クラブ帝

カテゴリー: 東京日誌

2006/01/21  15:57


 寒波の到来で、翌日の未明には雪がちらつくとの予報が出ていた1月20日(金)の夜。会合があったので、短時間、仕事を抜け出し銀座を足早に歩いていたら、匂ってきたのが花の香り。近寄るにしたがって、その香りは強まるばかり。

 そして、目の前に現れたのが背丈に近いスタンドに飾られた生花の行列。バラやかすみ草など知っている花、知らないたくさんの花。銀座日航ホテルの対面の角からヤナセのショールームまでのワンブロックの歩道は花のスタンドで埋め尽くされた。距離にして約200メートル。

 「祝御誕生日 クラブ帝 中原瑞枝ママさんへ」-。どの花にもメッセージが添えられていた。さすが銀座である。美観、壮観、圧巻。道行く善男善女も立ち止まって見とれたり、写真を撮ったり・・・。この世の花園のようでありました。

 でもどうしたことか、花を捧げた紳士たちの肩書きを見ても、知らない社名ばかり。一部上場企業のエグゼクティブ氏たちも銀座で飲んでいるはずなのに、これはどうしたことか。自分の名前を出すのがはばかれるのか、それとも自腹で飲んでいないからなのか・・・。

 Club Mikado。そう言えば、銀座で”豪遊”したことがわが人生で2度。どちらもはしごした店の数は5軒はくだらない。夜7時ごろから飲みだして、切り上げるのは2時、3時。どの店で飲んだのかも定かではない。銀座で飲むのは男の甲斐性か。

 会社や他人の金でなく、自腹で思いっきり飲めるときが、果たして生きているうちにあるのだろうか。いつかは実現してみたいものだ。人生の持ち時間はそんなに多くなくなってきているが、ささやかで愚かな夢かも知れない。でも、夢はないよりましか。

高野山東京別院

カテゴリー: 東京日誌

2006/01/17  23:30


 高野山(和歌山県)は弘法大師・空海が弘仁7年(816年)に嵯峨天皇から開創の勅許を得て、真言密教の根本道場として開いた真言宗の聖地だ。総本山は「金剛峰寺」(こんごうぶじ)と呼ぶのだそうだ。しばらくすれば、開創1200年迎える。

 この高野山の”東京事務所”が東京別院である。東京都港区高輪。別院は徳川幕府時代における高野山の江戸在番所として元禄年間に芝二本榎に創立された。高野山の重役の交代や参勤交代などもっぱら幕府との折衝役を務めるのが主たる役割だったという。

 過日、大口ユーザーの先代社長が亡くなられ、葬儀が催されたのがこの東京別院。場所が場所だけに、てっきり仏式だと思っていたら、神式。神官が葬儀を主宰し、故人に捧げたのも榊だった。

 最近は仏閣も施設を貸し出すのだと言う。仏閣が神社に場を貸すというのも珍しくなさそうで、びっくりするほうがおかしい、のだそうな。高輪あたりは理由が分からないが、とにかくお寺が多い。最も有名なのはご存知、泉岳寺。

 

印度カレー中栄

カテゴリー: 東京日誌

2006/01/16  23:28


 ミーティングのため築地市場内に行った帰り、ときどき立ち寄るようになったのが「印度カレー中栄(なかえい)」(東京都中央区築地5-2-1中央卸売市場内1号棟)。カウンターだけの、どうってことのない店だけど、これが何とも歴史があるのだ。

 大正元年、日本橋の魚河岸(昔は魚河岸は日本橋にあった)にて創業。関東大震災後、築地に移転し現在に至っているそうな。伝統の味である。その味を作るのはで伝統製法。タマネギの皮むきから最後の仕上げに至るまで、手作りにこだわるのが中栄流。

 辛口の印度カレー、甘口のビーフカレー、さらにはハヤシライス。このうち2種類を盛った合いがけは名物。とにかく速い、安い(500円)、うまい。商店街の隣の隣あたりに、なぜか牛丼の吉野家1号店が店を出しているところが面白い。これまでも、もちろん今も、この店だけでは牛丼を食べられたのは嬉しかった。

 カレー皿の脇に千切りキャベツが盛られているのがこれまた中栄流。キャベツをルーに混ぜ込みながら食べるのだ。大雪でキャベツが高騰。「大変ですね」と言葉を掛けると、「そうですね。でも仕方ないですよ。安いときもありますから」と4代目社長の円地政広氏は威勢が良かった。

ねりめん亭

カテゴリー: 東京日誌

2006/01/15  20:51


 昨年暮、知人に連れられて初めて行ったのが「ねりめん亭」(東京都杉並区高円寺北2-21-6)。鮮魚と手打ちうどんの店。鮮魚のプロが「あの店のトロはうまい」と保証するほどで、確かに、うまかった。

 鮮魚は名の如く、新鮮なほうがおいしいとばかり思っていたが、そうでもないらしい。特にマグロはそのようだ。マグロはむしろ水揚げしてから、冷蔵庫などで少し寝かしたほうがうまいとか。とりわけ、腐る寸前のトロほどうまいものはないそうで、通は「あのねとねと感がたまらない」と言う。

 その味を出せるかどうかは目利き次第だ。目利きができる魚のプロのみがそのうまさを知っているのだそうな。こと、マグロについては、築地の寿司屋が一番うまいというのは間違いで、きちんとした素材を仕入れたすし職人の握ったトロがうまい、ということになる。何でも重要なのは確かな目利きのようである。

 あのときの、あのねとねと感が舌にこびり付いていたせいか、今年の家族の新年会は「ねりめん亭」にした。生憎、トロはなくて赤身だったが、関アジを含め、いずれも新鮮で、美味だった。お奨めの一品料理も吟味された素材が調理されて非常にGood。締めの「うどんすき」もボリュームたっぷり、もちもち感の手打ちうどんで大満足でした。

NYMEXのGA売却が頓挫の危機

カテゴリー: 経済/デリバティブ

2006/01/13  03:05


 ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)が新規株式公開(IPO)に向けた第一歩として、株式の10%を民間証券会社ゼネラル・アトランティック(GA)に1億3500万ドルで売却するとの計画は頓挫する危険にさらされているようだ。

 GAはNYMEXの資産価値を13億5000万ドルと弾き、その10%である1億3500万ドル分の株式取得を持ち掛けているが、ここへきて全米最大のデリバティブ取引所であるシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)がNYMEX株取得に関心を表明したためだ。

 NYMEXの株主の間でもGAが買収金額を上積みしないことやGAをパートナーに選択した過程の妥当性を問題視する向きも出てきているという。消息筋によれば、CMEはGAの提案を上回るオファーを示す用意があるとされる。

 CMEは「グローベックス」という取引システムを有しているほか、米国内でも最大の流動性を持つ市場。NYMEXとCMEとが組めば、シナジー(相乗)効果が大きく高まるのは確実だ。CMEの市場規模は130億ドル。1日当たりの取引件数は約420万約定に上る。

大雪

カテゴリー: 東京日誌

2006/01/10  23:52


 30年ぶりといわれる今年の大雪は本当に寒い。もう何年も、暖冬の心地よさに身も心もなまり切り、今年の冬も暖冬予報を信じ切っていたところを不意打ちを食らった格好だけに、予想外の寒さも一入だ。

 地球温暖化の進行が喧伝され、もう寒い冬なんて、永遠に来ないのではないかと安易に信じ込んでいた自分が馬鹿だった。何でこんな寒さが突然襲ってくるなんて・・・。寒さに震えながらも、まだ納得のゆかないのは自分だけか。

 雪には慣れているはずの雪国の人たちさえも、「もうこれ以上の雪はたくさん」と弱音を吐くほどの豪雪だけに、雪の大変さを改めて思い知らされた形だ。沓掛哲男防災担当相が1月7日新潟県入りし、4メートル近い積雪を記録した津南町や十日町市の状況を視察。長岡市では地震で被災した旧山古志村の住民が暮らす仮設住宅を訪れ、住民を激励した。

 旧山古志村(現長岡市)を新潟県中越地震(M6.8)が襲ったのは2004年10月23日午後5時56分。死者51人、重軽傷者約4800人、大規模半壊以上の住宅は約5300棟。

 当時、山古志村の村長だった長島忠美さんは今は衆議院議員。長島さんが昨年末12月26日(月)日本記者クラブで明らかにしたところによると、「683世帯のうち、1年経って村に戻ることができたのは24世帯。あとは依然仮設住宅暮らし」。この実態が世の中にはきちんと伝わっていないという。地震が時間とともに風化していくことをひどく恐れている。

 住民の耐えられる帰村のリミットは今年9月だと、長島さんは言う。それまでにどのくらいの村人が帰村できるか。7割が帰れば最終的には9割になる。6割なら8割どまり。大雪は生活再建に必死の村人にとって実に重い。

在日米軍再編問題

カテゴリー: 東京日誌

2006/01/09  20:14


 在日米軍の再編は今年の日米間の大きな外交課題だ。中間報告が出ており、日米政府間の合意も成立したが、肝心の沖縄県が合意案に反対の立場を貫いており、問題の複雑さを浮き彫りにしている。

 この沖縄に私は行ったことがない。新聞はできるだけ丁寧に読んでいるが、土地勘がないので、分からないことが多い。「なるべく若いうちに自分の足で世界史を固めるべきだ」-ベトナム戦争写真報道で名を馳せた故岡村昭彦氏がどこかで書いていたことを覚えている。自分の目と足で確認し、その問題を考えるのが最低限必要なことだ。なるべく早く行きたい。

 日米両政府が在日米軍再編に関する中間報告で合意したのは昨年10月29日、ワシントンで開いた外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)。最大の焦点は沖縄県宜野湾市にある普天間飛行場を同県名護市にある米軍キャンプ・シュワブの沿岸に移設すること。

 しかし、この合意案には稲嶺沖縄県知事も名護市長も強硬に反対しているのが実情だ。稲嶺知事は1998年、普天間飛行場の代替ヘリポートをキャンプ・シュワブのある名護市辺野古沖に移設する案に反対した大田昌秀前知事に代わって就任。「軍民共用」「15年の使用期限」の2条件を付けた上で「辺野古沖埋め立て案」を受け入れた。

 今回日米双方が合意したのは同じ辺野古でも「沿岸部」への移設案。この沿岸部案では陸上部分も含まれ、文化財保護の問題も出てくるという。現地を知らないから、この辺野古の「沖合い埋め立て」と「沿岸部」の違いが今ひとつ分からない。「埋め立て」が認められて、「沿岸部」が認められないのはなぜなのか。

 稲嶺知事は昨年12月20日、日本記者クラブで会見した際、「辺野古埋め立て案が実現不可能なら、辺野古沿岸部案はさらに超不可能な案だ」と受け入れ拒否の考えを強調した。埋め立て案以外なら県外移設しかないとの姿勢を確認したものだ。知事は「(埋め立て案)を受け入れる方針で全力で取り組んできた。大変な思いで積み重ねてきたのに、別の提案が出てきた。これは次元が違う。納得できない」と指摘した。

 私には原則論のように聞こえたが、知事の言うように、「うちなんちゅう」(沖縄人)と「やまとんちゅう」(大和人)との間には微妙な意識の差があるのだろう。この差は永久に乗り越えられないものだろうか。

 地元関係自治体が軒並み拒絶反応を示している中間報告。政府の地元説得は難航しており、予定通り、今年3月までに最終報告を策定できるかどうか極めて不透明な情勢だ。

 テロや大量破壊兵器など新たな脅威に対処するため、米国が世界的規模で進める米軍兵力の見直しが米軍再編。IT技術の進展など軍事革命の成果を基に、機動展開力に優れた態勢に変革することを目指している。冷戦の名残を残す在欧米軍を中心に兵力を削減し、米本土の防衛強化を狙っている。在日米軍再編は2003年11月から本格協議が始まった。

謹賀新年2006

カテゴリー: 東京日誌

  18:04


 新年は郷里の丹波で迎えた。元旦の最初の炊事はその家の当主の重要な仕事ということで、水を沸かし、雑煮の支度をした。とは言っても、大晦日のうちに(実際には元旦未明に)、下ごしらえは既になされており、後は子供でもできる作業だけだったのは嬉しい。

 家には至るところに神さんがいる。炊事場(台所)には水の神様、もちろん神棚には天照大御神が鎮座されている。神さん以外にも、仏さん、前栽にはお稲荷さんがお神酒を待っている。それを済ませた上で、白味噌雑煮で祝う。これを食べないと正月が来た気にならない。

 食事を済ませてから、氏神様とお寺に参るのが正月の決まり。氏子ではないが、最近は町の真ん中にある厄除け神社への参拝も加わった。ここでは銅鐘を自由に付けるのが人気だ。ついでにおみくじを引くのを楽しみにしている善男善女も多い。

 行きは東名-名神-中国道、戻りは中国-名神-中央道。走った距離は1500キロ。大雪の谷間に往復したので、雪害は辛うじて回避できたので良かったが、中央アルプス、南アルプスは見事な雪景色。駒ケ岳SAの信南レストランで食べた駒ケ根名物「ソースかつ丼」は町興しの一品らしいが、朝っぱらだったせいか、胃にもたれて辛かった。

 さて、新年はいかなる年になるのか。激動、激震の後は激甚か。あるいは打って変わって静寂が支配するのか。市場経済化の動きは一層、速まるのか。それとも、反動が起こるのか。気になるところだ。

 確かなことは何かが起こるのを待っていても駄目だということだ。幾つかの変動を事前に予想し、その場合にどう対応するかを自分なりに考えておくことだ。それさえしておれば、いざの時にうろたえなくて済む。少なくとも、混乱し、取り乱すことはあるまい。重要なのは覚悟だ。どんなことが起ころうと、それなりに対応できる態勢を整えておくことだ。

 それでも想定外のことが起こったら、それはそのときのこと。精一杯うろたえ、力一杯混乱し、思いっ切り迷走するのだと覚悟しておけばいい。人生は有限だ。生き直すことはできないのならば、たった一回の人生、自分に忠実に生きるしかあるまい。後は神のご加護があるかないか。それは神のみぞ知る。

海外移住資料館

カテゴリー: 途上国/ODA

2005/12/24  23:57


 「日本人の海外移住は100年以上の歴史をかさねてきました。現在、海外で生活する移住者やその子孫の数は250万人となり、ここ10数年、就労や勉学を目的に約30万人の日系人とその家族が来日し生活しています」

 こうした海外移住の歴史および移住者と日系人の現在の姿を展示しているのが独立行政法人、国際協力機構(JICA)の海外移住資料館(神奈川県横浜市中区新港2丁目3番1号)。東急みなとみらい線みなとみらい駅、あるいは馬車道駅から歩いて10分。

 海外移住の歴史や移住者の現地での暮らしぶりなどについて、趣向を凝らした展示が行われており、海外移住について多角的に知ることができる貴重なスペースだ。

 ペルー移民について調べに出掛けたクリスマスイブは企画展「広島はどうして海外移住者が多いの?」が開催されていた。

・明治政府が推進した海外殖民事業の先駆けとなったハワイ官約移民(1885年)に最も多く応じたのが山口県の420人、次いで広島県の222人。サトウキビ耕地の仕事に就いた。これが好評で、実績を積んでいく。

・この先例が北米、南米へと広島県民の海外移住に拍車を掛ける。ハワイ側も山口、広島を特定した募集を要請。実績が故郷に伝わり、親族を呼び、村の移住熱を高め、さらに移住を呼ぶ。広島は全国一の移住者11万人の「移民王国」になる。これに楽天的で穏健な県民性などの要因も加わった。

鍋島高明著「相場ヒーロー伝説」

カテゴリー: Books

2005/12/18  20:05


 鍋島高明氏から新著「相場ヒーロー伝説ケインズから怪人伊東ハンニまで」(河出書房新社)が届いた。「相場師奇聞」、「賭けた 儲けた 生きた」に続く相場師列伝シリーズの第3弾だ。氏は日経商品部の記者出身で、平成9年には「市場経済研究所」を設立し、現在代表取締役を務めておられる。古本のインターネット販売「五台山書房」の店主でもある。

 「ホリエモンや村上ファンド、楽天など若い投機師が市場の話題を集めていますが、リスクに挑戦するのは若者たちの特権でしょう。そして彼らの源流を辿っていくと、大物相場師たちが群れを成している光景を目の当たりにします」と添付されていた挨拶状にはあった。

 お金を嫌いな人はいないのではないか。ある意味で、誰もがお金のために働いている。生活していく上で必要最小限なお金だけで満足できる人もいれば、もっともっと欲しいと思っている人もいるだろう。お金を儲けること自体に喜びを感じ、生きがいを覚える人もいよう。相場師はそのような人種である。

1.フッガー家三代 ヤコブ1世・同2世・アントン
2.神屋寿禎・宗湛-秀吉の寵愛を受けた「筑紫の坊主」
3.ヤコブ・リトル-「ウォール街の巨熊」と呼ばれた男
4.ヴァンダービルト-70歳でウォール街に乗り込む
5.山城屋和助-生糸相場で豪快な取引
6.渋沢喜作-大敗も喫した投機道の達人
7.安田善次郎-売り手とならず書い手に徹す
8.9代目渡辺治右衛門-東京屈指の土地長者
9.浅野総一郎-憧れの「銭五」を超えた事業王
10.中野武営-4半世紀に亘り東株を指揮
11.竹原友三郎-相場道に徹し、巨富築く
12.今村清之助-ドル相場で機略縦横
13.小野金六-甲州財閥3人男として勇名馳せる
14.寺田甚与茂-徒歩主義に徹した「貨殖の鬼才」
15.高橋直治-1代で没落した「小豆将軍」
   板谷宮吉-北の海運王は戦争のたび巨利
16.岩下清周-リスクを引き受ける「男の中の男」
17.清水石松-蛎殻町切っての名物男は侠骨の士
18.小池国三-堅実なサヤ取りで大成果
19.杉野喜精-7番番頭から一気に山一社長
20.バーナード・バルーク-ボクサー志願から相場の達人へ
21.山本唯三郎-大正バブル飾る「虎大尽」
22.吉村友之進-横浜取引所切っての大相場師
23.穴水要七-投機心の塊、紙業界揺るがす
24.鈴木隆-小学校教諭から大富豪へ
25.J・M・ケインズ-右手に『一般理論』、左手に80万ポンド
26.林荘治-金解禁めぐる混乱で巨利
27.近藤荒樹-金融王にして”相場の神様”
28.伊東ハンニ-昭和の天一坊か、天才か
29.アンドレ・コストライニイ-ブダペスト生まれの大投機師