脱落する中流層

カテゴリー: 東京日誌

2005/10/16  17:01


 今はとても幸せである。日曜日の昼下がり。あんなに暑かった夏だったのに、順番を間違えずに、きちんと季節を秋に譲った。太陽が北半球から遠ざかっていく恒久的な地球の営みは偉大だ。四季の巡り替わりは年々、加速度を付けているように感じるが、それでも酷暑も酷寒も一定の時間が経過すれば、過ぎ去ると考えれば、耐えられるというものだ。

 「夢工房」と名付けた3畳の狭い書斎の中で、チャン・スーの演歌を聴きながら、溜まった新聞の切り抜きに精出しているときはまさに至福です。仕事絡みのニュースチェックもやるにはやるが、なかなか普段はゆっくり目を通せない文化欄や生活面を読むのがとりわけ楽しい。久しぶりにドリップで入れたコーヒーもおいしい。

 読みたい本もたくさんあるし、いろんなところにも行きたい。会いたい人もたくさんいる。夢が膨らむ。無いのは時間とお金だけか。お金はともかく、時間だって、もうしばらくすれば、嫌というほど持つことになるのだろう。文字通り、時間の問題だ。そうすると、やはり、最大かつ最後の問題はお金か。

 「1億総中流」と言われたのはもはや過去のこと。いち早く市場経済にIT(情報技術)を取り込んだ目先の利いた先見者が富を加速的に集中させる一方で、乗り遅れた人間は中流層からも脱落し、下層に転落するしかない。 貧富の差がすさまじいまでに開いていく。

 改革は必要なのだろう。現状を少しでも良くするためには。しかし、そのために犠牲になるものも大きいことが最近、気になって仕方ない。改革は楽ではない。現状を否定しなくてはならないからだ。現状に甘んじているほうが楽だからだ。今はそれも許されない時代なのだろうか。

 (これを書いている最中に、関東地方に地震があった。震源地は茨城県南部で、我が家も震度4。乱雑に積み上げていた本や資料、新聞が机から落ち、狭い部屋に散乱した。地震は嫌いだ。とにかく、自分の存在そのものが揺れることは本能的に恐怖感を覚える)

 9月総選挙で小泉自民党が圧勝した。国民が”改革政党”としての自民党を評価したためだ。特に特徴的だったのは、若者を中心とした無党派層が自民党に投票したことだ。正確に言えば、「自民党をぶっ壊す」と吼えている小泉純一郎を支持したとみるのが正しいだろう。

 でも、小泉首相は座長役者である。座長にとって最大の関心は公演を成功させることである。一か八かの勝負を賭けた公演は見事成功したが、それで、中流層や下流層が救われるかとなると、問題は別である。強者の論理としか思えない。

 小泉首相には懇談の場で何度か会った。彼の肉声や佇まい、醸し出す雰囲気などは個人的には嫌いではない。大変な個性だ。投げ返ってくる言葉も実に印象的だ。「政策」ではなく、「政局」が好きな人だ。追い込まれれば追い込まれるほど、闘志が湧いてくるタイプである。国民はいろんな意味で、大変な人物をリーダーに戴いている。

 小泉純一郎は「壊す人」である。重要なのは彼の次に首相の座に「創る人」が座るかどうかである。旧態依然の人でないことを祈りたいが、好戦的だけではなく、弱者にも配慮できる人間的な温かみを持った政治家であることを期待したい。

「定年後の居場所を創る」

カテゴリー: 東京日誌

2005/10/10  00:07


 自慢じゃないが、「団塊の世代」である。第二次大戦直後の1947-49年生まれ。680万人と総人口の約5%を占めるとか。別に頼んで、その時代に産んでもらったわけでもないのに、勝手に名付けられて、むしろ迷惑している。

 世の中がこの「団塊の世代」をちやほやしているのはわれらの世代が受け取るであろう退職金を狙っているからだそうである。数10兆円に上るというのだから、大変な額である。何でも、数の力というのは大変なものである。人口13億人の中国の存在が脚光を浴びるのも当然である。実に恐ろしい数だ。

 「団塊の世代」を当て込んだ事業やビジネスがあちこちで花盛りだ。「北海道移住フォーラム」(日経主催、10月8日、東京・大手町の日経ホール)と銘打った催しも要はその1つだろう。「定年後の居場所を創る」と題して基調講演したのはノンフィクション作家としてよりも、最近では定年評論家としてのほうが名高い加藤仁氏。彼の述べたポイントは3つ。

①自分の好きなことに徹底的にこだわること。そこから何かが開けてくる。
②自分の好きなことを一点突破していく。そこを基点に収入や健康、生きがいを考えていく
③そこで暮らす自分の役割を見つける

 4人のパネリストたちは定年後の移住先として北海道の魅力を思い入れたっぷりに語ってみせたが、どこで住みたいかは人それぞれ。どこで住もうと、問題はいかに精神的に豊かなI生活を送れるかだろう。文字通り、生き方の問題だ。定年後の生き方について考えさせられたフォーラムだった。

ささやかな幸せ

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/25  23:58


スポーツクラブを今年3月末で退会してからもう半年。クラブ加入は運動不足の解消よりも、水に浸かっていることの心地よさやスパゾーン(風呂・サウナ・リラクゼーション)での気分転換に効用を認めていたことのほうが大きかったが、この半年、そうした、ささやかな快感さえ、会社の仕事に奪われていたのが実情だった。自分勝手に会社に身を捧げていた、というのが正確だろう。果たして、それで、いい仕事に結びついていたのか、との疑問は残る。

 再入会はずっと懸案ではあったが、難しいのはタイミング。この日はいいタイミングではあった。自分で再入会の手続きをする予定を作っていたのだから、なおさらだ。しかし、往々にしてそうした決断が鈍ることもある。当然のことながら、鈍るだけの理由はあるのだが、それはなかなか表現しにくい。

 この日もそうだった。決断が鈍りそうになった。その日の行動予定の中に、クラブに行って、再加入の手続きをする時間を入れていたが、直前になっても、「半年以内に再加入すれば、入会金、事務手数料は無料です」と書かれたThanks Card を眺めながら、どうしようかと悩んでしまった。

 再入会に必要な同カードはちゃんと、ポケットに入れていたが、1万円超もの会費を毎月出して、それでいて、クラブに行ける日がほとんどないのなら、お金をどぶに捨てるようなものではないか。その危険性もなくはない。悶々と悩み、決断できず、とうとう、その駅に着いてしまった。

 「迷ったときは取りあえず、行ってみる」というのがこうした場合の基本的な対処方針だ。一応、予定を立てた段階で、そうしようとの判断をしたのだから、最初の判断を尊重しようというわけだ。これまでの経験則から言って、「結果が裏目に出た」ことはまずない。「やはり来てよかった」ということのほうが圧倒的に多い。逆に、行かなかった場合、あとでどうしても、後悔するのが常だ。決断して、結果が悪るかっても、まだ納得できる。行かなかった場合は納得できない。

 この日ももう夜の8時前で、受付自体は終わっていたが、スタッフがまだ居て、Thanks Card を見せると、9月末で切れる「入会金・事務手数料無料」の特典期限を1カ月延長した上、1day trial ticket をくれ、この日の施設利用が可能となった。その上、再加入の判断をする余裕がさらに1カ月与えられたのだから、ラッキーである。

 「取りあえず行った」からこそ得られた幸運だった。行かなければ、逃げた幸運である。半年ぶりにプールに浸かった心地よさ、サウナで流した汗、リラクゼーションルームで見たベルリン女子マラソンでの野口みずきの優勝シーン。自分の決断が正しかったことを改めて確認した上、忘れていたささやかな快感を取り戻せ、とても幸せだった。 

藤沢周平「漆の実のみのる国」

カテゴリー: Books

2005/09/23  19:16


 藤沢周平の「漆の実のみのる国」(文春文庫上下)を読み終えた。貧窮のどん底にあえぐ藩財政の立て直しに懸命に取り組む出羽国(現在の山形県)米沢藩の物語。題名が示す通り、漆、桑、楮(こうぞ)など商品作物の植樹による生き残りを模索する同藩の苦闘を丁寧に描く。

 改革の先頭に立ったのが第10代藩主上杉治憲(1751-1822)。治憲は享和2年、鷹山(ようざん)と改称し、髪を総髪に改めた。米沢藩の財政を立て直し、産業、教育の改革に力を尽くした江戸時代の名君の1人。しかし、藤沢周平の物語自体は肝炎発症のため、予定していた枚数に達せず、未完成。彼は回復を待たずに1997年1月26日、69歳で長逝の途についた。

 なぜ「漆の実の・・・」を読もうとしたのだろうか。用心棒シリーズ4部作(「用心棒日月抄」、「孤剣」、「刺客」、「凶刃」)とも違うし、映画化されて評判の「たそがれ清兵衛」や「蝉しぐれ」とも別系統。やはり、財政再建、経営再建への取り組みの中に何かヒントを求めたのだろう。

 それにしても、9月17日付の日経の広告を見て驚いた。上杉鷹山が登場しているからである。例の名文句ももちろん大きく、それもゴチックで引用されている。「なせばなる なさねばならぬ」。何と、財務省の広告(政府広報)だった。

 「日本の財政は、いま非常に厳しい状況です。将来世代へ負担を先送りしないために、財政構造改革を強力に推進しています。」

 具体的には「一般会計予算の4割強を公債収入(借金)で賄っており、その残高も年々増加し、平成17年度末で538兆円にも上る見込み」で、「今後の財政も高齢化で一段と厳しくなることが予想される」。「財政負担を先送りしないため、いま、財政構造改革に取り組んでいる」と苦境を訴えている。

 財務省が取り組んでいる財政構造改革とは歳出削減もさることながら、歳入増のための”増税”である。それしかないからだ。国民負担を訴えているのだ。財務省には歳出削減をできるはずがない。改革とはそういうものだ。組織の内部から改革するというのは本当に大変なことである。外部に要求するのはそんな難しくはない。

 国の借金は本当はもっと多い。国債以外に借入金、政府短期証券を合計すれば、今年6月末時点で795兆8338億円にも膨らんでいる。もちろん過去最高である。3月末に比べ、14兆2821億円も増えている。天文学的数値である。生まれたばかりの赤ん坊も含めると、国民1人当たり約623万円の借金を背負っている勘定だ。
 

東京株式市場の活況

カテゴリー: 経済/デリバティブ

2005/09/20  09:08


このところ東京株式市場が勢いづいている。さしもの日本経済も10年以上にわたる長期低迷から抜け出し、ようやく上昇に転じた様子で、買い安心感が広がっている。9月11日実施の衆院選で、小泉自民党が記録的に圧勝したことも、「日本買い」を加速させている。

 かつては出来高が10億株いけば、「大商い」だと大騒ぎしたものだが、最近は10億株は当たり前。30億株も珍しくなくなった。日経平均株価が当面の節目である1万3000円を突破するのも時間の問題だろう。

 東京株式市場の活況を演出しているのが外国人投資家を中心とした機関投資家とデイトレーダーと呼ばれる個人投資家だ。構造改革の進展をはやしているもので、外人と個人が積極的に市場参加し、出来高は膨らむばかり。

 ただ、株式市場を担う東京証券取引所は嬉しい悲鳴を上げている。取引の注文件数が飛躍的に増大した結果、システムへの負荷も大幅に高まったからだ。海外を中心とした機関投資家の注文の出し方が一段と高度化し、システムに負担が掛かってきているほか、ネット投資家の急増も圧迫要因だ。こうした情勢を受けて、4月には620万件までの注文に応じられるようシステムを強化。来年初にはさらに900万件まで増強を図る方針だ。

 どうも私の周りにもデイトレーダーが増えている。早期退職組の中でデイトレーダーに転身した者もいたし、株式投資の面白さに嵌まったとみられる家庭の主婦も現れ始めている。今後も減ることはないだろう。仕事の一環として、株式投資も組み込まれていくように思われる。いやはや、こんな時代が良いのか、それとも悪いのか、判然しなくなってきた。取り合えず、時代の流れには乗るしかないのだろう。

国際開発ジャーナル主幹・荒木光弥さんの出版記念会

カテゴリー: 途上国/ODA

  00:01


 「政府開発援助(ODA)のご意見番」、「ミスター開発」の異名を取る月刊「国際開発ジャーナル」誌の主幹・荒木光弥さんの出版記念会が東京・霞が関ビル35階の東海大学校友会館で開かれた。「ODAに関係している政・官・学・NGO・マスコミのポリシー・コミュニティーをつなぐキーパーソン」(吉村融政策研究大学院学長)のパーティーらしく、関係各方面から多彩な顔触れが集まった。
 

1967年に国際開発ジャーナル誌を創刊し、以来今日に至るまでずっと書き続けている現役ジャーナリストだ。今回出版された「途上国援助 歴史の証言1990年代」は荒木さんが同誌に毎回連載している社説的コラム「From the Editor」(現在は「森羅万象」に改題)を収録したもので、そのまま日本のODAをめぐる問題意識が浮き彫りになっている。1970年代、1980年代に続く第3部だ。

「ジャーナリストは少し売れるとすぐ評論家になったり、文化人になるが、荒木さんはジャーナリストのまま。キーパーソンの役割も高い志、理念がないと続かない」(吉村氏)。それを実践しているところが荒木さんらしい。

「日本は経済大国になっても、軍事大国にはならない。戦争はしない。そういう日本らしい形のODAを目指すべきだと考える」というのが故大来佐武郎(元外相)氏を師と仰ぐ荒木さんの基本的スタンスだ。軍事力に頼らない日本らしい貢献が必要だとの考え方である。

危機的な財政状況に加え、ODAを国連常任理事国入りの切り札に使い、それが見事に失敗した外交政策の破綻など、「ODAはいろんな意味で過酷な批判にさらされている」(明石康元国連事務次長)のが現状である。

この日のパーティーは荒木さんの出版記念という場でもあるが、やはり、「わが国のODAなど開発援助の沈滞ムードの払拭を願って関係者が一同に集い、一層の発展へ向けて語り合う場を提供できればと思う」(発起人代表の渡辺利夫拓殖大学学長)というのが隠された趣旨でもあった。

荒木さんは実に若々しく、いつも精気に満ちている。「この若さ。ほとんど年齢不詳の世界。しかし最近、実はそんなに若くはないことを発見してびっくりした」とは佐藤重和外務省経済協力局長。1936年生まれ。業界はまだまだ、荒木さんを必要としていることだけは確かなようである。

佐伯祐三展

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/18  23:55


 東京都練馬区立美術館(練馬区貫井1-36-16)で「佐伯祐三展」が開催されている。日本の洋画史において独特の位置を占める画家・佐伯祐三(1898-1928)の生涯と芸術を回顧するもので、開館2周年記念展。会期は10月23日(日)まで。

 佐伯祐三の絵はいろんな美術館で見るが、ほとんどが数点どまりで、彼だけを取り上げた美術展というのはあまり聞かない。今回は佐伯祐三作品を14点収蔵する和歌山県立近代美術館など各所から油彩画、水彩画、関連資料など約140点を集めた。彼は30年の短い生涯で約200点の絵を描いたが、関東大震災で60-70点が焼失したという。

 約140点の作品が「初期の美術学校時代」、「第一次渡欧時代」、「一時帰国した下落合時代」、「第二次渡欧時代」と順を追って展示され、彼の「芸術家への道」をたどれる構成になっている。とにかく、これだけたっぷりと、佐伯祐三の絵を目にできる機会はそうあるものではない。主催者によれば、「東京でこれまでまとまった佐伯祐三展は28年ぶり」とか。

 良かったのはバイオリンを好んで弾いた佐伯祐三を偲んて行われたギャラリー・ミニコンサート。東京芸大大学院の長岡聡季(ながおか・さとき)氏によるバイオリン独奏で、バッハやベートーベン、エルガーの曲も良かったが、とりわけ最後のクライスラー「プレリュードとアレグロ」はすばらしかった。今後も美術講演会やギャラリートークなども予定されている。今、美術館が面白い。

ふるさと回帰フェア2005

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/17  23:57


 「100万人のふるさと回帰・循環運動は都市から地方へI・J・Uターンし、生活することを希望する人々のために、受け入れ体制や技術指導などの基盤を整備して、地域の活性化と環境・国土の保全、雇用創出を図るため、取り組んで行こうとする運動です」

 「現在、田舎暮らしを応援する団体や行政、実践している個人・グループは、各地域で活発に活動を始めています。しかし、それらを全国的に、一元的につなぐものは残念ながら未だありません。私たちは、全国各自治体で進めている定住への支援事業や空き家・遊休地情報をつなぎ、ふるさと回帰運動を進めている団体・グループ間をつなぐネットワークを作っていきたいと考えています」

 「そして、帰農・就農、就労等だけでなく、一時的に地方に滞在し、また定年後に年金を糧に田舎暮らしをするなど多様な形で地方・農山漁村に回帰し、健康で安らぎのあるより豊かな生活を楽しむことを考えている人々を支援していきたいと思います」

 上は、「100万人のふるさと回帰・循環運動推進・支援センター」(略称「ふるさと回帰支援センター」)の会員加入のための案内文だ。呼び掛けているのは作家で、同NPO理事長の立松和平氏。9月16日夜、東京・大手町の日経ホールで開かれた同NPO主催「ふるさと回帰フェア2005」の前夜祭に参加した。

 「いま、団塊世代のふるさと暮らしが新しい」と銘打ったパネルディスカッションでは立松和平理事長の基調講演に続いて、関広一小千谷市長、藤田和芳大地を守る会会長、甲斐良治増刊現代農業編集主幹、それにふるさと暮らしの実践者として千坂敬悦氏(飯山市)、宮内克之氏(鴨川市)が語った。

 パネリストそれぞれが自分の立場から、田舎暮らしのすばらしさ、都会人のふるさと回帰を求めている地方の声を伝えたが、ふるさとへの回帰を決めるのはNPOでも行政でもなく、本人。本人にその気がなければ意味がない。新しい価値観の下に、田舎暮らしを始める人もいるだろうが、しっかりしていると思った価値観が予想外に脆くて、田舎暮らしを始めたものの、挫折し、都会に舞い戻ったというケースも少なくないと聞いている。田舎暮らしはそんなにばら色ではないはずだ。誰にだって適性がある。適性のない人だっているはずだ。

 パネルディスカッション終了後の懇親パーティーで次々とマイクの前に立ち、あいさつする顔ぶれを眺めていたら、ようやくこの運動の姿が見えてきた。全国農業協同組合中央会(JA全中)、日本労働組合総連合会(連合)、「日本経済団体連合会」(日本経団連)。さらには総務省、農水省、国土交通省、環境省。つまり、オールニッポンである。

 意地の悪い見方をすれば、農業にど素人の都会人がドカドカと農村に入り込んできて、既存のコミュニティーに踏み込んでくることを寛大、寛容な気持ちで、すべての農民が受け入れてくれるとは限らないし、それを歓迎しない人だっていないほうが不思議だ。いろんな考え方があって当然だろう。地方だって、都市生活者から一方的に押し掛けられたら、迷惑である。

 田舎暮らしがすばらしいものばかりとは思えない、というのが田舎に継ぐべき家を持つ私の実感だ。「ふるさと回帰」を考えているとしても、それはあくまで、「家を存続する」ためのもので、いわば、極めて”防衛的”な田舎ぐらし指向だ。少なくとも今のところはそうだ。稼げない田舎では生活が成り立たない。それをどう調和させていくか。

 郷里の家の存続に見切りを付け、都会残留を決断する友人・知人が圧倒的に多い中で、田舎の家の存続を決断した者にとっては、「ふるさと回帰」はそんなに楽しいことではない。むしろ、しんどい。もちろん、どこかの地点で、「楽しい暮らし」に転換したいが、差し当たりは、「守り」を意識した対応だ。懇親会の場で誰かが言っていた「兼業兼居」という発想が現実的かもしれない。それにしても、田舎暮らしについて考えさせられた一晩だった。

9月26-27日に中国デリバティブフォーラム

カテゴリー: 経済/デリバティブ

2005/09/14  10:10


 シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)、上海先物取引所(SHFE)、上海証券取引所(SSE)は9月26、27の両日、上海市で中国デリバティブフォーラムを開催する。同フォーラムには各取引所の首脳が参加し、中国のデリバティブ市場に関して意見交換を行う。主として通貨先物について議論を戦わせる場になりそうだ。

 中国の先物市場はSHFE、鄭州、大連の3カ所に集約されたが、コモディティーが主体で、通貨先物など金融商品は未発達。人民元が米ドルに固定されていたことから、当然と言えば当然だが、先に管理制の下とはいえ、人民元の切り上げに踏み切ったことで、変動相場制に向けた一歩を踏み出したばかり。

 CMEやシカゴ商品取引所(CBOT)、さらにはニューヨーク商業取引所(NYMEX)など米先物取引所の中国接近が顕著だ。もちろん、日本も頑張ってはいるものの、徐々にプレゼンスが低下してきているように感じる。とにかく、変化が激しい。そのスピードに乗れないと、落伍するしかないのかもしれない。

 

第3回小田急ワールドウオッチフェア

カテゴリー: 東京日誌

2005/09/12  23:54


 「時を刻み続ける、そのシンプルで際立った特性が、時計の世界を幅広く、奥行きのあるものにしています。ファッションや気分に合わせて選ぶカジュアルな時計から、身につけるだけで胸が高鳴る宝石のような時計。時代のモードを装うものもあれば、普遍のデザインを究めたゆるぎないものもあります」

 「時計という世界は手にする人によって千の顔を持っています。一瞬を正確に刻む最新の腕時計もあれば、くつろぎの時を刻む伝統の置き時計もあります。小田急のワールドウオッチフェアで感じることのできる、広く、尽きることのない時計の世界を、こころゆくまでお楽しみください。」

 小田急百貨店新宿店本館11階で開かれていた「第3回小田急ワールドウオッチフェア」をちょっとのぞいたら、まばゆいばかりの時計のオンパレート。カルティエ、ピアジェ、ゼニス、エベル、オメガ、ロンジン、ミルレ、ボーム&メルシェ・・・・。後援がスイス大使館とスイス時計協会FHだから、輸入高級時計がずらり並ぶのは当然だろう。

 動かなくなった、ぜんまい仕掛けの時計の修理を相談する、軽い気持ちで出掛けただけだが、陳列ケースを眺めて出るのはため息ばかり。「時計なんか時間さえ分かればいい」としか思っていなかったのに、会場に流れる時間はまた、別世界。

 昔、精密機械業界を取材していた時、「時計は二針のアナログが絶対。デジタルなんてとんでもない。普及するはずがない」とカシオのトップに議論を吹っかけたことを思い出す。それなのに、今ではデジタルウオッチを手放せない自分がいる。不思議だなあ。