民衆にとっての「墓」とは何か

カテゴリー: 墓参/地域活動, 講演会/シンポ/セミナー/勉強会

2019/02/26  22:43


 

民衆にとっての「墓」とは何か

 

エジプトのミラミッドにしても、日本の古墳にしても、それは支配者の墓であって民衆の墓ではない。名もない民衆にとって、死者とはどういう存在だったのか。墓とはどういうものだったのか。

日本は少子高齢化のトップを走り、個人化している。長い間、「日本の葬送は古来より不変の慣習」という神話がはびこってきた。この「葬送」はいま大変動期を迎えている。

葬送ジャーナリストの碑文谷創(ひもんや・はじめ)氏を迎えて2月26日午後7時から、日比谷図書文化館(千代田区日比谷公園)で「民衆にとっての墓との変遷-葬送の原点を探る」と題する講演会が開かれた。

碑文谷氏は1946年、東北出身の73歳。私より2歳年上だ。東京神学大学大学院修士課程中退。出版社に勤務し、44歳で独立。それが葬送文化専門雑誌『SOGI』。編集長を4半世紀務める。

・フランスの歴史学者フィリップ・アリエス(1914-1984)によると、人間は「死者を埋葬する唯一の動物」だという。

・DNA鑑定の結果、現代のヒトであるホモサピエンスにはネアンデルタール人の遺伝子が1~4%ほど含まれているという。ネアンデルタール人は「滅亡」ではなく、新人と混血して亡くなったとの説も出ている。

・3世紀頃から豪族の大きな墳墓である古墳が作られた。古墳の中には石室が作られ、遺体は棺に納められ、副葬品が添えてある。人物や動物をかたどった埴輪やさまざまな用具が副葬品として納められた。

・古墳文化は3世紀後半から7世紀にかけて造営された土を高く盛り上げて築造された権力者、豪族、位の高い人やその家族等の大規模な墓。手厚く葬った葬法「厚葬」(こうそう)も儒教文化が伝来すると6世紀頃から次第に少なくなる。

・厚葬が廃止されるのに決定的な影響を与えたといわれるのが大化の改新で、646年に薄葬令が出されたことによる。大化の改新(645年)は中大兄皇子(後の天智天皇)、藤原鎌足が蘇我入鹿を暗殺し、天皇中心の律令国家建設を目指したといわれる。史実は確定していない。

・薄葬令は古墳のような必要以上の大きな墓を作ることは貧窮を招くと警告する一方、死者の身分により墓を作る夫役の延べ人数の上限を定め、遺体は意っての墓地に集めて埋葬することとし、もがり(遺体を別室に置いて骨になるまで見届ける)や殉死、宝物を副葬品とすることを禁じた。

・弥生時代には土坑墓がみられることから土葬は一般的だったと思われる。土葬以外にも死体遺棄に近い形の風葬(山の麓や海岸などに遺体を置き、自然に還す葬法)で、あちこちに葬られていた姿が想像される。

・これは中世になっても変わらなかったようで、『今昔物語』には平安京の正門・羅生門の上に遺体が遺棄された様子が描かれたり、『八幡愚童訓』には、辻に野捨てにされた死体を犬などが食べるありさまが書かれたりしている。山や麓や川原などに死骸、白骨が捨てられることは珍しいことではなかった。

・長い間、墓を作ることができたのは上層階級に限られており、貴人や官人などを除くと、民衆には鎮めなくてはならない霊魂の存在など認められていなかったかのように思われる。

・浄土に行く。山の上にある霊山。あるいは海の麓にある。中世までは土葬、風葬などが入り交じっていた。

・火葬は統計上100%。土葬は約120件。年間死亡者数は137万人。明治の20年代の火葬は20数%で、土葬のほうが多かった。火葬の最初は700年の僧道昭(中国から来たお坊さん)の時と「続日本記」に書かれている一方で、659年ごろの和歌に火葬の煙を詠んだものがあり、こちらを記録上最古とする説もある。仏教が火葬を持ち込んだ以前に火葬があったのではないか。弥生前期紀元前300年ごろに火葬跡が検出されたほか、6世紀後半以降の遺跡からも火葬跡、火葬された人骨が発見されている。

・火葬は薪を用意しなければならないなどお金がかかるなど普及はいま一つ。一般の火葬はなかなか進まなかった。日本人に火葬が受け入れられたのは「白骨化が成仏の徴」とする、仏教による意味づけが必要だった。野蛮だとか熱いとかの意識を抑えた。仏教の影響は大きい。

・一般に火葬が進むのは明治の中頃以降のこと。

・応仁の乱以降の戦国時代は災害、飢餓、戦災の時代である。それまでの寺院は貴族、武士を檀那(スポンサー)にしていたが、農業生産力の向上で力を付けた民衆が村を形成し、民衆が村を形成檀那となる寺院が各地で作られていくことになる。10~30㎝の小型(90㎝を超えない)の稚拙な(石工が作ったものではない)一石五輪塔や石仏が民衆に流行した。

 

神奈川県松田町で河津桜まつり

カテゴリー: 祭り/フェスティバル, 花/木/樹

2019/02/24  23:40


 

菜花と桜のコントラストが鮮やか

 

 

何とも言えない菜の花

 

薄墨桜

 

山の下を東名が走る

 

町内を流れる酒匂川

 

ふるさと鉄道が走る

 

あぐりパーク嵯峨山苑案内図

 

これが河津桜

 

中腹にある会場から下の部分に河津桜がたわわに咲いていた

 

本日は「満開」なり

 

西平畑公園(さくら祭り会場)とあぐりパーク嵯峨山苑(菜花まつり会場=右手上)

 

早咲きで知られるのが河津桜。花の色がソメイヨシノよりも桃色が濃く、花期が1カ月と長いのが特徴だ。ようやく2月。体調がようやく回復し、ずっと家にこもってばかりで外に出たくなった。

最初に思いついたのは伊豆半島河津町の河津桜。京浜急行の河津駅から約1000本の桜が密集して咲いている。しかし起床は8時30分。もうかなり遅かった。

それでも河津町までは車でも結構ある。ネットで調べていたらヒットしたのが同じ神奈川県内でもずっと手前の足柄上郡松田町の桜まつり。パンフレットはことし最初の春をさがしに(河津桜)来ませんか?と誘っていた。

本場の第29回河津桜まつりにはかなわないものの、第21回は伊達ではない。しかも富士山も背景に見える。「関東の富士見百景」にも選出されている。

それで出掛けた。24日はポカポカ陽気でお出かけ日和だった。素晴らしかった。出掛けたのが遅かったので富士山こそ薄ぼんやりとしか見えなかったが、菜の花と桜のコントラストは実に鮮やかですばらしかった。花も満開だった。

 

 

『凶刃』(きょうじん)

カテゴリー: Books

2019/02/23  18:00


 

シリーズ第4作

 

好漢青江又八郎も今は40代半ば、若かりし用心棒稼業の日々は遠い・・・。国元での平穏な日常を破ったのは、藩の陰の組織「嗅足組」解散を伝える密命を帯びての江戸出府だった。

なつかしい女嗅足・佐知との16年ぶりの再会も束の間、藩の秘密をめぐる暗闘に巻き込まれる。幕府隠密、藩内の黒幕、嗅足組ー3つ巴の死闘の背後にある藩存亡にかかわる秘密とは何か。

『用心棒日月抄』『孤剣』『刺客』に次ぐ用心棒シリーズの第4作。前3作が短編連作だったのに対し、これは長編の形をとっている。

内容もがらりと変わった。『刺客』以後16年の長い歳月が流れ、主人公の剣客青江又八郎も40代なかばになっている。この時代、40なかばといえば、そろそろ老いを意識する年齢といっていい。人生の秋に入り始めている。その寂寥感が『凶刃』の隠し味になっている。

『用心棒日月抄』で登場したとき青江又八郎は26歳、独り身の青年剣士だったが、いま歳を重ね、自分の身体がもう若くないことに気づきはじめている。妻の由亀もあと2,3年で40歳になる。3人の子ども(上2人が女子、下が男)も大きく育っている。

かつて「私を、青江さまの江戸の妻にしてくださいまし」といった佐知ももうじき40歳になる筈だ。いつの時代も時間はあっけなく過ぎる。

北国の小藩の武士、又八郎が4たび密命を帯びて江戸に出てくるところから物語は始まる。佐知が属している嗅足組が解散されることが決まり、その知らせを密かに佐知に伝えるのがこのたびの又八郎の任務だ。

これに幕府の隠密、藩内の姿を見えない敵が絡み、3つ巴の死闘が繰り広げられていく。

文芸評論家の川本三郎は解説(ふたつの世界を生きる又八郎)の中で、「又八郎は、2つの世界を生きる両義的存在である。2つの顔を持っている」と指摘している。北国小藩の藩士としての顔と、脱藩して江戸に来た素浪人としての顔である。組織人と自由人の2つの面を合わせ持っている。

「彼は藩と江戸を往還することで、2つの世界を生きる。藩にいるときの又八郎は、組織人として藩の制約のなかに生きる。彼はまた藩内では、由亀との家庭を持つ家庭人である。3人の子どもの父親である」

「藩内にいる又八郎がインサイダーだとすれば、江戸に出てきた素浪人の又八郎はアウトサイダーである。藩の密命を帯びているのだから本質的に藩士だが、見かけだけは細谷源太夫と同じように浪人であり、そして自由人である」

マスカレード・ホテル

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2019/02/20  22:09


 

マスカレード・ホテル

 

作品名:マスカレード・ホテル
原作:東野圭吾『マスカレード・ホテル』(ほかに『マスカレード・イブ』『マスカレード・ナイト』)
監督:鈴木雅之(木村拓哉と『ロングバケーション』『HERO』などでタッグ組む)
キャスト:新田浩介(木村拓哉=警視庁刑事)
山岸尚美(長澤まさみ=ホテルのフロントクラーク)
能勢(小日向文世=ある事件で新田と相棒刑事)
片桐瑤子(松たか子)
上映時間2時間13分@ユナイテッドシネマとしまえん

 

平日の週半ば、午後5時05分開始。いくつか予定がなくもなかったが、キャンセルした。仕事よりも個人の趣味を優先した。個人の趣味のほうが重要だ。

都内で3件の殺人事件が起きる。

第1の事件の犯行日は10月4日。現場は品川。被害者は会社員の岡部哲晴(32)。何者かに紐で絞め殺される。

第2の事件は10月10日。殺害現場は千住新橋。被害者は主婦の野口史子(42)。手で首を絞められて殺される。

第3の事件は10月18日。殺害現場は葛西。被害者は高校教師の畑中和之(53)。ジョギング中に後頭部を鈍器で殴られる。

被害者に共通点は見つからなかったものの、すべての殺害現場に残されていた不可解な数字の羅列から、事件は予告連続殺人事件として捜査が開始された。

警視庁捜査一課の刑事・新田浩介(木村拓哉)はその数字が次の犯行現場を示していることを解読し、都内の高級ホテル・コルテシア東京が4番目の犯行現場であることを突き止める。

しかし、犯人への手がかりは一切不明。そこで警察はコルテシア東京での潜入捜査を決断し、新田をフロントクラークとして送り込んだ。

ホテルマンとしての仕事に誇りを持つフロントクラーク・山岸尚美(長澤まさみ)は、「お客さまの安全が第一優先」のポリシーから、宿泊客の”仮面”を守ろうとする尚美。

刑事として「犯人逮捕を第一優先」に掲げ、宿泊客の”仮面”を剥がそうとする新田。

舞台は超一流の高級ホテル。尾崎管理官、稲垣捜査一課係長ら捜査陣。藤木総支配人、田倉宿泊部長、尚美を慕う若手フロントクラークの川本らホテル側。

それに濱田岳、笹野高史、前田敦子、高嶋政宏、菜々緒、宇梶剛士、生瀬勝久などの怪しげな宿泊客。

様々な対立を背景に第4の犯行は果たしてコルテシア東京で実際に起こるのか。

 

牛ザブトンステーキ

カテゴリー: 食べ物

  00:17


 

5等級「牛ザブトンステーキ用」宮崎牛

 

ザブトンが牛の部位の一部であることは知らなかった。ザブトンは羽のように見える牛の肩甲骨の下の部位であることから「はねした」とも呼ばれ、関西では、その形状が四角く「ざぶとん」に似ているので、「ざぶとん」と呼ばれているという。

 

            ザブトンはここ!

 

座布団の部位を解説!おすすめの焼き方やザブトンに合うお酒」によると、サシがしっかり入っており、焼き肉屋などでは「特上カルビ」として出される場合もあるという。

また「焼肉屋などでは『ロース』として一括りで提示している店舗も多い」ようだ。

IMA専門店街の肉専門店「日南」(練馬区光が丘)では「今日のおすすめ品はこれ!」と100g730円で売っていた。全体で176g。ステーキで食べるには味的にいま一つだが、それを見掛け的に修正し売っているのではないか。

ディープな下町・蒲田

カテゴリー: 旅行/移動/街歩き, 東京日誌Ⅲ

2019/02/19  16:47


 

サンライズ入口

 

サンライズ出口

 

サンロード入口

 

サンロード出口

 

最近、JR京浜東北線蒲田駅によく行く。探していた脊柱管狭窄症の専門医を見つけたからだ。JR蒲田西口から10分くらいの病院だ。京急線蒲田駅は大田区産業プラザがある。ここでは産業関係のセミナーをやっており、ここ数年年に3回くらいは通っている。

総武線の大久保にある東京山手メディカルセンター(新宿区百人町)にも行っている。山手線の新大久保駅のほうが近いが、韓国系のほか、最近は他のアジア系も進出している。

大田区内の2大繁華街は大森と蒲田。2つを足すと大田区になる。京急線蒲田駅からは羽田空港線が延び、大規模改修工事が行われた。京急蒲田駅はびっくりするほど大きな駅に生まれ変わった。

JR蒲田西口周辺はアーケード式の商店街がいくつかある。サンライズとサンロード、一番駅寄りの道路には「バーボン通り」という看板がぶら下がっていた。サンライズは1キロくらいか。手芸専門店ユザワヤは蒲田発祥だという。

蒲田はB級グルメが有名で、とんかつと羽根つき餃子が名物。サンライズ商店街のとんかつ・なべ『多津美』(たつみ)でヒレカツ定食を食べた。少し堅かった。

蒲田が終戦直後に焼け野原と化したことは知らなかった。この蒲田を舞台に、地域医療に生きるヒロイン・梅子(堀北真希)を描く、尾崎将也氏脚本のオリジナル作品(2012年春放送のNHK朝ドラ「梅ちゃん先生」)が放送され、好評だった。

大学病院の医師である父を持つ3人姉兄の末っ子に生まれた梅子だが、父の姿を見て医者を志す。持ち前の負けん気で女子医学専門学校に入学し、卒業後は研修などを経て自宅横に診療所を開き、「梅ちゃん先生」と親しまれる。

確定申告もスマホの時代

カテゴリー: 東京日誌Ⅲ

2019/02/18  22:52


 

作成会場

 

今年も2018年分の所得税の確定申告の受付が18日、全国の税務署で始まった。期間は3月15日まで。給与が2000万円を超えるサラリーマンや給与以外に年間20万円を超える所得がある人、個人事業主などが対象だ。

18年分からはスマートフォン(スマホ)からもできるようになった。パソコン(PC)からでもできないのにスマホでやれと言われても・・・。デジタル・デバイド(パソコン、インターネットなどの情報技術を使いこなせる者と使いこなせない者の間に生じる情報格差のこと)は広がるばかり。恐ろしいほどだ。

午後1時ごろに行った。作成会場で30分ほど行列に並ぶ、作成前の書類チェックから始めた。健康保険料の資料を忘れていた。少し前は源泉徴収表に書かれていたので必要なかった。会社に飼われていた当時の曖昧癖が個人に戻った今もなかなか抜き切れない。

仕様がないので同2時40分ごろにいったん自宅に戻った。自転車で15分ほど。駐車場はなかったが、駐輪場はあった。自宅で書類を用意してから、もう一度税務署に向かった。

着いたのは同3時40分。今度も作成会場の入り口で40分ほど並んだ。3月15日までだが、初日が一番混むという。入場は4時がラストで、それまでに入った納税者までは面倒を見てくれた。

事務職員の力も借りて終わったのは同6時03分だった。PC(スマホ)入力は税務当局には便利だろうが、納税者には何かよく分からないうちに済んでしまう。実際に自分が納得いかないうちに済んでしまう。

中途半端感が抜けない。たった1カ月の間に処理しなければならない。何のための確定申告なのか分からない。のどかな時代は終わった。

ちなみに練馬東税務署の業務は旭町の仮庁舎で行われている。今年6月には耐震工事を終えた栄町の本庁舎に戻る。仮庁舎での作業は今年で終わりである。

2月の地植え

カテゴリー: 花/木/樹

2019/02/17  18:13


 

上段はブライダルベル(左)とプリムラ、下段はマーガレット(左)とデルフィリウム

 

何とか地植えした

 

わが家の庭にこれから春にかけて咲く花を地植えした。4種類の花を植えたが、アネモネを枝垂れ梅の下に植えた。球根から植えるのが普通だが、既に花が咲いていた。5月まで咲くそうだ。

玄関前には毎年11月に3色パンジーを買って4つの鉢植えにして置いている。パンジーは外で勢いよく咲いているが、寒さに弱いと思ったメリーゴールドは家の中に入れたものの、いつの間にか3鉢とも枯れた。水もやっていたのにどうしたのだろうか。難しい。

アネモネは私が小さなときから名前を聞いていた。今も聞く有名な花だ。しかし、わが家の庭には1つもなかった。新規に植えた花の右手にクリスマスローズが意外と地味目に下向きに咲いている。これからヒメウツギが咲くはずだ。

南向けの隣家との境に金柑が植わっている。欲張りだが、ほかにカイドウとアジサイも植えている。金柑は3つ実を付けた。ただ食べるには硬いようだ。

これまでほとんど肥料をやったことがないが、金柑とアネモネなどにも固形燃料をばらまいた。買い置きの緩効性化成肥料「おだやか効きめの永もち肥料」(チッソ、リン酸、カリ配合)を花の周りに結構たくさん追肥した。

 

うまく育ってくれ!

21日朝、よく晴れた青空の下でじっくり眺めた。水もやったし、世話をすればするほど育つ植物はいい。人間はあまり手をかけすぎてもうまくいかない。

 

脱システムこそ冒険

カテゴリー: Books

2019/02/15  11:36


 

日本人で初めて冒険の本質に迫った『新・冒険論』

 

作品名:『新・冒険論』
著者:角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
出版社:集英社(インターナショナル新書)

 

角幡唯介氏は作家、冒険家。1976年、北海道生まれ。『空白の五マイル』で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、『雪男は向こうからやってきた』で新田次郎文学賞、『アグルーカの行方』で講談社ノンフィクション賞を受賞。

探検と冒険の違いを「脱システム」という概念で区別している。「探検というのはシステムの外側にある未知の世界を探検することに焦点をあてた言葉であり、冒険のほうはシステムの外側に飛び出すという人間の行動そのものに焦点をあてた言葉だ」という。

「私はよく探検は土地が主人公の言葉で、冒険は人間が主人公の言葉などといったりもするが、それはこういう意味である。要は同一の行為でも探検を使うのが適切な文脈もあれば、冒険を使うのがよい文脈もあるわけで、私はこうした基準でこの二つの言葉を使い分けている」。

しかし、「本書では基本的に冒険で統一することにした。冒険のほうが意味が広く、汎用性も高いので言葉としてあつかいやすいからだ」という。

「本書は冒険とは私なりに徹底的に記述した本であるが、ある意味、学生時代(早大探検部時代)にこの三原山計画に対して感じていたもやもやとした感情を論理に訴えて説明しつくしたものだともいえる」とし、「キーワードは脱システムだ」としている。

「この本では冒険がシステムの外側に飛び出す行為であることを示し、そのうえで行為としての脱システムがどのような構造になっているのかを明らかにして、説得力のある言葉で冒険の本質を迫るのが狙いである」と書いている。

要は論理でもやもやとした感情を語っているのだ。朝日新聞社をやめて冒険家になった人物だが、論理は面倒くさくて厄介である。面白くなかった。

「人はなぜ冒険をするのか。冒険者は脱システムすることで、自力で命を管理するという、いわば究極自由とでも呼びうる状態を経験することになる。この自由には圧倒的な生の手応えがあるので、一度経験するとそれなしにはいられないようなヒリヒリとした魅力というか中毒性もある。」

「じつはこの自由における矛盾した感覚にこそ、冒険者を何度も冒険の現場に向かわせる真の要因があるのではないかと、私は最近考えるようになった。」

「自由は面倒くさい。自由みたいに自分で判断しなければならない苦しい状況に比べると、管理社会にいるほうがはるかに楽である。現代人にとって自由は不要となってしまったように、私には見る」

「だが、私はそうした管理される状態を望む傾向に抗いたいと思っている。自由には今でも人間が闘って獲得するだけの価値があると思うし、実際、私が冒険的行動をやめられないのも、自然の中で感じられる自由に、生きていることそのものの秘密があるように思えるからだ」

 

「500ページの夢の束」(Please stand by)

カテゴリー: 映画/テレビ/舞台

2019/02/14  20:37


 

500ページの夢の束

 

作品名:『500ページの夢の束』(Please stand by)
2017年アメリカ映画@93分
監督:ベン・リューイン
キャスト:ダコタ・ファニング
トニ・コレット
アリス・イブ
2019年2月14日@飯田橋ギンレイホール

 

「家族と離れ施設で暮らす自閉症のウェンディ。「スター・トレック」が大好きで、脚本コンテストに応募しようと渾身の力で脚本を完成させて1人でハリウッドに向かう。

演技派女優へと成長したダコタ・ファニングが自分の居場所探しの旅に出て成長していく少女を演じたロードムービー!」(ギンレイ通信Vol206)