「舞台がなければ何もできないのか」と無力感味わった歌舞伎役者の十代目松本幸四郎氏

 

登壇した十代目松本幸四郎氏

 

ゲスト:十代目松本幸四郎
テーマ:歌舞伎はいま
2020年9月15日@日本記者クラブ

 

コロナ禍で休演していた東京・歌舞伎座での公演が8月1日、約5カ月ぶりに再開した。歌舞伎俳優の松本幸四郎氏が登壇し、休演が歌舞伎界に与えた影響、再開から1カ月半を経たいまの思い、ウィズコロナにおける歌舞伎のあり方について話した。

 

■襲った「歌舞伎はなくなるのではないか」との無力感

 

・歌舞伎は伝統芸能であると同時に、娯楽、商業演劇として存在している。世界の中では希なものだ。今に生きている伝統芸能だ。

・今年は3月の歌舞伎座が最初の予定だったが、初日間際に延期になる。それが2度3度続いて結局中止が決まった。3月19日、20日の2日間、配信用に歌舞伎座で舞台を務めた。舞台と役者のみで無観客だった。「舞台がなければ何もできないのか、役者は」と役者の無力感を感じた。

・また「このような事態に役者は何ができるか。何もできない」と思った瞬間だった。お客様のいない空の舞台の中で、今後ここへ来るときは1人も欠けることなく満席にして戻ってこようと思った。

・4月も四国・金丸座(香川県仲多度郡琴平町)で最後の十代目松本幸四郎襲名披露を行う予定だったが、これも中止になり、5月、6月、7月も取りやめとなった。次がない環境になってしまった。こういう経験は何十年ぶりだった。

・生で演じて生で見てもらうのは舞台の醍醐味だと思うが、芝居を見てもらう場はそこだけではないのではないか。ただ「元に戻ることはない」とは思っている。歌舞伎はなくなるのではないか。なくさないためには何か動く必要がある。どうすればいいのか。

・8月1日に歌舞伎座が4部制で再開した。1部ずつ人が入れ変わった。ほかの部の役者さんと一度も会わない。

・芝居を見てもらうのがメインディッシュではあるが、幕間が1時間半あるゆったりした興行だ。多様な客層も歌舞伎ならではだ。そこでのコミュニケーションもある。それを含めて歌舞伎興行だと思っている。

・10月は国立劇場に出る。東京で2つの大劇場に歌舞伎がかかる。

・『3月大歌舞伎』では演ずる予定だった夜の部で『沼津』を客なしで動画配信した。客がいることによっていない何か科学反応が起きると思うが、芝居を演じるに当たっては完成された芝居だし役者は役になりきることに徹するので、客がいないからやりにくいとかそういう気持ちは全く感じなかった。

 

 

■zoom歌舞伎もありか

 

歌舞伎は不思議な世界で、のめり込むような魅力があるらしい。詳しい人はどこまでも詳しく、詳しくない人からみれば、なぜそんなに歌舞伎にはまるのかさっぱり分からないほどだ。それほど歌舞伎通とそうでない人との差は大きい。

・オンライン配信のZoom(ズーム)歌舞伎に取り組む意気込みはどうだったか。映像としての歌舞伎、舞台中継ではない歌舞伎が存在するとは昔から思っていたが、Zoom対談なら明日でもできるのではないか。今の役者の声を発信することが必要ではないか。

・本丸は芝居をみてもらう、芸を見てもらうこと。劇場でなければ配信でできるのではないか。それで始まった。30分から60分の作品を毎週1回作っていく。時間との戦いでもあった。職人のスペシャリストの集まりを動かしたいという思いもあってそれがZoom歌舞伎にたどり着いた。

・オンライン歌舞伎の今後の展望はどうか。この時期にやったZoom歌舞伎は舞台がないのでそれ以外に選択肢がなかった。Zoom歌舞伎でしか歌舞伎を演じられなかった。可能性としては十分あると僕は思っている。

・文化は日常生活の中に存在しているからこそ文化ではないか。比べるものではないかもしれないが、今では配信するものやネットのものは日常生活に入り込んでいる。

・「zoom歌舞伎」は舞台で上演する歌舞伎を演じる。撮り方を映像的に考えていく。演じ方というのは映像用に演じたものでない。声も大きな声でしゃべるし、動きも一番後ろの席にも伝わるような堂々と歌舞伎をするようなものをどうやって撮って撮影していくか。これがZoom歌舞伎だった。

・映像用の歌舞伎というか、歌舞伎演出のドラマというか、そういうものを作りたい、誕生させたいという思いはある。今月はどこ、来月はどこという中にZoom歌舞伎も存在している。そういう配信歌舞伎というものが劇場歌舞伎が復活しても存在してもらいたい。

・舞台というのはこの時期にこの時間に来なければ見られないというものだ。配信のものは多くのものは好きな時に見られる。好きな時にやめられる。続きは明日見ようということができる。配信は自分に合わせることができる。

・そういう時代なのかもしれないが、舞台はそれから言うと真逆。遅れてきても待ってくれない。そこにいかないと見ることができない。それが舞台の特徴だと思っている。わざわざ時間を割いてくれませんかという生活の中で歌舞伎を見に行くというのはせっかく行くなら着物を着て行こうかなということであったり、吉兆で御飯食べるかなど、これらを含めて歌舞伎見物ではないか。

・自分のペースに決して合わせてはくれない存在ではあるが、だからこそ舞台が存在するのではないか。配信でやるなら僕は行かなくていいよというふうには僕はならないと思う。両立するのではないか。

・舞台で上演しているものを撮影してそれを映画館で見る作品として編集してお見せするシネマ歌舞伎があるが、舞台見に来る人が少なくなるという懸念があったが、逆に増えている。この時期だからではなく配信歌舞伎はこれが始まりとして存在し続けてもらいたい。存在しうる力が歌舞伎にはあるのではないか。

・歌舞伎は400年以上の歴史があり、この間ずっと平和だったことはないしずっと豊かだったわけでもない。いろんな時代があった。今あるということは不安な時代、恐怖な時代なども生き続けてきた。今も必要であると思われるものにしないというのは今現在生きている歌舞伎役者の使命ではないかと思う。

 

「妻はくノ一」(NHK)

 

■『妻はくノ一』や「蝉しぐれ」など俳優でも活躍

 

正直、私は歌舞伎は全く知らない。見たことも1度だけだ。そんな私だが、実は松本幸四郎は知っている。見たのは歌舞伎ではなく、テレビ俳優としてだ。

最近のテレビドラマ『半沢直樹』ではないが、彼もテレビに出ている。2013年4月5日から連続8回放送されたNHKのBS時代劇『妻は、くノ一』の平戸藩御船手方書物天文係・雙星彦馬(ふたぼしひこま)役だ。

雙星は三度の飯よりも星を見るのが好きだという変わり者だが、そんな彦馬のもとに美しい嫁・織江がやってきた。その正体は実は幕府が平戸藩の密貿易を怪しんだ幕府が送り込んだ「くノ一」だったというストーリーだが、まあドラマの筋はどうでもよい。

その彦馬は腕はからきしダメで逆に陰に陽に妻に助けられる役どころ。しかし、妻に首ったけの役どころが歌舞伎役者として修練していて実にうまい。彼は2006年6月、『蟬しぐれ』で第15回日本映画批評家大賞主演男優賞を受賞するなど俳優としても実績を残していることを知った。

『蝉しぐれ』はNHK時代劇として2003年8月から連続7回で内野聖陽(牧文四郎)、水野真紀(ふく)の主演で放送されている。

歌舞伎役者は出世魚のように名前を次ぎ次と変えていく。いろんなケースがありそうだが、松本幸四郎家なら松本金太郎→市川染五郎→松本幸四郎と変わっていく。1973年1月生まれの47歳。父親は2代目松本白鸚(はくおう)。

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