新年が始動する日だ。

鏡開き(お正月に神仏に供えていたお餅を下げて神仏に感謝し、無病息災を祈って食べる行事)やどんと焼き(しめ縄や門松などお正月飾りを焼く行事)などは1月15日ごろに行われるが、現実的には世間はそこまで待ってくれない。

 

はこべら(はこべ)、ごぎょう(母子草)、すずしろ(大根)、せり、すずな(かぶ)、 なずな(ぺんぺん草)、ほとけのざ(子鬼田平子)の順

 

お正月は終わった

七草粥を食べる7日をもって正月の終わりとしたい。

現代のサラリーマン

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2018/01/06  19:20


 

さらば長男!(1月6日午前7時20分ごろ)

 

長男が6日帰った。赴任先のシンガポールに戻る。左手に喫煙コーナーがあるが、真っ直ぐに地下鉄の乗り場に。次は搭乗前にもう一度喫煙するという。私も随分吸ったものだ。そういう人間が何を言っても無駄だ。

 

 

さらば2男!(昨年12月25日午前7時05分ごろ)

こちらは2男。ベルギーから帰国して、そのままクリスマス会に参加した。妻子は大阪に帰ったが、2男は東京のわが家にもう1泊し、25日(月)朝、東京本社に出社した。昼には名古屋で会議があるという。

東京、名古屋、大阪を飛び回り、週末だけ妻子の待つ大阪に戻る。こういった生活をもう3年ほど続けている。これが現代のサラリーマンなのかもしれない。

 

無駄にできない正月

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2018/01/05  22:39


 

 

やはり最初は中トロのにぎりだった

 

どうしても赤貝は外せなかった

 

イカもおいしい

 

東京の家で正月を迎えた。一番賑やかだったのは23日のクリスマス会だった。大人が7人と子どもが5人の合計12人が集まった。しかし、Xマス会が終わると、人はまた自分の拠点に戻っていく。それが暮らしだ。正月は暮れの29日夜にシンガポールから帰国した長男とわれわれ夫婦の3人だけだった。

元旦2日は3男ファミリーが来宅し、一泊した。3日(水)は長男の嫁が自宅に来て、揃った。4日(木)は長男夫婦とゆっくりし、夕食は4人で桃太郎寿し別館に行った。熱燗を1合だけいただいた。

あっという間に過ぎていくお正月。しかし、いくら忙しくても毎年確実にやってくる。その一時を無駄にはできない。

 

今年も来ました東京大仏

カテゴリー: 神社/仏閣

2018/01/01  18:45


 

 

なかなか良いお顔をしている大仏さん

 

本殿はこちらです

 

今年の東京は穏やかな正月を迎えた。雑煮を食べ、午前中に車で15分くらいの東京大仏(板橋区赤塚5)に初詣出に出掛けた。去年も出掛けたが、2日、一昨年は9日だった。

それが今年は元旦だった。天気が良くて、どこかに行きたかった。腰が痛くて、あまり歩くのは辛かった。近くて、あんまり歩かなくて済むところと言えば、板橋区の東京大仏しかなかった。

正式名称は赤塚山慶学院乗蓮寺。しかし、一般的には東京大仏のほうが通りが良い。東京を襲った関東大震災や東京大空襲など、悲惨な震災や戦災が再び起きないよう願いを込めて、1977年(昭和52年)に大仏が建てられた。

われわれが千葉県松戸市から東京都板橋区に移ってきたのは1982年頃。長男が小学校に上がる年だった。東京大仏は出来て5年くらいしか経っていなかった。今年で建立されて41年になる。とにかく長い付き合いだ。

謹賀新年2018

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

  16:21


 

今年は戌年なのですが・・・

 

今年は万両で

 

明けましておめでとうございます。謹んで新年のお祝いを申し上げます。

昨年はいろいろありました。今年も何かと気ぜわしい1年になることと存じます。

今年もどうかよろしくお願い申し上げます。

黒瀬ぶり/近代支援の食縁ぶり

カテゴリー: 科学/技術/イノベーション, 食/食堂/レストラン

2017/12/30  19:44


 

これが「黒瀬ぶり」!

 

黒瀬ぶり

 

光が丘IMAの専門店街に魚屋は2軒ある。1軒は魚耕ホールディングス傘下魚耕(荻窪本店)の光が丘店、もう1軒は福岡県・博多に本社を持つ海星ムサシ(福岡市中央区)。魚耕は1951年(昭和26年)創業の4代目社長、海星ムサシは1994年(平成6年)創業だ。

魚耕は荻窪本店を中心として東京都、埼玉県、神奈川県に11店舗を展開、魚の正統派を名乗っている。海星ムサシは後発ながら全国展開し、鮮魚15店舗(精肉、惣菜、食品スーパーを含めると53店舗)を展開する大型店だ。

私は12月30日、初めて魚耕で活(かつ)じめ「黒瀬ぶり」を見た。日本水産が2004年1月に宮崎県串間市に設立した黒瀬水産による養殖ブリだ。これまでニッスイが培ってきた配合飼料の生産原料調達力や養殖魚に関する研究開発力を生かしたものだ。

ぶりの稚魚である体重2グラムの天然もじゃこを毎年4~5月ごろ、漁業者が捕獲し、志布志湾内の穏やかで清浄な海域に設けた専用養殖場で飼育した上で、秋になって1キロ前後に育った幼魚を湾内串間沖3キロの黒瀬漁場に移され、成魚になるまで育つ。これがニッスイのブランド商品である黒瀬ぶりだ。

一方で、黒瀬水産は2009年6月から夏向けに「黒瀬の若ぶり」の出荷を始めた。飼育した親魚から早期採卵した人工種苗技術をを活用した。これは光周期(昼と夜の長さの違い)や水温を操作できる水槽を使った研究で、これにより肉質の良い2歳魚がこれまでよりも1,2カ月早く水揚げできるようになった。

これまで冬が旬だったぶりの旬を夏にもっていくことを可能にした「黒瀬の若ぶり」を出荷できるようになった。これは画期的なことと思われる。

 

 

近畿大学支援による食縁ぶり

 

「食縁のブリ」は匂わないのが特徴で、魚嫌いの人にも食べてほしい新しい味だという

 

海星ムサシの陳列棚では近畿大学支援による食縁ぶりが売られていた。近大(大阪府東大阪市)は世界で初めてクロマグロ「近大マグロ」の完全養殖に成功したことで有名だが、同校の誇る養殖技術でマグロに次いで乗り出したのが完全養殖ぶりの生産だ。

株式会社「食縁」(社長は近大の有路昌彦教授、和歌山県新宮市)はブリを中心に養殖魚の成長を目指して新規市場開拓に取り組み、ブリの加工・販売を行っている6次産業化事業体・水産加工会社。近畿大学の種苗を使用して国内の養殖業者によって養殖した完全養殖ブリを自社工場でフィレに加工し、冷蔵・冷凍製品として国内外への販売を目指している。

近代支援で実現した「におわないブリ」はファミレス「ガスト」で6月15日~10月18日まで定食メニューに登場した。青魚特有の匂いを抑え、魚が苦手な人や外国人でも食べられるよう養殖方法を工夫した。

ブリの販売が飛躍的に向上することが期待できそう。

 

ボウリングで逆張り

カテゴリー: 体調/体力/運動/病気, 食/食堂/レストラン

2017/12/27  23:20


 

3度目のボウリング

 

今年7歳になる小2の孫娘を連れてボウリングに行った。埼玉スポーツセンター(所沢市南永井)。ジムでレッグプレスをやりすぎたのが元で腰部脊柱管狭窄症が再発したように思ったが、どうも逆に良くなったような感じがする。

今回は左臀部が痛く、電気ショックを受けたような感じだ出て、心配していた。ひょっとすると、逆張りが効いたのかもしれない。

4年3カ月前に全身が歩けなくなったことがあった。下肢(足)のしびれ・痛み、臀部痛・臀部のしびれ・痛みだ。

脊柱管は腰の骨の中の神経の通り道。これが狭くなり、神経を圧迫することで症状が出現するという。2013年9月に発症してから3年ほど死ぬ思いを味わった。大腸摘出手術が重なって大変だった。

しかし、その後、いつの間にか痛みやしびれが消えていた。喜んでいたものの、うかつに筋トレを始めたらどうも再燃したようだった。悲しい現実だ。ジムは12月18日を最後に休んだ。ペダリングをこぎ続けることもしんどい。

そのせいもあってか、ボウリングは大丈夫だった。少なくてもその後も痛みはあまり出ていない。その後お湯に浸かったのが良かったのかもしれない。そんなに簡単に治るはずはないと思うが、ただひたすら祈るだけだ。

 

ターメリックライスをどうぞ!

 

ボウリングをする前に蔵寿司でランチした。ボウリングのあと、お風呂に浸かったが、まだそんなにお腹がすいていなかった。そこで車で帰宅し、自宅でオムライスを作ることになった。

ところが、自宅の着いた頃になって、やはりハンバーグを食べたいと言い出す人がいた。そこで急きょ向かったのが自宅近くのファミレス「ビッグボーイ練馬高野台店」。結局そこで食べたのだが、そこで見たのはこの「ターメリックライス」(turmeric )の札。カレーとの相性抜群だという。

ウコン(鬱金)。「ウコンの地下茎で、肝臓強化や抗菌など多くの効能があり、古代から生薬として用いられてきた。インドには4~5世紀のサンスクリット語の文献に記述があるという。日本には18世紀に渡来したとされる。

スパイスとしても広く使われ、カレー粉が黄色になうのはウコン根の粉のおかげである。また、黄色の染料としても利用される」(i英辞典郎122)という。たくあんもこれで染めるらしい。

ピエール・マルコリーニ

カテゴリー: 食べ物

2017/12/23  22:46


 

板チョコです

 

2男が23日にベルギーから帰ってきた。お土産はワッフルのほか、ピエール・マルコリーニのチョコレートだった。

ピエール・マルコリーニ(1964~)はベルギー生まれの高級チョコレート販売店。ベルギーをはじめ、ロンドン、パリ、ニューヨークと世界各地に進出している」(ウィキペディア)

日本国内でも銀座に店を構えているほか、羽田第2ターミナル、東京駅構内、名古屋ミッドランドスクエア、渋谷、新宿、横浜の7店舗を持っている。マルコリーニは「多店舗しないチョコレート店」だということだったが、どうもそうではなさそう。

チョコレートはかなり昔から存在するものだが、ベルギー・チョコはどうも日本のそれとは似て非なるものらしい。日本のチョコレートはカカオ豆から取れるココアバターの割合が少なく、植物油脂(食用油脂)を5%以下(国際基準)加えた製品が多い。しかし、ベルギーやオランダなど伝統的なチョコレート生産国は植物油脂を加えた製品はチョコレートと呼ばない。

 

中身はこれ!

 

「チョコレートはカカオの種子を発酵・焙煎したカカオマスを主原料とし、これに砂糖、ココアバター、粉乳などを混ぜて練り固めた製品」(ウィキペディア)。チョコと言っても、日本のものはチョコもどきらしい。

「揚鶏と水炊き 森川」

カテゴリー: 酒/酒場/居酒屋

2017/12/22  23:17


 

レバー

 

友人と銀座で少し飲んだ。連れていかれたのは揚鶏と水炊きの店「森川」(中央区銀座2)。歌舞伎座から少し歩いて露地を右手に折れた店だ。

いろんな店がある中、少々高目の店だった。それに私は「にわとり」(鶏)が苦手だ。苦手というのはほとんど食べたことがない。しかし、誘ってくれた彼がバンコクに転勤になるという。おめでたい。自分の好みは封印した。

15品目の野菜サラダを食べ、レバーをつまんだ。それと豆乳風自家製チーズ。なるべく、鶏を避けたが、嫌いだとは言えなかった。昔、親戚の実家が養鶏業を営んでいて、よく連れられて遊びに行った。お客さんが来ると、その家はいつも鶏肉のすき焼きだった。

その時は結構食べたと思うが、そんな想い出が残っていて、鶏と聞くと、今も庭で絞めた姿を思い出す。食べられないことはないと思うが、なるべくなら食べたくないというのが本当だ。

店主の森川英二氏によると、「オープンして3年半」だという。銀座経済新聞が開店3カ月半当時の森川氏を取材している。「福岡県出身の42歳。サラリーマンとして働いた後、26歳で料理の道に進むために上京。渋谷の鶏料理中心の居酒屋でメーンの調理師として7年間働き、メニュー構築なども任されていたが今回、満を持して独立を果たした」という。

店舗面積は約7坪、席数は14席。カウンター席7席、テーブル3席。小さな店だ。狭いカウンターには普段は2人の女性が働いているが、この日は彼が1人で満席の客と格闘していた。

 

東銀座の路地裏にこんな店がありました

 

昭和通り東側の銀座1丁目から4丁目エリアは独立系を中心にワインバルやイタリアン、フレンチから和食までジャンルを問わずに個性的な店が集まっている。話題のエリアだ。客筋は悪いはずがない。

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