佐野厄除け大師+佐野ラーメン

20分ほど並んだあと、ようやく本殿に向かう列に

20分ほど並んだあと、ようやく本殿に向かう列に

 

刷り込みというのは恐ろしい。何度も何度も目にしたり、聞いたりしているうちに、それが気になって仕方がない。「佐野厄除け大師」(栃木県佐野市)は暮れになると、テレビCMを流したり、電車に中吊り広告を打ったり、精力的な集客活動を展開しているので有名なお寺だ。

もう何年も前から気になっていたが、今年はちょっと目先の変わったお寺に初詣したいと思って、ここへ行くことにした。知っているのは「関東の三大師」という宣伝文句と佐野ラーメンの本拠地という2つだけ。

初詣の動機もいい加減で、お寺の名前も宗派も何も知らないまま出掛けた。仕事では事前調査に力を入れるのに、何という違い。初詣というのはこんな程度のものなのか。去年は東京大仏、一昨年は新井薬師、その前は氏子でもある田舎の刈野神社と菩提寺の円城寺に詣った。自分の宗教心のレベルを確認できる。

ナビタイムで調べると、東京・練馬の自宅から現地まで81km、所要時間1時間12分。ETC料金2310円(片道)。午前8時18分に出発して午後3時18分に帰宅した。合計7時間。

 

お掃除地蔵さん

お掃除小僧さん

 

これまでに西新井や川崎、川越などの大師に詣ったが、それらに比べると、「関東の三大師」と名乗る割には社殿もさほど立派ではなく、田舎のお寺。なぜここがこれほど初詣客を集めるのか理解できない。CM効果もあるのだろうが、リピーターを確保するのは難しいのではないか。初めての初詣客を呼び寄せるためにも毎年CMを流し続ける必要があるのかもしれない。

かつてオロナミンCドリンクの宣伝マン氏がテレビCMをストップすると急に売り上げが落ちると言っていたのを思い出した。それと同じことかもしれない。

春日岡山縁起によると、佐野厄除け大師(佐野市春日岡山)は944年(天慶7)、奈良の僧・宥尊上人が開いた寺。正式名称は「春日岡山転法輪院惣宗官寺」(かすがおかやま・てんぽうりんいん・そうしゅうかんじ)。保元・平治の乱で焼けたが、藤原一族および北条氏などの手で1297年(永仁5)に復興。天台宗の寺となった。

1600年に現在の地に移転している。徳川3代将軍家光も参拝するなど徳川幕府との縁故も深い。厄除け元三慈恵大師(如意輪観音)を安置し、厄除け、身体安全の祈願を続けており、年ごとに信者が激増し、正月大祭には約100万人以上の参拝客を仰いでいる、という。

「大師」(高位の僧侶に対する尊称)と言えば、真言宗の弘法大師(空海)しか知らなかったが、もう1人厄除け絡みで元三大師(慈恵大師、良源とも呼ぶ)という人がいて、おみくじの創始者ともいわれる。こちらは天台宗。

ややこしいことに、真言宗系が「関東厄除け三大師」(西新井大師、川崎大師、観福寺大師堂)を名乗り、天台宗系は「関東の三大師」(佐野厄除け大師、青柳大師、川越大師)と称しているようだ。三大不動尊も同じらしい。この辺の事情はYAHOO!知恵袋が詳しい。

 

とにかく佐野ラーメン(大師庵)

とにかく佐野ラーメン(大師庵)

 

厄除け大師だけではこれだけの初詣客を呼ぶことはできないはずだ。集客を強力にサポートしているのはやはりこの「佐野ラーメン」のブランド力ではあるまいか。食べたのは佐野厄除け大師門前のラーメン屋「大師庵」。

車を止めたのがこの店の敷地内で、しかも裏口の目の前が大師。歩いてゼロ分。市内ラーメン店マップを見ても、69店舗もある。どこがどう違うのかも分からない。駐車した縁もあるのと、お腹が減ったので迷わず、ここに入った。

 

これがうわさの佐野ラーメン

これがうわさの佐野ラーメン

 

「4日間熟成させた麺と群馬県地養鶏を使ったクセのない甘みのあるスープ」が売り。「東京ラーメン」に近い透き通った醤油スープは懐かしい味だ。佐野ラーメンはチャーシュー、なると、シナチクの三種の神器の伝統を守っている。

札幌、博多、喜多方、高山を加え、佐野は日本5大ラーメンの1つ。ラーメン歴史年表によると、ラーメン店の登場は1910年(明治43)の東京・浅草の「来々軒」に次いで2番目が佐野の「宝来軒」(1916)。札幌や喜多方よりも早い。

 

佐野名物イモフライも

佐野名物いもフライも

 

蒸したジャガイモを一口サイズにカットして、串に刺して衣をつけてカリッと揚げたあと、フルーティーな特製ソースをかけて仕上げたのが「佐野名物いもフライ」。佐野が発祥の地らしい。

この店のサイドメニューに宇都宮の餃子もあった。本場の餃子は小粒だが、ここのは具だくさんで裏皮がパリパリ。宇都宮で食べた餃子よりよほどおいしかった。「門前の地の利に頼らない」店の心意気が伝わっていた。

 

佐野ラーメンが山積み(物産館)

佐野ラーメンが山積み(物産会館)

 

大師さまのすぐ近くに佐野市観光物産会館があった。市の特産品やお土産物がわんさか積み上げられていた。その中でも「佐野ラーメン」コーナーは別格だった。何種類あるのか数え切れない。

 

「名物いもフライはミツハフルーツソースで決まり」

「名物いもフライはミツハフルーツソースで決まり」

 

個人的にはウスターソースが好きだ。何でもソースを掛けるので「味の分からない人」で通っている。何と言われようと、好きな物は好きだ。

観光物産会館の棚の1つに並んでいた。ミツハフルーツソース(中濃)。たまねぎ、トマト、りんごなどの野菜やフルーツがたっぷり入った濃厚絶品ソースとかで、いもフライはこのソースがどぶ漬けされているという。1936年創業当時の社名はミツハソース・ポンポンカレーだった。現在は経営者の名前をとって早川食品(早川隆社長)となっている。

もう一つはマドロスソース(ウスター)。全糖純正無添加の手造りソース。3代目の半田久氏が1人で造っているという。社名は半久食品工業。1958年創業。

地ソースの決め手はどうも水らしい。ミツハもマドロスも出流原弁天池(いずるはらべんてんいけ、赤見温泉)の水を使っている。石灰岩から湧いてくる水は日本名水百選に選ばれた良質な水だという。これが自然の甘さを引き出すという。

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