日本は世界の安全保障のフロントラインに立っていることを認識すべし=河野克俊・前統合幕僚長

登壇した河野克俊氏

 

ゲスト:河野克俊(かわの・かつとし)前統合幕僚長
テーマ:バイデンのアメリカ
2021年5月12日@日本記者クラブ

 

■海洋への価値観が異なる中国

 

海上自衛隊出身で自衛艦隊司令官、海幕長を経て2014年10月から19年4月まで統合幕僚長を務めた河野克俊氏が先の日米首脳会談で日米同盟の強化が打ち出され、「台湾海峡の平和と安定」が明記された台湾海峡、沖縄・尖閣諸島をめぐる日本の防衛の在り方について話した。

・まず安全保障環境について私の認識を申し上げたい。日米首脳会談の共同声明で「台湾海峡」を明記。台湾の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促した。

・中国に対する私の認識は1949年に建国。人民解放軍=陸軍だったが、海軍は沿岸を航行するだけだった。台湾を落とせなかったのは海軍力、空軍力の不足が大きな要因だった。

・1980年代後半から鄧小平の改革・開放路線が施行された。劉華清・中国人民解放軍海軍司令員(司令官)に付き、トップとなった。大海原(ブルーウオーター)を航行する海軍に成長させるコンセプトを打ち出した。改革・開放と連動しており、経済発展を遂げるのと並行して海洋進出が伴ってくるのが歴史の必然だ。ポルトガル、アメリカ、日本もそうだ。

・内にこもっているだけでは経済発展できない。シーレーン防衛もそうだ。よって最近の中国の海洋進出は私は理解できる。

・問題なのは日米+インド、オーストラリアを加えた4カ国による枠組み「Quad(クワッド)」の考え方と中国の考え方の価値観が異なっているのが今の対立の要因だ。

・「海洋というのは基本的に自由」というのが根本的な国際法の考え方。「自由」という考え方。領空、領土は絶対的に不可侵という位置づけだが、領海については「無害通航」を認めており、自由に通行でき、お互いに経済発展しましょう。これが海洋に関する価値観だ。

 

第1~3列島線

 

中国が主張する九段線

 

■経済発展すれば海洋進出するのは必然

 

・中国は3つの列島線を引いている。第3列島線はハワイを通って太平洋を2分する。西側は中国、東側は米国。太平洋2分論まで出てきている。

・線を引くのは根本的におかしい。ここの価値観の相違で中国と対立している。利害関係の対立ならばある程度の妥協はできるが、根本価値観が違うのは中国側の考えの方がマイナーであり、国際法にも違反しており、向こうに考えを変えてもらうしかない。変えてくれればウェルカムだった。

・米国などは中国が経済発展をすればWTOに入って豊かになれば同じ価値観の国になるとの期待を持っていたが、ここに至って明らかに違う異質の国だと認識を完全に変えたと宣言したに等しい。

・トランプ前大統領も中国とはディールできるとの認識だったが、半ばで完全に切れた。この流れの中にバイデン大統領はいる。

・第1列島線内は自分たちのコントロール下に置くので、自由を基本とした海洋の考え方からすればとんでもない主張を中国は行っている。

・第Ⅰ列島線の前提になっていたのは香港、台湾、尖閣列島。香港は完全に抑えた。残りは台湾と尖閣。香港は1984年の時点でサッチャー・鄧小平会談で返還合意ができたが、中国は海洋に進出するという戦略が成立していなかったものの、50年間は現状のままという約束を取り付けて返還を実現した。

・1984年時点では海洋進出の戦略が成立していなかった。ところが思いのほか早く経済発展を急速にし、それに伴って海洋の進出を行うしかなかった。

・1984年の話なんかできなくなった。そこでコントールが効かなくなった香港を抑えにかかったのが現実ではないか。

 

わが国の防衛(産経新聞)

 

■海警局は「第2海軍」に

 

・中国は台湾と尖閣についてはスキあらば取るという決意は揺るがない。国家の発展、防衛にとって核心的利益だ。

・尖閣については野田政権下で国有化した2012年を契機に激化した。私が現役のときもプレッシャーは厳しかったが、今は一段と性質を上げた行動に出ているというのが私の見方だ。

・日本漁船が正当な漁業を尖閣の領海内で行っているときに中国海警局の船が日本漁船を違法操業だと追い回したり、王毅国務委員兼外相が不法漁業をやっていると日本国内で公然と発言する。ここの施政権は自分たちにあるんだよということを行動で示しにかかっている。私が現役の時はまだそこまでは言っていなかった。

・安保条約自体は日本の施政権下にあるところに対して適用されるのが全体の構図だ。とにかく既成事実を積み上げてある意味日本を「慣らす」。ここは日本人は絶対に慣れてはいけない。慣れるくらいにガンガンやってくる。

・日本が慣れちゃうとアメリカは「施政権は中国」という考えに立ち至らないとも限らない。そうなると安保5条の適用はなくなる。今はそういう段階に来ている。

・「尖閣は日本の領土。ついては米軍の支援を頼みたい」というべきだ。自衛隊が動かないのならば米軍は絶対に動かない。これは私が46年間自衛隊にいた経験から断言できる。安保条約は自動参戦でない。米国民の賛同を得る必要がある。

・声高に言うと、「尖閣は米軍に守ってもらえる」と誤解される。まずは日本が守らないといけない。ついては米軍の支援をお願いしたい。こういう考え方でないといけない。

・海憲局は海警法が施行され防衛任務も行えるようになった。海憲局は名実ともに第2海軍になった。海上自衛隊と海上保安庁の間隙を突いてきた。新しい組織を作らないならば、これへの対応は海保の権限を強めるか海自が海保に近づいて対応するしかない。

・海自が海警と対峙するためには海上警備行動をかけてもらう必要がある。海上警備行動に出たとしても武器の使用は海上保安庁以上のことはできない。やれることはほとんど今と同じ。

 

■自衛隊の権限規定は世界と違う「ポジティブリスト方式」

 

・警察と軍隊は全く誕生から違う。仕事と内容が全く違う。警察は基本的に国内の治安維持対策、軍隊は祖国防衛任務。警察の相手は国民ゆえ武器の使用については制限をかける。軍はeverything is okで国民の命と財産を守れというのが基本スタンス。

・ルールには一般的に「やっていいことだけを規定する」ポジティブリスト方式(警察)と「やってはいけないことだけを規定する」ネガティブ方式(軍隊)がある。軍隊の権限規定は「原則無制限」のネガティブ方式だ。

・有事にあって予測しがたいすべての事態に法令を整備することは不可能との認識が根底にあるためだが、日本の自衛隊はポジティブ方式で統制されている。案保法制もプラスされていった。任務が付与されることに法律を作る必要があり、そうでないと動けない構造になっている。

・なぜこうなっているか。陸自は警察予備隊の延長でできた。海自は海保から分離独立。警察の延長に位置しているがゆえにこういうことになっている。自衛隊の抱えている大きな矛盾だ。歴史的に他の国とは違っている。

 

中国のA2/ADと第1・2列島線

 

■中国の台湾への侵攻、6年以内にも

 

・米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官(退官)は3月9日、米上院軍事委員会の公聴会で、中国の台湾への脅威は今後6年以内に明らかになると証言した。共産党総書記は2期20年が不文律で江沢民も胡錦濤も守ってきたが、習近平はそこを突破しようとしているのではないか。私はそう思う。

・2022年の共産党大会は重要になってくる。そのためにも北京オリンピック(22年2月4~20日)の成功は不可欠。共産党大会で3期目をやるためには理屈が必要で、それは台湾、尖閣だと思う。台湾を統一した場合、台湾省の一部が尖閣という理屈なので、彼らの考え方では「台湾・尖閣はセット」。自分はこれをやりたいと掲げて行うのではないか。3期目が終わるのが6年後だ。

・デービッドソンが懸念しているのは米中の西太平洋における軍事バランス。数的には中国が完全に米を凌駕している。このまま放置すると、質的優位も分からない。このままいけば米軍は第1列島線に近づけなくなるという危機感を持っている。

・彼は太平洋抑止イニシアティブ(PDI)を打ち出した。中国はINF条約があった関係で中距離ミサイルについては中国は1250発以上、米国はゼロ。ミサイル配備の相談は日本にもあるだろう。これは中国のA2/AD(接近阻止・領域拒否戦略、Anti-Access/Area Denial=A2/AD)。実際に完成すると米軍は台湾を支援できない、尖閣を支援できなくなる。

・米軍は構想の大きなチェンジを考えている。コンセプトを変えて新たな状況の変化に立ち向かわなければならない。後任者のジョン・アキリーノ司令官はもっと早くその時期が訪れるかもしれないと述べている。

・習近平からみると、米軍が第1列島線内に入ってこれない状況を作ったときが習近平が決断するときだと思う。さらにそれが先延ばしになると、中国の威厳が保たれるか分からなくなる。28年頃には人口が減少に転じる経済も頭打ちになる。時が経てば経つほど習近平にとって有利にはならない。米軍が盛り返す可能性があると中国側は考えているはずだ。

・客観的にみても3期目にどうするか。台湾問題のピーク点になるのではないか。

・習近平は福建省に長く勤務しており、台湾には詳しいとの自負がある。台湾統一を成し遂げるということは中華人民共和国を名実ともに完成させることになる。台湾は中国にとって残された宿題。これを習近平が片付けたら毛沢東を超えた、終身総書記もあり得るほどのことではないか。「統一」という目標を取り下げることはない。

・中国の論理では「台湾統一に尖閣は別の問題」という話はない。一体的に考える必要がある。

・第1列島線内に入れないと思ったら「台湾侵攻」も考えられる。さすがにこの時は米軍が介入してこよう。中国にとっては米軍を介入させない戦術をとるだろうから、グレーゾーンを演出して確保する。米軍の介入も難しい。

・米国と台湾は今年3月、海岸警備に関する強力覚書に調印したが、米軍は台湾を防衛する義務ではない。グレーソーンでは難しいのではないか。

・1つはクリミア方式。ロシアはクリミアを取ったが、ほとんど血を流していない。フェイクニュースやサイバー攻撃などを駆使して遠隔操作でクリミア半島を占領した。中国は見ている。もう1つは台湾が所有している離島を占領する方法。これで対中国戦に踏み切れるか。国論2分となるではないか。間隙を突いてくる。

 

台湾と与那国島の間は110キロ(時事コム)

 

■台湾の状況は中国の意図次第

 

・中国は片隅にあったものの、日米同盟の脅威はずっと北朝鮮だった。米国は中国を話ができると思っていたが、そうでないと認定した。これまでの敵はロシアだったが、今は決定的に中国が米国の脅威ナンバーワン。パートナーはやはり日本しかなかった。

・日本国民がはっきり認識しなければならないのは日米同盟の敵が中国と明確にロックオンされたのは今回の日米首脳会談が初めてだと思う。少なくても米国はそういう認識だ。政治を含めそういう認識をはっきり持つ必要がある。

・冷戦中の安全保障のフロントラインはNATO(北大西洋条約機構)とワルシャワ条約機構が接する「ベルリンの壁」だった。これがいま世界の安全保障のフロントラインが第Ⅰ列島線になった。英軍が空母を派遣し、オランダ海軍も随伴する、ドイツもフランスも参加する。注目が集まっている。

・日本は好むと好まざるとにかかわらず、意図する意図しないにかかわらずこのフロントラインにいつの間に「立っちゃった」わけだ。冷戦中の西ドイツの位置に立った。表現としては意思ではなく「立っちゃった」がいいと思う。こういった歴史の中に日本はいまあるということだ。

・台湾有事が起きればどうなるか。与那国島(沖縄県)と台湾間は110キロ。南西諸島も含めて1つの「戦域」になるというのは軍事的には常識だ。日本に玉が飛んでくれば防衛出動だ。台湾有事は日本有事とニアリーイコールだ。これを認識する必要がある。

・台湾問題は平和的に解決をするのがベスト。外交的に処理する必要がある。ここは日本がほとんど影響を及ぼすことのできない領域であり、中国は台湾を絶対に統一するとの固い決意を持っていることを前提に動かないといけない。

・台湾の状況は中国の意図次第。中国が決心したら、次のステージに移る。平和が崩れたときのことを考えておかないといけない。日本は危機管理が最も弱いところでもある。「有事を考えるから有事になる」という言霊(ことだま)思考になりやすい。結果として想定外のことが起こったとなりがちだ。

・コロナのこともそうではないか。最悪のことを考えるのを回避する。その場、その場で情勢を追いかけていく。この繰り返しを戦後日本はやっているのではないか。

 

■矛でも日米共同体制が必要

 

・台湾は沖縄県民にとって身近な存在だ。この台湾が民主主義国であったほうが日本の国益に資するのは明らか。これが中国のような専制国家のコントール下に置かれた時に日本の国益は非常に不安定になるのも明らか。

・日本の国益を守るならば米国と一緒に国益を守るしかない。それが起こらないような外交努力はすべきだが、それが実らなかった時の話を私は今している。

・危機が迫っている。台湾有事は台湾の意思でも日本の意思でもなく米国の意思でも起きない。唯一中国の意思で起きる。この意思を起こさせないための態勢をとるのが大事だ。この態勢をとれば中国が話し合いのテーブルに乗るチャンスもある。

・日米で抑止の態勢を整える必要がある。これは日本がすべきことだ。これから自衛隊と米軍との間で調整が進む。日本は態勢構築に役割を果たしていかなければならない。

・これまでの日米安保体制は「盾(たて=身を守る防具)と矛(ほこ=槍のような武器)」の関係と言われた。憲法9条の精神から言えば日本は専守防衛で「守りオンリーの国」というのが日本政府の政策だ。攻撃は米国に頼む。つまり日本は盾、米軍は矛だ。

・日本の国柄に乗っ取った専守防衛であるべきだが、日本が攻められたときには戦術的攻勢をかけることまで手を縛ってはいけない。国民の生命と財産を守るためにも。今はミサイルや核が飛んでくるかもしれない時代だ。

・日本は核1発だけ受けるなどということはできない。日本も攻撃する手段を持つことが必要だ。サイバーとか電磁波や宇宙の時代に大砲が飛び交うような「盾と矛」の概念が成り立つのか。矛の分野でも日米共同体制を考えていかなければならない。

・私が現役の時は御法度だったが、今はそういうところにきているのではないか。

・日米安保条約は第5条(日本有事の時は日米共同で日本を守る)と第6条(日本の安全に資するために日本の基地を米軍が使用する)で負担のバランスを取っているというのが日本政府の公式見解だった。

・バイデンも「俺に付いてこい」ではなく「一緒にやろう」。お金で解決するという余裕は米国にはない。

・「専守防衛」と言えば、相手を傷つけない優しい国というのが一般的なイメージだが、これは極めてずるい発想。矛を米国に頼んでいる。日本を守るために矛が必要なのは分かっているが、それをしないで米国にやってもらっている。しかし自分は手を汚さず危険を冒さずそれを米国にやってもらう時代はもう卒業すべきだ。

・冷静に考えると、日本は平和国家でも何でもない。日米安保体制は「国家の品格」として疑問である。

 

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