【講演】シラスウナギ国内需要の理想は年間約1億尾だが、生産可能な量は数万尾という現実とのギャップは大きい=急がれる「人工種苗」の継続的イノベーション

 

人工種苗の普及に向けて

 

■水産研究・教育機構、「ニホンウナギ人工種苗生産」でセミナー開催

 

東京ビッグサイト(江東区有明)で8月24日開催された第25回ジャパン・インターナショナル・シーフードショーで、ニホンウナギ人工種苗の研究開発の現状についてセミナーが開催された。また会場内の各ブースでは展示も行われた。

一般社団法人マリノフォーラム21(東京都中央区)、国立研究開発法人水産研究・教育機構(FRA、神奈川県横浜市)、山田水産(大分県佐伯市)からなる共同実施機関を構成し、水産庁から委託された「ウナギ種苗の商業化に向けた大量生産システムの実証事業」(ニホンウナギ人工種苗生産の実証事業)を実施している。

水産庁は2050年までに「ニホンウナギの養殖で人工種苗の比率を100%にする」ことを目標に掲げている。FRAは2002年に世界で初めてニホンウナギの完全養殖に成功したものの、まだ完全な商業化には至っていない。

今年のシーフードショーではFRAから、研究開発の現状について説明された。また同事業で生産した人工シラスウナギから山田水産で養殖したウナギの蒲焼きの試食会も行われた。

 

※種苗とは文字通りタネとナエのこと。漁業で種苗生産(しゅびょうせいさん)と言えば、親と同じ形になる全長2~3㎝の稚魚期まで育てること。

 

■日本で必要なシラスウナギは年間1億尾

 

ウナギを取り巻く環境は厳しく、現在シラスウナギの人工種苗が強く求められている。ウナギは高級品で食べる機会もあまりなかったが、消費量は十数万トンと激増した。

養殖の基になるシラスウナギは天然のものしか使えないのが現状。環境の変化や乱獲を背景に養殖用のシラスウナギが段々獲れなくなってきているのが実情だ。

シラスウナギが初めて環境省の絶滅危惧種になったのは2013年。このときはウナギが絶滅するという大きなインパクトを社会に与えた。国際機関のレッドリストにも翌年掲載された。国としてもシラスウナギを持続的に利用するために環境に負荷を与えないような生産が必要な状況になっている。

シラスウナギを主に利用しているのは日本、中国、韓国、台湾の4カ国。四カ国は乱獲するのではなく、池入れ量の上限を設定することを決定。日本の来漁期(2023年11月~2024年10月)の池入れ量の上限は今漁期と同じ21.7トン、中国36トン、韓国11.1トン、台湾10トンで合意している。

日本は年間1億尾程度必要とみられている。日本で一番多量に種苗を作っているのはサケで多い時で14億尾。それほど多くはないにしてもかなり多い。何とかしなければならない。それで研究ということになった。

ウナギの種苗の研究は実験室レベルでは半世紀以上前の1960年代から始まっている。トピックになるのは1973年。北大で初めて人工孵化に成功した年だ。

 

■コストを下げるための3つの課題

 

FRAでは2002年にシラスウナギまでの飼育に成功し、2010年には完全養殖に成功した。現在の生産コスト大分下がってきており、一時期うな丼一杯何万円、何十万円という話もあったが、今は3000円まで落ちてきている。あと一ケタ、二ケタ下げられればいい状態に来ている。

問題は1事業所で大量生産ができるのか。人工種苗の普及はコスト次第。養殖に関して言えば、エサや種苗も含めコストによって成功の可否が決まる。

1日どのくらいコストがかかるか。どのくらいの期間でシラスウナギになるか。このコストを下げるために必要な3つの課題について話をさせていただきたい。

1つはエサ。稚魚がシラスウナギになるために食べる餌を探し出すこと。個体によってかなり差があり、非常に早くシラスウナギになってくれると飼育期間も短く、コストも下がる。

それをいかに大量に生産するか。1匹1匹人間が世話をすればいいが、そんなことをやっていたらコストが掛かり過ぎる。この3つを改良することで大量生産につなげたい。

 

ウナギの葉形仔魚(レプトセファルス)

 

■ワムシを食べないウナギ仔魚

 

最初に「飼料開発」について話したのはFRAシラスウナギ生産部主任研究員の神保忠雄氏。同氏は以下のように語った。

・上の写真がウナギの葉形仔魚(レプトセファルス)。226日齢の人工仔魚(卵からふ化したばかりの赤ちゃん魚は「仔魚」と呼ぶ。仔魚が成長すると「稚魚」と呼ばれる子どもの魚になる)。全長53.8mm。頭部が小さく透明で扁平。柳の葉のような特殊な体型をしていることから葉形仔魚と呼ばれている。

・体の大部分は多糖類が占めていて水分を多く含んでいる。食道から肛門までの消化管は直線状で、消化能力は弱い。ふ化からシラスウナギになるまで、天然は100~150日、人工は倍の150日~300日以上かかる。

・なぜ人工シラスウナギの大量生産が困難なのか?エサの面から話をすると、ブリ、マダイ、ヒラメ、トラフグなど一般的な魚は天然海域で生まれた場合、ふ化仔魚が食べているエサはコペポーダなどの動物プランクトン。

・養殖の仔魚を大量に生産する場合は仔魚に大量培養可能な動物プランクトンをエサとして給餌することが可能である。

・ウナギは日本からはるばる2500km西マリアナ海峡に生まれて海流に乗って日本にやってくる。天然海域のウナギ仔魚が食べていると考えられるエサはいわゆるマリンスノーと考えられている。
 
 

開発されたサメ卵飼料の原料

 

■乾燥飼料を新規開発

 

・最初のブレークスルー(突破口)はサメ卵飼料の発見。いろんな飼料が試されてきた。サメ卵を食べてくれることが分かったが、サメ卵だけだと10日程度で死んでしまう。何かが栄養的に不足しているのではないか。
 
・大豆ペプチドおよびオキアミ分解物が有効であることが判明した。ビタミンを添加しサメ卵飼料を開発して試験した結果、成長が早まった。
 
・サメ卵飼料の開発によって2002年にやっと世界初でシラスウナギの育成に成功。2010年には世界初の「ウナギ完全養殖」に成功した。サメ卵飼料はどろっとした液体状の飼料。通称「スラリー飼料」と呼んでいる。
 
・解決すべき新たな問題が出てきた。サメ卵はアブラツノザメの卵巣卵(冷凍)を用いていたが、大西洋産のアブラツノザメは資源量が減少しており絶命危惧種に指定されたている。よってサメ卵を使わずに大量供給できる新しい飼料の開発が必要となった。
 
・サメ卵を使わない代替飼料として開発できたのが乾燥粉末化した飼料。これを使うことでニホンウナギ仔魚をシラスウナギまで育成することに成功したと2022年2月14日、新聞発表した。
 
・その後も折れたり曲がったり湾曲したり脊索が波打ったりする形態異常が発生した。養鰻の種苗としては使えない状態が起こったものの、それを抑制することに成功した。現在特許出願中だ。
 
・乾燥飼料の精度を上げることで今後の中心的な飼料にしたいと考えている。
 
 
 
■重要な品種改良
 
 
 
次ぎに「ウナギの品種改良に向けた取り組み」と題して話したのは同研究所シラスウナギ生産部グループ長の野村和晴氏。
 
・2002年に完全養殖に成功したことでウナギの全ての生活史を飼育下で完結することができた。それから10年以上経過して現状はどうか。残念ながら人工ウナギの商業化には至っていない。
 
・今回のシーフードショーでも人工ウナギの蒲焼きの試食が行われており、一部販売までは目前まできている。とはいえ、まだ様々な課題が残っている。
 
・人工のシラスウナギを安く大量に生産すること。これまでの研究の積み重ねで年間を通じて卵やふ化仔魚を得るという技術はかなり確立されてきているが、最大のボトルネックになっているのは企業飼育の部分で、非常に手間もかかるし日数もかかる。安く大量に作ることが最大の課題だ。
 
・国内の需要を満たすためには約1億尾のシラスウナギが必要だといわれているが、現状完全養殖技術を使って、われわれの事業所で作れる人工シラスウナギの数はおよそ数万尾程度と見積もられる。
 
・1億尾という数を満たすには大きなギャップがある。このギャップを埋めていくのがわれわれに課せられた壁と考えている。やはりブレークスルーが必要で、鍵となるのは飼料と種苗の継続的イノベーションが必要と考えている。
 
・よりよいエサを開発することと並行してよりよい種苗を開発する。品種改良してより養殖に適した品種を作っていく取り組みが必要になってくる。
 
 
 
■養殖魚は250種
 
 
 
・日々利用している多くの家畜動物や栽培食物は長い年月をかけて人間の手によって品種改良されたものばかり。牛や豚、鶏などの家畜・家禽動物をはじめスイカ、バナナなどの果物や野菜などは品種改良された結果、元の原種とは似ても似つかない色や形、味を獲得している。
 
・人間は品種改良によってその性質を大きく変えることができると経験的に知っている。一方、水産生物の品種改良の歴史は非常に浅い。
 
・多くの陸上の生物は1万年から数千年前に品種改良が始まっているのに対して、多くの水産生物は長くても100年、ほとんどは数年から数十年の単位でようやく始まったばかりだ。
 
・現在世界で養殖されている魚類は約250種。このうち積極的に品種改良が進められているのはおよそ30%から40%程度にすぎない。残りの多くの養殖魚は野生の集団を改良せずにそのまま利用している状況だ。
 
 
 

 
 
 
■タネを制するものは世界を制する
 
 
 
・育種が進んでいる魚種の代表としてはノルウェーのアトランティックサーモンやティラピアがある。長い年月をかけて改良された結果、現在では成長速度が元のおよそ2倍になっている。
 
・生産期間もアトランテッィクサーモンは4年かかっていたものが2年弱と原種の半分以下に短縮されている。ティラピアはもっと早くて1年に1サイクル回るので短い期間で劇的に成長が改善される。
 
・魚の世界では品種改良が生産効率を飛躍的に向上させる効果的なアプローチであることがこういった実例から証明されている。
 
・農産物の世界では「タネを制する者は世界を制する」ことがよく言われる。水産の分野でも品種改良された種苗を取引するグローバルな市場が既に形成されている。
 
・アトランティックサーモンの品種改良された種苗を販売している育種会社は、成長速度を変えるだけではなくて病気に対する抵抗性や海ジラミという寄生虫に対する抵抗性も獲得していると宣伝されている。
 
・ティラピアの場合も同様に成長が早く病気に強い種苗だと活魚で販売され、育種会社は毎年精度が上がっていることを宣伝しているほどだ。
 
・サーモンについては50年、ティラピアについては30年既に品種改良が進んでいる。今後よりよい種苗を持っている一部の育種企業がこういった市場を独占する寡占化がどんどん進んでいく。ビジネスの面でも品種改良は非常に重要なテーマになっている。
 
・こういった観点からウナギ養殖の将来を考えた場合、現在技術としては十分ではないにしても完全養殖技術が確立されているので、これを活かして他国に先駆けてウナギの品種改良を進めていくことが将来の日本の強みになるのではないか。
 
 
 
 
 
 
■種苗期間の短縮を
 
 
・どの形質に注目すべきか。現在の人工種苗の問題点として非常に大きいのは飼育期間が長いことが大きな障害になっている。ふ化してからシラスウナギに変態するまでに天然なら110~170日。人工飼育下では現在の技術だとおよそ160~400日。個体差が大きくて平均すると250日くらい。
 

・シラスウナギになる前に病気なり衰弱で死んでしまう、生産率が下がってしまうリスクが上がるし、飼育期間が長くなるとエサ代もかかって人件費などあるゆる飼育にかかるコストが上がる。ますます安く大量に作ることを難しくしている。

・この期間を短くすることが人工シラスウナギの生産性向上に直結する非常に重要な要素だと考える。たくさんの飼育ロットを飼っていると経験的に同じエサ、同じ飼育方法でも飼育する水槽ごとに種苗期間の長さにばらつきがある。

・遺伝率を調べた上、ウナギで仔魚期間の短縮を目的とした選抜育種プログラムを現在進めている段階。プログラムは途中だが、選抜前の世代では平均269日だったが、選抜後の世代では平均値で247日とその差が22日短くなった。1世代で8%期間短縮に成功している。

・選抜と交配を繰り返しサイクルを回していくことでその効果を積み重ねていくことができる。このサイクルを回して変態を開始する日齢が早まるようにすることを計画している。いかに早く回していくか。種苗期間の短縮に取り組んでいきたい。

 

■持続可能なウナギ養殖産業の発展に貢献を
 
 
・完全養殖の達成に伴い、これまで不可能だったウナギの品種改良が実現可能となった。
 
・現在、人工シラスウナギの大量生産の障害となっている長い仔魚期間がわれわれの調査で遺伝形質であることを確認した。選抜実験を通して、選抜後の世代で仔魚期間が短くなることを立証した。
 
・今後はこの選抜育種プログラムを継続して、世代を積み重ねていくことで、より身近な仔魚期間を目指していきたい。
 
・さらに将来的には仔魚期間だけではなくて育種の目的を他の形質にも拡張して、例えば養殖池での高成長や病気に対する抵抗性など他の形質の改良にも取り組んでいきたい。
 
・こうした取り組みを通して養殖に適したウナギの形質を確立していくことで将来的にも持続可能なウナギ養殖産業の発展に貢献することを期待できる。
 
 
 
 
 
■量産技術の確立
 
 
最後に「量産技術」の現状について語るのは水産研究・教育機構水産技術研究所シラスウナギ生産部グループ長の須藤竜介氏。
 
・ウナギは日本の伝統食で2020年には5万1000トンを消費している。100%天然の種苗に依存しているが、種苗の価格は乱高下している。ウナギ関連産業は不安定でそれを解決したい。
 
・野生動物としてウナギを見た場合、海と川を行き来する魅力的な生態を持つ回遊魚としての側面もある。それが絶滅の危惧もあるので産業動物としてもいびつな状況にあるのが現状だ。
 
・親が卵を産んで卵から返ると特殊な「レプトセファルス」に育っていく。それが変態してシラスウナギになって、また大きくなって親になる。
 
・通常の養殖はシラスウナギを天然から獲ってきてこれを育てて蒲焼きにする。種苗生産技術はどこにあるのか。卵を産ませて赤ちゃんを育ててシラスウナギにするところまで。ここが種苗生産技術。この技術が確立すると、天然資源への依存から脱却して種苗の供給も安定化できる。
 
・種苗生産に必要な技術は卵を産ませる技術と仔魚を育てる技術に分けられる。北海道大のチームが人工ふ化に成功した。
 
 
 
 
 
■早期量産システムの実現目指す
 
 
・ウナギの産卵場はマリアナの西。水深200mの海域だ。22度から24度付近が最適な水温と言われている。
 
・鹿児島水産技術センターおよび宮崎県水産試験場で開発したシステムでの育苗生産の再現試験を実施。鹿児島県と宮崎県ともに本システムでの種苗生産に成功した。
 
・南伊豆庁舎を含めた3カ所の試験場において、1水槽当たり1000尾程度の種苗の作出ができることを実証。鹿児島県は2000尾以上を1水槽で作ることに成功した。これは汎用性の高い技術ではないかと考えている。
 
・山田水産にも入ってもらって民間にも活用 ・普及を図っていきたい。技術の裾野を広げていければと考えている。
 
・今後については1尾当たりの生産コストは光熱費20%、人件費が69.5%。省人化、省エネ化をターゲットにしてさらなるコスト軽減に向けて研究を加速し、1日も早い量産の実現を目指したい。
 
 
 

水槽の中のニホンウナギ(FRAブース)

 

 

 

人工種苗由来ウナギ(山田水産ブース)

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