【名画座】「女性は指揮者になれない」という常識に挑んだアントニア・ブリコの半生を没後30年に「レディ・マエストロ」で描く

 

映画ポスター(窓ガラスの虫は無視してね・・・)

 

作品名:「レディ・マエストロ」
監督・脚本:マリア・ペーテルス
キャスト:アントニア/ウィリー(クリスタン・デ・ブラーン)
フランク・トムセン(ベンジャミン・ウェインライト)
ロビン(スコット・ターナー・スコフィールド)
2018年オランダ映画
2020年6月13日@飯田橋ギンレイホール

 

■女性指揮者のパイオニアを描いた作品

 

クラシック音楽界に女性の指揮者はいるのだろうか。名前も聞いたことがない。いるのはいるのだろうが、残念ながらまだそんなに有名ではない。料理人の世界と同様、クラシック音楽界も男性だけの世界なのか。

指揮者のランキングを考える場合、①格付けの高いオーケストラの音楽監督または常任指揮者に就いている②格付けの高いオーケストラの何らかのポジションに就いている③格付けの高いオーケストラの指揮を何度も経験しているーなどが当てはまる。

しかし、能力は男と違うとは思わない。優秀な男と女がいるだけのことだ。性差はないはずだ。女性の存在を音楽界が受け入れないだけかもしれない。少なくても19世紀初頭はそうだった。社会が指揮者の女性をそう見なしていなかった。

しかし、どのような世界も時代とともに少しずつ変わってきている。それを破るのもパイオニアたちの仕事なのかもしれない。女人禁制と言われてきたクラシック音楽界のタブーを打ち破った1人の女性の物語を描いた「レディ・マエストロ」がそれである。

 

 

■キャリアも富もコネもなく、あるのは音楽への情熱だけ

 

1926年のニューヨークが舞台の始まりだ。養父母とオランダから移民してきたアントリアは、指揮者になるためなら、どんな困難にも挑むと決めていた。まだ世界にはどこを探しても成功した女性指揮者はいなかったが、音楽への情熱だけは誰にも負けていなかった。

アントニアはナイトクラブでピアノを弾いて稼いだ学費で、音楽学校に通い始める。だが、ある”事件”から退学を余儀なくされ、引き留める恋人を置いて単身アムステルダムからベルリンに渡る。

やっと女性に指揮を教えてくれる師と巡り会い、情熱を傾ける彼女に出生の秘密や女性指揮者への激しいバッシングなど、次から次へとアクシデントが襲いかかってくる。それらをクリアしつつ、時代を切り拓いていく。

それを可能にしたのも、彼女の魅力であり、彼女の元恋人でもあった大富豪のフランクだった。フランクは彼女に「音楽を取るかそれとも妻になるか」と突きつけ、見事振られてしまう。

フランクは彼女を妻として迎え入れる決断をしたものの、アントニアに断られ、以降彼女とは会わない。しかし、最後の最後のコンサートには会場に忍び込み、彼女の後ろで演奏を聴く。この姿は感動的だった。修行中の彼女も同じことをしている。

フランクの行為は「アントニアの才能を奪い取ろうとした自分への罪滅ぼしのしるし」だった。作品は多くの人の気持ちを受け入れて指揮者になったアントニアが1930年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者にデビューした姿をあるときは厳しく、あるときは悲しく描いている。

 

■オランダ人女性監督の夢追う人への応援歌

 

アントリア・ブリコを演じるのは、10歳から歌やチェロのレッスンを受け、主に舞台で活躍しミュージカル女優としても高い評価を得ているオランダ出身のクリスタン・デ・ブラーン。

「女性は指揮者になれない」という世間の常識に、時には激しく、時にはユーモアを添えて立ち向かっていくアントニアの爽快とも言える生き方は、広く深い共感を呼ぶ。

監督はオランダで最も成功した脚本家および映画監督として知られるマリア・ペーテルス。『Sonny Boy』(2011)はアカデミー賞外国語映画賞のオランダ代表作となり、国内外でも有名な監督だ。

男性が圧倒的に優位な業界で働く、同じ女性アーティストとして、長年にわたって尊敬し続けてきたアントニア・ブルコのドラマティックな半生を、アメリカ、オランダ、ドイツを舞台にダイナミックな展開でたどっていく。

マーラー、ストラヴィンスキー、ガーシュウィンの名曲が作品中に響き渡るのを聴くのは何とも嬉しい。

 

■活躍の場、広がる女性指揮者

 

最近でこそ世界で目立つようになってきた女性指揮者だが、ランキング的には30位にも入れないのが現状のようだ。ヘルベルト・フォン・カラヤン(オーストリア)、小澤征爾(日本)、レナード・バーンスタイン(アメリカ)、カルロス・クライバー(ドイツ)、リッカルド・シャイー(イタリア)など世界最高峰だが、女性はランキングに入ることすら難しい状況だ。

シモーネ・ヤング(オーストラリア出身)、カリーナ・カネキラス(アメリカ出身)、マリン・オールソップ(アメリカ出身)、ミルガ・グラジニーテ=ティーラ(リトアニア出身)、ジョアン・ファレッタ(アメリカ出身)、スザンナ・マルッキ(フィンランド)、ケリー=リン・ウィルソン(カナダ)、アロンドラ・デ・ラ・パーラ(メキシコ)、バーバラ・ハンニガン(カナダ)のほか、日本の西本智実や三ッ橋敬子などがいる。

 

 

 

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