新「3本の矢」はアベノミクスの方向転換

 

今年の経済見通しを語る早川英男氏(日本記者クラブ)

今年の経済見通しを語る早川英男氏(日本記者クラブ)

 

テーマ:2016年経済見通し:転機を迎えたアベノミクス
ゲスト:早川英男(富士通総研・経済研究所エグゼクティブフェロー=元日銀調査統計局長)
2016年1月13日@日本記者クラブ

 

■アベノミクスと異次元緩和(QQE)

1.大胆な金融政策
2.機動的な財政政策
3.民間投資を喚起する成長戦略

■アベノミクスの成果と誤算

・アベノミクス始動の前後から大幅な円安・株高が進んだ。沈滞していた国民の心理を明るくする効果を持った。
・消費者物価は13年半ばから前年比プラス基調で推移。「物価の持続的な下落」という意味でのデフレからは脱却。ただ「2年で2%」の約束は未達成
・リフレ派の主張は「日本経済の長期低迷はデフレのせい」だったが、デフレが終わっても、経済成長率が高まった事実はない。
・最大の誤算は、大幅な円安にもかかわらず実質輸出がほとんど増えなかったこと。

■人手不足と「成長天井」の低下

・アベノミクス始動から1年半、14年半ばに失業率は3.5%程度まで下がり完全雇用が実現。日本は「人手不足時代」に入った。ただし、この間の経済成長はわずか。完全雇用達成は、アベノミクスの成果というより、高齢化に伴う労働供給減少の結果(団塊世代完全退職の影響)。

・労働供給の減少と生産性の鈍化で日本経済の「成長天井」(潜在成長率)が低下。低成長にもかかわらず需給ギャップはほぼ解消した。

■15年度経済の期待と現実

・15年度の日本経済は、消費増税の「反動の反動」と原油価格急落による交易条件改善で、一時2%に近い高成長が期待されていたが、足元では1%程度との見方が支配的。

・QQE開始後の消費者物価(生鮮食品を除くコアCPI)上昇率をみると、13年度は民間予想を上回って上昇したが、油価急落の影響もあって14、15年度は下振れが目立つ。もっとも、物価の基調は見掛けよりもしっかりしており、油価が落ち着けば、物価上昇率は徐々に高まっていく可能性。

■景気の足元

・家計部門=個人消費の伸び悩みは、基本的には①企業収益の割に賃上げが少なく②円安で物価が上がって、実質賃金が伸びていないため。

・企業部門=円安効果に原油安に伴う交易条件の好転も加わって、企業収益は極めて好調(過去最高水準)。その割に設備投資の伸びは鈍い。

・それでも回復基調は続く=15年度の景気は期待外れだったが、これは景気の後退を意味するものではない。企業収益は過去最高、労働市場は完全雇用である以上、内需が自律的に悪化する理由はない。原油安で実質賃金がプラスになり、設備投資計画が今後一部は実行されると考えれば、下期の内需は徐々に持ち直しが期待できる。

■16年度の経済展望

・景気=15年度後半に景気は持ち直しに転じた後、16年度も緩やかな回復基調を維持するとみられる。ただ、1.5%前後を見込むのは過大な期待ではないか?
・物価=コアCPIの前年比は足元ゼロ近傍だが、原油安のマイナス寄与が縮小するにつれて、徐々に伸びを高めていく見通し。ただし、物価の持続的上昇の最大のネックは賃金上昇の鈍さ。よって上昇率は1%がせいぜいではないか。

・米国経済=米国経済は着実に回復しており、昨年末にはリーマン・ショック後7年近く続いたゼロ金利の解除が実施された。FRBは今後も1%程度の利上げを想定している。

・欧州経済=ギリシャのユーロ圏離脱危機も乗り越えて穏やかな回復軌道にあるが、南北格差が依然大きいほか、中東からの大量の移民流入など多くの困難を抱えている。

・中国経済=ルイスの転換点を越えて基調的成長率が低下。消費主導の安定的な中成長への転換に向けて多くの課題を抱える。

・その他新興国=全般的に景気は減速傾向。為替相場の急落に見舞われる国も少なくない。3~4年前までの新興国経済の好調は、①中国の高成長②米国の金融緩和―に支えられたものだった。現在は、この2つの条件が変化しつつある。

■異次元緩和の行き詰まり

・昨年10月末の金融政策決定会合で、日銀は景気・物価見通しを下方修正しつつ、追加の金融緩和は見送った。景気回復の基調自体は損なわれていない上、物価の基調もしっかりしているというのが表向きの理由だったが、本音は、①円安効果に対する懐疑があるほか、政府もさらなる円安を望んでいない②緩和手段の弾薬切れが近い―こと。12月にはQQEの「補完措置」を実施した。

・2%インフレの達成時期を「2016年度後半ごろ」(QQE開始から約4年)に先送りしたが、実現の可能性は低い。異次元緩和はもともと短期決戦の陣立てだった。長期戦が必至となった今、持久可能な政策の枠組みが必要。

・しばらく先とはみられるが、2%インフレが実現し、日銀が国債の大量買い入れを終了すれば、長期金利は大幅に上昇する。長期金利が大幅に上がれば、金融機関、とりわけ地銀や信用金庫が大きな評価損を蒙る。巨額の長期国債を抱え込んだ日銀自身の損失も莫大。

■財政赤字のリスク

・財政破綻のリスクはまだ見えないが、問題は2%のインフレ目標が達成された時。日銀の国債大量買い入れが終わり、長期金利が上昇すると、公債残高/名目GDP比率が200%を超える日本では財政への負担は極めて重い。

・14年12月の総選挙前に安倍首相は、20年度の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)黒字化方針の堅持を約束した。15年の「骨太の方針」は一応約束を守ったが、実際には楽観的な成長頼みの計画だった。

・財政赤字拡大の主因が社会保障支出にあることは明白。早急に社会保障改革を進める必要がある。日本の財政が本当に苦しくなるのは20年代半ばから。団塊世代がさらに高齢化することが医療・介護費用の急増が予想されている。

■転機に立つアベノミクス

・安倍首相が昨年9月に「アベノミクス第2ステージ」として打ち出した「新3本の矢」は①希望を生み出す強い経済(20年頃に名目GDP600兆円を達成)②夢を紡ぐ子育て支援(20年代半ばに出生率1.8を実現)③安心につながる社会保障(20年代初頭に介護離職ゼロを実現)―。

・旧「3本の矢」の総括が済んでいないのに、なぜ今「新3本の矢」なのか?いずれも的(目標)であって、矢(手段)がない。旧「3本の矢」はデフレ脱却に向けて政策を総動員するものだったが、新「3本の矢」には体系性がない。

・掲げた目標はいずれも実現性に乏しい。とりわけ、20年代初頭は団塊世代の後期高齢者入りで介護離職が急増する恐れがある。政府は施設介護⇒在宅介護を進めてきたが、施設介護重視に転換するなら、巨額の財政負担が必要になる。

・従来のアベノミクスは典型的なトリクルダウン戦略だった。だが、企業は最高益でも賃上げもせず、設備投資にも消極的。官邸は不満を募らせている。安保法案強行による内閣支持率低下を受け、アベノミクスは方向転換を求められていた。新「3本の矢」は家計重視を鮮明にしたアベノミクスの方向転換。

・出生率1.8と介護離職ゼロは実現手段は乏しく「努力目標」。1億総活躍のスローガン的位置づけか。一方、名目GDP600兆円は事実上名目3%成長と同義。名目3%成長が実現してもPBは黒字化しないのだから、これは最低限の「必達目標」。金融緩和だけで経済再生は実現しないことが分かった以上、旧「第3の矢」である成長戦略(TPP活用など)が重要だ。

■ぬるま湯続く日本経済

・日本経済の現状は、「ぬるま湯」状態。経済成長は0%台が定着(16年度は1%台でも、消費増税後のは17年度はゼロ成長との見方が一般的)。それでも企業収益は過去最高、労働市場は完全雇用。強い不満を感じる者は誰もいない。

・2%インフレに達しないため、日銀の国債大量購入が続く⇒日本経済の最大の弱点である財政赤字も、当面火を噴くことはない。

・しかし、ぬるま湯に安住すれば、「ゆでガエル」になるリスクがある。

➢新「3本の矢」にはバラマキへの懸念。異次元緩和に安住して潜在成長力の強化や財政健全化を怠れば、いずれは財政破綻が避けられない。

➢企業の史上最高益は、円安・原油安の下駄を履いた結果。日本企業の競争力はむしろ衰えているのではないか?⇒10年代に入ってAL、 LoT、フィンテック、シェアリング・エコノミーなど世界的なイノベーションの波が再来しているが、日本企業の影は薄い。

➢労組が賃上げを要求しないのも、10年後、20年後の自社の将来に不安を感じているからなのか?

 

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