第8回大田区加工技術展示商談会
日本国内には色んな産業集積(比較的狭い地域に相互に関連の深い多くの企業が集積している状態)が存在するが、「東京都大田区」(東京都城南地域の一部)は、関連企業が都市圏に集中立地することで形成された都市型複合集積の1つだ。群馬県太田地域、長野県諏訪地域、山梨県甲府地域、熊本県熊本地域などもそうだ
大田区の産業集積はピーク時には約9000社あったが、2014年には約3500社まで減少した。長野県岡谷市、大阪府東大阪市地域なども減少している。生産拠点の海外移転や後継者難などが理由だ。
それでも大田区はまだ恵まれている。京浜工業地帯の中核として、長年培った実績と多様なノウハウの蓄積は強みだ。羽田空港を後背地に有し、世界との連携を確立しやすい地理的有利性も高い。
その大田区も地理的優位性にあぐらをかいていたら、あっという間に地盤沈下してしまうのが今の時代だ。常に新たな手を打ち続けなければ、生き残れない。第8回大田区加工技術展示商談会(モノづくりソリューションフェア2015)も、地盤沈下を阻止するための必死の試みの1つだろう。
昨年に続いて今年も会場をのぞいた。前回は3Dプリンターを取材していて、それに関するヒントを得るのが目的だった。今年は何か面白いものはないかと探した。超文系には技術の目利きはできない。たとえ宣伝でも、「世界初」や「日本初」を目印にするしかない。
どのブースも自社の独自技術を一生懸命アピールする展示は行っているものの、表現力には欠けているように思えた。同業者や関係者などにはもちろんすぐ理解できるのだろうが、異業種や門外漢にも分かるような展示にはなっていないように感じた。むしろそれを要求するほうが無理なのかもしれない。
一社だけ「世界初」を銘打った製品を展示している企業があった。①世界初のダイヤモンドの刃②従来のハサミより4倍硬く摩擦が4分の1③東工大が研究開発した最先端技術を応用した全く新しいハサミ―との張り紙がブースの横に貼ってあった。
何が「世界初」なのか説明を聞いたが、理解できなかった。
従来のダイヤモンド状炭素膜(DLC=Diamond-like Carbon)のコーティング膜は広く薄かったが、割れやすい、亀裂が入るなどの問題があった。DLCを分離したタイル状にすることで、摩耗や収縮が生じてもタイル内に衝撃が収まり、膜全体が破壊されないようにしたセグメント構造DLC(S-DLC)を開発した。開発したのは東京工業大学大学院工学研究科機械物理工学専攻の大竹尚登教授。
この技術に注目した大田区の地場企業・松尾工業所の松尾誠社長が「株式会社iMott 」(Innovative Management of Thin-films TEchnology)を設立し、2012年秋、理容師、美容師が使うハサミにS-DLCをコーティングし、「geek」というブランド名で、販売会社を通じて売り出した。
従来のハサミは3、4カ月ごとに研ぐ必要があり、2~3年が寿命だという。geekは通常4~5年は保守不要で、コーティングを再度施すことでハサミ本体はいつまでも利用できる優れものだという。
フェアの主催は(公財)大田区産業振興協会。今年は協会設立および産業プラザ設立20周年ということで、「一歩先行く町工場の進む道」と題したシンポジウムが開催された。
シンポに先立ち政策研究大学院客員名誉教授の橋本久義氏が「日本のモノづくりのこれから」と題して基調講演を行った。通産官僚だが、「現場に近いところで行政を」をモットーに、これまで3632社の工場を見学してきたという。
アベノミクスは「製造業が胆」「中小企業が胆」であり、「製造業なくして日本無し」とまず強調し、その中心的役割を担う存在こそ、大田区の企業であると盛り上げて終わった。
シンポには弘機商会の高原隆一社長、太平塗料の平本光雄社長、東新製作所の石原幸一社長の3人の現役社長が登壇。話を聞いていると、目線の先にあるのはやはり海外市場だった。「高い技術力と独自の開発力で国内市場を固めた上で海外で勝負したい」(高原社長)「」海外企業とコラボしながら技術を移転。技術指導を通じて技術を正当な価格で売っていく」(平本社長)「技術を世界に発信できる会社になりたい」(石原社長)。
橋本氏は、「大田区は世界に誇る産業集積だ。すぐ隣に腕の立つ、多芸多才な企業がたくさん集まっている。腕が良いし、納期もしっかりしている。世界に向かって受注活動をしてもらいたい」と強調した。
大田区は2006年夏、タイ・バンコク郊外のアマタナコン工業団地に区内企業の受注・工場進出を支援する「オオタテクノパーク」を開設している。これをもっと活用する必要がありそうだ。
興味深かったのは「成長する企業は情報収集だけでなく、情報発信がうまい。また情報発信しないと企業が生まれ変われない」との指摘だ。昨年欧州視察をした石原社長は「欧州企業は自分たちの持っている加工技術の価値を世界に対してきちんと打ち出している。日本の企業はそれをあまり表していないことに気付いた」との認識を示した。
日本企業は「技術で勝って、ビジネスで負ける」とよく言われる。独自技術を持っていても、その利用価値をしっかりと言葉で表現できなければ、世界に伝わらない。相手に伝わって初めて、その技術の価値が利益を生む。
そういったプレゼンテーションは欧米企業がやはりうまい。日本企業の対外発信力をいかに高めるかが大きな鍵を握っていることになりそうだ。