「ニュースの天才」

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2005/05/22  18:16


  商売柄、「ニュースの天才」は見なければいけない映画だと思っていた。ロードショーは終わっていたが、5月21日(土)から新橋文化劇場で上映が始まった。ビリー・レイ監督の監督デビュー作品。原案はピュリッツアー賞受賞記者のバズ・ビッシンジャー。

 1998年に起きた「THE NEW REPUBLIC」のスタッフライター、スティーブン・グラス(当時25)が同誌で発表したスクープ記事41本のうち27本の全体または一部が捏造だったことが判明。同誌が米大統領専用機に唯一積んである権威ある政治雑誌であったことで大きな反響を呼んだ。映画はこの事件を基に作られている。

 ニュース=事実。しかし、その事実は1つではなく、大体はいくつもの事実で構成されているのが普通。事実の組み合わせ方によって、全体のニューアンスが異なることも起こり得る。構成する事実の1つが間違っているために、誤報につながることも生じ得る。

 確かに、ニュースには”商品”としての性格もある。報道機関を名乗って、報道事業を行っているものの、基本的には株式会社による商業行為。読者に読んでもらわなければならない、買ってもらわなければならないからだ。しかし、そのために、事実を捻じ曲げたり、ましてや事実を捏造することはジャーナリストの死を意味する。

 映画では大手コンピューターソフト会社ジュークマイクロニクスがイアンと名乗る少年ハッカーの恐喝に屈して多額の報酬の支払いに応じたことをすっぱ抜いた「ハッカー天国」という記事を検証しているが、米国と日本とでは記事を作るプロセスが違うのか、なぜあんなことが間単に、しかも27本もの記事について、同僚の編集者の誰もが気づかないまま、起こり得たのか信じられない。

 いくらジュークマイクロニクス社がネバダ州にあるからと言っても、電話帳にも記載されていないことなど早い段階でチェックできたはず。ハッカー少年の顔写真は載せないまでも、入手しておくべきなのは初歩的な取材だ。どんな少年なのか、是非とも知りたい。そのあたりがなぜ、きちんと行われていなかったのだろう。

 人間のする仕事だから誤報や盗用は起こり得るが、捏造はあってはならないこと。起きてはならないことが起こるのが世の中で、それもニュースとして消費されていく。グラス事件の後も、新聞界の名門ニューヨークタイムズ紙のジェーソン・ブレア記者による記事捏造事件が発覚した。人間って、やはり欠陥のある存在なのだろう。

男の嫉妬

カテゴリー: 東京日誌

  13:48


 「人間の感情のうち、嫉妬ほど厄介なものはない。とりわけ日本のように、エリートの育成や才能の発掘に冷淡な横並び社会においては、子どもをめぐる学校やPTAの人間関係から、企業や官庁の人事競争にいたるまで、嫉妬は日本人のカルチャーの域にまで達している」(山内昌之東京大学教授、新潮社「波」2001年5月号)

 嫉妬と言えば、女の専売特許のように思っていたら、どうもそうではなく、「男の嫉妬」も相当なものではないかと感じている。人間、誰でも自分のことが一番大事で、自分が最も優れていると思いたいのは自然な感情。少なくても、人より自分が劣ることだけは積極的に認めたくないのは素直な気持ちだ。認めたら、自分があまりにも可哀相だし、大げさに言えば、生きていく自信すら失いかねない。落ち込むことはなはだしく、重症だと、立ち直れない。

 日本の社会は表向きみんなどんぐりの背比べ。会社人生でも、一応、新入社員は全員、社長を目指す資格を有する。平等が前提である。しかし、部長あたりからは、もうその人の実力ではなく、基本的には”情実”や運不運で決まるのが実態だ。不思議な力学が働いているようだが、方程式の解は誰も知らない。

 最近の自分の感情の苛立ちの源泉は何だろうか、と考えていて、ある日、同僚と立ち飲み屋でジントニックを傾けながら、「それは嫉妬ではないか」と気づいた。「なぜ、あの人が、あのポストに・・・」という気持ちが消えなかったからだ。

 自分より秀でている人には嫉妬するらしい。女は見た目絡み、男は仕事絡みで。でも、本当にあの人は優れているの?秀でているの?そのこと自体が認められなければ、どうしたらいいのだろう。自分より秀でていなかったら、嫉妬ではないのだろうか?自分より秀でているかどうかは誰が判断するのだろう。疑問は尽きない。

 こんな感情を抱くのは、要するに自分に自信がないからだろう。自分と他人を比べるからこそ、嫉妬するのだろう。組織の中にいては、比較するなというほうが不可能だ。階級社会の欧米では日本ほど、嫉妬は起きないのかもしれない。

 「嫉妬といえばすぐに連想するのは、男女の間柄のもつれであろう。あるいは、女性間の葛藤を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、断然厄介なのは、男同士の妬みなのだ。自民党の総裁選びをめぐる混沌を見るまでもなく、政治の世界でも男の嫉妬は凄まじい。国を滅ぼす」(山内氏)。男の嫉妬というものは、げに恐ろしや。

 

機械貧乏

カテゴリー: 丹波日誌

2005/05/19  23:58


 5月のGWに帰省するのは珍しかったが、その季節でないと分からないことに気づかされて、ちょっと面白かった。どこの田舎でも同じだろうが、昼間はヒバリが実によくさえずっていた。加えて、巣づくりの場所を探すツバメが家の中まで突進してくる。

 夜になると今度は一転、カエルの合唱である。水田では田植えが真っ盛り。満面に水が張られ、カエルの歌は気持ち良さそうである。高塀の脇には平戸つつじが満開だった。春が進むにつれて種類も異なり、平戸の次は霧島が開花するとか。

 それにしても田植えの景色が一変した。手植えは完全に姿を消し、どの田も機械による作業ばかり。かつては半日から1日は掛かった作業が今や数時間で終わる。問題は農機具のコスト。作業時期が重なるため、どうしても各農家が自前の機械を保有することになる。機械代も高額だ。

 部落で共同使用すればいいのに・・・と思うが、なかなかそうはいかないらしい。「共同所有だと、どうしても、大事にしない。おかしなものだ」との声。1-2年も経つと、新製品が登場する。どうしても、新しいのが欲しくなるのは人情のようだ。かくて、エンドレスに機械貧乏が続く。

剣豪ミステリー作家・鈴木英治

カテゴリー: Books

2005/05/15  18:42


  よくもまあこれだけ書ける、と驚嘆している。2004年は何と7冊だ。どれも書き下ろしで、しかもシリーズが違う。剣豪ミステリーという意味では同じだが、それにしても、読む側をあきさせない力量の多作家だ。シリーズごとに出版社が違う。感嘆すべきプロだ。

  鈴木英治。1960年、静岡県沼津市生まれ。「時代小説界の新進気鋭として今最も注目を浴びている作家のひとり」と紹介されているが、たまたま読んだ1冊に嵌まった。後はどうにも止まらない。読むべき本は多いのに、ついそちらに手が伸びて、困っている。

 原尞が昨年11月、10年ぶりに新作長編「愚か者死すべし」(早川書房)を出して逆の意味で読者を驚かせているのだから、鈴木英治なら10年間で70冊か?!。ときどき本屋をのぞいて、いくら何でもまだそんなに経っていないから、新刊が出ているなんてあり得ないだろう、と思って行くと、それが何としっかり、本棚に並んでいるのである。唖然、愕然、呆然・・・。

 
▼第1回角川春樹小説特別賞受賞作(1999年)=ハルキ文庫

 ・義元謀殺・上下  (2001年9月18日第1刷発行)

▼剣豪ミステリー(ハルキ文庫)

 ・飢狼の剣      (2001年6月18日第1刷発行)
 ・闇の剣        (2002年3月18日第1刷発行)
 ・怨鬼の剣      (2002年11月18日第1刷発行)
 ・半九郎残影剣   (2003年4月18日第1刷発行)
 ・半九郎疾風剣   (2003年9月18日第1刷発行)
 ・水斬の剣      (2003年12月18日第1刷発行)
 ・魔性の剣      (2004年4月18日第1刷発行)
 ・夕霧の剣      (2004年9月18日第1刷発行)
 ・烈火の剣      (2004年12月18日第1刷発行)
  ・白閃の剣      (2005年9月18日第1刷発行) 
 
▼手習重兵衛シリーズ(中公文庫)

 ・闇討ち斬       (2003年11月25日初版発行)
 ・梵鐘          (2004年1月25日初版発行)
 ・暁闇          (2004年3月25日初版発行)
 ・刃舞          (2004年9月25日初版発行)
 ・道中霧         (2005年3月25日初版発行)

▼父子十手捕物日記(徳間文庫)

 ・父子十手捕物日記 (2004年12月15日初版)
 ・春風そよぐ      (2005年1月15日初版)
 ・一輪の花       (2005年2月15日初版)

▼口入屋用心棒(双葉文庫) ※新シリーズ

 ・逃げ水の坂      (2005年7月20日第1刷発行)

卸電力取引所で「先渡し取引」成立

カテゴリー: 経済/デリバティブ

  17:18


  日本卸電力取引所(菅野明理事長、東京都港区芝浦1-7-14岡家寿ビル4階=JEPX)の「先渡し市場」で5月9日から13日の間に3件の取引が成立した。5月14日付日経紙が報じた。同紙によると、約定があったのは1ヵ月、午前8時から午後10時まで同じ量の電力の送受電契約を結ぶ「昼間型」の6月と9月の取引。約定した電力量は合計534万8000㌔㍗時。

 電力の調達コスト削減策として期待されているJEPXには電力会社や新規参入事業者などが参加し、今年4月1日から取引を開始。2-4日間で供給する電力を売買する「スポット市場」では初日から取引が成立していたが、先渡し市場では約定するまで1ヵ月以上を要した。

 電力の小売り自由化は2000年3月21日にスタート。04年4月1日からは契約電力500㌔㍗以上が自由化され、今年4月1日から上限が50㌔㍗以上に引き下げられた。この結果、小規模工場なども市場から電力を購入できることになった。総販売電力量の6割以上が自由化されたことになる。

 今後、余剰電力市場での取引が活発化していくかどうかは不透明。売電側がまだまだ取引そのものに不慣れなためで、時間が掛かりそう。家庭向けを含めた全面自由化については07年度に本格的な検討が始まる見通し。取引対象が電力であるだけに、不正取引や市場操作も懸念される。市場経済の成熟度が試される。

六本木ヒルズクラブ

カテゴリー: 東京日誌

2005/05/14  13:13


 東京タワー(高さ333m)というのは下から見上げるものだとばかり思っていたが、六本木ヒルズ森タワー51階の「六本木ヒルズクラブ」(東京都港区六本木6-10-1)からだと見下ろす感じになるのがひどく不思議だった。森タワーの最高部は238.06m。少し離れているからだろう。

 東京のすべてを見渡せる眺望の中に、8つのレストラン・バーを配した斬新かつゴージャスな作りだ。イベントなど文化活動を通した交流の場としても使える新時代の会員制クラブを謳っている。メンバーの知人に連れられて行った。それまで存在すら知らなかった。

 シティクラブ・オブ・東京、東京アメリカンクラブ、日本記者クラブなど日本にもクラブは増えているが、六本木ヒルズクラブは規模、施設、内容のどれをとっても桁違いの超巨艦クラブ。新型バブルの再来のように感じられるが、それはともかく、現代日本の1断面を象徴する施設には違いない。

 旧時代のクラブはロンドンの会員制紳士クラブだろう。テムズ川近くの閑静な場所にはナショナル・リベラル・クラブ、リフォームクラブなど格式の高いクラブがひっそりと軒を並べている。近代的なビルとはかけ離れた古めかしい石造りの建物で、会員はクラブの図書室で静かに調べ物をしたり、書斎で思索に耽ったり、とにかく静か。地方の会員のための宿泊設備も備えている。

 世界の味を一カ所で楽しめるのも決して悪くはないが、大切なのはそこだけでしか得られない独自の味を提供することではないのだろうか。それが文化であり、その文化活動の拠点がクラブではないか。新規性を追求する貪欲な姿勢は貴重だが、伝統を踏まえない新規性は味わいを欠く。そんなものはお金で買えるからだ。

 そんなことを考えていると、なぜか中学時代の国語の先生から教わった言葉が頭に浮かんだ。

 伝統なき創造は盲目である。
 創造なき伝統は空虚である。

東寺

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2005/05/11  00:11


 近鉄京都線に乗って京都駅向かう途中、その五重塔のあまりの美しさに魅せられて、「東寺」(とうじ=京都市南区九条町1番地)の境内に足を踏み入れた。新幹線の中から、いつも眺めていたが、実際に境内に入ったのは初めてのような気がする。

 真言宗総本山。その象徴が弘法大師が天長3年(826年)創建に着手した五重の塔だ。しばしば災火をうけ消失すること4度。現在の塔は寛永21年(1644年)徳川家光の寄進によって竣工した高さ55mの、現存する日本の古塔中最高の塔だとか。

 境内の中心に建つのが金堂。本尊の薬師如来の左右に月光菩薩と日光菩薩が鎮座する。金堂の隣に建つのは講堂。大日如来を中心に、四天王、帝釈天など21体の仏像が安置されている。
金堂だったか、講堂だったか、もう忘れたが、立て掛けてあったのが「十界」。思わず、コピーを買ってしまった。10円也。

 ▼十界

 ■悟

 如来  自らも悟り、又他をも悟らせつつあるもの。自他平等の状態。
 菩薩  他と共に悟りを得ようとして願をおこし、修業しているもの。初めて自己を超えた
      状態。
 縁覚  生活の中から独り悟りを見つけ出した状態。生活者。
 声聞  教えを聞くことによって真理を学びとろうとしている状態。学生。

 ■迷 

 天   勝れた楽を受けるが、なお苦を免れない。求めることはすべて充たされた人間の最        高の状態。しかし、そこにもなお苦がつきまとう。
 人間   堕落することもできるし、悟ることもできる。そういう間的存在。地獄と仏の間、
      人と人の間、生と死の間。
 阿修羅 嫉妬心が強く、常に不安がつきまとい、戦うことばかりやっている状態。
 畜生   互いに他を餌食として生長し、自分のことしか見えない状態。
 餓鬼   飲食が得られないために苦の止む時がない。欲求不満の状態。
 地獄   極苦処ともいう。生きていることすべてが苦であるという状態。

愛・地球博

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き

2005/05/10  23:31


 ■名称
 正式名称:2005年日本国際博覧会
 略称   :愛知万博
 愛称   :愛・地球博

 ■テーマ
 自然の叡智

 久々のゴールデンウィーク7連休(5月2日-8日)。前半は郷里で引っ越しに費やしたが、最後の週末だけは名古屋の友人宅に1泊し、8日(日)丸1日を掛けて、万博会場(瀬戸会場-長久手会場)を歩き回った。人気の企業パビリオンは行列が長く遠慮、結局、見たのは4館どまり。

・ガスパビリオン・炎をマジックシアター
・三井東芝館・スペースシップ
・JR東海超電導リニア館・

 それに愛・地球博のテーマ館「グローバルハウス」。ここでは世界初のスーパーハイビジョン映像のほか、最古の人類の頭骨、月の石、約1万8000年前の冷凍状態のマンモスなど。

 また、グローバル・コモンではサウジアラビア、イラン、スリランカ、カンボジアなどの外国館の展示をのぞいた。

 とにかく広い。人気NO1のトヨタグループ館を見ず、しかも全体の一部を駆け足でみたぐらいで全体の評価などおこがましい。それでも敢えて言えば、瀬戸会場と長久手会場を結ぶゴンドラ(無料)からの眺めがいやに印象的だった。

ハードアクション「レディ・ウェポン」

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2005/05/01  12:54


 流石、土曜日まで仕事だと、体の芯まで疲れてきて、仕事への意欲は急降下。とにかく、仕事を続けることが苦しくなって、ルーチンワークの終了間際には、ソファにへたり込んでしまった。おまけに、こういう時には、くも膜下あたりでも鈍痛が始まり、危険信号を発信しだす。

 ようやく仕事から解放されたのは17時すぎ。朝6時半から働いている身にはたっぷり過ぎる労働時間だった。要は過労ですな。このままの気分で家に帰るのもシャクだったので、思いついたのがアクション映画館「新橋文化劇場」(JR新橋駅烏森口徒歩1分)。

 ここはいつも2本立てで、うち1本は必ずハードアクション物を上映している。線路下にあって、通り過ぎる電車音も聞きながらの鑑賞だから、料金も大人900円と格安。しばしの時間つぶしにはふさわしい価格ではないか。

 お目当ては「レディ・ウェポン」(2002年香港映画、チン・シウトン監督)。殺人マシーンとして育て上げられた2人の美女(マギー・Q、アンヤ)の壮絶な戦いが見物で、ストーリー性は二の次。気分転換にはもってこいだ。

 ”次いで”に観たのは「80デイズ」(2004年アメリカ映画、フランク・コラチ監督)。ジュール・ベルヌの名作「80日間世界一周」を基に作られたファミリー・アドベンチャー大作。時は19世紀。まだ飛行機もない時代に、たった80日で世界一周が果たしてできるのか。英国の発明家フォッグ氏(スティーブ・クーガン)、同氏の助手パスパルツゥー(ジャッキー・チェン)、それに美しいフランス人女性モニク(セシル・ド・フランス)の3人が挑む大冒険物語。

 映画はその世界に浸れるのがいい。しばし、現実から逃避できる。疲れが吹っ飛んだのかどうかは分からないが、体が軽くなったのは確か。ストレスに満ち満ちている現代。何でもいい。ストレスを発散し、解消する場所やツール、仕掛けをどれだけ持っているかがこの時代を生き抜く秘訣なのだろう。

 

逆張りの風邪退治

カテゴリー: 東京日誌

2005/04/29  15:11


 体調が思わしくないな、と感じたのは、この日(4月28日)が締め切りの原稿を一心不乱で校正していたとき。全国的に晴れ渡り、気温も30度近くにまで上昇するとの予報が朝から流れていた。そのせいかどうか、店の冷房もよく効いていた。それが良くなかったのだと思う。

 大体見終わって、デスクに上がると、鼻のグズグズは本格化。会議を1つこなして午後は外出。戻ってまた会議。夕刻6時をすぎるころには全身がだるさに捕らわれた。完全に風邪の症状である。何とかしなければならない。

 仕事を早めに切り上げて、向かったところが天然温泉「極楽湯」和光店。お湯につかり、サウナに入って汗を流す。水風呂に使って、身体を冷やし、またサウナ。これを繰り返すこと5回ばかり。最後は寝湯で、リラックス。

 もう30年近く、このやり方で風邪を退治してきた。今回違うのは温泉ではなく、スポーツクラブだった。プールで泳いだ後、サウナー水風呂の繰り返し。へたすると、肺炎を併発してあの世行きだぞ、と脅かされながらも、逆張りのこの方法一途。信じて疑わない。信ずる者は救われる。

 それにしても、サウナにまでテレビを持ち込むのは何とかしてもらいたい。サウナは汗をたらたら流しながら、孤独な思索に耽る場だ。おまけに、「こうしちゃだめだ、ああしてください」とやたら、アナウンスが多過ぎる。とても落ち着いて、のんびりできない。いっそ、「騒音の湯」にでも名前を変えますか。