石原慎太郎『老いてこそ人生』

 人間は誰でもいつかは死ぬというのはあまりにも自明のことだ。その前段が「老い」である。死を意識するとは「老い」を意識することであり、つまり「生」を考えることでもある。60を過ぎると、それまであまり意識しなかった「老い」を意識し、その先にある「死」も意識せざるを得なくなるのは当然だ。

 石原慎太郎は人間として嫌いだ。あの佇まいを目にしただけでも、嫌悪感が先にたつ。冷静に判断できない。作家としても、政治家としても評価していない。私は評価していないが、評価する人も多い。知事として彼を選んだ圧倒的東京都民がそうだ。彼の個性を好む人がいることまでは否定できない。

 近くのブックオフで書棚を眺めていたら、この本が目に飛び込んできた。普通なら、手に取ることすらしないのに、つい、手に取り、しかも買ってしまった。幻冬舎。テーマが「老い」だったからかもしれない。どんな個性にも「老い」は訪れる。生まれたときから老いるのだから。逃げることはできない。アンチ・エージング(抗老化)など論外だ。

 子供の頃と年とってからの時間の経過の速度の実感の差についてこういう解釈を紹介している。いつも、不思議に思っていたことで、誰ももっともらしい解説をしてくれなかったが、うまい解釈と思えた。

 「時間の流れの速度に違いのありようはずはない。1時間は1時間、1年はあくまで1年。つまり時はいつも同じ速さで流れているはいる川のようなものだが、その川のほとりを流れに沿って歩いていく人間の歩みの速度は年とともに肉体が老化してだんだん遅くなっていき、遅くなっていく歩みの速度と川の流れの速度の相対的な差からして、同じように歩いているつもりの人間にとっては、川の流れがにわかに速くなったような気がするのだと。

 なかなかうがった、うまいたとえようだと思う。

 なるほど、人間は、大人になり、社会的な経験を積めば積むほどさまざまな責任や義理にも駆られて、せわしく生きるようにはなるが、その一方、当人の肉体は老化し、衰えていって歩速が落ち、人生を洗って過ぎる時間の流れと同じ速度では歩きにくくなるということか。つまり、子供の頃には無意識に、むしろ時間の流れよりも速く歩いていたということです」

 数日前から、手首が痛い。痛みは日ごとに増して、物を持ったり、ちょっと動かしたりしただけでも苦痛を生じる。30代で発症した腱鞘炎の再発かもしれない。それより前から右肩も痛い。五十肩だろうか。40代で患ったときは肩が上がらなくて、着替えにも往生した。まだ、そこまでにはなっていないが、不安だ。泳ぎで肩を酷使したのがまずかったのか。

 この肉体的な衰えが老いていくことの最も典型的な姿だ。10代のある時点からは肉体は衰えるばかり。その衰えを肉体の外形や病気、不具合などから思い知らされ、愕然とする。これに対していかなる抵抗を試みようが、肉体を蝕んでくる衰退老化に勝つことはかなわない。負けるしかない。

 「人は誰でも老いるし、その果てに必ず死んでいく。しかし、この自分が必ず死ぬということは誰も信じていない」という。信じないというより、実感できないということなのだと思う。「死は個々の人間にとって最後の未知であり、それ故に最後の未来だ」(仏哲学者ジャンケレビッチ)らしい。

 死は信じたくないし、信じようにも実感できないから、信じようがないのかもしれない。死んでみないと分からないし、死んでしまってからでも、自分で確かめようがないからだ。死んだら、自分がどう感じるのか分かれば面白いが、生きていても分からない。死んでからでも分からない(恐らく)。不思議な感情だ。

 それに比べ、死の前提である「老い」は自分で感じられる。実感できる。しかし、誰しも、自分が老いていることを認めたくないものだ。不老不死を願って、じたばたしたり、逃れようとあがいたり、したくなるものである。それが人間と言えば、人間でもある。

 大切なことは老いの不可逆性を知った上で、それでもなお、肉体が老いかつ死するとの公理を踏まえ、厳然と死に臨む己を維持する、その姿勢を堅持することだ。老いて死に至るプロセスが重要である。座して死を待つよりも、じたばたしながらも、生を全うする努力をやめないことではないか。

 「大切なことは、老いてもなお、その人間がどのような意思を持ち、何に対して、どんな姿勢で臨んでいるかということだ」との石原氏の言葉には敬意を表したい。そろそろ、「老い」や「死」についてじっくり考えなければならない時期を迎えているようである。

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