【会見】共和党との「党派対立」と民主「党内対立」の2つの壁にぶつかり求心力低下に苦しむバイデン米政権

 

会見する住友商事グローバルリサーチの足立正彦氏

 

ゲスト:足立正彦(住友商事グローバルリサーチ株式会社シニアアナリスト)
テーマ:バイデンのアメリカ
2022年1月11日@日本記者クラブ

 

■「新型コロナ死者83万人」への批判

 

住友商事グローバルリサーチ(SCGR)の足立正彦シニアアナリストがバイデン政権発足から1年を分析。中間選挙など今後の展望、課題について話した。司会は杉田弘毅氏(共同通信)。

・バイデン米政権が誕生したのが1年前の2021年1月20日。結論から言えば、バイデン大統領の政権運営は今年、より厳しい1年になると考えている。

・1年前の状況はどうだったか。連邦議事堂襲撃事件の発生(21年1月6日)で、米国内の分断がいかに深刻化を露呈した。バイデン大統領は就任演説で①新型コロナの感染大流行②米国を取り巻く経済危機③気候変動を「気候危機」と捉えた危機感④黒人圧死事件を契機に噴き出した人種間の不正義ーの4つの危機について言及した。

・バイデン大統領の副大統時代の首席補佐官で、上院の審議プロセスを熟知しているテッド・カウフマン元上院議員は、バイデン大統領がナチスが1党独裁を確立しファシズムの台頭を許した当時のフランクリン・ルーズベルト元大統領と同等の厳しい状況の中で政権を発足させると診断している。

・戦争・感染症の大流行による米国の犠牲者数をみると、朝鮮戦争3万6574人、ベトナム戦争5万8220人、香港風邪10万人、第1次世界大戦11万6516人、第2次世界大戦40万5399人、南北戦争61万6222人、スペイン風邪67万5000人を大幅に上回る83万7664人が死亡している。

・政権発足時は40万人だったが、80万人を上回っている。政権を引き継いだ時よりも多くの犠牲者が発生している。このことは「危機からいまだ脱せず」と考えられる。

・バイデン大統領の求心力に大きなブレーキがかかったのは昨年8月に起こった「2つの危機」。1つは変異株デルタ型コロナウイルスによる感染再拡大だ。ファイザーなどのメーカーが大量生産しているにもかかわらずワクチン摂取率は62.5%と頭打ちが続いている。

・新規感染者数は一時は100万人を突破したが、現在も1日当たり60万~70万人が感染している。2回目の接種を済ませた人もブレークスルー接種が急がれている状況だ。

・ワクチン接種やマスク着用に公然と反旗を翻す共和党州知事が出現し、マスク着用自体がイデオロギー対決となっている。格差をめぐる問題が深刻化している。バイデン政権の新型コロナ対策に批判が高まっている。

・もう1つがアフガン情勢対応への批判だ。米同時テロ事件20周年を意識して政治判断したが、ブリンケン国務長官、オースティン国防長官の警告を無視し、時期尚早だったといわれている。これも世論の批判を強め、米国に対する不信を強めている。

 

■バイデン政権への支持率大幅低下

 

・就任1年目の12月時点での大統領支持率(Gallup)を比較すると、バイデンは43%で36%のトランプ前大統領に次ぐ低支持率。これ以上に深刻なのは個別政策に対する支持の低下。バイデンへの離反が明確になっている。

・最近になって米国民の生活を直撃しているのがインフレ。ABCニュースの調査(2021年12月10ー11日調査)によると、69%が不支持だ。経済運営にも57%が支持しないとしている。コロナ対策は70%近い支持があったが、現在は53%と辛うじて過半数を上回っている状況だ。

・移民政策、銃暴力対策、犯罪対策のLaw & Orde関連ではいずれも支持しないが60%を上回っている。インフラ対策は53%とまだましだが、気候変動対策や税制、対ロシア外交は軒並み信任を得ていない。中間選挙に向けてバイデン政権が勝ち抜いていくためには経済運営と法と秩序の問題を安定的に処理してくことが必要だが、そういう状況にはなっていないのが現状だ。

 

■中国、ロシアからの挑戦受けるバイデン政権

 

・外交面ではトランプ前政権の「米国第一主義」から国際協調主義への回帰や民主主義・人権重視、気候変動対策重視を打ち出している。また中国との競争を視野に入れた諸政策を導入している。例えば、中国経済とのデカプリング、サプライチェーン強化に向けた再検討、最先端技術の強化、バイ・アメリカン、米製造業強化など。

・「中東から東アジアへのシフト」と同盟国との連携強化。自由で開かれたインド・太平洋構想の推進、米英豪3カ国の新たな安保枠組み(AUKUS)新設、Quad(米日豪印)の強化、民主主義サミットの開催などだ。

・共和党の反対よりも民主党内の党内対立によって法案が成立しにくい状況に陥っているのが1年間のバイデン政権の苦難だ。共和党議員からの支持確保が限界にきている「党派対立」の壁と党内左派・急進左派、穏健中道派からの突き上げによる「党内対立」の壁に拒まれている。

・外交においてバイデン政権は中国、ロシアから挑戦を受けていることが鮮明になっている。習近平は3期目の任期が終わる2027年を視野に入れて台湾再統一に焦点を当ててくるだろう。

・新型コロナ発生源問題やウィグル族「大量殺戮」問題などで中国との対立は先鋭化の状況にある。

・米ロ関係は米重要インフラへのサイバー攻撃が問題となっている。ランサムウェア攻撃も激しい。中国・ロシアに対しては領土では譲れない。

・米国の弱点は東南アジアにある。中国は昨年9月にTPPに加盟を申請し,今月にはRCEPが発効している。世界経済の3割を占めるRCEPで中国が影響力行使していくことは重要な取り組みになっていく。東南アジアでの米中競い合いが重要になっていくとみている。

 

■中国へのイメージ、国民レベルで悪化

 

・米連邦議会(第117議会)に提出された主な中国関連法案・決議案は以下のようなものがある。

●ウイグル族強制労働阻止法案(2021年12月23日成立)⇐ウイグル族への強制労働で製造された製品の輸入禁止
●2021年米国技術革新・競争力法⇐台頭する中国に対抗する目的で米国の技術・科学政策を強化
●台湾侵略阻止法案⇐中国による台湾侵略の阻止、米国の台湾支援強化
●中国の戦術から米国のシステムの安全を確保する法案⇐経営状態が脆弱な米国防関連企業の中国による買収阻止
●中国技術移転管理法案⇐中国人民解放軍が米国の機密技術・知的財産の入手を阻止する
●「米国内の大学キャンパス機関の国家による資金拠出を巡る懸念法案」(孔子法案)⇐孔子学院への補助金停止
●2022年北京冬季五輪の開催地変更を国際オリンピック委員会に求める上院決議案⇐中国の五輪開催地変更を要求

・米国民の対中観は党派を超えて悪化している。米議会における中国への懸念は安全保障、人権、文化交流、サイバー攻撃、貿易慣行など広範かつ党派を超えている。

・2021年2月1~2月7日の世論調査(Pew Research Center)でも「中国の力と影響力抑止を最優先課題とすべき」との回答が共和党支持者・共和党系有権者63%、民主党支持者・民主党系有権者36%、「中国に冷えた感情」との回答は共和党支持者・共和党系有権者79%、民主党支持者・民主党系有権者61%に上昇。

・また2021年2月3日~同18日のGallup調査では、中国に対して「非常に好感度がある」「概ね好感度がある」との回答の合計は1986年の72%から20%に沈んだ。政権、議会に対し厳しい対中制裁を求める基盤が国民の対中観の悪化にある。今後、こういった動きは強まることはあれ、弱まることはないだろう。

 

■民主党の「党内対立」でインフラ法案不成立の可能性も

 

・バイデン政権は3つの柱からなる経済公約「Build Back Better」を推進していく方針を示した。1つは米国救済計画という景気刺激策。総額1兆9000億ドル。政権発足1カ月半で民主党単独で可決させた。

・しかしあとの物的インフラ整備法案である米国雇用計画と人的インフラ整備と気候変動対策を目玉とする米国家族計画の2つは共和党の反対ではなく、民主党内の抵抗により審議が非常に難航した。

・米国雇用計画は老朽化した道路、港湾、橋梁等の改修、都市部の公共輸送システムの補修、アムトラック等の鉄道の補修、EV向け充電ステーションの拡充、送電網の補修・強化、過疎地のブロードバンド接続。中国との競争に勝利するための米国の競争力強化のため昨年3月末に発表したが、成立したのは7カ月後の21年11月15日。7カ月以上かけないと成立しない現実が浮かび上がった。バイデン大統領は2回にわたる外遊の前に成立を強く呼び掛けたが、成立できなかった。下院のリベラル派の議員が抵抗した。

・米国家族計画(通称Build Back Better Bill=BBB)は教育、児童扶養、医療の拡充、気候変動対策等の民主党重視の施策を規定している。さらなる大幅修正で不成立の可能性も言われている(マンチン上院議員が21年12月19日に反対表明)。

・インフラ整備法案とBuild Back Better 法案は民主党の「党内対立」に翻弄されている。

・党内対立の原因は何か。急進左派と穏健中道派の対立の先鋭化だ。左派からみれば、連邦政府が積極的に介入(財政出動)して社会的弱者を救済していく絶好の機会で、バイデンが訴える共和党との対話は不必要だ。コロナ禍の今こそ民主党の重視しているリベラル色の強い政策を推進すべき。財源は富裕層への課税強化、大企業への法人税率を現在の21%から大幅に引き上げるべきと主張している。

・これとは対照的に穏健中道派のマンチン上院議員(ウエストバージニア州選出)、シネマ上院議員(アリゾナ州選出)はともに共和党の勢力が強いレッド州から選出され、共和党との対話を重視せざるを得ない選挙区事情を抱えている。

・財政支出にも非常にセンシティブでBBBの予算額は当初3.5兆ドルだったが、1.75兆ドルに削減されたのも両議員の働き掛けもある。両議員は共和党との対話・妥協を非常に重視している。

・法人税率を引き上げるとともに増税を行うことはやってはならないとの立場でもある。この急進左派と穏健中道派の突き上げにバイデン政権・議会民主党指導部が圧力を受ける形で経済公約のBBBが停滞している。両極から指導部が突き上げられているのがバイデン政権の今の状況だ。

 

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