【プーチン時代】第2次世界大戦後の世界秩序を根底から覆す「ウクライナ戦争」が与えた衝撃

 

袴田茂樹氏(日本記者クラブ会見リポートから)

 

ゲスト:袴田茂樹・青山学院大学名誉教授
テーマ:ゴルバチョフ時代からプーチン時代へ
2022年9月16日@日本記者クラブ

 

8月30日に死去したソビエト連邦最後の最高指導者、ミハイル・ゴルバチョフ元大統領の時代からいまのプーチン時代までを、ロシア現代政治研究の第一人者、袴田茂樹・青山学院大学名誉教授が解説した。

 

■歴史が「先祖帰り」している

 

・ウクライナ戦争が与えた衝撃は世界の歴史の地殻変動と呼んでも誇張ではない。歴史が「先祖帰り」しているイメージを持っている。

・ソ連邦が崩壊し民主主義が広がるのだという楽天的な雰囲気をかなりペシミスティックに見ていた。楽観的な状況が生まれるわけではないと見ていた。

・21世紀になれば「国家、主権、国境、外交」などは博物館行き。欧州連合(EU)は「人類の新たな共同体」と主張していた。

・プーチンのウクライナ侵攻は第2次世界大戦後の世界秩序を根底から覆したのは事実だと思う。歴史のフィルムを100年以上巻き戻した印象を持っている。

・新しく生まれた状況をフランシス・フクヤマ(『歴史の終わり』(対立・抗争・戦争の時代は終わった。平和と民主主義が世界に広がるとの見解を述べている)とは逆に20世紀の前半に酷似していると早い段階から言っていた。人類の長い「歴史の生地」がむき出しになったという感じを持っている。今から思えばフランシス・フクヤマは間違っていた。

 

■今は数日先の状況が読めない時代に

 

・戦争の時代は終わった。日本は平和ボケの典型のような国になった。今から考えれば冷戦時代がむしろ例外だったのではないか。プーチン大統領のおかげで、平和ボケの日本が「軍事費増加」という世論調査の結果も出ている。

・新しい混乱の状況が生まれたわけではなくて、長い歴史を見るとむしろこの状況が歴史の生地である。冷戦時代は非常に安定していたという感じがする。

・冷戦時代は数年先の予想をしていたが、今は数年先どころから数カ月先、数日先の状況が読めない。そういう激動の時代になった。

 

■日本の平和ボケも変わらない

 

・100年どころか、1000年たっても、2000年たっても人間の本質はさほど変わらない。そういうことの現れかとさえ思っている。

・最近「ハイブリッド戦略」という言葉が使われるが、1500年前の「孫子の兵法」(戦わずして勝つのが最上の勝利)とどこが違うのか。フェイク情報戦を含めあらゆる正規軍以外のソフトパワーも動員して戦うこととあまり違わない。

・プーチンのおかげで日本の平和ボケが変わったのか。安倍晋三元首相の暗殺事件を見ると、日本の平和ボケの根の部分は全く変わっていない。

・ロシアのセキュリティーチェックは国会議員1人に会うのもすごいが、セキュリティーの考え方がまるで違う。車は通る、自転車も通るで車の中から狙われる可能性が多いにある。素っ裸の状況の中で何の警護もなしに暗殺されるのは国際的には考えられないことだ。日本人の平和ボケも変わっていない。

 

■ロシア国内で低いゴルバチョフへの評価

 

・ゴルバチョフ時代の本質的な特徴はゴルバチョフが西側で評価が高く、ロシア国内で評価が低い点だ。今日のプーチン政権と正反対だ。ゴルバチョフはこのままではソ連が三等国に落ち込んでしまうと内なる世界に危機感を抱いた。

・ゴルバチョフは事実上、ブレジネフ元大統領の停滞の時代を引き継いだわけで、彼はこのままでは三等国になるとペレストロイカ(改革=世直し)、グラスノスチ(情報公開)、新思考外交(ゴルバチョフ政権が掲げた外交方針)を展開した。

・帝政ロシアの保守派、共産党リーダーたちは外の世界に危機感を抱いた。

・ゴルバチョフも創設にかかわったリベラルな新聞『ノーバヤ・ガゼータ』のD・ムラトフ編集長はゴルバチョフが亡くなったときの弔辞で「ゴルバチョフは私達に30年間の平和を与えてくれた」と述べた。

・世論調査を見てもソ連時代やブレジネフ時代を知っている年配の層で「ブレジネフ時代は一番良かった」という言い方をする。ゴルバチョフ時代の評価は一番低い。

 

■屈辱の90年代

 

・私が19670年にモスクワ大学大学院に留学したときの旧ソ連の知識人達はブレジネフやレーニンの公式見解をバカと仕切っている雰囲気があった。ほんの一握りの知識人の雰囲気だった。熱烈に自由化、民主化を支持した。

・一般国民は経済が良くなったのかということが一番の問題で、生活はゴルバチョフ時代に良くなっていない。テレビでどんな立派なことを言っても、彼の演説は長い。2時間、3時間延々と演説する。テレビで彼の演説が始まると、チャンネルを切り替えるか消すかする人がほとんど。

・若く意欲的なリーダーが現れ、紙を見ないで自分の言葉で自分の考えを述べられる。それにみんなは驚いた。ゴルバチョフ時代の末期には彼の支持率も低下し経済は良くならない。ソ連の状況は決して好ましい姿ではなかった。

・クーデタ未遂事件のあと、ゴルバチョフと真っ向から対立するエリツィンの時代が始まる。90年代はゴルバチョフ時代に輪を掛けたような混乱とカオス、アナーキーな時代になった。

・当時は「安全」も国家によって保証されることはなかった。自由主義、民主主義、民有化経済(略奪化)。こちらのほうが実態に合っていた。

・それまで国有資産だった組織が民営化されたが、一部のエリートがぶん取っただけだった。多くの国民は90年代を「屈辱の90年代」という気持ちで見ている。ゴルバチョフの遺産であるという見方だ。

 

■何も実現できなかったエリツィン時代

 

・私有財産を誰も保護する者はいない。クリーシャ(民間警備会社)を運営しているのは元の組織犯罪グループ。クリーシャに頼らないと安全を保てない。90年代のエリツィン時代はひどい時代だった。

・エリツィンにとって、ロシアというのは世界で最初に人工衛星を打ち上げ、宇宙飛行士も輩出した科学的にも立派な国。教育レベルも高い。天然資源も豊か。共産主義という枠組みを取っ払えば、あっという間に先進国に追いつくという見方をしていた。

・しかし実際は全く逆で、彼は1999年12月31日に辞任表明した。「私は皆さんに許しを請いたい。それは、多くの夢が実現せず、我々が簡単だと思ったことが、たいへん苦しく困難だったからである。灰色の停滞した全体主義の過去から、明るい豊かで文明的な未来へ一足飛びに移るという希望は実現しなかった。私はあまりにもナイーブだった。問題はあまりにも複雑だった。我々は誤りや失敗を犯してきた」。涙を流しながら謝った。

 

■ウクライナを主権国家と認めないプーチン

 

・プーチンは短期間にチェチェン戦争で名前を挙げた。プーチンは「法の独裁」という言葉を使って、結果的に権威主義体制になった。

・プーチンを問題にしてきたのは愛国主義、帝国主義だ。地政学的に周辺国家を影響下に置く彼の行動はソ連時代を乗り越えて帝政ロシアの皇帝賛美に結びついている。

・プーチン自身が共産主義を飛び越えて、ピョートル1世やアレクサンドル3世などを賛美し、ロシアの歴史や伝統的なロシア的統治へ強い関心を持っている。「先祖帰り」をしている。

・ウクライナを認めたレーニンを批判しスターリンを支持している。「ジョージア(グルジア)やウクライナは主権国家ではない。ウクライナ人とロシア人は同じ国民(ナロード)」とも述べている。

・プーチンはアレクサンドル3世を崇拝し2017年11月18日、ヤルタで行われた除幕式で、アレクサンドル3世の言葉を引用した。「我々は常に次のことを忘れてはならない。つまり、我々は敵国や我々を憎んでいる国に包囲されているということ、我々ロシア人には友人はいないということだ。我々には友人も同盟国も必要ない。最良の同盟国でも我々を裏切るからだ。世界全体でロシアには信頼できる同盟者は2つしかない。それはロシアの陸軍と海軍である」

・ゴルバチョフは内なる世界に危機意識を持ったが、プーチンもアレクサンドル3世も内なる世界に危機意識を持った。その1つの例証になると思う。

・ロシアはウクライナを主権国家と認めていない。しかし1945年に国際連合ができたときの原加盟国は51カ国だが、ソ連邦とともにウクライナ、ベラルーシも主権国家として含まれている。都合の良いときには主権国家にして都合のわるいときには主権国家ではないと言っている。ご都合主義だ。

 

■「NATOは東方に拡大しない」と約束したとプーチン

 

・プーチンは「ベルリンの壁の崩壊(1989年11月9日)後、欧米は『NATOは1インチも東方に拡大しない』と約束したではないか。欧米は我々を騙したのだ」と主張している。これは正式な文書になっていないし、米大統領は否定している。

・ロシアのメディアがロシアの情報源を使ってそうした事実はないと報じている。ゴルバチョフも2014年にそうした事実を否定している。(日本国際フォーラムでのコメンタリー「NATO不拡大の約束はなかったープーチンの神話について」袴田茂樹氏。)以下は抜粋。

・最初はロシア紙「新時代」(2016.1.18)掲載の国際記者B・ユナノフの記事。「NATOの元軍事委員会議長K・ナウマンは2010年に、『NATOの東方拡大の否定は、口頭でも文書でも、誰もソ連に対して述べたことはない』と私に言明した。

・ロシア紙「独立新聞」(2015.12.15)が掲載したもので、元ルツコイ副大統領の報道官が「プーチンの生んだ神話」として述べている。「ロシア国民はテレビによって危険な催眠術にかけられ、西側はロシアを敵視し、ロシアを侮辱し略奪し滅ぼそうとしているとの神話が広められている」。この神話の核心は「侵略的なNATO」だ。

・NATO拡大に関し、「欧米はゴルバチョフに拡大しないと約束した」というのも神話だ。ゴルバチョフ自身が2014年10月16日、「当時はNATO拡大の問題そのものが提起されなかった。それは私が責任をもって確言できる」とRussia Beyond the Headlines(ロシアの英語メディア)で述べている。

 

 

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