年男、「千手観音」拝観のため上野「清水観音堂」に参拝する!

 

秘仏の千手観音像ご開帳は2月の「初午(はつうま)法楽」の日のみ!

 

「東海道五十三次」の歌川広重が「名所江戸百景」で描いた「月の松」(視線の先に不忍池弁天堂が見える=台風でやられた松は2012年に復元)

 

下から見上げると・・・

 

今年は6回目の年男だ。年男や年女と言うと、何となく縁起が良さそうな感じがするが、よくは分からない。12支の干支(えと)で言えば、最初の「ね」(ねずみ)である。12年の最初で、ちょっとした節目でもある。

それでできれば初詣は年男にちなんだ神社・仏閣に行きたいと思った。昨年11月、奈良の東大寺で御朱印デビューした。東大寺オリジナルの御朱印帖だ。

初詣は毎年、地元の東京大仏(乗蓮寺、板橋区赤塚5)に行っている。干支などはほとんど無視していた。自分が行きたいお寺とか神社に行っていた。

今年は年男である。年齢も70代になった。いろいろ考えることも少なくない。ねずみ年に生まれた人の守り本尊は何かを考えた。どうも千手観音菩薩のようである。

仏教の中でも悟りを開いて困苦のない世界に行った(成仏した)人を「如来」と呼び、その前の一歩手前で成仏しきれていない人のことを「菩薩」と呼ぶ。と言っても一歩手前まで来ているのでじつはものすごく偉い人には変わりないという。

「世の音を観じる」の3文字をとって観世音と呼び、その略称が実は「観音」だという。観音は「人々を救うために常に世の音を観じて悟りの境地を求める人」)のことを言うようだ。この観音と菩薩が一緒になって観音菩薩となった場合には「悟りの境地を求める人」というよりも、「限りなく悟りの境地に至った人」として描かれることが多いようである。

密教の世界では6観音が有名だ。聖観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音、如意輪観音、准胝観音(天台宗では不空羂索観音)。

ネットで調べていると、千手観音を本尊としている寺院は東京では上野の「清水観音堂」(台東区上野公園)があった。東叡山寛永寺の子院である。

同堂の歴史によると、「清水観音堂は、寛永8年(1631年)に天台宗東叡山寛永寺の慈眼大師天海大僧正(1536~1643)によって建立された。天海大僧正は寛永2年(1625年)に、2代将軍徳川秀忠から寄進された上野の山に、平安京と比叡山の関係にならって、「東叡山寛永寺」を開いた。これは比叡山が京都御所の鬼門(東北)を守るという思想をそのまま江戸に導入することを意味し、江戸城の鬼門の守りを意図したという。そして比叡山や京都の有名寺院になぞらえた堂舎を次々と建立したが、清水観音堂は清水寺を見立てたお堂だ」という。

秘仏のご本尊「千手観音菩薩」は平安時代の高僧・恵心僧都の作と伝えられるようだが、本来の手以外に小さな手が40本あり、それぞれの手が、仏教で考えるあらゆる世界の生きとし生けるもののすべてに、慈悲の手を差し伸べる姿を表している」(秘仏ご本尊の縁起)

本当に1000本の手を持っているのは唐招提寺(奈良)、寿宝寺(京都)、葛井寺(大阪)にあるようだが、左右に40本が普通だ。清水観音堂の本尊は左右に20本ずつ。1本が25本分の腕を表現し、40本賭ける25=1000本の計算になるらしい。

仏像の世界はとにかく奥が深い。年齢とともに、仏への憧憬が募ってきた。

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