【トランプ関税③】合理的ではなく信念と独自の歴史観で動く米国を冷静に見ながら「日本は信頼できる国」として実利を取るべき=塩野誠・地経学研究所経営主幹
ゲスト:塩野誠・地経学研究所経営主幹
テーマ:「トランプ2.0-何のための政策で、これからどうなるのか?」
2025年4月25日@日本記者クラブ
世界は「トランプ関税」をはじめとするトランプ米政権の政策に翻弄され、安定した国際秩序を前提としたビジネスが成り立たなくなり、不確実さ・不透明さを増している。
地経学研究所経営主幹で、経営共創基盤取締役マネージングディレクター・アドバイザリー統括責任者の塩野誠氏がトランプ米政権の思考を踏まえ、今後想定される米国の動きと、その中で日本や日本企業は生き残っていくために何をすべきかについて話した。
■地政学に経済をプラスした「地経学」的環境
しばらく前に地政学なる言葉が脚光を浴びた。国際関係を国の地理的な要素(海洋国家や内陸国など)から分析する学問だ。
アジアの一角を占める日本は韓国および北朝鮮、中国、ロシアと国境を海を挟みながらも接している。韓国以外はどの国も独裁国で民主主義国を標榜する日本とは敵対する関係だ。
現在の地理的場所が嫌だからと言っても引っ越しできないのだ。地理的な影響を受けざるを得ない。国際政治学におけるリアリズム(現実主義)と同じである。
最近はそれに加えて国家の経済活動がどのような影響を及ぼすを分析する「地経学」がビジネスの分野で注目されている。
相互依存関係を分析し、その脆弱性を考慮することで、より現実的な政策立案につなげようとする考え方だ。塩野氏はその地経学を研究する地経学研究所の経営主幹である。
■環境変化を気にする日本の企業経営者
・私はこうした話を企業経営者にすることが多いが、いま大きな変化が来ているのではないか。これまでは国際情勢、国際政治などある種政治的なものを気にせずにビジネスにまい進することができた環境がかなり変わり始めていると企業経営者の人たちは思っている。
・何のための政策でこれからどうなるのか。あまりにも日々の動きが目まぐるしくて、いまこのとき何が起きたのか。それをどぅビジネスに活かしていけばいいのか。真面目に考えていかなければならない。そういう時代を迎えている。
・国際秩序と米国の転換期。これはずっと続くのか。トランプ大統領が任期を終える4年後にはまたそれまでのような時代が戻ってくるのか。
・あまりにも大きなインパクトを出してしまった高関税だが、本気に秩序を変えようとしているのか。
■たまたま安定していた安全保障環境
・株が下がり、債券が売られ、ドルも下落するトリプル安が起こっている。こういうことをやっていて元に戻るのか。これを普通に経営者が話すようになった。
・日本の安全保障環境は戦後80年ほど、たまたま安定していたのではないか。そういう期間があったと考えている。
・世界のリーダーだった米国が完全に変質してしまったという印象がある。ビジネスに立ち戻ると、ビジネスは国際秩序の従属変数になってしまったのではないか。
■ロジックではなくカルト
・トランプ2.0は忠実度で固めた政権だが、言っていることはトランプ1.0時代とそんなに変わっていない。ただこれほどまでにやるとは思わなかったという受け止めだ。
・パワーを増したトランプ氏の就任から3カ月。起きたことはトリプル安。これはロジックで説明できない。トランプ氏の信念。カルトだと思った方がいい。
・貿易赤字は悪、経済はゼロサムゲーム。多国間協調ではなくて、国家のトップとトップが交渉すればいいというスタイルを取っている。
・権威主義国家への強い憧れを持っている。大国同士のトップが交渉して世界を決めていく。ヤルタ的な考えが見えている。議会ではなくて、トップダウンで大統領を発令して断行する。昔の法律を持ち出して法的根拠を作り出している。
■今や中国が貿易ルールの守護神
・中国が貿易ルールの守護神である。一昔前の米国と入れ替わった世界。今後の世界観にとって重要だ。一昔前のリベラルな国際秩序からすればあべこべな世界の形になっている。
・今の工場はかなり省人化されている、新規に作っても雇用を生むのは難しい。米国に工場が帰ってきて人々がどんどん雇用されるというロジック自体には幾つものハードルがある。
・物価は3%上昇、GDP成長率も最大2%低下するというのがエコノミストらのコンセンサス。よってトランプ氏のメッセージはトランプ支持者向けのもので、それ自体はワークするだろうが、効果があるかどうかは厳しい。
・基軸通貨ドルへの信認が落ちていて、ドルが売られて、なおかつ安全資産の米国債が売られる。自分で安全保障上のパワーを毀損していく米国を信じられるのか。
・バンス副大統領は欧州が嫌い。これがチャットにありのままに出ている。
■なぜ世界を混乱に陥れる?
・何でこんなに世界を混乱に陥れているのか。米国にとって得になっていないことをやっているのか。
・想像上の古き良き時代のアメリカを追っているのではないか。リベラル・エリートをどう破壊するか。
・民主党が推進してきた自由貿易やグローバル化こそが自分たちの職を奪っていった。支持層は白人労働者階級。
■AIと同時に思想を輸出
・中国と米国が完全に入れ替わった世界。秩序と貿易ルールを守る中国、それを破壊し自国主義、保護主義に入る米国の時代がこれからどれくらい続くのか。
・米国が保護主義的になっていけばいくほど、中国は各国にアプローチしていく。大規模言語モデル(チャットGPTなど)を作れる国は決まっている。思想が入っている。
・AIと一緒に思想が輸出されていく。これだけ米国が信じられなくなった際に、米国以外のAIを使おう。どうやらただで呉れるらしいとなった場合、世界的インパクトは大きい。
・欧州が気になる。ロシアと国境を接しているフィンランドなどを中心にロシアに対してあれほど融和的なトランプ氏をどこまで信用できるのか。リスクではないのか。
・米国抜きでの欧州の戦略的自立は本当に考えなければいけないところにきている。
■これはある種の復讐か
・トランプ関税は日本の製造業、特に裾野が広い自動車産業にとって大きな打撃だ。タイミングが実に悪い。日本の自動車産業は大きな構造転換を迎えている最中だ。知能化(ソフトウエア化)とEV化。
・アジア市場でもシェアが低下し、米国市場では絶対に負けられない。非常に大きな産業を日本は失っていくかもしれない。
・対米貿易依存を見直すことなんて誰も考えたことがない。それこそがすべてだった。事業ポートフォリオを考えたほうがいいのではないか。
・誰が勝者なのか。誰もが傷ついている。それでもなぜやるのか。経営の現場では論理的には分からない。論理ではない、思想なのだ。反リベラル。忘れ去られた人たちのある種復讐を感じる。
■リーダー不在の民主党
・民主党のリーダーがいない。スター不在。トラップの政策は間違っているとのメッセージを出して行動に移す人物がいない。
・こういう状況になっているのに民主党がしっかりしたアジェンダセッティングして対抗人物を生み出せないのはふがいない。民主党への期待、支持率が落ちている。
・このまま景況感が悪化し、経済停滞し、リセッションになったとて、これがトランプ氏の不支持、凋落につながるか。
・ウォール街はトランプ氏を支持してきた。株式市場フレンドリーだった。しかし思った以上に過激な高関税政策をとってウォール街はトランプ政権に批判的になっている。
■他の同盟国とは協調を
・合理性ではなくてトランプ氏の信念と独自の歴史観によるものと理解するしかない。
・米国に説教してもいいことはないので、実利を取る形で動くべきと考えている。日本はミドルパワーの国で大国ではないと自認すべきと私は思っているが、日本と価値観を共有できる国と協調できる世界を作って行こう。
・日本の信用度は上がっている。そこを奇貨として動くべきではないか。日米同盟は揺るぎがたく結合しており、その維持・強化はあるが、対米依存低減が現実的議論として出てくる。代替・相違の道を探す。
・あまりにも変化が激しいので様子見がいいのではないか。米国市場は絶対的に失えない市場だが、ここまで混乱してくると、他の市場を探すべきではないか。
・カーボンニュートラルは地球規模に必要なことなので、やっていく。拙速に動く必要はないと考えている。
・あまりにも合理的でないので説明が付かないという指摘にはより中長期的な思想がある。トランプ主義者による復讐は私はまだ続くトレンドと考えている。
・一方で同士国との協調はより推進していくべきと考えており、日本の相対的な地位は上がっており、そこを考えていただきたい。
■生き残りのために実利を取っていく
・米国は自分たちの側だと思っていたのが、そうではないことが分かった。国際情勢の分析にコストを払う企業が増えている。
・自分たちがやらないで済んでいたことに対してコストを払わないと企業にとって大きなリスクではないか。
・情報洪水。今は正論を言うチャンスではないな。人気のあるシンボリックな人が言わないと聞いてもらえない。トランプ大統領は人気がある。
・ある種の二枚舌、三枚舌というのはある。今のアメリカに説教したりするのは意味ない。米国の状況を見て取り扱うのは良いことだと思う。一方で米国への信任をなくしている欧州に対して歩み寄っていくのは一貫していないと言われても平気だと思っている。どっちに対してもいい顔をして実利を取っていく。1個1個言うことが違っていてもいい。生き残るためだ。積極的な考えが今必要だ。