位牌行方不明

カテゴリー: 【田舎のたたみ方研究】

2017/05/09  06:23


 

新しい位牌はこんなに小さい

 

実はこの位牌を作ったのは2015年6月半ばすぎ。過去帳入りをお願いし、完成した位牌を持ってお寺に行った。しかし、不具合があって再度、仏具屋に修整を依頼したまま、時間がなくて東京に戻った。後事は仏具屋に頼んだ。

本来なら15年7月1日からこの家に入ることになっていた人が土壇場でキャンセルした。東京に持って行くつもりだった位牌は当面、不必要になり、お寺さんにお願いした過去帳も急ぐ必要がなくなった。

それまで大急ぎで作らせたものが突然不要不急になった。急がなくなったら、いい加減なものである。こちらからも催促しなくなった。結局、ほおっておいて1年半。そろそろ2年になる。

ところが、時間はおかしなものである。また、この位牌が必要になったのだ。

5月のGW明けに家を見せてほしいと現れた。不動産を連れて、おまけにコーディネーターと名乗る人まで連れて。契約期間は4年間。その4年間もそろそろ終わりに近づこうとしている矢先だ。

「どうしようか」と考えている。生活のメドは何とか付きそうになってきた。もう貸すのはやめようかなと思い始めていた。明日にでも不動産屋に行こうと考えていた。それがまた、「借りたい」という人が現れた。それも2年前と同じ時期に。こんなことってあるのだろうか。

いずれにしても、行方不明の位牌(霊位)を探すのが先決だ。この所在が分からないとどうにもならない。

丹波の春

カテゴリー: 丹波日誌, 花/木/樹

2017/05/07  15:44


 

草むらに咲いたボタン

 

これだけ大きく咲くと立派だ

 

幹が枝の多年草がボタンの特徴

 

単なるツルがシャクヤク

 

 

シャクヤクの蕾

 

高塀に寄りそうように

 

ツツジ

 

前庭に咲いたツバキもそろそろ終わりか

 

一転、雲かき曇り!

旅と空想の画家「安野光雅展」

カテゴリー: 丹波日誌, 絵画/彫刻/音楽

2017/05/06  21:11


 

どんよりと曇る空の下に屹然と立つ植野美術館

 

これを見てきました!

 

丹波市立植野記念美術館(丹波市氷上町西中)の加古川沿いに立つ建物の中で旅と空想の画家「安野光雅展」(3月25日~5月21日)を見た。どこの村にも教会がある。「バース近くの村」(イギリスの村)もサラサラ描かれている。

安野光雅は1926年(大正15年)、島根県津和野町で生まれた。美術教員として勤めながら、絵の世界に活動の場を求めた。35歳で教師を辞し、本格的な画家として活動を始めた。

絵本作家として有名で、エッシャーに影響を受けた作品「ふしぎなえ」は不可能図形の世界を描き、大きな反響を呼んだ。また、文学にも造詣が深く、司馬遼太郎の『街道をゆく』の装画も担当し、旅の画家としての地歩も確立した。

多彩かつ多様な活動の中、絵本の世界と旅のスケッチに焦点を合わせた展覧会。まさか田舎でこんな作品展を見られるとは思ってもいなかった。

座っ展2017

カテゴリー: 丹波日誌, 文具/電子機器/カバン/辞書, 絵画/彫刻/音楽, 花/木/樹

2017/05/05  22:08


 

ポスター

 

丹波で坐る・木の椅子「座っ展」(すわってん)2017が4月29日から5月7日、丹波年輪の里・木の館ホールで開催されている。確か、何年か前に行ったとき(2013年5月1日)も開かれていたので2度目だ。

 

この中で開かれていた

 

私の一等賞はこれだった

 

ロッキングチェア。樹種はクリ。足を置ける点が面白い。意外と足を置く場がなくて、ぶらんとしていることが多い。足を置いて座ると、くつろぎ感が倍加されるのが不思議だ。

蛍木工の西垣勉氏の作品だ。1952年大阪に生まれ、2000年に岡山の津山高等技術専門校で木工を学ぶ。東粟倉のクラフトハウスで家具製作に従事したのち、2006年、ヒメボタルの里・丹波市山南町に工房を開き製作に励んでいる。

 

広い庭が快適だ

 

木陰で昼寝です!

 

兵庫県立丹波年輪の里(丹波市田路)は誕生してちょうど30周年を迎えた。広大な敷地にクラフト創造遊苑が展開されている。都会の喧噪の中でのレジャーも良いが、たまには人里離れた遊苑の中でもフェスタも意気のものだ。

水彩画展やバードカービング展なども開かれていた。林産拠点の情報発信の場だ。

大阪の2男夫婦が双子の女の子(4歳)を連れて遊びにきた。のんびりと自由にクラフトを作って遊んだ。もちろん木工指導員による指導を受けて。子どもが遊べるこういう土地が都会にはもう少ない。田舎でも子どもは少ない。

炙りみたらし

カテゴリー: 食べ物

2017/05/04  22:59


 

これがうわさの「炙りみたらし」だ!

 

1858年(安政5年)に大阪難波の浪芳橋のたもとで生まれた「浪芳庵」(なみよしあん)。お菓子づくり一筋150余年。匠の技や経験をお客様の笑顔のために焼き続ける。

大阪のおいしい、おもてなし「炙りみたらし」を生まれて初めて食べた。とろっととした甘さの極意を味わった。大阪に住む2男ファミリーが連休に来たときのお土産がこれだった。

明治年間というだけで老舗を思い浮かべたが、江戸時代となると、もう想像もつかない。安政だと大獄があった。その当時の浪芳橋が今日もあるのだろうか。確かめていないので分からない。会長は井上源造、社長は6代目井上文孝氏

炙りみたらし」はみたらし団子の看板。「お餅を直火であぶり、『利尻産の昆布だし』と『湯浅産のたまり醤油』を煮詰めたタレで仕上げました。香ばしさのなかに甘さが光ります」。

サニーレタス

カテゴリー: 丹波日誌, 食/食堂/レストラン

  21:53


 

 

取れたてのサニーレタスを

 

それがすぐに食卓に

 

ジャガイモも

大谷にしき荘

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2017/05/03  22:22


 

出迎えてくれた猪の剥製

 

大谷にしき荘はとっぷりと日が暮れて

 

大型連休に入った。時間もたっぷりあるので半年ぶりに田舎に帰ることにした。覚悟していたとはいえ、高速道路の渋滞はすさまじいものがあった。

早朝4時30分に東京・練馬の自宅を出た。環8を走って30分で東京インターチェンジに入った。これは順調だなと思っていたら、インターを入ってすぐから渋滞が始まった。

最近は断続的な渋滞が多い。海老名SA当たりまでゆっくり走った。そこから御殿場まではそれなりに流れていたものの、静岡SAにはまたアウト。掛川PAで小休止。新東名で渋滞にはまったのは初めてだ。

その後も刈谷パーキングオアシス(伊勢湾道)、土山SA(新名神)で一服し、大山崎ジャンクションから京都縦貫道に入り、丹波で降りた。その後山道を走り、兵庫県に入り、草山温泉観音湯についたのは午後7時半。昔一度来たことがあった。そのときのイメージがあった。

イメージというのは壊れるものだ。観音湯は土日営業で、GWにもかかわらず閉まっていた。そこでナビで探し出したのが同じ草山温泉にあった大谷にしき荘(篠山市遠方)。玄関で猪の剥製が待っていた。

午後8時前だったが、温泉も自由にどうぞと言われた。入ると、浴室は2つ。たっぷりのお湯で身も心も洗われる思いだった。荘内では宴会の真っ最中だった。山奥の秘境で浴びる一風呂というのも悪くはない。

どうやらゴルフ場(オータニにしきカントリークラブ)とセットで運営されているようだ。経営もゴルフ場経営の大谷実業が2005年、バブル崩壊の余波を受けて来場者が激減。負債96億円を抱えて民事再生法適用を申請。現在、再建中だ。

2009年には温泉事業を分離、新たに設立した大谷草山開発に事業を継承させたようだ。山奥の秘境にも民事再生法の波が押し寄せている。ただ当クラブは女子プロ東西対抗戦、関西オープンゴルフ選手権、全日本男子学生選手権等々が開催された36ホールの大型名門コース。成り行きが注目される。

みはし「くず餅」

カテゴリー: 東京日誌Ⅱ

2017/05/01  21:06


みはしの「くず餅」

 

5月1日。今日から5月が始まった。上野の東京都美術館で展覧会が始まり、案内状が送られてきた。私は病院、家人が行った。

上野公園前に和菓子屋「みはし」がある。甘味処。そこでくず餅を買って帰ってくれた。2人前だが、ちゃんと2人分のきな粉と黒蜜が別々の容器に包まれていた。

おしいかった。確か最近、浅草の船和のくず餅を食べた記憶がある。世の中にはヤマのようにおいしいものがあるものだ。老舗も多い。

 

「とん陣」でハンバーグ定食

カテゴリー: 食/食堂/レストラン

2017/04/28  21:04


 

「とん陣」でひれかつ定食を食べようとしたが・・・

 

本日のランチを見てハンバーグ定食に切り換えた

 

味噌汁、香の物、ご飯が付いて・・・

 

練馬駅前中央通りの「とん陣」(練馬区豊玉北)で本日のランチ「ハンバーグ定食」を食べた。コセキ同様、昔はよく通っていた。いつもはひれかつ定食(1200円)にビールを1本というのが定番だったが、ひれかつ定食は1500円に値上がっていた。1000円札2枚では足りない。

ハンバーグ定食を食べた。目玉焼きが付いていた。ソースが最初からかかっているのは嬉しくないが、とにかくキャベツをしっかり食べられたのはラッキー。ご飯と味噌汁もあって完食した。

いつもこの店にしたのは近くに良い店がないのと、カウンターが低めでしっかりしているのが気に入っていたからだ。安定感があって嬉しい。

昔の練馬は気に入っていた。なぜだかよく分からない。しかし、どうも中心がないように思えた。今もなさそうだ。これはという店がない。どうでも良い店ばかりだ。

とん陣のHPを見た。「とん陣のあゆみ」が書かれている。創業は1971年(昭和46年)。80年に現在の場所に移った。創業46年目だ。同じ親父がやっている。いつも同じ親父がいるのは安心だ。しかし、いつまでもというわけにはいくまい。

カットサロン「コセキ」

カテゴリー: 理容/床屋/エステ

  12:59


 

1階から2階へ

 

もう20年ほどこの理容院に通っている。というのはウソで、10年ほど浮気をして、通うのは1年間に1度くらいだった。あとは1000円カットに行っていた。名前は「コセキ理容院」から「カットサロン コセキ」(練馬区豊玉北)に代わった。それまで1階で座席も3席あったが、いつの間にか立て直して1階から2階に移動。席も1つになった。確か隣はうるま米屋だった。

予約で客を受けている。時間の調整が難しい。これまで練馬からバスに乗っていたので、いつも降りていた。だから自由に行けたが、練馬は普段は通過駅になってしまった。それに伴い、縁がなくなった。

最近ではいつも1000円カットばかり。最初に行ったのが2005年3月6日。銀座だった。いつもは新宿駅からスポーツクラブに行く途中にある店に立ち寄る。さくっとカットして、そのままクラブで洗髪する。便利と言えば便利。しかし、味も素っ気も無い。

3700円と1000円はどちらが高いか。考えるまでもなく、3700円だ。しかし、最近は考える。10分と70分ではどうか。じっくり当たってくれるのなら3700円も悪くない。多少の会話も楽しめる。最後のほうは眠ってしまう。店主との個人的な会話も成り立つ。カットという機能を求めるのではなく、それも含めたエステ的な感覚だ。エステならむしろ安い。

今回行ったのはほぼ1年ぶりだった。そのとき話をした東京上空騒音問題をよく覚えてくれていた。今回もそんな話をした。大人のエステも悪くはない。