佐伯祐三展

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/18  23:55


 東京都練馬区立美術館(練馬区貫井1-36-16)で「佐伯祐三展」が開催されている。日本の洋画史において独特の位置を占める画家・佐伯祐三(1898-1928)の生涯と芸術を回顧するもので、開館2周年記念展。会期は10月23日(日)まで。

 佐伯祐三の絵はいろんな美術館で見るが、ほとんどが数点どまりで、彼だけを取り上げた美術展というのはあまり聞かない。今回は佐伯祐三作品を14点収蔵する和歌山県立近代美術館など各所から油彩画、水彩画、関連資料など約140点を集めた。彼は30年の短い生涯で約200点の絵を描いたが、関東大震災で60-70点が焼失したという。

 約140点の作品が「初期の美術学校時代」、「第一次渡欧時代」、「一時帰国した下落合時代」、「第二次渡欧時代」と順を追って展示され、彼の「芸術家への道」をたどれる構成になっている。とにかく、これだけたっぷりと、佐伯祐三の絵を目にできる機会はそうあるものではない。主催者によれば、「東京でこれまでまとまった佐伯祐三展は28年ぶり」とか。

 良かったのはバイオリンを好んで弾いた佐伯祐三を偲んて行われたギャラリー・ミニコンサート。東京芸大大学院の長岡聡季(ながおか・さとき)氏によるバイオリン独奏で、バッハやベートーベン、エルガーの曲も良かったが、とりわけ最後のクライスラー「プレリュードとアレグロ」はすばらしかった。今後も美術講演会やギャラリートークなども予定されている。今、美術館が面白い。

ふるさと回帰フェア2005

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/17  23:57


 「100万人のふるさと回帰・循環運動は都市から地方へI・J・Uターンし、生活することを希望する人々のために、受け入れ体制や技術指導などの基盤を整備して、地域の活性化と環境・国土の保全、雇用創出を図るため、取り組んで行こうとする運動です」

 「現在、田舎暮らしを応援する団体や行政、実践している個人・グループは、各地域で活発に活動を始めています。しかし、それらを全国的に、一元的につなぐものは残念ながら未だありません。私たちは、全国各自治体で進めている定住への支援事業や空き家・遊休地情報をつなぎ、ふるさと回帰運動を進めている団体・グループ間をつなぐネットワークを作っていきたいと考えています」

 「そして、帰農・就農、就労等だけでなく、一時的に地方に滞在し、また定年後に年金を糧に田舎暮らしをするなど多様な形で地方・農山漁村に回帰し、健康で安らぎのあるより豊かな生活を楽しむことを考えている人々を支援していきたいと思います」

 上は、「100万人のふるさと回帰・循環運動推進・支援センター」(略称「ふるさと回帰支援センター」)の会員加入のための案内文だ。呼び掛けているのは作家で、同NPO理事長の立松和平氏。9月16日夜、東京・大手町の日経ホールで開かれた同NPO主催「ふるさと回帰フェア2005」の前夜祭に参加した。

 「いま、団塊世代のふるさと暮らしが新しい」と銘打ったパネルディスカッションでは立松和平理事長の基調講演に続いて、関広一小千谷市長、藤田和芳大地を守る会会長、甲斐良治増刊現代農業編集主幹、それにふるさと暮らしの実践者として千坂敬悦氏(飯山市)、宮内克之氏(鴨川市)が語った。

 パネリストそれぞれが自分の立場から、田舎暮らしのすばらしさ、都会人のふるさと回帰を求めている地方の声を伝えたが、ふるさとへの回帰を決めるのはNPOでも行政でもなく、本人。本人にその気がなければ意味がない。新しい価値観の下に、田舎暮らしを始める人もいるだろうが、しっかりしていると思った価値観が予想外に脆くて、田舎暮らしを始めたものの、挫折し、都会に舞い戻ったというケースも少なくないと聞いている。田舎暮らしはそんなにばら色ではないはずだ。誰にだって適性がある。適性のない人だっているはずだ。

 パネルディスカッション終了後の懇親パーティーで次々とマイクの前に立ち、あいさつする顔ぶれを眺めていたら、ようやくこの運動の姿が見えてきた。全国農業協同組合中央会(JA全中)、日本労働組合総連合会(連合)、「日本経済団体連合会」(日本経団連)。さらには総務省、農水省、国土交通省、環境省。つまり、オールニッポンである。

 意地の悪い見方をすれば、農業にど素人の都会人がドカドカと農村に入り込んできて、既存のコミュニティーに踏み込んでくることを寛大、寛容な気持ちで、すべての農民が受け入れてくれるとは限らないし、それを歓迎しない人だっていないほうが不思議だ。いろんな考え方があって当然だろう。地方だって、都市生活者から一方的に押し掛けられたら、迷惑である。

 田舎暮らしがすばらしいものばかりとは思えない、というのが田舎に継ぐべき家を持つ私の実感だ。「ふるさと回帰」を考えているとしても、それはあくまで、「家を存続する」ためのもので、いわば、極めて”防衛的”な田舎ぐらし指向だ。少なくとも今のところはそうだ。稼げない田舎では生活が成り立たない。それをどう調和させていくか。

 郷里の家の存続に見切りを付け、都会残留を決断する友人・知人が圧倒的に多い中で、田舎の家の存続を決断した者にとっては、「ふるさと回帰」はそんなに楽しいことではない。むしろ、しんどい。もちろん、どこかの地点で、「楽しい暮らし」に転換したいが、差し当たりは、「守り」を意識した対応だ。懇親会の場で誰かが言っていた「兼業兼居」という発想が現実的かもしれない。それにしても、田舎暮らしについて考えさせられた一晩だった。

9月26-27日に中国デリバティブフォーラム

カテゴリー: 経済/デリバティブ

2005/09/14  10:10


 シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)、上海先物取引所(SHFE)、上海証券取引所(SSE)は9月26、27の両日、上海市で中国デリバティブフォーラムを開催する。同フォーラムには各取引所の首脳が参加し、中国のデリバティブ市場に関して意見交換を行う。主として通貨先物について議論を戦わせる場になりそうだ。

 中国の先物市場はSHFE、鄭州、大連の3カ所に集約されたが、コモディティーが主体で、通貨先物など金融商品は未発達。人民元が米ドルに固定されていたことから、当然と言えば当然だが、先に管理制の下とはいえ、人民元の切り上げに踏み切ったことで、変動相場制に向けた一歩を踏み出したばかり。

 CMEやシカゴ商品取引所(CBOT)、さらにはニューヨーク商業取引所(NYMEX)など米先物取引所の中国接近が顕著だ。もちろん、日本も頑張ってはいるものの、徐々にプレゼンスが低下してきているように感じる。とにかく、変化が激しい。そのスピードに乗れないと、落伍するしかないのかもしれない。

 

第3回小田急ワールドウオッチフェア

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/12  23:54


 「時を刻み続ける、そのシンプルで際立った特性が、時計の世界を幅広く、奥行きのあるものにしています。ファッションや気分に合わせて選ぶカジュアルな時計から、身につけるだけで胸が高鳴る宝石のような時計。時代のモードを装うものもあれば、普遍のデザインを究めたゆるぎないものもあります」

 「時計という世界は手にする人によって千の顔を持っています。一瞬を正確に刻む最新の腕時計もあれば、くつろぎの時を刻む伝統の置き時計もあります。小田急のワールドウオッチフェアで感じることのできる、広く、尽きることのない時計の世界を、こころゆくまでお楽しみください。」

 小田急百貨店新宿店本館11階で開かれていた「第3回小田急ワールドウオッチフェア」をちょっとのぞいたら、まばゆいばかりの時計のオンパレート。カルティエ、ピアジェ、ゼニス、エベル、オメガ、ロンジン、ミルレ、ボーム&メルシェ・・・・。後援がスイス大使館とスイス時計協会FHだから、輸入高級時計がずらり並ぶのは当然だろう。

 動かなくなった、ぜんまい仕掛けの時計の修理を相談する、軽い気持ちで出掛けただけだが、陳列ケースを眺めて出るのはため息ばかり。「時計なんか時間さえ分かればいい」としか思っていなかったのに、会場に流れる時間はまた、別世界。

 昔、精密機械業界を取材していた時、「時計は二針のアナログが絶対。デジタルなんてとんでもない。普及するはずがない」とカシオのトップに議論を吹っかけたことを思い出す。それなのに、今ではデジタルウオッチを手放せない自分がいる。不思議だなあ。

米ユーロダラー市場で苦戦するユーロネクスト・LIFFE

カテゴリー: 経済/デリバティブ

2005/09/10  23:06


 米国債先物取引部門で米国市場に殴り込みを掛けた「ユーレックスUS」がシカゴ商品取引所(CBOT)の反撃を受けて返り血を浴びているのと同様に、欧州第2のデリバティブ取引所であるユーロネクスト・LIFFEの米ユーロダラー取引市場も、同取引をドル箱とするシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の逆攻勢を受けて、青息吐息の状態である。

 ユーロネクスト・LIFFEが米国でユーロダラー先物の電子取引を始めた当時、ライバルのCMEの同先物取引は依然、フロア取引が主体だったが、現在では85%がスクリーン取引に移行しており、取引手法に相違はなくなっている。

 ユーロネクスト・LIFFEを利用するメリットは電子取引による低コストだったが、その利点が薄れていることも出来高が振るわないことの理由の1つ。流動性が低下すればするほど、市場参加者のコスト負担も増え、ユーロネクスト・LIFFEを使う意味がなくなる。ユーロネクスト・LIFFEは今のところ、マーケットメーク(値決め)業務の縮小は発表したものの、上場廃止については否定している。

 ユーロネクストはパリ、ブリュッセル、アムステルダム、リスボンの各証券取引所を統合した証券市場。ロンドン国際金融先物取引所(LIFFE)を買収して「ユーロネクスト・LIFFE」と名乗り、欧州ではユーレックスに次ぐデリバティブ取引所となっている。

NYMEX、予定通り12日にロンドン原油先物市場開設

カテゴリー: 経済/デリバティブ

2005/09/09  08:00


 英金融監督局に申請していたNYMEXの市場開設が認可され、予定通り9月12日から取引が始まることになった。これに伴い、NYMEXのダブリンでの取引は同9日で閉鎖される。取引商品はブレント原油先物、同オプション、北西ヨーロッパガスオイル先物。

 NYMEXが導入するのはオープンアウトクライ方式による立会取引で、同方式を4月7日に中止し、全面電子取引に移行したロンドン国際石油取引所(IPE)と”流動性争い”が展開される見通しだ。

 電子取引に移行したIPEの取引方法変更に不満を持っている地元トレーダーの市場参加を獲得し、IPEから流動性を奪うのがNYMEXの野望のようだが、そのように事態が動くかどうかは予断を許さない。当初、電子取引に不満を表明していたトレーダーらがNYMEXのダブリン市場をそんなに支持しなかったほか、IPEの電子取引に慣れてきた事情もある。

 NYMEX側はロンドンでの市場開設に強気な構えを見せているものの、市場関係者の見方にはやや冷めたものがあるようだ。いずれにせよ、世界1,2位のエネルギー取引所の激突は見物である。

豊岩稲荷神社

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/08  23:58


  豊岩稲荷神社(宗教法人)
  御祭神 稲荷大神(宇気母智神=うけもちしん)
  例祭日 4月15日
  御由緒 当社は、江戸初期からこの地(中央区銀座7丁目8番15号)に火防神、縁結の神として信仰を集め、銀座7丁目会の守護神として篤い信仰を集めてきた。稲荷の神は、保食神(うけもちしん=宇気母智神)或は倉稲魂神(うずのみたましん)と称し、稲のみ魂又人間の生活に最も必要な食物を守護し給う神として伊勢神宮の外宮、京都の伏見稲荷大社始め、全国の稲荷の御祭神として、広く信仰されている。
                                          平成5年11月10日
                                          銀座7丁目町会

 そば所「よし田」銀座本店を出て数歩歩いた対面に立っているのが「豊岩稲荷神社」の所在を示す石柱。その脇のビルの側に狭い小路が延びていて、中に入っていくと、ちゃんと「豊岩稲荷神社」がありました。社の横の銅板に書いてあったのが上の由来だ。

 お稲荷さんの前を通ると素通りできない性質である。どうしても手を合わせたくなるのだ。田舎の家が夏は製糸工場(つまりお蚕さん)、冬は造り酒屋だったためか、座敷の前の前栽に小さいながら、お稲荷さんがあって、盆や正月にはいつもお供えをする習慣が付いているせいだろう。困ったときの神頼み。やはり、頼りたくなるのは人情である。

国立科学博物館付属自然教育園

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/07  23:52


 目黒駅の近くには有名な「東京都庭園美術館」があるが、それを取り囲むような形で広がっているのが「国立科学博物館付属自然教育園」(東京都港区白金台5-21-5)。都心部にこんなに静寂で、自然を残したスペースがあるのかと、驚くような場所だ。

 この場所には元は今から400-500年前の中世の豪族の館があった。江戸時代には高松藩主松平頼重の下屋敷であり、その後、明治時代は陸・海軍の火薬庫、大正時代には白金御料地として歴史を重ねてきたとか。

 この間、人の手が全く入らなかった。その結果、まれにみる豊かな自然がそのまま残っている。植物の生態を知るには絶好の場所で、樹木や植物の名前を覚えるにはまたとない教育を受けられるところだ。1949年(昭和24年)に全域が天然記念物および史跡に指定されると同時に、一般公開が始まった。

 世俗的な場所も魅力的だが、こうした浮世離れした世界もまた味わい深い。アスファルトジャングルとはまた違った自然界が息づいている。昔なら、こんな世界なぞ、見向きもしなかったのに、そうでもなくなったのはやはり、抗しがたい加齢現象だろうか。

目黒の「とんき」でとんかつを食す

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/06  23:14


 東京・白金台の松岡美術館から少し歩けば、すぐ目黒。午後も2時を回って、お腹が空いた。遅めの昼ご飯を食べたい。「目黒のさんま」もいいが、ここはやはり、とんかつの「とんき」(目黒区下目黒1-1-2)でしょう。

 友人に連れられて初めて行ったのはもう30年近く前ではなかっただろうか。そのおいしさとえらく並んで(店内で)食べた記憶が残っている。しかし、それ以上に「おいしかった」記憶が強く、近くに行くと、立ち寄っていた。それでもこの前に行ったのは何年も前のような気がする。

 店の着いたら午後2時30分。「準備中」の立て看板が店頭に立てかけてあった。普通なら、とっくにあきらめて、どこかの店ですませるのに、「とんき」だけはそういう選択肢はなかった。午後4時の開店まで、近くの駅ビルでコーヒーを飲みながら待機。とんきのとんかつを食べなければもう帰れない。

 午後4時30分に再訪すると、まだ席も少し空いていて、待たずに座れた。1階はずっと白木のカウンター席に囲まれたオープンキッチン。しかも、そのキッチンが教室のように板張りのデッキで、実に広いのである。広くて、クリーンで、清潔感にあふれている。

 何度か来たけど、右サイドの席に座って観察するのは初めて。キッチンの全体が見渡せ、6-7人の従業員の動作が実にきびきびしていて、流れるようにリズミカル。役割分担がはっきりしている。白のユニフォームと白のズック靴がまた、清潔感あって、気持ちいい。

 一番大事なのはもちろん、お味だが、衣が薄いながらも、予想以上に硬く、それでいて味わい深い。肉は衣にくっつくことなく、すぐさま離れ、1口カットで食べ易く、口の中に納まる心地よさ。千切りキャベツも微細な甘味を放ち、おかわり自由。あと、豚汁、おしんこ、ご飯。ビールを飲み、とんきのとんかつを食べる。これ至上の喜びである。ヒレ定食1650円也。

窮地に立つユーレックスUS

カテゴリー: 経済/デリバティブ

2005/09/05  09:32


世界最大のデリバティブ(金融派生商品)取引所である欧州金融先物取引所(ユーレックス)は2004年2月、「ユーレックスUS」を設立し、鳴り物入りで米国市場に進出したが、思ったように出来高を獲得することができず、窮地に立たされている。

 ユーレックスは低コストが売り物の電子取引市場だったが、迎え撃ったシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)やシカゴ商品取引所(CBOT)も伝統的なオープンアウトクライ取引に加え、電子取引も導入して必死に対抗。ユーレックスUSが昨年2月に開始した米国債取引は競合商品をドル箱とするCBOTの猛反発を招き出来高は低迷、今年6月、「上場は維持するものの、新たな投資は行わない」方針を表明せざるを得なかった。

 ユーレックスは今年3月、CBOTとCMEが米国市場への参入を阻害しているとして米司法当局に2度目の提訴。懸命に巻き返し策を講じているが、事態好転は期待薄の情勢。ユーレックスはドイツ取引所とスイス取引所の合弁取引所。米国市場はユーレックス全体の出来高シェアの4分の1を占めている。米国市場での態勢をどう立て直すのかユーレックス役員会は難しい決断を迫られている。