『資本主義崩壊の首謀者たち』

著者:広瀬隆
出版社:集英社新書(2009年4月22日第1刷発行) 

 広瀬隆氏の本は権力構造にメスを入れた人脈分析に基づいた独自の視点に貫かれており、読んで極めて明快かつ鋭いのが最大の特徴だ。その視点があまりにも独特なのと断定調であることが気になって、どこまで信じて良いのか分からないのも確かだ。そういう疑問を抱きつつも、ついつい読んでしまうのは、事の本質の指摘が的確だからなのかもしれない。

 結局のところ、ある人物の言説を信じるかどうかは、判断する側に判断するモノサシがなければならない。自前の情報と分析力がなければならない。それがなければ、判断しようがない。恐らく、すべてのことを判断できる力は誰にもなく、判断できる部分を不断に積み上げていくしかないのだろう。

 著者の指摘が正しいと思うのは以下の点である。

「現在あるのは、国際的金融危機ではありません。国際的金融腐敗です。この点を、しっかり覚えておいてください。・・・この腐敗は、金銭的な腐敗だけではなく、同時に精神的な腐敗でもあり、本書の最も大きな主題です・・・。そして日本のニュースで金融危機という言葉が使われていたら、置き換えて、言葉を正しながら解釈してください。そうすれば、ニュースの意味がまったく違って見えるはずです。そしてニュースが肝心のことを伝えていないことにも、すぐに気づきます。私たちは、絶えず、メディアの慣用語・常套句に対して懐疑的でなければいけません」

 日本のメディアは各方面に配慮するためか、どうしても表現をマイルドにしがちだ。マイルドにすれば、本質から乖離し、事態の深刻さや現実を薄めることにはなるものの、各方面に直接的な波紋が及びことを回避できるメリットもある。影響力があるメディアが表現を薄めがちなのはそういう事情もある。

 「金融危機」と「金融腐敗」では衝撃度が全く違う。既に危機に満ちた現代社会では、手垢の付いた「危機」ではその深刻さが全く伝わらないが、「腐敗」となると、それをもたらした主体の責任を追及したくなるほどの深刻さを帯びざるを得なくなるから不思議だ。

 著者の定義する「腐敗」とは金もうけではない。「腐敗とは、不労所得と呼べるような浅はかな行為を通じて、限度を超えた冨の取得や独占をおこない、罪もないほかの人間の生活を圧迫して、知らぬ顔の半兵衛を決めこむことです」

 この腐敗を招いた諸悪の根源は、投機マネーにあるとし、原油、穀物、金などコモディティーと呼ばれる商品相場の値段をつり上げ、巨額の利益を懐に入れたハゲタカ投機屋グループを糾弾する。これら投機屋グループの暗躍する総本山こそ、CMEやNYMEXなどの先物取引所だと指摘する。

 スーパーバブル(サブプライム・ローンによる住宅バブル)による金融崩壊をもたらした最大の責任者として著者が糾弾するのは元米財務長官を務めたロバート・ルービン氏。シカゴやニューヨークの先物取引所の理事として、全米の先物取引を隆盛させた。

 ルービン氏はまた、1990年からゴールドマン・サックス共同議長に就任し、投資銀行界を牛耳り、アメリカ国内の投機事業を一段と盛んにした後、クリントン政権の経済担当大統領補佐官・財務長官に就任し、貧富の差を急拡大させた責任を追及する。

 さらに、1995年に金融サービス近代化法を制定して、銀行と証券会社の兼業禁止(1933年グラス・スティーガル法)を撤廃し、商業銀行が投資家に証券を販売できるようにした。これが、スーパーバブルの資金供給システムにとって最大のエンジンとなったと指摘する。

 1999年にホワイトハウスを退任後は、全米最大の商銀シティグループに移籍。サブプライム・ローン崩壊の恐慌が起こる2008年8月までの9年間、シティグループ経営委員会議長として実力トップの辣腕をふるい続けた。「金融界とホワイトハウスのトップを渡り歩いて、これだけ露骨に、投機屋の後ろ盾となり、しかも自ら投機屋の代表的存在となった人間はいない」と著者は怒る。

 広瀬隆氏が金融崩壊の責任者として二番手に挙げるのがローレンス・サマーズ元財務長官だ。ルービン長官時代は副長官としてコンビを組んだ。オバマ現政権では米経済立て直しのリーダーである国家経済会議(NEC)委員長を務める。

 このサマーズ長官はノーベル経済学賞受賞者ポール・サミュエルソンの甥。サミュエルソン理論の研究者だったロバート・マートン氏とマイロン・ショールズ氏という2人のノーベル経済学賞受賞者が経営幹部となってヘッジファンドLTCMを破綻に追い込んだほか、サブプライム商品開発の理論的根拠を提供したことを指摘しているが、サマーズ氏の関係がはっきりしないのが気になる。

 アラン・グリーンスパン前連邦準備制度理事会(FRB)議長も槍玉に挙げられている。「銀行業界の監督者でありながら、規制強化に常に反対し続け、デリバティブのもたらす収益増加を賞賛して、投機業者の後ろ盾となり、なんの規制もないサブプライム・ローンの融資を放置して、アメリカ経済を恐慌状態に陥らせた」からだ。そう言われても仕方ないかもしれない。

 金融腐敗・金融崩壊の背景には、「国際殺人・泥棒クラブ」(2002年12月2日付ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたJeff Danziger氏の漫画を引用)の存在があるとし、その黒幕としてヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ヘンリー・ポールソン共和党ブッシュ政権元財務長官・ゴールドマン・サックス会長兼CEOなどがシンジケート・メンバーだったと指摘している。

 「一体この泥棒クラブでは、ホワイトハウスと投機業界と、どこに境界線があるのかまったく分かりません。さらに、偽物ブランド商品に高い格付けをしてきた格付け会社と、それらを販売する投資銀行を監査してきた大手会計事務所もまた、蜃気楼のマネーゲームを生み出す張本人でした」と指摘。このシンジケートを、国際金融マフィアと呼んでいる。

 これだけ、小気味よく、明快かつ断定的に切って捨てることができれば、爽快である。広瀬隆氏は自分で積み上げたデータ・情報と分析力に基づき、仮説を提示している。反証するためにはそれに対抗でき

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