【バレエ】夫が妻を”調教”する『じゃじゃ馬馴らし』を「真実な愛の物語」に昇華させた振付家マイヨーの世界=モンテカルロ・バレエ団2022年日本公演

 

モナコ公国モンテカルロ・バレエ団2022年日本公演「じゃじゃ馬馴らし」

 

モンテカルロ・バレエ団2022年日本公演「じゃじゃ馬馴らし」
振付:ジャン=クリストフ・マイヨー
音楽*ドミートリー・ショスタコーヴィッチ
装置:エルネスト・ビニョン=エルネスト
照明:ドミニク・ドゥリヨ、マチュー・ステファニー
衣装:オーギュスタン・マイヨー
台本:ジャン・ルオー(ウィリアム・シェイクスピアに基づく)

 

■初めてのバレエ観賞

 

モナコ公国モンテカルロ・バレエ団の2022年日本公演「じゃじゃ馬馴らし」を11月13日(日)、東京・上野の東京文化会館で観賞した。これまでも音楽会やオペラ、ミュージカルなどはそれなりに見てきたが、本格的なバレエ観賞は74歳にして初めてのような気がする。

実は自分でも歯がゆいが、はっきりしないのだ。「白鳥の湖」などは見ていてもおかしくないが、はっきりと見たと断言できないのだ。少なくてもこのブログを始めた2005年以降は見ていない。というわけでバレエ鑑賞は初めてということになる。

購入していたチケットが余って、それがこちらに回ってきたものだ。「バレエなんてお金をもらってもいかない」という人が断って、こちらにきた。極端な人だが、それはそれ。人サマザマである。

モンテカルロ・バレエ団はモナコ公国のモンテカルロに本拠を置く国立バレエ団。モナコ公妃グレースの遺志を継いだハノーファー公妃カロリーヌにより、1985年に設立された。

1992年にジャン=クリストフ・マイヨーが芸術コンサルタントとして入団、翌年9月には正式に芸術監督兼振付師に就任した。マイヨーはダンサーとしての豊富な経験を持ち、その4年後にはマイヨーの尽力により本拠地を自前の建物に移転した。

モンテカルロには1909~29年にロシア出身の芸術プロデュサー、セルゲイ・ディアギレフが主宰した伝説のバレエ団『バレエ・リュス』(ロシア・バレエ)も本拠地とし、20世紀初頭の動乱の時代に、舞踏や舞台デザインの世界に革命をもたらしたが、モンテカルロ・バレエ団はその”血”を強く意識している。

バレエ・リュスは1929年のディアギレフの死により解体された。複数の関係者や振付家たちが、さまざまな名称でこのバレエ団を再生しようとされるが、1951年、バレエ・リュスは完全に姿を消した。

 

 

■「夫が妻を調教する」クランコ版

 

モンテカルロ・バレエ団の日本公演は7年ぶり8度目。当初、本公演は2020年11月に実施する予定だったが、新型コロナの感染拡大により延期されていた。

同バレエ団は現在、多くの名ダンサーを輩出している名門バレエ学校プリンセス・グレース・アカデミーとモナコ・ダンス・フォーラムとともに1つの組織に統合され、モンテカルロはいまやバレエの聖地と呼ぶべき隆盛を見せているという。

ウィリアム・シェイクスピアの喜劇『じゃじゃ馬馴らし』はシェイクスピアの初期の戯曲の1つであり、1954年に執筆されたといわれる。同作品をバレエ作品として最初に作品化したのはジョン・クランコ。音楽はドメニコ・スカルラッティの鍵盤作品をクルト・ハインツ・シュトルツェが編曲した。1969年3月にシュトゥットガルトのヴュルテンベルク州立劇場でシュトゥットガルト・バレエによって初演されている。

元劇団四季の団員でテーマパークのダンサーも務めたこともある演出助手氏のサイト「だんす道」によると、この作品は「女性主役が殴る蹴る、変顔もする!男性主役はヒゲ面の酔っぱらい!」という会場から笑いがあふれる個性的な作品だという。

「強情で乱暴な女性を、男に従順な女性に変えてしまう・・・」。『ロミオとジュリエット』『オネーギン』で成功し、ジョン・クランコは波に乗っていた。また『じゃじゃ馬馴らし』のコミカルさが、「音楽にとてもマッチしているともいわれている」

クランコの振り付けは「夫が妻を調教する」という16世紀的な時代設定のままコメディの妙味を巧みに振り付けており、当時は観客から大人気を博した。「じゃじゃ馬馴らし」というテーマはなかなか現代には馴染まないと思うが、今も女性問題に敏感なヨーロッパでも初演時と同じ内容で上演され続けているという。

 

上演前にお茶を・・・

 

■マイヨー版は「真実の愛を探し当てる究極のストーリー」

 

舞踏評論家の立木燁(たちきあきこ)氏はじゃじゃ馬馴らしのプログラムの中で「マイヨーは物語の時代性を払拭し、2幕構成のスタイリッシュなバレエに仕上げた。戯曲に寄り添いながらも、演劇とダンスが美しく融合した新鮮な舞台を創り出している」と書いている。

さらに「マイヨーにとって振付はダンサーや別ジャンルのアーティストとの『対話』であり、そこから未知の形や動きが生まれ出てくるのだ」ともいう。

今回東京で上演された『じゃじゃ馬馴らし』は2014年にモスクワのボリショイ・バレエが初演した作品。「ボリショイ・バレエの精鋭ダンサーたちと緊密な作業を通じてマイヨーの芸術的手腕が遺憾なく発揮されている」と立木氏は述べている。

「じゃじゃ馬馴らし」は、気難しくて乱暴な妻キャタリーナを夫ペトルーチオがいかに”調教”していくかという点が物語の核心だ。

裕福なブルジョワジー、バプティスタには乱暴で気難しい姉キャタリーナと従順かつ優美な妹ビアンカがいる。バプティスタは時代の慣習に従い、最初に長女を結婚させなければならないと考える。それなのにキャタリーナのあの凶暴な性格はどうしたものかと悩む。

 

■「マイヨー万歳!」

 

巨匠ジョン・クランコによる歴史的傑作の存在があまりにも大きい上に、「夫が妻を調教する」という古めかしい価値観に基づく物語は現代のクリエイターには少々取っつきにくいテーマではないか。

じゃじゃ馬馴らしのプログラムを発行・編集している公益財団法人の日本舞台芸術振興会(NBS)はコンテンツ・メニュー「もっと知りたい!じゃじゃ馬馴らし」でこの点について、「マイヨーが描いたのは”調教”ではなく、若いカップルがお互いを見つけ出し、真実の愛を探し当てる究極のラブストーリー!」だったと指摘している。

NBSはさらに「様々な表情を見せる主役2人のパ・ド・ドゥ(仏語=2人のステップ、バレエ作品において男女2人の踊り手によって展開される踊りで最大の見せ場)だけでなく、個性派キャラたちの人間味溢れる魅力的な踊りや祝宴の場の華やかな群舞を効果的に配し、その美しい舞台空間に、今の私たちの心に直に響くドラマを紡ぎ出している」とマイヨーを絶賛している。

一方立木氏は、「現代のジェンダー論からすれば問題になりかねないドラマを、マイヨーは軽快でコミカル、結婚の本質を問いかけるロマンティックな愛の物語に脱皮させた。強烈な個性を持つ男女が本当に自分に相応しい伴侶をどう見出していくか。言葉を介さないバレエという表現において、マイヨーならではの粋で官能的な振付が”結婚”の不思議を解き明かす」と論評している。

バレエは初めて見た私だが、調べれば調べるほど奥が深いことを知った。しかも美しく、舞台は躍動的だ。どうも「マイヨー万歳!」と叫びそうな雲行きである。

 

公演が行われた東京文化会館(東京・上野)

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