『見えない戦争』の中、官僚のなり手不在を嘆く田中均元外務審議官
ゲスト:田中均(日本総研国際戦略研究所理事長、元外務審議官)
テーマ:『見えない戦争』
2019年12月2日@日本記者クラブ
田中均日本総研国際戦略研究所理事長(元外務審議官)は12月2日、『見えない戦争 インビジブルウォー』(中公新書ラクレ)の刊行に合わせて日本記者クラブで記者会見した。
世界各地でのポピュリズムの隆盛、トランプ米大統領の「アメリカ・ファースト」(一国主義)、習近平中国国家主席の強国路線の中、戦火を交えない「見えない戦争」が始まっていると指摘。日本はいかに世界と交渉し、この戦いに臨むべきかを説いた。
同理事長は、若くて優秀な人たちが政治に興味を無くしている昨今の政治状況について、「官僚としてやりがいがなくなった」のが最大の理由とし、彼らの向かう先は外資系企業が増えていることを明らかにした。
田中理事長は米国の政治状況について、「大統領候補になった時点ですべてが開けっぴろげになることに嫌気を覚えて立たなかった人がずいぶんいる」とし、そういうアメリカの中で大統領をやらなければいけないという使命感が薄れているのではないかと語った。
さらにもう1つとして、政府の役割が減っていることもあるのではないかと指摘した。「これだけ大きな民間セクターができて、なおかつ民間セクターにおいて階段を上り詰めていけば、全く違う収入の世界があるとすれば、優秀な奴ならそっちへいく。日本でもそうだと思う」と述べた。
「日本でも国会議員に出る人たちの質が私は落ちているような気がしてならない。それは使命感を持って、何かを政治の場でやっていこうという人が少なくなっている。東京大学公共政策大学院客員教授として昨年3月まで教えていたが、『やめていくひとが増えている。その大きな理由は官僚としてのやりがいがなくなってきたと感じざるを得ない』という」。
「多くの人たちは外資系企業に行くことになる。そこの問題があるような気がする」との印象も述べた。「地道に知見を磨いていった人の意見が聞かれる。少なくてもそれを述べることができるという社会を作らない限り、もはや官僚になる人はどんどんいなくなると思うし、メディアに行く人もいなくなる気がしれならない。これは日本もアメリカも同じだ」と語った。
田中理事長は『見えない戦争』の中で、日本が先の見えない国になってしまった要因について、「小選挙区制の導入」と「未熟な政権交代」の影響が大きかったと述べている。
・「小選挙区制」は1996年の衆議院議員選挙で導入されたが、「小選挙区制では4割の得票があれば、7~8割の議席をおさえることが可能で、きわめて強力かつ安定的な政権をつくることができる」。現在の安倍政権も3分の2の議席をおさえ、安倍一強と言われ、異論や慎重論が出ている法案を採決してきた手法は、小選挙区制が招いたものと言える。
・日本の現在をつくった原因は2009年の政権交代であり、3年間続いた民主党政権だろう。「官僚支配の脱却」を掲げたが、官僚をどう使っていくか具体的な青写真がなかった。官僚に相談しないで自分たちで決めることが「政治主導」だとし、プロフェショナリズムが失われていった。
・旧民主党は、自らの統治の心配によってその後の自民党の大勝を招き、自らの批判勢力としての力も失ってしまった。
田中理事長が指摘するもう1つの問題は、日本の統治体制が劣化していることだ。現在の政治家の多くは、自分が次の選挙でも勝つためにはどうすればいいかということしか考えていない。「国民が今何を望んでいるか」という目先のことばかりに目を向けると指摘する。
今の内閣人事局は、現政権にどれだけプラスになるかという観点で人事をやっているように見えると田中氏は言う。日本の場合、権力への近さによって人事が行われてしまう。各省庁の審議官級以上の幹部職の人事は基本的に官邸が最終的には判断すると指摘した。