ドキュメンタリー『春画と日本人』で初めて知った春画

 

『春画と日本人』

 

作品名:『春画と日本人』
監督・撮影・編集・制作著作:大墻敦(おおがき・あつし)
2018年/87分/カラー/HD
2019年9月30日@ポレポレ東中野

文化記録映画『春画と日本人』をポレポレ東中野で見た。「人間の性的な交わりを描いた日本の肉質画、版画、版本などの総称」(ブリタニカ国際大百科事典)のことを春画と言う。

起源は平安朝までさかのぼり、中国から伝わった房中書の図解に見られる(同)とされ、浮世絵、枕絵、艶本、秘画、笑い絵、ワ印などとも言う。

「その後、日本の春画は独自の発展をするが、早い時期は肉筆画(一点もの)で貴族、僧侶、武家など身分の高い人々の間で享受されてきたが、江戸時代になると木版技術の発達で浮世絵版画の春画が数多く流通し、庶民層へと一気に広がった」(同)。

鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川国貞など著名な浮世絵師はみな春画を手掛けていた。春画は好色な男性のためのものではなく、多くの老若男女が愛好した。その根底には「男女和合」の精神があり、性をおおらかに肯定する気分が横溢しているといわれる。

江戸時代には庶民から武家までが楽しんだ春画だったが、8代将軍徳川吉宗が主導した有名な「享保の改革」(1716年から在職中に行われた幕政改革)の際に風俗が乱れるという理由で出版が禁止された。

ただ江戸の人々は、豊穣の祈るおまじないや、人生の節目を祝う縁起物、女性のたしなみとして嫁入り道具に贈るという側面もあって、したたかに春画を受け入れていた。

しかし、明治時代に入ると、近代化を急ぐ明治政府によって春画は徹底的に弾圧される。何万の春画、数千の版木が燃やされ、名品は続々と海外に流出したという。「猥褻物の陳列を取り締まる刑法175条が形づくられたのも明治時代だった」(パンフレットの解説から)という。

日本には戦後、性愛行為のリアルな描写を中心にポルノグラフィー(ポルノ)も入ってきて混乱を極めたが、1991年には無修正の春画完全復刻画集『浮世絵秘蔵名品集』が出版された。これ以降、春画・艶本の出版に修正が加えられることはなくなった。

しかし、春画展が日本の国立博物館で開催されたことはこれまでも一度もない。大英博物館で春画展「Shunga:Sex and Pleasure in Japanese art」が2013年に開催され、たくさんの入館者を集めた。大成功だったといわれる。

その巡回展として日本国内での開催も提唱されたが、どの美術館も引き受け手がなく、どうも「自己規制」によって断念したと受け止められた。

ようやく開催にこぎ着けたのは2015年9月19日、それも私立永青文庫(東京都文京区)だった。通常の入場者数が平均2万人の文庫に3カ月間に21万人超が押しかけた。それは衝撃的な出来事だった。

英国在住のライター、トニー・マクニコル氏が2013年11月26日、nippon.comに「春画はポルノにあらず」と題して大英博物館の春画展を取材した記事を書いたが、ポルノに食傷していた私は春画の芸術性を深く考えることもなかった。

正直に言って、カメラを通してでながらも、実物の春画を見たのはこのドキュメンタリーが初めてだった。春画は決してポルノではなかった。ポルノと形容するのがいかに不適切であるかを思い知らされた。

「性を赤裸々に描いた作品に美とユーモアが溢れ、しかも人間性が伝わってくるので、みんな驚いたんじゃないか」と特別展のキュレーターを務めた大英博物館日本セクション長のティム・クラーク氏はnippon.comのインタビューに答えている。

百聞は一見にしかず。本物の春画を見て、ポルノと違うことを自分の目で確かめてほしい。

長年にわたって秘匿する道を選んだのは春画の芸術性をなかなか立証できないためではないか。国立美術館が春画展を開催できないのもいまだ春画=ポルノ=猥褻物という連想を簡単に払拭できない状態に陥っているためではないか。

性器を露骨に拡大し、描かれた男女の姿勢もアクロバテックで無理な体勢を強いるのがほとんど。そんな構図にどこかしらおかしみを感じることもできる。一方で、エロ画像と一刀両断に切って捨てることもできなくはない。

芸術性をどこに見い出すのか。猥褻性と芸術性の線をどこに引くか。猥褻性ばかりを見せ続けられてきた日本人にとって、それとは切り離して芸術性の香りを見い出すのは簡単ではない。

本物はかなりの部分、大学共同利用機関法人「国際日本文化研究センター」(京都市西京区)艶本資料データベースに収められている。近世の艶本の基本的な書誌データと全ページの高精度画像データベース436件864点(2019年8月時点)。なお利用には利用申請が必要である。

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