【芸術】上野公園に行く途中、ヤングアーティストの工芸品を眺めたあと、都美術館の公募展でオールドアーティストの作品を鑑賞=『韻松亭』で親しき友と酒を汲み交わす極楽
■上野の地下で見た作品
都営大江戸線上野御徒町駅からJR上野駅へ向かう地下通路は通路の広さの割に人通りはそんなに多くなく、どこかひっそりしている。
上野駅近くに「上野中央通り地下歩道内展示ブース」があって、そこの展示スペースになにやら展示がしてあった。
足を止める人はそんなに多くはなく大半の人はそのまま行き過ぎるが、時間の余裕があった私は「何だろう」と持ち前の好奇心が首をもたげて立ち止まった。これも一期一会なのだろう。
■「犬を愛している感じが伝わればいいな」
展示されていたのは令和6年度(2024年度)東京芸術大学卒業・修了生の作品で、東京都台東区長奨励賞を授与したものだった。
台東区では昭和56年(1981年)から優秀な卒業作品(日本画・油画)の制作者に台東区長賞を授与。平成20年度(2008年度)からは彫刻や工芸・デザインなどの分野の制作者に「台東区長奨励賞」を授与しているという。
工芸作品「たからもの」で受賞した荻原水那氏はインタビューで、「キラキラした部分は螺鈿(らでん)という技法で貝の光沢の部分を細かく切って張り付けて作っています」
「漆はすごく手間がかかるというか手を入れることが結構多くて愛犬を愛でるようなのと重なる感じだなと愛しさとか私が犬を愛している感じの宝物だなというのが見ている方に伝わったら嬉しいなと思います」と語った。
■見ている人が温かくなるような作品を
また工芸作品の「いきをするばしょ」を制作した藤田望愛氏は「シルクの生地に友禅染という技法を使って描いています。
「入学して新型コロナウイルスがはやって、戦争であったり辛くなるような事態が世界中で起こっている。平和とは何なのかということを考えるようになりました」
「・・・見ていただく人に温かくなるような気持ちになっていただければと思っています」と述べた。
■ヤングアダルトの世界を表現した「或る島のジョブナイル」
デザイン「或る島のジュブナイル」で受賞した家原流太氏は「何か抱えてそうだなとか何か楽しそうだけどそれだけじゃないとかそういう奥行きを表情から感じさせるような、そういうニュアンスを込めて作ったと思います」
「小説をセットで作っていて、そこの絡み合い方、交差の仕方が気に入っています。次の世代の人達の世界を少しでも生きやすくしていくその一助になりたいと思っています」
家原氏がジョブナイル(Juvenile)という言葉を日常的に使っていることに驚いた。自分の言語ポケットにはない言葉だからだ。
「子どもの、若者層の」という意味の形容詞で、日本語では「少年少女の」「青少年向けの」などと訳される。「児童書やヤングアダルト小説を指す言葉として使われることもある」らしい。
とにかく一歩家を出れば、世の中は新しいことが埋まっている。ひとつひとつ驚いていたら身が持たない。これを楽しいと思うのか、それとも苦しいと思うのか。若さも関係して対応が難しい。
■人生を重ねるにつれ絵にも関心が・・・
今年も新緑の季節になって同じ郷里の知人から日府展(一般社団法人「日本画府」)から展示会の案内が来た。
彼女は私より2歳ほど歳上で、もう50年以上油絵を描いている。私の結婚祝いにもらった絵が額縁に入ったまま部屋の片隅に置かれている。
その絵を取り出して久しぶりに眺めて見た。50年も前に書かれた作品である。なぜだか絵の具はまだそれほど色あせていない。
若い頃はともかく、ある程度人生を生きてくると、心のゆとりが欲しくなって、それを芸術に求めようとするものだ。
自分にはない才能を持った人への憧れというか、尊敬の念である。油絵など描いたこともないし、ニュースという極めて具体的な世界を追うのが私の仕事でもあり、絵画という情念の濃い作品とも縁がなかった。
他人の世界は分からない。それも心の奥となると分かるはずがない。人の心の奥はとても深く、うかがい知れない。
昨年(2024年)は都合があって行けなかったが、一昨年(2023年)は9月にギャラリーくぼた(中央区京橋)で開かれた秋季洋画部会をのぞいた。
その時は国立新美術館(二科展)とギャラリーくぼた(日府展)の2つをはしごしている。
■物価高で公募展への出品者減少へ
一般財団法人「地域創造」によると、日本の美術界は大きく2つの世界に分断されているという。1つは日展、二科展、院展といった公募団体系の世界であり、もう1つはそうした団体に属さないでインディペンデントに活動する現代美術系の世界だという。
文字通り作品を公募して入選作を展示する美術団体のことを公募団体と称している。公募団体は全国に100以上あり、主に上野の東京都美術館で定期的に展覧会を開いている。それが公募展である。
その公募展に作品を出展する出品者が若者を中心に減少しているらしい。多いのは70歳代で80歳代も頑張っているというが、総合的に右肩下がりに落ちているという。
やはり最近の物価高は公募展にも影響を及ぼして当然かもしれない。切り詰める必要が出てきた際に真っ先にその対象になるのは芸術だろう。

古民家造りの韻松亭(フォートラベルHPから)
■日府展を鑑賞後、韻松亭へ
「上野にいい店がある」と友人から誘われたのが上野公園内に立地している韻松亭(いんしょうてい、台東区上野公園)。
こんなところにこんな店がなぜあるのだろうと思いながら、日府展からの帰路、立ち寄った。ランチをしようと思ったのだが、なにせ人気店で結局午後3時からの予約となった。
どうやら創業は明治8年(1875年)だとか。上野公園の整備計画の一環で料理屋も作られ、「豆菜料理」が基本となった。
上野公園は寛永寺の寺領だったが、その大半が公園となり、韻松亭の近くに鐘楼(「時の鐘」)が残され ている。
当時の博物館長・町田久成が「松に韻く(ひびく)さま」を愛でて、韻松亭と名付けたという。創業から152年。その間に横山大観がオーナーを務めていた時期もあるといわれている。
■会席料理がメイン
そんなにお腹が空いてもいなかったので、「花籠膳 月」(2950円)を頼んだ。よせ豆腐、生湯波、生麩田楽、蟹真丈、海老酒煮、近江赤蒟蒻、里芋、南瓜、茄子、茶碗蒸し。食事は豆ご飯だった。
これが花籠本膳(4180円)になると、一の膳はよせ豆腐、お造り、茶碗蒸し、湯葉刺し、二の膳として出汁巻玉子、茄子、隠元、松風、丸十、酢取り蓮根、蟹真丈、南京。三の膳は揚げ物、食事、豆ご飯、香の物、止め椀、さらに水菓子が付いてくる。
夕食となると、鳥すきや四季折々の食材をぜいたくに使用した季節の会席などに変わる。すっぽん、ふぐ、鉄板焼きなどの特別限定コースも用意されている。
■極楽、極楽、極楽・・・
上野公園というロケーションの中で、畳の上にじかに座り、カウンターを前にゆっくりくつろぎながら、お酒をいただく。
こんな時間を持てたこと自体が幸せである。喧噪の上野の中にいるのをしばしすっかり忘れてしまったかのような至極の時間を過ごしている。
つい、「極楽、極楽、極楽」と口ずさんでしまった。