秩父御嶽神社もみじまつり
今年最後の3連休。紅葉見物には少し遅いかと思ったが、天気もよく晴れていたので、近間の埼玉県に紅葉見物ドライブに出掛けた。目指したのは白雲山鳥居観音(埼玉県飯能市上名栗)。
自宅出発は午前7時20分。練馬インターから関越に乗って鶴ヶ島ジャンクションで圏央道に入り、狭山日高ICで下りた。あとは国道299号を秩父に向けてひたすら走ればいいと思っていたら違った。途中で県道70号に入るのを忘れていた。
何か変だなと気付いたら、秩父のすぐ近くまで来ていた。高麗川沿いに西部池袋線が走っている。景観も良いので引き返すのももったいなかった。引っ返そうと思ったら、ちょうど国道沿いに「もみじまつり」の幟が立っていた。
目的地は違うが、目的は紅葉見物。せっかくなので、立ち寄ることにした。車にナビが付いていたら、こんな間違いは絶対しないだろうが、ナビは付いていない。でも、これで困ったことはあまりない。むしろ、思いがけない出会いがあったりすることのほうが多い。
何が何だかよく分からないまま、誘導されて駐車場に車を止めた。500円。幟をよく見ると、「東郷公園 秩父御嶽神社(ちちぶおんたけじんじゃ)つつじまつり」とある。どうやら、山そのものが神社の境内になっていた。境内の広さは1万5000坪。
秩父御嶽神社(飯能市坂石)は9月27日に噴火した木曽御嶽山を本山と仰ぎ、その分霊を祀った神社だという。当地に生まれ育った木曽御嶽山の行者・鴨下清八氏が1894年(明治27)建てた。
境内にはもみじがたくさん植えられている。「私たちの生涯は順風満帆というわけにはいかないことが多々ある。一人で生きているわけでもないので、摩擦が生じないはずはない。そんな人生でも、最後に自分らしく精一杯色づきを見せるもみじのように、錦を飾って私たちもその一生を生きぬきたいものです」と宮司は書いている。
開祖・鴨下清八氏は、「人の一生もかくありなんとの願いから、もみじの木を人生の手本とするようにと、たくさん境内に植樹した」(宮司)という。
「裏を見せ、表を見せて 散るもみじ 」
江戸時代後期の曹洞宗の僧侶で、歌人、俳人でもあった良寛(1758-1831)。新潟県に生まれが、諸国を放浪した。彼がもみじを読んだ俳句がこれだ。宮司の言葉はこの句のごとくだ。
ちなみに鴨下清八氏はロシアのバルティック艦隊を破った東郷平八郎元帥(1847-1934)を敬慕しており、同元帥の許しを得て、1925年(大正14)、境内に銅像を建立。同神社の境内はその頃から「東郷公園」と呼ばれているという。