名画座:極上のリフレインが印象的な『COLD WARあの歌、2つの心』

 

 

 

作品名:『COLD WARあの歌、2つの心』(原題:ZIMNA WOJNA)
監督・脚本:パヴェウ・パヴァリコフスキ
キャスト:ズーラ:ヨアンナ・クーリク
ヴィクトル・トマシュ・コット
ジャズ・編曲:マルチン・マセツキ
2018年ポーランド・フランス・ドイツ・ロシア映画
2019年12月11日@飯田橋ギンレイホール

 

1949年、舞台は共産主義政権下のポーランド。3人の男女が音楽を”収集”するために村から村へと訪ね歩いていた。彼らの使命は、民族音楽を集め、歌唱力とダンスの才能に恵まれた少年少女を探し、国立のマズレク舞踏団を立ち上げることだった。

エネルギーに満ちた眼差しに輝くズーラは音楽学校のピアニスト、ヴィクトルと激しい恋に落ちる。

1951年、ワルシャワで初の舞台が幕を開ける。センターで歌い踊り、ひときわ輝きを放つのはズーラだ。公演は大成功を収め、ヴィクトルたちは大臣に呼び出され、最高指導者の賛歌を歌えば支援を惜しまないと持ちかけられる。管理部長はそれになびく。

一方、西側の音楽を捨てられないヴィクトルは、パリへの亡命を決意する。1952年、東ベルリンでの公演の後、一緒に行くと約束したズーラを、ソ連占領地区の端で待つヴィクトルだったが、ズーラは現れなかった。ヴィクトルは1人で西側に渡った。

1954年、パリ。ヴィクトルは編曲や作曲をしながら、ジャズバンドのピアニストとしてバーやクラブで演奏していた。あるとき、舞踏団のツアーでやってきたズーラと再会する。2人は強く抱き合う。

1955年はズーラに会うためユーゴスラビアを訪れたヴィクトルだったが、1幕目が終わると、国家保安局の男たちに連行され、結局パリに強制送還された。

1957年、シチリア人と結婚して合法的にポーランドを出たズーラは、夫とは別れヴィクトルと暮らし始める。ヴィクトルのプロデュースでレコードデビューも果たし、ようやく幸せをつかんだように見えたズーラだが、パリの華やかだがどこか浮ついた日々に馴染めず、次第に心を閉ざしていく。

 

 

 

時代や国が変わっても、あなたしか愛せなかった。ポーランド、ベルリン、ユーゴスラビア、パリを舞台にズーラは東、ヴィクトルは西と別れと再会を幾度となく繰り返しながら愛を貫く2人。

民族音楽や民族ダンス、さらにはジャズに乗せて、あたかもわれわれの生きている世界はこんなに美しかったのかと教えてくれるようだ。

まるで映像で綴る心と語感を刺激する極上のラブストーリーだ。『イーダ』で第87回アカデミー賞外国語映画賞を受賞したパヴェウ・パヴァリコフスキ監督の第71回カンヌ国際映画祭監督賞受賞作品。

COLD WARは男女のラブストーリーであると同時に、音楽についての映画でもある。作品パンフレットのオラシオ氏のコラム「愛のドラマの向こうに聞こえるポーランド音楽の魅力」を読むと、映画を通じて現実世界のポーランドの音楽の魅力をうかがい知れるシーンが随所にみられることが分かる。

中でも象徴的に使われているのが「オヨヨーイ」というリフレインが印象的な愛の民謡「2つの心」。この歌は映画の中で純粋な民謡として、あるいはジャズ・バージョンなど形を変えて何度も登場する。このリフレインが心から容易に消えない。

 

 

最後にもう一度「オヨヨーイ」をどうぞ!

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