【会見】注目すべきは中国経済が「日本化」よりも「ソ連化」する可能性=米中関係の現在地は「冷戦」ではなく文明の衝突リスクもある「冷和」=日本総研の呉軍華氏

日本総研上席理事の呉軍華氏(オンラインで)

 

ゲスト:呉軍華日本総合研究所上席理事
テーマ:「中国で何が起きているのか」
2023年12月13日@日本記者クラブ(オンライン聴講)

 

日本総合研究所の呉軍華上席理事が「中国経済のソ連化リスクと米中対立の本質」をテーマに日本記者クラブで会見した。研究会の3回目である。司会は同クラブ企画委員の高橋哲史記者(日経新聞)

 

■注目すべきは「中国経済のソ連化」

 

・習近平時代に入ってからの中国経済は習氏の意向通りの成長をしてきた。計画成長の時代に入った。常識的に考えるとそれはあり得るのだろうか。今の中国経済がなぜ今のような状況になったのか。構造的な視点からみてみたい。

・現在の中国経済は今後、ソ連、特にブレジネフ時代(1964~82年)後半のソ連になっていくのではないか。ソ連化というリスクをきちんと把握する必要があると考えている。

・オバマ時代には米国は中国と戦略的互恵関係を結び協調的だったが、今は中国と敵対的な構造になってきた。対立がなぜここまでになったのか。本当の理由は何なのか。

 

■「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」

 

・歴史的観点からみれば、「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」(マーク・トウェイン)。「トム・ソーヤーの冒険」で知られる米作家の言葉とされる。全く同じではないが、似たようなことはよく起きるという警句だ。まさに中国も世界も同じではないか。

・ソ連も中国も経済が非常に好調だった時期がある。1951~60年のソ連のGDP(国民総生産)伸び率は10%程度(政府公表ベース)、中国もほぼ同じだった。それから両国とも右肩下がりとなった。これは共通している。

・フルシチョフ時代からブレジネフ時代にかけてソ連の経済は好調で宇宙開発や核開発などハイテク分野で米国を圧倒する勢いを示していた。米国はケネディ大統領が暗殺されたり市民権運動やベトナム反戦運動で社会が大混乱し、「米国はだめで、これからはソ連の時代だ」という話がもてはやされた。

・つい最近までの中国を取り巻く議論とそっくりだ。習主席は近年、「東昇西降」を訴えている。つまり、東の中国が隆盛し西の米国が衰退するという主張だ。

・中国経済も右肩下がりの状況はソ連と変わらない。中国がソ連のように0%成長まで落ち込み、いずれ崩壊する可能性は十分あるという問題意識を持っている。

 

■中国の高成長は民間企業とグローバル化で実現

 

・鄧小平による中国の改革開放路線は高い経済成長を誇ってきた。改革開放政策は中国独自に考案されたと思われがちだが、歴史を勉強すれば実はそうではなく、そのルーツはソ連のレーニンが1921年に取り入れた新経済政策「ネップ」で、内容もそっくりだ。

・ソ連経済も破綻的で、中国経済も文化大革命で経済は危機的状況だった。経済危機から脱出するためには便宜的でも資本主義的な手法を取り入れなければいけない。瓜二つだった。

・そういう改革を行うときはレーニンも鄧小平(を中心とする中国共産党)も全く同じ基本原則を持っていた。共産党の一党支配やプロレタリア独裁などだ。西側で喧伝されていた中国による西側傾斜は改革当初から拒否する方針をはっきり示していた。

・中国の全体主義体制はソ連の統治システムを取り入れた。中央集権型絶対主義。ただ総書記はTOPだが、権力の集中度は相対的。政治局や計画局も権限をそれなりに持っていた。また地方もそうだった。

・文化大革命や大躍進、ゼロコロナと大失敗を生んできたが、経済にとって良いこともあった。TOPがかけた号令がGDP上昇。「GDPを上げない人に席はない」。地方レベルが株式会社化しGDP成長を遂げようとした。

・この結果もたらされたものは民間企業の大躍進。競って受け入れた。中国の高成長が長く続いたのはこのため。その意味では「脱ソ連化」が進んだ。非国有企業が台頭し経済が活性化し、高成長が実現できた。もう1つは真のグローバル化。この2つがソ連がなし遂げられなかった経済成長を中国が成し遂げた理由だ。

 

■中国はリーマン・ショックで4兆元の「国進民退」投資

 

・レーニンも鄧小平も改革の最大の目標は共産党の一党支配。国有企業に経済を握らせないと安心できない。私有権の根絶が共産主義の最終目的だ。国有基盤を強化しなければならない。

・最高指導者の権力は事実だが、習近平でなくてもいずれ中国は今のような状況になる。制度の流れがそういう風になっている。

・2000年前後に「民進国退」の議論が盛り上がったものの、2008年頃には「国進民退」の議論が出てきて成長の力が弱まってきた。その時に起きたのがリーマン・ショック。中国政府は4兆元(約60兆円)の財政投資を打ち出した。主役は国有企業と地方政府だった。危機が起きていなかったら恐らく打てなかった措置。大義名分ができた。

・中国政府の国有企業を中心とした財政投資策は10兆元にも達した。皮肉的だが、米国なども「中国よくやった」と称賛した。2009年当時私はワシントンにいたが、「中国は国有企業にバンバン投資しており、これから中国経済は大変よ」と話すと「中国よくやっている」「国有でなぜだめなの」と仲間から批判された。米国でこういう状況が起きた。

 

■不動産市場のバブル化

 

・地方政府は融資のプラットフォームをたくさん作っていて、巨額のインフラ投資を行った。その結果、国有企業が持っていた問題が一挙に地方政府に広がった。それ以降ソ連化に向けた動きが速まった。

・中国国有企業の資産価値は増えたが、経営指標は全然良くならなかった。ソ連型経済に由来する予算制限がないから、これだけ投融資が行われても経営は回復せず、むしろおかしくなった。

・中国政府は発表していないが、地方政府の負債は100兆元レベルに達しているとの説もある。中国経済を悩ましている原因はそこにある。

・「ソ連化」経済がなぜダメになるのかについては財政融資がソフトであることと消費需要の伸び悩みが原因だ。政策立案者の関心が一般有権者の福祉向上よりも党・国家のアジェンダ実現に向くからだ。

・アジェンダ実現にはどうしても財政が必要になる。GDPの伸びのほとんどが政府(財政)に吸い取られる。不動産市場も大きな問題になっている。

・なぜ不動産市場がこれだけ大きな問題になっているのか。これは土地の公有制というソ連型経済から来る。今でも土地は公有制。今売買されているのは使用権。土地の公有制をバックにして、使用権を売却することで財政を拡大し、より強い政府になっている。

・これほどまでになってしまったのは土地が国有だから。政府は国有の土地を使用権として売却できる。不動産価格が下がりそうになった時は下げさせず、維持できない時は売買そのものを凍結する。不動産価格をバブらせることによってまた吸い取られた。

 

米中関係の現在地は「冷和」

 

■現在の米中関係は「冷戦」ではなく「冷和」

 

・中国政府は問題意識を持っていなかったわけではなく、制度的にできなかった。経済全体を支える消費需要の鈍化させることができなかった。これが中国最大の罠、ソ連由来の制度の罠だと思う。

・中国経済のソ連化をどこまで抑えられるか。できるならば経済活性化を見込めが、できないならばブレジネフ政権後半の経済に落ち込まざるを得ない。

・当時のソ連にはグローバル化の要素がなかった一方、中国にはあった。対米関係が重要である。先の米中首脳会談では対立の構造が深刻なままだった。両国が新冷戦に突入したといわれている。私はそれでは深刻の度合いを正しく捉えていないと考えている。

・現在の米中関係は冷戦(cold war)ではなくて、冷和(cold peace)だ。そう定めたのは2015年だった。ワシントンにいてそう定めたが、誰も耳を貸さなかった。地殻変動が起きているなと感じていた。

・トランプ政権を境目に明確に赤が増えている。深刻の度合いが大きく増している。「和」があるにもかかわらず、ある意味では冷戦よりも過酷な状況だと考える。

 

なぜ冷戦ではなく冷和か

 

■「文明の衝突」リスクも

 

・冷戦と冷和は類似点もあるが、異なる点もある。冷戦の時は価値観、制度の競争だった。それが今は新たに「文明の衝突」のリスクもある。

・冷戦時代には東西2ブロックに分かれた。米国側からみれば、共産主義陣営の拡大阻止、封じ込めが最大の課題だったが、現在は中国が米国の中に入り、すぐ隣の部屋にも入ってきている。持ちつ持たれつの構造になっている。

・米国の動機はソ連共産主義の拡大阻止。攻めの姿勢だった。中国との闘いでは守りの姿勢。このままでは飲み込まれてしまうのではないか。既に自分の中に入っていて自分のやり方でどんどん浸透している。

・米国内には中国共産党の支配の下で暮らしていいか瀬戸際にきている。恐怖感に襲われている。封じ込めはできない。自分の中に入ってくる部分を切り落とすしかない(デカップリング)。

・2017年当たりから中国とのデカップリングは避けて通れないとの認識に至った。デカップリングは傷みを伴う。

・グループだから子分を使って衝突させる。代理戦争だった。今はグループ化されていない。親分も子分もない。米中が衝突を避けられなくなってくると、代理戦争ではなくて直接ぶつかってしまう状況になるのではないか。

・「冷和」は「和」があるからと言って決して冷戦より安心できる状況ではない。むしろ冷戦よりもっと深刻な状況になり得る。

 

今後の米中関係

 

■怖いのは中期

 

・両国はまだ「衝突は徳ではない」というコンセンサスがある。短期的には直接対決という時期にはなっていないという共通認識を持っている。衝突のリスクはそれほどない。

・中期は最も気を付ける必要がある。これを2つに分けてシナリオAは「1つの地球、2つの世界」。これができればベストシナリオではないか。シナリオBは衝突そのものだ。

 

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