【映画】東西両軍どちらにもつかず和平独立に挑む最後のサムライ・河井継之助を描いた『峠』

『峠』

 

作品名:『峠』最後のサムライ
監督・脚本:小泉堯史
キャスト:河井継之助(役所広司)
妻・おすが(松たか子)
2022年6月29日@ユナイテッド・シネマとしまえん

 

■田舎の3年、京の昼寝

 

実は司馬遼太郎の『峠』(前編・後編2冊)は私の初期の愛蔵本だ。新潮社から発行され、1977年(昭和52年)2月7日に当時住んでいた千葉県松戸市常盤平で購入している。当時は松戸支局に勤務していたが、2日後の2月9日に支局で読了している。かなり早い読書ぶりだ。

小泉堯史監督作品ももちろんこの「峠」を原本にしているが、はっきり言って小泉は前編を基本的に省いている。司馬遼太郎はあとがきの中で「わたしはこの『峠』において、侍とはなにかということを考えてみたかった。それを考えることが目的で書いた」と書いている。

司馬は前編201ページの上段で、「このあたりで、河井継之助についての前半部をおわらなければならない。前半は何事もなかった」と記している。

さらに「この人物(河井継之助)はその性格と思想どおりみずから進んで険峻によじのぼり、わざわざ風雲をよび、このため天地が晦冥するほどの波乱をよぶのだが、しかしその根はすべて前半にある。このため、なだらかで物語的起伏のすくない前半の風景のなかを、筆者は読者とともに歩かざるをえなかった」とも書いている。

越後・長岡藩(牧野家7万4000石)出身ながら、江戸に遊学に出、吉原で太夫・小稲となじみになる一方、開港直後の横浜にも行き、当時幕府の通訳官だった福地桜痴(源一郎)に案内してもらったうえ、スイス人ファブルブランドと懇意になった。

その後、旅に出る。駿河の蒲原、伊勢の津、京都、さらには岡山・備中松山(高梁市)では山田方谷の門を叩き、40数日経ってから入門を許される。次いで長崎に赴き、13日間逗留。案内者は長崎係留中の幕府軍艦観光丸の艦長・矢田堀讃岐守だった。長崎では軍艦と洋人の屋敷を見た。

古来、ことわざがある。田舎の3年、京の昼寝。田舎で3年懸命に学問するよりも京で昼寝をしているほうが、はるかに進歩するという。当世風に言い換えれば、田舎の3年、江戸の昼寝だ

河井継之助は陽明学徒である。この部分は前半でくどいほど出てくる。彼の陽明学の考え方に憧れたと言っても過言ではない。

「寝床は冷ややかなほうがいい。旅はつねに自分に冷ややかな寝床を提供してくれるであろう。旅にあってこそ心が騒ぎ立て、弾みにみちあふれるようにおもえる。その状態に心をおかねば、この胸中の問題は成長すまい」

 

 

ガトリング砲を操作する河井継之助

ガトリング砲を伝授する河井継之助(パンフレットから)

 

■西軍5000人に690人で挑む

 

越後長岡藩の家老・河井継之助(1827~1868)は、江戸をはじめとする諸国に遊学し、世界を見据えたグローバルな視野を培い、領民のための斬新な藩政改革を次々と実行していった。

やがて戊辰戦争が勃発し、日本が旧幕府軍(東軍)と明治維新軍(西軍)とに二分する中、戦争を回避しようと、近代兵器を備えてスイスのような武装中立を目指す。しかし、平和への願いもむなしく、長岡藩もまた戦火に飲み込まれていく。

世界的視野とリーダーシップで坂本龍馬と並び称され、敵対していた西郷隆盛や勝海舟さえもその死を惜しんだといわれる、知られざる英雄・河井継之助。

西軍5000人に、たった690人で挑んだ「最後のサムライ」として正義を貫くその姿は、今に生きる私たちに何を語るのか。

 

妻を交えて芸者遊びをする継之助(パンフレットから)

 

■「最後のサムライ」を美しく描く小泉堯史作品

 

監督・脚本は『影武者』(1980年)など数々の黒澤明作品に助監督として携わってきた小泉堯史。日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞した監督デビュー作『雨上がる』(2000年)以来、人間の美しい在り方を描いてきた彼が、司馬遼太郎が求めたものを丹念にスクリーンに映し出す。

主演の河井継之助を演じるのは日本を代表する名優、役所広司。脚本に惚れ込み、”理想のリーダー”を演じた。継之助を支える妻、おすがには数々のTV・映画・舞台で活躍を続ける松たか子が務める。

そのほか、前長岡藩主・牧野雪堂役の仲代達矢をはじめ、演技派のベテランから新進気鋭の若手まで、錚々たる豪華共演陣がそろった。

制作には今回も黒澤組からチームを組むスタッフが集結。常時2~3台のカメラをまわすフィルム撮影、新潟県長岡市を中心とした全編ロケーション撮影で、戊辰戦争の中でも最も激しかったといわれる北越戦争の大規模な戦闘シーンにも及んだ。

エンディング曲は加古隆が作曲した映画本編の音楽に、阿木燿子が作詞を手掛けた「何処へ」。日本を代表するアーティスト・石川さゆりが力強くも繊細に歌い上げる。

本作品は動乱の幕末に生きた最後のサムライを、美しい映像で描いた歴史的超大作である。河井継之助を愛する者にとって1時間54分はあまりに物足りなさを感じるものの、今の世ではこれ以上を期待するのは無理かもしれない。

 

 

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