候補者・小沢一郎

 民主党代表選に小沢一郎前幹事長が1日に出馬して3日経った。同日午後の民主党主催の記者会見が1時間、2日の日本記者クラブ主催の公開討論会は2時間出ずっぱりだった。そして3日は午前中から民放の番組に出演、夜9時からのNHKニュース・ウオッチ9にも30分生出演した。

 3日間で約3時間、テレビ画面で彼の顔を見、声を聞いた。これがたっぷりだったかどうかは分からないが、個人的感想を言えば、3年分ほど彼を見たような気がする。ひょっとすると、30年分に匹敵するような露出だったかもしれない。

 常に露出していると当たり前のように感じるが、たまに見ると、すべてが新鮮に見えるように思えるものである。悪者だ、権力者だ、豪腕だなどと言われ続けてきていただけに、普通の人間と同じ顔で笑ったりするのを見ると、それまでのイメージとの落差に強い印象を覚えてしまうものである。

 恐らく、茶の間の国民の間にも小沢氏を眺める気持ちに変化が生じているのではないか。小沢陣営もそれを意識して、国民のイメージを変えさせる戦略に出ているように思える。14日の投票日まで彼の露出の時間は大幅に増えるだろう。

 では、これまで彼はなぜ表に出てこなかったのか。なぜ、しっかりと自分の主張や考えをメディアの前で語ってこなかったのか。口下手だっただけの理由ではないはずだ。しかし、今や民主党は政権を担う与党。代表に選ばれることは首相になることを意味する。流石の彼も国民の前に自分をさらす必要を感じたのだろう。遅すぎるような気はするが・・・。

 菅、小沢両氏の相違は何か。政策面では掲げるスローガンや昨年の衆院選の政権公約(マニフェスト)の扱い、政治とカネに対する考え方、米軍普天間基地移設問題への対応、外交政策、党運営、経済対策に対するアプローチ、官僚主導と政治主導との関係などで主張に違いがある。

 政策面には多少相違があっても妥協が成り立つ。しかし、どうしても相容れないのは政策を実現していく上での意思決定過程、手法、行動原理、原理原則だ。その人物の佇まいのようなものだ。その人物の全人格からにじみ出てくる、あるいは発信される体質みたいなものだ。その体質を好きになれるかどうかだ。こうなってくると理屈ではなくなってくる。

 クリーンでオープンな民主党を唱える菅氏は全員参加型の意思決定を唱える。民主主義的だから時間も金も掛かるので、決断力がなさそうに思える。小沢氏は権力集中型、トップダウン型。権力の集中や権力の行使をためらわない。指導力があるように思えるが、疑似独裁者でもある。

 どちらが今の日本にとって必要な人物かだ。国家存亡の時代を指導するにはたとえ権力者的色彩が濃くても、指導力のある人物のほうが望ましいのか。それとも、いくら国家存亡の時期とはいえ、自由にモノを言えない体質を持つ指導者で果たしていいのか。どうもここでも「小沢(的なもの)」を評価するか、評価しないのかが判断の決め手となる。

 その指導者は日本国内だけでなく、世界の中でも通用しなければ話にならない。英フィナンシャル・タイムズ紙は8月30日付の社説で、「小沢氏は首相にふさわしくない」と主張した上、9月2日付紙面では「20年で首相14人、小沢氏が勝てば12カ月で3人目の首相になる」と堂々巡りしている日本の政治を揶揄した。

 ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルなどの米国の主要メディアも小沢氏に極めて批判的な論調で日本の代表選を伝えている。これに対し、中国や韓国などは逆に親小沢氏的な側面もあるものの、一番望んでいるのは日本の安定した政権のようである。

 民主党代表選は国際的にも大きな関心を持たれている。党内情勢だけを見れば、小沢氏優勢で動いており、時間が経つに従って、勝ち馬に乗る動きも相まってその勢いが付くのだろう。それが政治の世界の常かもしれない。小沢政権が誕生した場合、またまた政治の振り子が振れ、周囲もその煽りを食うのは必至だけに、たとえ投票権がなくても、無関心ではいられないのだ。

 どちらが勝っても小差。取り巻きは別にして喜ぶのはそんなにいない。とりわけ国民はいい迷惑である。国民ができることと言えば、しっかり、小沢新政権を監視し、3年後の衆院選で今度こそ、選挙権を行使すればいい。菅政権だって、鳩山政権の表紙を変えただけだった。

 世論が鳩山・小沢政権を退陣に追い込んだはずだったのに、鳩山前首相はいつのまにか復活し、今度は道連れだったはずの小沢氏が最高権力者として君臨しそうな勢いだ。菅政権は参院選で世論の洗礼を受けたが、14日に誕生しそうな新政権に総選挙を期待するのは無理だろう。

 どこの国も大変である。オバマ米政権も国民の支持率低下に悩み、5月に保守・自民連立政権が誕生した英国だってようやく新政権が軌道に乗り始めたばかり。先進各国はすべて政権運営に苦しんでいる。安定しているのは共産党独裁の中国ぐらいのものだ。しかし、だれも中国のような政治を望んでいないはずだ。

 どんな指導者だって、国民の信頼を得られない限り、政権を運営できない。世論がどれだけ正しいかは知らない。しかし、世論を無視した民主主義政治は成り立たない。”小沢民主党新政権”をどう評価するか、日本国民が試されている。

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